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2:翡翠

旅の準備と情報収集を終え、俺はダンジョン近くの街を後にした。街の出入り口へ向かうとそこには見張りが立っていた。ダンジョンへの行き帰りで何度も通ってきた為、見張りとは顔なじみだ。俺は軽く会釈をしてそのまま立ち去ろうとしたが、背後から声をかけられてしまった。

「失礼。どちらに行かれるおつもりですか?」

「……これから旅に出る予定だが、何か問題が?」

俺は早まる鼓動を抑えながら、何食わぬ顔で言った。まさか、もうバレたのか。

「問題大アリです! 日が沈み始めていますので、モンスターが暴れだして危険ですよ! 外出は控えてください!」

「そんなことか……じゃなくて、ご心配ありがとう。だが、俺には大事な使命があるのでね」

アイツが見つかったわけではない事に安堵しながら、俺は手の甲に浮き出ている紋様を見張りに見せた。それを見た瞬間、見張りは突然恐縮したように居住まいを正した。

「噂に聴く勇者の証‼ まさか貴方が勇者さまでしたか‼ 今まで気が付かず失礼いたしました‼」

「いや、まぁ、俺もあまり大っぴらにアピールしていないからな。知らなくても無理はないと思うぞ」

「そうだったのですか! 勇者さまも人が悪い! しばらく前からこの街にいらっしゃったのですから、もっと早くに教えて下されば皆総出で歓迎しましたのに!」

そういう大々的に祝われるのが嫌で誰にも言わなかったのだが、下手なことを言ってしまうと足止めを喰らいかねないので、曖昧に相槌を打った。

「そうか。ありがとう。ところでもう行って良いか? 日が落ちる前に移動を始めたいんだが……」

「これは失礼しました! 旅の邪魔をしてはいけませんね! どうぞお進み下さい!」

敬礼しながら街の外への道を空ける見張り。職務に忠実で覇気もあり人も良さそうだ。別に嘘をついてるわけでも悪いことをしているわけでもないはずなのに、俺の心は彼に対する後ろめたさでいっぱいだった。

さっさと立ち去ってしまおう。そう思い、脚を一歩前に出そうとしたが、再び見張りから声をかけられて体がピタリと止まった。

「なんだ? まだ何かあるのか?」

「申し訳ありません! ですが、勇者さまにお尋ねしたいことがありまして! 単刀直入にお聞きしますが、魔王を倒すことは出来そうでしょうか?」

「だいぶ直球をぶつけてきたな」

俺は質問を投げかけてきた見張りを改めて観察する。悪意を持って聞いたようにも、勇者へ不信感を抱いているようにも見えない。純粋に魔王という存在に怯え、俺の事を気遣った上での発言なのだと思う。

実際のところ、魔王については伝説や童話といった空想上の存在に近い情報しか残されていない。魔法一つで国を消滅させたとか、空に届きそうなほど大きな体を持っているとか、にわかには信じがたい物ばかりだ。魔王討伐についても同様で、剣からビームが出て魔王の肉体を浄化させたとか、復活の呪文で蘇らないように体をバラバラにして封印したとか、これと言って役に立ちそうにない話が多い。

そんなデータの殆ど無い状況で魔王を倒せるかと尋ねられたら、正直なところ分からないとしか返答しようがない。しかし、強制的とはいえ勇者として選ばれた以上はそんな弱気な事を言うべきでは無いだろう。俺は不敵に微笑んで見せた。

「出来るか出来ないかじゃない。倒してみせるさ。勇者ならな」

見張りの彼は俺の言葉に目を丸くした。俺はいつものようにたった今自分が発した言葉に後悔した。余りにも気取ったセリフだ。痛々しいにもほどがある。異世界に来て知らないうちに気分が高揚し過ぎていたようだ。どうしてこうも空気を読めない事を口走ってしまうのだろう。

アイツを誘った時もそうだ。最初から今までの事をちゃんと謝って、その上で仲間になってほしいと正直に伝えれば良かったのに、変に言い訳をしてしまったせいで断られるところだった。結局アイツが気まぐれを起こしてくれたおかげで一緒に冒険してくれる事になった訳だが、あの調子ではいつ旅を辞めると言い出してもおかしくはない。能力的にも、そしてコミュニケーションの相性的にもアイツ以上の相手を見つけられる気がしない。餌付けでもなんでもしてこの旅に興味を持ち続けるようにしなくては。

目の前の見張りをスルーして反省モードに入っていた俺だが、固まっていた見張りが唐突に声をあげた事に驚いて意識を取り戻した。

「う……」

「ど、どうした? さっきの言葉ならあまり気にしないで……」

「うおおぉぉおっっ‼ 流石勇者さまだああぁっ‼ カッコ良すぎるぅぅううっっ‼」

見張りが興奮して大声を発する。俺の言葉に呆れていたのではなく、途轍もなく感動していたらしい。場の雰囲気を悪くした訳ではなくて安心したが、あまり大声を出されると他に人が寄ってきそうだ。

「あ、ありがとう。気持ちは嬉しいけど、それくらいで勘弁して貰えないかな? それと、もうそろそろ出発したいんだが……」

「大変申し訳ありませんでした‼ 自分、感動してしまってつい! 行ってらっしゃいませ‼ ご帰還された際にパレードが出来るよう、街中の人々に声をかけておきます‼」

「そ、それはどうも……」

この街にはもう二度と立ち寄らないと心に決めて、俺はその場を後にした。


街道から少し外れた茂みの中に隠れていた私は、横たわって青々とした木々の隙間から覗く茜色の空をぼーっと見上げていた。すると、表の方からパキッと小枝の折れる音が聞こえてきた。人間に見つからないように木の陰に身を潜めようと体を起こしたが、街へ出かけていた勇者が茂みに分け入る姿を見て、また体を地面に投げ出した。

「おい。何リラックスしてるんだ。そんなところで横になって、通行人にバレてないだろうな?」

「大丈夫だよ。人が通りかかったらちゃんと隠れてたし、林の中まで入ってこない限り、見つかりっこないから。そもそも、比較的街に近いからこんなところにモンスターがいるなんて誰も思わないでしょ」

近づいてくる勇者の姿も見ずに私はあくびをしながら答えた。あの狭い岩だらけの部屋から出て、初めて見た外の景色は新鮮だったとはいえ、こうも長時間待たされたとあっては流石に飽きてくる。

「油断しすぎだ。ダンジョン以外だとスライムですら見つかったらすぐさまハンターが駆けつけてくるのに、知性のある人型のスライムなんて大騒ぎになるんだからな。しかもそれを連れ歩いているのが勇者だなんてバレたら、裏切り者扱いされかねない。ちゃんと自覚を持って行動してくれよ」

「はいはい。分かってますよ。というか、そんなに私が見つかる心配をしてるんだったら、もう少し早く戻ってきなよ。もうすぐ夜になっちゃうよ?」

痛いところを突かれたのか、勇者の仏頂面が少し歪んだ。普段の表情がアレなだけで意外と感情が表に出やすいタイプなのだということがさっきのダンジョン内でのやり取りや今の反応で分かった。確かに、それだと人付き合いで苦労しそうだ。

「それで、街に行った成果は? 旅の準備のついでに情報を入手してくるって言ってたよね?」

「その話をする前に、さっさと移動しないか? 夜が来る前に野宿するのに安全な場所を確保しておきたい」

「えー、起き上がるのめんどくさいんだけど。ここで良くない? モンスターに襲われる心配がないし、遅い時間なら人も通りかからないでしょ?」

「駄目だ。街の近くなのに野宿をするのは不自然だ。それにこれだけ街道のそばだと旅人や商人に見つかる可能性がある」

勇者の言うことはもっともではあるが、私が一緒にいるせいで手間をかけさせているような感じがしてなんだか気に食わなかった。私はつい意地になってしまい、移動を拒んだ。

「いーやーだー。めんどくさーい。うごきたくなーい。このままスヤスヤねむりたーい」

「急に子供みたいなこと言うなよ。というか、お前一体何歳なんだ?」

「レディーに年齢の話を振るなんてデリカシーが足りないんじゃない?」

「何処にレディーがいるって? 俺の目の前には幼児退行した発言しかしない人型のスライムしかいないけどな?」

先程から子供や幼児など、失礼な事ばかり言ってくる。まぁ、実際のところ私の年齢は不明だ。あの隠し部屋で目覚めた時にはすでにこの体だったし、自分がいつ生まれたのかなんてこれっぽっちも記憶にない。スライムという種の寿命は十数年ほどらしいが、生まれてからある一定の大きさになってしまったらもう見た目は変わらなくなってしまう。

勇者曰く、体の色を除けば私の見た目は成人した女性らしいが、勇者以外の人間をしっかりと間近で見たことがない。仮に普通の人間と比較して年齢を割り出そうとしてもスライムの特性を考えたら何処まで信憑性があるのか疑問だろう。

つまり、勇者の言う通り私は生まれたばかりの子供である可能性は充分考えられるし、一方で寿命間近の高齢者である可能性も秘めているのだ。

「秘めているのだ、とか言われてもな。結局は年齢不詳ってことじゃないのか?」

「なんでそう味気ない言い方するかなぁ。勇者の世界の言葉で言い換えるなら、ロリであるかもしれないし、ババアであるかもしれない、シュレディンガーのスライムっていうことだよ? 興奮しないの?」

「興奮しねぇよ。というか、なんでそんな言葉知ってるんだ? アレ? 俺が教えたのか?」

混乱している勇者を放って置いて、私は真面目にこの後どうしようかと考え始めた。

わがままを言った手前認めるのは癪だが、ここで野宿をするのは私から見ても不用心だ。私としては自分はそこら辺に隠れて一夜を過ごすので勇者だけでも街の宿に泊まってもらいたいところだが、先程からの私が発見される事を恐れている様子からバラバラに寝泊まりするのは拒否されるだろう。勇者の言う通り、ここから移動して野宿出来る場所を探すべきなのだろうが、今更大人しく勇者の意見に賛成するのはなんだかムカつくし、日が暮れ始めている中でモンスターの襲撃を防げて人の目に触れない場所を探すのは中々骨が折れそうな気がする。

そこまで考えて、私はある場所を思い出した。あそこなら野宿するのにうってつけかもしれない。それに、私から提案すれば勇者に従った感が薄れるので自尊心も傷つかずに済むし。私は変な言葉を教えたのが本当に自分なのか記憶を巻き戻している勇者に声をかけた。


アイツの後を付いて林を抜けると、急に視界が開けたので思わず顔をあげた。すっかり日が暮れた真っ黒な空には煌々と輝く月と星が散りばめられている。

「スゴッ。キレー」

アイツの言葉につられて視線を下に向ける。そこには小さめな湖があり、水面に映った月の淡い光が俺たちを照らしていた。幻想的な風景に俺も思わず声が出た。

「本当だな。とてもこの世の物とは思えない」

「この世の物とは思えない? ここはあの世だって言いたいの?」

「そういう慣用句だよ。信じられないくらい美しいってことだ」

俺の説明を聞いて、アイツはなぜだか知らないが嬉しそうに笑った。そんなに今の言い回しが面白かったのだろうか。

「で? どう? 道から離れたここなら人も寄ってこないし、これだけ開けた場所ならモンスターが現れても対処できるでしょ? 一晩過ごすにはぴったりだと思うけど?」

俺が街に行っている間に周辺を探索して見つけたらしい。ただ見つけただけの癖に何故そこまで勝ち誇っているのか知らないが、確かにここなら安全に野宿が出来そうだ。

「そうだな。とりあえず、今日はここで夜を越すか」

「OK。ねぇ、私に感謝してよ? 私が見つけていなかったら寝る場所を探して、今この時間も彷徨うところだったんだから」

「お前が文句を言わずにさっさと移動してくれていたら、そんなに時間はかからなかったと思うがな」

素直にありがとうって言えば良いのに、とアイツがニヤニヤしながら俺を見て言った。自分のわがままを棚に上げて良く言えた物だ。俺はまた皮肉を言いそうになったが、思い直して野宿の準備を始めた。

焚き火に使えそうな枯れ枝や乾燥した葉を近くから集めて火打ち石で火を灯そうとすると、アイツは興味深そうに様子を見てきた。

「今は何をしてるの?」

「見てわかんないか? 火を起こしてるんだよ」

「火⁉ へぇ、そうやって発生させるんだ」

思えばアイツのいた隠し部屋の中は魔法と思われる光で満ちており、ダンジョン内も松明を使わなくて良いほど陽の光が差し込んでいた。火というモノについて知識はあっても実物を見るのは初めてなのだろう。

「もしよかったらやってみるか? ちょっとコツはいるが……」

そう言って手本を見せようと火打ち石を打金に打ち付けると火花がアイツの方へと飛び散った。突然降り注いだ暑さにアイツは驚いて、まるで猫のように後ろに飛び退いた。

「なっ、なに今のっ⁉」

「急にすまなかった。今のが火の元になって、葉や枝に燃え移ることでちゃんとした火になるんだよ」

説明しながら俺は火打ち石を差し出したが、怯えた様子のアイツは決して近づこうとはしなかった。しょうがないのでアイツに火起こしをさせるのは諦めて火打ち石で叩く作業を再開し、しばらくして焚き火を作ることに成功した。

遠巻きに焚き火を見ているアイツをよそに俺は晩飯の用意を始めたが、そこである疑問にぶち当たった。俺は顔をあげてアイツに話しかけた。

「なぁ。お前って何を食べるんだ? 普通にパンやスープで良いのか?」

「食べる? 食事の事? それなら私はいらないよ。水さえあれば生きていけるから」

予想していた中で二番目に最悪な答えが返ってきて、俺は落胆した。食べ物で釣って旅を続けさせようと思ったのに、どうやらそれは使えないらしい。せっかく街で色々と食材を買ってきたのに。また他の手を考えなければ。

「それが人間の食べ物? へぇー、結構原始的な食事をするんだね」

俺がカバンから木の実を取り出していると、アイツがこちらを覗き込んできた。火を警戒しているのか近寄ってこようとはしない。

「別にこれをそのまま食べたりはしない。すり潰してスープにするんだ」

「スープって飲み物でしょ? ふーん。そうなんだ。そうやって栄養を補給するんだ」

「栄養補給と言われると、なんだか無機質感が出てくるな」

それからしばらくは俺は調理に集中し、アイツも特に邪魔をすること無くそれを眺めていた。ようやく出来た木の実のスープを器によそっていると、おっかなびっくりアイツが近づいてきた。

「どうした? お前も食べてみるか?」

「うーん。どうしよう? 興味はあるんだけど、口から体内に入っていった時、私の体がどんな風に見えるか想像したら、ちょっと尻込みしちゃうかな」

「確かにその半透明な体だと食べ物が透けて見えてしまうな。それなら、ほら。これで体を覆えよ」

俺はカバンから取り出した毛布をアイツに向かって投げた。アイツは毛布をキャッチすると、少し考えてから首から下を隠すように毛布を広げて身にまとった。

「どーも、ありがと」

アイツはそう言って俺の隣に腰を下ろした。なんだか少し緊張する。アイツを横目で観察すると、とても綺麗な女性の姿をしている事に今更ながら気がついた。毛布で体を隠しただけだと言うのに、俺は一体何を考えているのだろうか。

「あー、そう言えば今後について、一つ大事な確認があるんだが?」

俺は頭に浮かんだ煩悩を押し出すためにわざと少し大きめの声で話しかけた。アイツがこちらを向いて尋ねてくる。

「大事な事? 一体なに?」

「いや、その、アレだ。呼び方を変えた方が良いかと思っているんだ。旅の仲間なのに、ずっとお前呼ばわりは流石に感じ悪いだろ?」

「そう? 別に気になんないけど?」

ただ適当に話をして脳のリソースをそっちに割きたかっただけなんだ。そんな純粋そうな目でこちらを見ないでくれ。

「お前は気にならなくても俺が気になるんだよ。呼んでほしい呼び方とかあるか? 名前があるならそっちにするが」

「自分の齢もわからないのに、名前を覚えている訳ないじゃん。というか、自分はどうなの? 名前は? 勇者が呼び方を変えるって言うなら、私も同じタイミングで変えたいんだけど」

思わず舌打ちをしそうになる。俺のことなんてどうでも良いだろ。この世界では俺は勇者なのだから、面倒くさいし勇者のままで良いじゃないか。

頭の中で毒づく自分に反論する声が聞こえてきた。

本当はただ怖いだけじゃないのか。自分の事を名前で呼ぶ人間なんて大人になってからほとんどいなくて、目の前の彼女に名前で呼ばれるようになったら距離感が急に近くなって、今までと同じように接する自信がないんだろう。

自分の事をバカにするようなその声を頭を振って排除すると、俺は隣にいるアイツへ自分の名前を告げた。

「ああああ」

「え? なに急に? なんか喉にでもつっかえた?」

「発声練習じゃねーよ。俺の名前。ああああって言うだよ」

「ああああ? 変な名前だね」

アイツは疑わしそうにこちらを見てくる。子供の頃にRPGゲームで良く使っていた名前なのだが、流石に異世界人でも違和感を覚えるか。だが、一度言ってしまった以上はそれで通すしかない。本名を教えて本当にそれで呼ばれるようになったら、実際なんだか気まずくなる気がする。

アイツはしばらく俺を見つめていたが、俺が何も言わないでいると諦めて顔を頭上に向けた。

「ああああかぁ。言いづらいなぁ……」

「人の名前に文句をつけるな」

「そうは言ってもさ、正直言いにくくない? なんか叫んでるようにも聞こえるし。戦闘中に呼ぶときに分かりづらいでしょ?」

その意見には賛同するしかない。二人とも戦闘中に叫ぶタイプには思えないが。

「言いやすいあだ名はなんかないかな。あが四つだから、アヨン……いや、なんかそういうキャラではないね。ヨンア? うーん、なんかピンと来ないかも。四って他に言い方ある?」

「なんで四縛りなんだ? まぁいいが……。他の数え方だと、シだな。別の国の言い方ならフォーとか、クワトロとか、カトルなんてのもあるが」

「それだけで言葉として完結してそうだから、別の国のヤツは使うのが難しいかも。アシ? 足とこんがらがりそう。『シア』はどう? 他の言葉と被らないし、なんかカッコいい」

「お前が良いなら、それで良いんじゃないか」

元々が適当な偽名なので、アイツの提案を受け入れるのに何も嫌悪感はなかった。同意する俺にアイツは言い聞かせるように復唱してきた。

「それじゃあ、勇者のこの世界での名前は今日から『シア』ね。宜しく、シア」

「はい、宜しく。それで話を戻すがお前の呼び方はどうする?」

適当に切り上げる予定だったのだが、俺のが決まった以上はアイツの呼び方も今決めないといけないだろう。

アイツは頭を傾けて何か考えると、俺の方に顔を向けた。

「私の名前、シアが考えて」

「なんで俺が?」

「だって、シアって名前は私が考えたんだから、順番的に今度はシアが私の名前を考えるのが筋でしょ?」

「そんなこと言われてもな。急に名前なんて……」

俺は断ろうとしたが、アイツの真剣そうな表情を見て言葉を途中で止めた。

俺はアイツの顔を見つめながら考える。本当に俺なんかが名前を決めて良いのだろうか。俺は本名があるからこの場で付けられたあだ名に対しても特に何も思わないが、名前のないアイツにとってみれば俺が適当につけた名前が一生のモノとなってしまう。もっとちゃんとした相手にちゃんとしたタイミングでつけてもらうべきなのではないだろうか。

またしても反論する声が頭に響く。逃げる為の口実を並べ立てるな。彼女は本気でお願いをしているのに、お前はただ責任を負うのが怖いだけだろう。

俺は一度目を閉じて頭に響く言葉を胸に刻むと、再び瞳をアイツに向けた。その美しく透き通るような深緑色の顔や髪を見て、一つの宝石が頭に浮かんだ。

「ヒスイ」

「……どういう意味?」

「お前と同じ色をした石の名前だよ」

「……ふーん」

アイツはそれだけ言うと口をつぐんだ。もしかして、気に入らなかったのだろうか?

恐れを抱きながら見つめていると、アイツははにかむように笑った。

「まぁ、合格点はあげようかな」

「おい。なんでそんな上から目線なんだよ? 俺がせっかく考えてやったんだぞ」

「いや、だってさぁ。そんな心配そうな目でじっと見られたらからかいたくもなるでしょ。なに? そんなに不安だった?」

図星を言い当てられて、俺は歯を食いしばった。そんなに表情に出ていたとは。今後は注意しなくては。

「というわけで、今日から私の名前は『ヒスイ』になりました。良かった、変な名前をつけられなくて」

「俺以外に呼ぶ相手がいるとは思えないけどな」

「そういう事言わない。名前っていうのはあるのが大事なんだから。それと、せっかくつけたんだからちゃんと名前で呼んでよ。それとも? 今更恥ずかしくなっちゃって、呼びにくいとかぁ?」

俺が内心慌てているのを知って、煽り散らかしてくる。俺は無言で焚き火で温めていた鍋からスープを掬うと、空いている器によそって隣に突き出した。

「コレがスープかぁ。それじゃあ、早速……ってアッツゥ!」

「馬鹿め。スープってのは熱いんだよ。そんな一気に飲もうとしたら口の中が火傷するに決まってるだろ」

初めて飲むスープの熱さに悶絶するヒスイを眺めながら、俺はちょうど冷めた自分のスープを口元へと運んだのだった。

お読み頂きありがとうございました


1月中あれだけ先の展開が書けなかったのに、いざ投稿し始めてみたらなんだかサラサラと書けるようになった気がします

この調子で次も投稿出来たら良いなと思っています

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