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19:鍛錬

「まずは基礎的な体力の向上が必要です。島の中心にある洞窟の中へ朝食の材料を置いてきました。今から大至急取りに向かい、ここへと戻ってきてください。私が朝食を作り終わる前までに戻ってこないと、材料の入っていないスープを飲んでもらいます」

「材料がないスープってただのお湯じゃねぇか?」

「そうとも言い換えられますね。お湯だけではこの後の鍛錬に影響が出てしまいますので、早めに戻ってきてくれる事を期待していますよ」


「もっと相手の動きをよく観察してください。行動が発生する時、肉体のいずれかで必ず予備動作が見られます。その変化を見極められれば、相手の攻撃を防ぐことも、こちらから攻撃を仕掛けることも可能なはずです」

「言ってる事は至極真っ当だが、そんなに素早く動かれたら視界から消えちまって予備動作どころの話じゃねぇよ」

「だから相手の動きをよく観察してくださいとお教えしたはずです。私のことを見失わないように、しっかりと見ていてください」

「だからそれが早すぎるって言ってんだろうが」


「今のはだいぶ良かったんじゃないか?」

「ええ。木造の剣でなければ私の肉体は傷ついていたでしょう。素晴らしい飲み込みの速さです。これで準備は万全ですね」

「……準備?」

「はい。人間の姿である私の動きを捉えられるようになったので、次は本来の姿であるドラゴンへと戻ってお相手します。スピードも身のこなしも比べ物になりませんが、その分サイズは大きいので攻撃は当てやすくなるかと思います。もちろん、私からの攻撃も範囲が拡大していますので注意してくださいね」


「歩き方がいつもと異なっていますがどうされました? もしや無理をしすぎて怪我をされましたか?」

「気にするな。さっさと今日の特訓を始めろ」

「逸る気持ちは理解出来ますが、万全でない状態で鍛錬を行っても効率が悪くなり、余計な癖が身についてしまいます。今日は休息に努めてください。私は回復に特化した食事を用意してきます」

「……スマン」


森の中を駆け回っていると、空を黒い影が覆った。

素早く木陰に隠れ息を殺していると、影はそのまま通り過ぎていった。狙い通り、俺の姿を見失っているようだ。

俺は手にした剣を握りしめ、相手が飛んでいった方向へと走り出す。

その巨体を目視出来るまで接近すると、近くに落ちていた木の枝を掴み、勢いよく投げつける。

死角からの攻撃だったが、相手は巨大な体躯から想像出来ないほどの反応で旋回し投擲物を躱すと、翼で旋風を起こした。

激しく吹き荒む風により攻撃が飛んできた辺り一帯に上昇気流が発生する。それにより俺の体を空中に浮き上がらせようという魂胆だ。

だが、既にその場所に俺の姿はなく、相手の背後へと回り込むと地面を強く蹴って飛び上がり、空中の相手へ剣を振り上げた。

俺のフェイントに引っかかった相手は背後から飛びかかってくる俺に気づくのが一瞬遅れ、はたき落とそうと振りかざした翼が先に俺の剣で打ち叩かれてしまった。

そのまま俺は敵の体に飛び移ると、首筋へ剣先を向けた。

「お見事です。完敗ですね」

ドラゴンのオンファは至って冷静な口調で敗北を認めると、ゆっくりと森へ着地した。俺はオンファから飛び降り、木製の訓練用剣を腰に仕舞った。

「こんな短期間で本気の私に勝てるようになるとは思っても見ませんでした。流石は勇者といったところでしょうか」

「本気ねぇ。俺にはお前が手を抜いているようにしか思えなかったがな。やろうと思えばこの森全てを更地に出来たはずだろ?」

「可能ではありますが、その場合この島の生態系が大きく崩れてしまいます。そういった事態を私は望みません。ですので、この森を壊さないように力をセーブしている私が本気の私なのです」

ドラゴンの姿から人間の姿へと戻りながら、オンファは自身の哲学に基づく論理を説明している。俺にはどうにも納得出来なかったが、反論したところで彼女から長々とした講釈を聞かされるだけなので止めておいた。

「それでいかがですか? 今の戦闘で経験値を入手する事は出来ましたか?」

「いや、お前の予想通り、何も起きない。どうやら今の俺が得られる上限に到達したみたいだ」

「そうですか。それは結構です。これで鍛錬は終了ですね」

オンファの言葉は相変わらず抑揚がほとんどない。しかし、僅かな語尾の違いに達成感と安堵の意味が込められている事位は四ヶ月近く共に生活した今の俺には理解出来た。

「基本的な身体能力に戦闘のテクニック、そして上限が解放されたレベルを上げる為の経験値稼ぎ。お前には沢山世話をかけたな。助かった」

「私から提案した鍛錬ですので協力するのは当たり前です。ですが、貴方が私にお礼を言うなんて珍しいですね?」

「なんだよ? 俺だって感謝した時はちゃんと礼位するぞ?」

オンファの指摘に俺は噛み付いたが、彼女の言いたいことは分かった。なので、それについて言及される前にさっさと話題を変えることにした。

「俺の経験値稼ぎが終わったって事はいよいよ始めるんだな?」

「はい。まずはクンツァイトの潜伏先を探す必要があります。右腕を失ってしばらくは姿を隠して治療に専念していたはずですが、もうそろそろ傷も癒えた事でしょう。人間の前に姿を表してもおかしくはありません」

オンファはそう言いながら自身の顔を手でなぞる。指の先には一筋の傷跡があった。俺はその目の傷を見て質問を投げかける。

「やっぱり左目の能力は使えそうにないのか?」

「残念ですが不可能です。右目の過去を視る能力は問題ありませんが、戦闘においてはあまり役に立ちませんので、以前のように相手の未来を視て先手を取るという戦い方は諦めざるを得ません」

「そうか……。スマン。辛い事を聞いてしまって……」

「謝る必要などありません。能力を使用出来ませんが身体能力が低下した訳ではありませんので、戦闘についていけないという事はないでしょう。

また、元々私の瞳は能力を使用する為にしか用いておらず、普段の生活や戦闘でも生物や物体の気を察知して行動していますので特に不便もありませんよ」

いかにも合理的な答えが返ってくる。そういう意味で出た言葉ではなかったのだが、オンファに対して不憫に思う事自体が俺の中でまだ納得出来ておらず、俺は黙っているしかなかった。

オンファは顔をあげると俺を見つめて言った。

「クンツァイトを倒し、この世界を救いましょう。薄川」


鍛錬を始める事が決定した直後、私は勇者の事をこの世界の名前である『シア』と呼んだ。だが、彼はそれに対して拒否反応を示し、『薄川透』という元の世界の名前で呼ぶように命じると、こう告げた。

「あのアークデーモンを倒す事には協力してやる。だが、俺はお前も許さない。ヒスイを見捨てたお前の事を俺は一生恨み続ける」

私はそれを承諾した。戦闘を有利にする為にジェダイトを見捨てたという点については否定しようのない真実であり、ジェダイトを愛していた彼にはその事を責める権利があるからだ。

鍛錬中の彼は怒りを原動力に肉体を酷使し続けた。何度か彼を止めようとしたが、彼は言うことを聞かず、肉体が傷つくのも厭わずにがむしゃらに剣を振り回した。

察するに、彼はジェダイトを失った原因全てに対し怒りをぶつけていた。ジェダイトに攻撃をしたクンツァイトに。その未来を知りながら止めなかった私に。そして、あの状況を引き起こしてしまった自分自身に。

彼にとって鍛錬は自傷行為に他ならなかった。

そこで私は直接的な戦闘を行う前に、まずはその肉体を鍛え、戦闘における技術を磨くことにした。剣を使わない鍛錬に彼は疑問を呈していたがもっともらしい理由を用いて説き伏せた。

基礎的な能力を向上させていく中で、当初は荒々しかった彼も徐々に落ち着きを取り戻していったが、ある日の夜中に家の外で休息を取っていると家の中から声が聞こえてきた。何かあったのかと思い家の中へと入ると、寝床の上で彼がジェダイトへの謝罪の言葉を呟きながら涙を流して眠っていた。

彼にとってそれだけジェダイトの存在が大きかったのだと改めて理解し、同時になぜ彼が『シア』という名前を私に呼ばせないのか推測を立てた。

過去の景色によれば『シア』という名前はジェダイトがつけた物だが、街の人間は彼の事を名前ではなく勇者と呼んでおり、『シア』と呼んでいたのはほとんどがジェダイトだった。

彼にとって『シア』という名前は想い人であるジェダイトから貰った特別な物で、その名前にはジェダイトとの様々な思い出が含まれている。

そんな大切な物を憎んでいる私に汚されたくなかったというのが私の考えだった。

愛する存在を失った者としての彼の感情は理解でき、部外者の私が口出しする事など出来ない。私はただ彼の涙を拭うと、毛布をかけて家から出ていった。

彼が私に対して話しかけるようになってくれたのはその直後だった気がする。屋外で就寝していた私に家の中に寝床を作ることを許可したのもその頃だった。

あの夜の出来事がキッカケになったのかは分からないが、私への憎悪を心の奥に抱えつつも、ひとまずは鍛錬とクンツァイトの討伐を優先する事を決めたようだった。

彼が冷静さを取り戻したと判断して、私は鍛錬を本格化させる事にした。

それから先はあっという間だった。薄川は指導に対して真剣に取り組んでおり、吸収も早かった。私と薄川の間にあった天と地ほどの差は日に日に縮まっていき、今日をもって逆転した。

私にとって薄川は良き弟子だった。

そして、薄川が弟子というモノ以上に大切な存在へと変化していくのを心のどこかで感じた。心ではなく知を司る私がこんな感情を抱くなんて理性的ではないのだが、自分に生まれつつある感情を客観的に判断した結果、薄川へ思慕の念を抱いていると結論付けるしかなかった。

同時に私は自分のこの想いを胸に秘める事を決意した。私を恨んでいる薄川が私の気持ちを受け入れるはずは万が一にもなく、私もそれで構わないと考えているので、言っても言わなくとも関係が変わらないのであれば別に伝えずとも良いだろうと判断したからだ。

だが、それはあくまで建前である事も理解していた。

実際に私の口を重くさせる原因は、私が薄川に黙っているある秘密にあるのだった。

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