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12/22

12:誓い

人間とモンスター両方から隠れ、私は長い逃避行の末に目的地へと辿り着いた。

逃げ場も行き場もない私に残された唯一の場所。

ダンジョンだ。

入り口の前で一度立ち止まる。旅に出る前はすごく巨大で荘厳に見えたが、こうして改めて眺めてみるとなんだかとてもこじんまりとしていた。周囲に誰もいないことを確認して、私は懐かしの我が家へと入っていった。

ダンジョンの中はシーンとしていた。スライムや他のモンスターの気配は感じるが、皆怯えたように岩陰に身を潜めている。一体どうしたのだろう。私はすぐに頭を振った。どうしたもこうしたもない。私という化け物が現れたのだから、レベルの低いダンジョン内のモンスターたちが恐怖のあまり襲いかかるのも止めて隠れてしまったのだ。何もおかしな風景ではない。

遠い昔にシアがこのダンジョンで私に言った言葉を思い出す。魔王を倒しきれているかは知らないけれど、他のモンスターから一目置かれる存在にはなれたようだ。その結果、私に与えられたのは地位でも名誉でもなく、孤独だったが。

仲間がほしくて旅に出たはずなのに、今の私のそばには誰もいない。人間たちには攻撃され、モンスターたちには恐れられている化け物の私には、これから先も一緒にいてくれる存在は現れないだろう。

ダンジョンを進みながら、私は唯一の仲間だった勇者へと思いを馳せる。今頃シアは何をしているだろう。魔王を倒すという使命がある以上は旅を続けているはずだ。ゴーレムやハーピィ、吸血鬼の強さを考えれば一人で旅をするなんて事はしない。どこかで同行してくれる人間を募っているに違いない。コミュニケーションが苦手なシアの事だから、きっと上から目線な物言いでやって来た人を怒らせるだろう。でも、一人の人間としての弱さや優しさを持ち合わせている彼なら、遅かれ早かれ仲間が見つかるはずだ。化け物ではない、素敵な人間の仲間が。

急に体に違和感を覚えた。落ちている小石でも体内に侵入したのかと思い、自分の体へと視線を落とすが、そこには何も混じっていない半透明な緑色の肉体しかなかった。異常はない。それなのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろう。まるで、ないはずの心臓を誰かに握りしめられているみたいだ。脳裏にはなぜかシアの姿が浮かぶ。

まさか、シアが私の体に何かを仕組んでいたのか。私はすぐに否定した。魔法の使えないシアがそんな事出来るとは思えない。この痛みは彼が原因ではない。きっと、私の心のせいなのだ。その証拠に、シアが他の人間と共に魔王と戦っている姿を想像すると、胸の痛みは増していっている。

私から彼の元を離れたのだから、彼がこれからどんな人間たちと一緒に旅をしようが私に文句を言う権利はないし、彼の自由だ。だというのに、仲間が見つからないようにと祈っている私がいる。

自分でもワガママだとは思うけれど、彼の仲間は私だけであってほしい。私以外の誰かと一緒に旅をしないでほしかった。

シアと別れてから何度も彼の事を思い出したが、初めて出会ったこのダンジョンにたどり着いた事で私はようやく彼への想いを自覚した。

私にとってシアはただの仲間じゃない。いつもそばにいてほしい、この世界でたった一人の大事な存在だ。たとえ他の人間やモンスターに化け物と恐れられようが、彼と一緒にいられるなら構わない。

私は大きく息を吐いた。今更自分の気持ちに気づいても、人間たちに私の存在が知られてしまった以上は勇者であるシアのそばにいる事は出来ない。戦いの中で獲得した能力も今では私が化け物であるという証拠に過ぎない。何もかもが遅すぎたんだ。

ダンジョンの最奥部一歩手前から脇道へとそれると、見慣れた扉が視界に入った。いつもは中から開けてくれるのを待っていたというのに、まさか自分が開ける側になるとは思わなかった。この扉を開けて部屋に戻れば私の旅は終わり。もう二度と扉が開かないようにしてしまおう。

私は扉に手をついてそのまま押すと、ゆっくりと扉が開き、その隙間から光が漏れ出した。

「本当にここへ戻ってきたか。待ってたぞ」

隠し部屋の中にいた人物が振り返って私を見た。

勇者であり、私の想い人でもある、シアだった。


「どうしてここにいるの? いや、待って。今、『本当に』って言った? どういうこと? まるで私がダンジョンの隠し部屋まで戻ってくるって知らされていたみたいだけど……」

驚いた表情のヒスイが頭に浮かんだらしい質問を次々にぶつけてくる。俺は彼女の事を強く抱きしめたい衝動を我慢すると、片手を前に出して一旦落ち着かせて、部屋にある丁度よい岩に腰掛けるよう促した。彼女は俺の事をしばらく睨みつけていたが、やがて敵対する意思はないと感じ取ったのか、ゆっくりと近くの岩に座った。

ヒスイの反応に俺は少し傷つきながらも、申し訳無さを感じた。吸血鬼を倒したあの時、俺が街の衛兵たちをちゃんと説得出来ていれば、人間が彼女を襲われる事も、彼女が人間を嫌う事もなかったはずだ。こんな事になった責任はこの世界の人々と最低限の関わりしか持たなかった為に、肝心な時に誰も自分の言葉に耳を傾けてくれない環境を作ってしまった俺にある。

「本当にすまなかった」

「勇者がモンスター……化け物なんかに謝らないでよ。それより、さっきの質問は? なんで私がここに戻ってくるって知っていたの?」

目を伏せながら自分の事を化け物呼ばわりするヒスイに、俺は悲痛な気持ちになる。すぐに否定したかったが、彼女の事だ。まずは先に問いかけられている疑問をハッキリさせるように言ってくるだろう。

俺はヒスイの正面にある岩に腰を掛けながら、彼女が街を飛び去った後の出来事を説明する。

「あの後、街は大混乱でな。衛兵たちが出鱈目に魔法や弓矢を放つもんだから、建物が壊れたり人に当たって怪我をしたりして大変だった。ようやく落ち着いたと思ったら、今度は俺が監禁されてしまった」

ヒスイを仲間だと言う俺の事を街の人々は魔法かなにかで混乱させられているのだと決めつけ、落ち着くまで部屋に閉じ込めることにしたのだ。魔王を倒す旅に同行した仲間であり、人間を襲う吸血鬼と戦っていたのだと証言しても、実際に吸血鬼やその眷属の姿を人々が目にする前に跡形もなく消えてしまい、モンドたちがあの街に移り住んできたばかりで顔をロクに覚えられていなかった為、これまで色々な街に出没していた『血を奪うモノ』の正体はヒスイであるという誤解を解くことは出来ず、僧侶や解呪師が交代で俺のところへとやって来ては役立たずの烙印を押されて帰っていった。

「そう。大変だったんだね。ゴメンね。私なんかが仲間だったせいで」

また彼女に悲しい顔をさせてしまった。そんな思いをさせるなら言わなければ良かった。だが、この後の事を話す以上は説明しておかなければならないだろう。

俺は彼女の言葉にはあえて反応せずに話を続ける。

「ドアの向こうに大勢の衛兵が控えているせいで部屋から一歩も出られず、毎日やってくる魔法の使い手たちに色々呪文をかけられては気分が悪くなり、ヒスイの消息も分からないままで俺は気がおかしくなりそうだった。そんな時に頭の中で声が聞こえたんだ」

それは今までにも聞いた事のある声だった。一度目はこの世界にやって来た時、二度目はゴーレムとの戦闘で意識を失った時に聞いたあの声だ。

―――勇者よ。

以前よりもハッキリとして聞こえるその声が告げた。

―――貴方の仲間は今、その旅を終え、元の暮らしに戻ろうとしています。もし、共に旅を続けたければ仲間と出会いし場所へと急ぎなさい。

聞こえてきた時と同じくらい唐突にその声は聞こえなくなった。今の状況に耐えられなくなって聞こえてきた幻聴なのだろうか。正体不明のその声に疑問を抱きながらも、俺はすぐさま行動に移る事にした。

「でも、出入り口は衛兵に封鎖されていたんでしょ? どうやってそれを抜けてきたの?」

「全員倒してきた」

俺の言葉にヒスイは息を呑んだ。行動自体に驚いた訳ではないはずだ。いくら大勢いたとしても街の衛兵程度なら冷静になれば簡単に一網打尽に出来る。彼女だってそんなことは百も承知だ。だから、彼女が驚いているのは『どうやって』ではなく、『なぜ』だ。

俺の予想通り、彼女は理由を問いかけてきた。

「どうしてそんな事をしたの? 勇者といえど、人間を傷つけたらただでは済まないよ?」

「一番最初に質問してきただろ? どうしてここにいるのかって。それと同じ理由さ。ヒスイ。お前に逢う為だよ。お前に逢って、また一緒に旅をする為だ」

「……申し訳ないけど、もう私の旅は終わったから。二度とこの部屋から出ないと決めたの。だから、さっさとここから出て、他の誰かと魔王を倒しに行って」

「違う。旅の目的は魔王を倒す為じゃない。ヒスイと共に生活出来る場所を探しに行きたいんだ」

ヒスイは驚いた表情で俺を見る。俺は立ち上がって彼女のそばに行くと、自分の気持ちを正直に彼女へ伝えた。

「俺は確かに勇者だ。でも、勇者である前に一人の人間、一つの生き物なんだ。自分の使命なんかよりも、もっと特別でもっと大事なモノを見つけてしまった。

ヒスイ、俺はお前を愛している」

俺はそのまま彼女を抱きしめようとしたが、ヒスイは両手を前に出してそれを拒んだ。まっすぐ彼女を見つめると、ヒスイは俺から顔をそらしながら否定の言葉を並べる。

「愛しているなんて言葉、そんな簡単に言わないほうが良いよ。勇者の言っているのはあれでしょ? 仲間として信頼しているってニュアンスを込めたやつ。人間が化け物を好きになるなんてありえないから」

「お前は化け物なんかじゃない。どんなに攻撃されても相手を傷つけたりしなかったじゃないか。初めて倒した吸血鬼だって、戦ったのは自分の為じゃなく俺を助ける為だ。お前より優しい存在はこの世界にはいないよ」

俺は目の前にある彼女の手を両手で掴んだ。ヒンヤリとした感触だが、俺にはそれが心地よい。彼女は俺の手を振りほどこうとしたが、その力はとても弱かった。

「異種族に対して恋愛感情を抱くのはおかしいと言う人間は多い。俺も前まではそうだった。でも、お前と出会って、一緒に旅をして気づいたんだ。好きになるのに種族の壁は関係ないって。誰かを愛するのに重要なのは相手の種族が同じかどうかじゃない。相手の存在そのものが大事なんだ。

たとえこの世界の誰も俺たちの事を認めなくても、俺ずっとお前と一緒にいる」

「そんなの絶対後悔するよ! 異種族間の恋愛についてだけじゃない! 私は……きっと……!」

ヒスイはそこで言葉を止めた。一体何を言おうとしたのか、なんとなく予想はついた。だが、たとえもし、仮にそれが本当だったとしても、俺は彼女の事を愛すると心に誓ったのだ。

気持ちを落ち着けたのか、ヒスイが静かな声でポツリと言った。

「私は、もう自分自身を信用する事が出来ない。人間に化け物呼ばわりされたからじゃないの。それよりも前から自分の存在に疑問が生まれてた」

「知っている。そのせいで俺たち、会話が少なくなって喧嘩しただろ?」

そう言えばそうだったね、と彼女は小さく笑った。腕を引く力が弱くなった。

「どうしてこんな姿をしているのか? どうして人の言葉を喋れるのか? 勇者と一緒に旅を始めた頃から心のどこかでモヤモヤしてた」

彼女はゆっくりと立ち上がる。

「魔王の肉体と互角に戦える異常な回避力。それに彼女たちを倒した後に発現する特殊な能力。明らかに普通のモンスターなんかじゃない」

俺の体に翡翠色の肉体がぶつかり、胸から下にかけて柔らかな感触が拡がる。

「そんな得体のしれない私の事を愛せる? いつ正気を失って人間たちに襲いかかるかもしれない、こんな私をそれでも信じる事が出来るの?」

「当たり前だ」

不安そうな顔で俺を見上げる彼女を力いっぱい抱きしめた。

「お前が自分の事を信用出来ないというなら、代わりに俺がお前を信用してやる。お前がなんであっても、俺はずっとお前の味方だ。もう一度言うぞ。

ヒスイ、お前を愛している」

二度と離れないように、人間が相手なら骨が折れるのではないかと思えるほど強く抱擁をする。俺の胸に体を預けた彼女は嬉しそうに笑いながらその瞳から涙を流した。

「ありがとう。私もシアの事が大好き」

そこがダンジョンの隠し部屋だと言うことも忘れて、俺たちは抱きしめあった。

勇者や魔王などもうどうでも良い。ヒスイさえそばにいてくれたら、それだけで充分だ。

こうして、俺たちは恋人となった。

そして、俺たちは愛を誓い合う事で、大事な問題から目をそらしたのだった。

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