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10:化け物

銀髪の吸血鬼はその翼を羽ばたかせると夜空へと舞い上がった。そして、左腕を前に差し出すと、周囲にいくつもの氷の塊が形成され、鋭利な先端を私に向けて飛ばしてきた。

自分の腰ほどの太さを持つ氷を躱しながら、私は相手を観察する。

眷属であるモンドが爪や牙でシアに襲い掛かっていた事から、主人であるダンビィも同様の攻撃が出来ると考えて良いはず。

それなのに彼女は私への戦闘について空からの遠距離を選択した。彼女の操る氷がそれだけ強力で厄介だという事だろうけど、わざわざ距離を取った理由としてもう一つ可能性が考えられる。私が手にしている回復薬の存在だ。

未だに苦しんでいるモンドの姿を見れば、これが吸血鬼にどれだけ効果があるのか一目瞭然だ。自身に対する特効アイテムを持っている相手に接近戦を仕掛けるほど戦闘狂には見えない。攻めるためよりも守りのために空へフィールドを移したと考えるのが正しいだろう。

実際問題、ダンビィに空中へ行かれてしまったのは私からしたら痛手だ。只でさえ距離を取られたら回復薬を当てられるか不安なのに、縦方向に関しても座標を合わせなければならないとなると、途端に難易度が跳ね上がる。

何とかして近寄る事が出来ないだろうか。そんな事を考えながらつららを躱そうとした時、私は足を滑らしてその場に倒れてしまった。幸い氷塊は頭上を通過していく。命拾いした。なぜこんなタイミングで転けてしまったのだろう。それになんだか甲冑越しに寒さを感じる。

地面に顔を向けると石畳の表面がガラスのように月明かりを反射していた。暗くて気が付かなかったが、足元が一面氷張りになっていたのだ。

「なるほどね。氷の路面で機動力を削ごうって事?」

バランスを取りながら何とかして立ち上がり、夜空に舞う少女へ話し掛けた。透き通るような銀髪の姫君はつららを作るのを一旦止めて話に応じる。

「当たり。動きにくい?」

「それなりに。流石は上位モンスター。近距離遠距離両方に対応出来るうえ、こんな周囲の環境にまで影響を与えるなんてね。私なんかとは大違い」

意識を戦闘から会話へ向けさせようとわざとらしく感心した口調で言った。だが、それが気に障ったのか、それともモンスター扱いしたことが彼女のプライドを傷付けたのか、ダンビィは私と相対してから初めて感情を露わにした。

「貴方嫌い。これどう?」

何かを持ち上げるように左腕を頭上に掲げる。一体何をしているのか分からなかったが、不機嫌そうな表情を見る限りただのモーションでは無さそうだ。

私は注意深く相手を見つめながら周囲に気を配る。すると、足元の氷のフィールドから不自然な音が聞こえた。

地面の氷が割れ、細かい氷の礫が弾丸のように襲いかかってくる。私はガードしようと体を動かしたが、それよりも一瞬早く、無数の氷が金属製の甲冑を貫通してきた。

削れた氷の結晶が粉雪のように舞い上がり、あたり一面を覆い隠す。それが治まって視界が晴れると、ダンビィが面白く無さそうに言葉を発した。

「やっぱり。おかしいと思った。貴方もモンスターだったんだ。よく無事だったね」

私は蜂の巣にされた甲冑から抜け出して、その場に立っていた。甲冑の中で髪を防具のように巻き付けていた事で、氷に体を貫かれる直前に硬化させて身を護る事が出来た。

「もしかして、今のがとっておきだったりする? そんなんじゃ、私を倒す事は出来ないけど?」

私は余裕ぶった口調で頭上にいる吸血鬼を挑発する。半分はハッタリだった。今みたいな小粒の氷であれば髪を盾にして防ぐ事は出来るが、もしさっきのようなつららほどの質量を持つ攻撃が来たら、いくら硬化させたとしても無事では済まないはずだ。

だからこそ、それを悟られてはならない。私には遠距離攻撃は通じないと思わせる必要がある。

「それでも近づかない。このまま遠くから疲れさせる」

相手は思ったよりも冷静だったようだ。仕方がない。それなら、こちらから向こうへ近づくしかないだろう。

私は硬化の力を使う時のように意識を自分の髪へと集中させる。すると、深緑色の髪の毛が明るい黄色へと変化していった。

私の両足が地面から離れる。驚いて攻撃する事を忘れているダンビィへとゆっくり近づいていく。

「スライムなんかが空を飛べる訳ないと思った? 今度はこっちから攻撃させてもらうから」

ハーピィとの戦闘後に手に入れた浮遊の能力で吸血鬼と同じ高さまでやってくると、辛うじて割れずに残っていた回復薬を両手に構えながら私は言った。


ヒスイとダンビィが空中で熾烈な攻防を繰り広げている。回復薬を投げずに直接ぶつけようとしているヒスイに対し、吸血鬼の幼姫は爪を氷で伸ばし相手を引き裂こうとしている。俺はただそれを地上から眺める事しか出来なかった。

気がつくと周囲が少し騒がしい。人目につかない路地とはいえ、激しい戦闘により音と衝撃が街中に響き渡ってしまった。街の人々が異変に気がついてしまうのも無理はない。

なんとか群衆が集まる前に決着をつけなければ。そう思ってはいるが、戦いの場が空中である以上、俺には手出し出来ない。

いや、仮に彼女たちの戦闘がこの路地で行われたとしても結果は変わらないだろう。酔いがほとんど冷めたとはいえ、下手に間に入ればヒスイの邪魔になってしまう。あの二人と俺にはそれほど歴然な力の差があった。

だが、このままこの戦いを黙って観戦している訳にはいかない。なんでも良いからヒスイが有利になるようにサポートをしなければ。俺は力強く剣を握る。

俺が決意に満ち溢れているのは、勇者としての使命感からではなかった。ヒスイが必死に戦っているその姿が、俺に勇気を与えた。彼女の為にも何か出来る事はないだろうか。

「クソぉ……。まさか、ヒスイさんが勇者の仲間だったなんて……」

声のする方へ視線を向けると、先程まで倒れていたモンドが壁に手をつきながら立ち上がろうとしていた。ヒスイが投げた回復薬によって顔の右半分は真っ赤に焼け爛れ、一番損傷の激しい右腕は肘から下が無くなっていた。

重症を負ったモンドは空中で戦っている二人を見つめた後、剣を構えている俺へと顔を向けた。

「どうやらあちらには僕らの出番は無さそうですね。どんな気分です? 勇者の癖に吸血鬼はおろかスライム如きに取り残されるのは?」

見え見えの挑発だ。怒りでスキができた俺を返り討ちにしようという魂胆なのだろう。俺は落ち着いて、相手との間合いを図りながら、質問に答える。

「悪くはないな。そのお陰で人間のふりをしていた吸血鬼の眷属を倒す機会が出来た」

「ま、まさか、元人間の僕を殺したりなんかしませんよね? こんなにも傷ついているんですよ?」

アテが外れた眷属は今度は情に訴えかけようとしてくる。恥知らずにも命乞いをするその姿に俺は少し腹が立った。

「元人間だっていうなら、なんであの吸血鬼が街の人を襲うのを止めなかったんだ? お前は他の人間の命が失われるのを黙って見過ごして、吸血鬼の下僕になる事を選んだんだ。その時点でお前はそこらにいるモンスターと代わりない」

「モンスターを仲間にしている貴方が偉そうにするな! 貴方だってあのスライムを愛しているんでしょう⁉ それなら貴方も私と同類のはずだ!!」

ヒスイへの気持ちを見抜かれて、俺は一瞬だけ動揺して剣先を下ろしてしまった。重症の眷属はそれを好機と見て、飛びかかってくる。

勇者を舐めるな。俺は身をかがめて相手の爪を躱すと、そのまま懐に入り込んで剣を振り上げた。

体を縦に両断された眷属は断末魔の叫びを上げながら、最期に愛する者の名前を叫んだ。

「ダンビィィィィイイイッッ!!」

ヒスイと一進一退の攻防を繰り広げていた眷属の主は、その声を聞いてほんの一瞬動きを止めてしまった。

時間にすれば一秒にも満たないその瞬間をヒスイは見逃さず、手にした二つの瓶を頭と胴体へと叩きつける。

俺が空中に顔を向けた時には、その白銀の髪や漆黒のドレスが割れた瓶の中身で濡れていた。一拍間をおいて、金属音のような声にならない悲鳴が夜空を駆け巡った。

甲高い声を発しながら美しい吸血鬼がその身を焼かれていく。真っ白い肌が赤黒く変貌すると、鳴り響いていた音が消え、肉体が地面に向かって落下しながら崩壊していく。

魔王の肉体を宿したモノの特徴である、光り輝く粒子を崩れた体から放出すると、地面へと叩きつけられる前に亡骸は消えていき、白っぽい光は夜空に佇むヒスイへと吸い込まれていった。

俺も少しは役に立ったかな。少し達成感を覚えながら、俺は空に浮かんでいる彼女へ声をかけようとした。

「ば、化け物だぁぁああぁぁ⁉ 空に化け物がいるぞぉぉぉ!!」

背後から突然声が聞こえる。振り返るとそこには衛兵を引き連れた酒場の店主が立っていた。彼が指差すその先には戦闘を終えたばかりのヒスイがいた。

「ま、待ってくれ! 彼女は俺の……」

俺は彼らの前に出て、ヒスイが自分の仲間である事を説明しようとした。

だが、彼らの視線が俺へと向いた事で、路地に横たわっている男性の遺体が彼らの目に映ってしまった。すぐに一人の衛兵が駆け寄り、様子を確認する。

「血液が抜かれている⁉ これはまさか、他の街で出没している『血を奪うモノ』の……」

「あの化け物だ!! あいつが『血を奪うモノ』だぁっ!!」

「勇者さまをお守りしろっ!! 魔法や飛び道具でヤツを追い払えっ!!」

俺の制止を聞かずに、衛兵たちが空から見下ろしている人型のスライムへ攻撃を仕掛ける。

俺はなんとか止めさせようとしたが、冷静さを失った衛兵たちは一心不乱にヒスイへ的を絞った。

彼らを止めることが出来ない。俺は振り返り、空を見上げた。

「ヒスイッ!!」

化け物呼ばわりされた彼女はただ悲しそう表情でこちらに一瞥を送ると、そのまま暗い闇の中へと消えていってしまった。

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