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役割を放棄した元勇者は逃げた先の森の奥地でどうやら開拓を始める様です。  作者: 彼岸花
第1章:勇者、役割を放棄して未開の森に住むことにする。
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第8話:元勇者と元魔王は共に暮らす事にする。

 「まぁ今日のところはオニキスとベリルにやられて怖い思いもしただろうし何もしなくていい。メシもこっちで用意するからゆっくり休んでろ」

 「あら、優しいのね。でも心配しなくても大丈夫よ?」

 「…強がりはやめとけ。自分でも気付いて無いのかも知れんが、さっきからずっと震えっぱなしだぞ?」


 ローズマリアは起きてからずっと微かに身体を震えさせていた。

 会話の途中から高圧的な態度を取ったりもしていたが、その時も勿論、今現在でさえもそうだ。

 撃墜されて死にかけたのに加え、ヘルハウンドとブルーブリザードに敵意を向けられ、更にフェンリルに睨まれていたんじゃあ無理も無いだろう。

 一緒に生活すると決まりはしたが、オニキスとベリルはまだ警戒を解いていない。まだ仲間だとは受け入れて無いのだろう。今日来たばかりの縁もゆかりもない相手に気を許せというのも無理な話だが。


 「へ、平気よっ!」

 「声が上ずってるぞ。あ、もしかしてリル達と一緒は怖いとか?」

 「誰がっ!…別に怖いとかじゃないけど…ただ今日来たばかりの私をこの拠点に放っておくのは不用心じゃない? 私が泥棒とかだったらどうするの?」


 1人でいるのを避けたいと、ローズマリアは遠回しにそう言っているように聞こえる。というか図星だろうな。


 「魔王だろ。それに変な事すればオニキスとベリルが黙ってないぞ」

 「ウォンッ!」

 「キャンッ!」

 「ひぇっ!?」

 「…寝床を許可無く荒らそうと言うなら私も黙って見ておれんな?」

 「ひぃっ!?」


 遠回しの表現をした結果がリル達に釘を刺され、ローズマリアの顔から血の気が引く。


 リルはともかく、オニキスとベリルから見てまだローズマリアは警戒対象なんだろうな。リルは余程の事でなければ警戒するまでも無い相手と見ている様だけど、その余程をやらかす前に釘を刺したってとこだろうな。


 「…仕方ない、じゃあ俺について来てくれ。はぐれるなよ?」

 「…うん、そうさせてもらうわ」


 ここに1人置いてもリル達が横にいて睨まれてちゃ気も休まらないだろうしな。

 翼の怪我もあるから無理はさせないようにするか。


 「ウォンッ!」


 ん? オニキスがついていくって? ああ、迷ったら大変だもんな。…それに見張りは必要? まぁローズマリアも滅多な事はしないと思うけどな。


 尻尾を振りながらオニキスは同行する意思を見せてくる。リルとベリルが残るのならむしろ心配なのは森を歩き慣れていない俺達の方、ということか。


 「じゃあオニキスに用心棒を頼むかな」

 「ええっ…?」

 「ウウゥゥ…!」


 オニキスの同行を求めた俺に対してローズマリアは不服そうな態度、そしてその態度に"文句あんのか?"とばかりにオニキスが唸り声を上げていた。

 

 とりあえずこの場における序列だが、当然ながら一番上にあるのは元々ここを寝ぐらにしていたリルで、次いでその寝ぐらを間借りする許可をもらった俺になる。オニキスとベリルはその次であり、ほぼ同列ながら自ら動く事の多いオニキスの方がやや下に見える。

 そして最後はローズマリアだ。まぁオニキスとベリルも"新顔にデカい面をさせる訳にはいかない"と思っているんだろう。俺以上にローズマリアへの当たりが強い。


 そんなこんなで俺達は森に足を踏み入れる。

 主に動くのは俺とオニキスになるだろうけどな。


 「オニキス、待て」

 「ウォン」


 正面にいる魔物に気付いた俺はオニキスに待機を命じる。

 千里眼のスキルで発見したのは巨大な蟲型の魔物の幼体、タンクワームだ。成長するとやはり巨大なチャリオットビートルと呼ばれる魔物になる。

 他の地域で見つけた時は確か猪型の魔物くらいの大きさだが、このタンクワームは大型の牛ぐらいはあり、かなり大型の個体だ。

 これも人喰いの森という環境のせいだろうか。


 「食いでがありそうだなぁ」

 「ウォン!」

 「ちょっ、あんなの食べるつもり!?」


 ローズマリアは都会育ちなのだろうか、どうやらタンクワームの肉を知らないらしい。蟲の肉は栄養もあるし、他の魔物の肉に比べて旨味が強い。最悪、調味料なしに食えるくらいだというのに。特にあそこまで育ったタンクワームなら尚更だ。俺とオニキスはその味を想像し、ついよだれが止まらなくなっていた。


 「よしオニキス、今日はご馳走だ!」

 「ウォーン!」

 「冗談でしょ!?」


 そういえばダイアナも最初は躊躇ってたっけかな。"こんなもの、人の食べるものではない!"とか言っていたくらいだ。元農民だった俺は食料不足の時にはよく蟲には世話になっていたし、ハザクも駆け出しの盗賊だった時はよく食べていたとか言ってたな。意外だったのはアウロラで美味ければ見た目は気にしないと言って俺達よりよく食べていた。

 最後はダイアナも渋々口にしていたが、食ってみると土臭さと見た目さえなんとかすれば、見た目に反して美味いと目から鱗が落ちたような事を話していたのを覚えている。


 さて、囀っている元魔王様は置いておき、俺とオニキスは早速今夜のご馳走を仕留めに動き出す。

 先ずは移動しているタンクワームの動きを止める事からだ。

 タンクワームの移動速度は普通の人が走るよりも少し速く、逃げられても追いつけない程ではないにしろ少し面倒だ。そこでオニキスをタンクワームの眼前に回り込ませる。

 タンクワームもまた魔物だ、明らかに強い相手からは逃げようとするが、正面への逃げ足はそれなりに速いものの旋回能力は決して高くはなく、オニキスに正面に回り込まれたらそれを避けるしかない為、逃げ足はどうしても遅れてしまう。

 あとは後詰めに回った俺が無防備な背後からタンクワームの身体を駆け上り、急所の頭を脳天から貫けばそれで狩猟完了だ。


 「ウォンウォンッ!」

 「いいぞオニキス!後は任せろっ!


 斯くしてタンクワームを無事に仕留め喜んでいた俺達だったが、ローズマリアはやはりまだ忌避している。そっちがそうなら俺もどうあってもその口にねじ込ませてもらうからな。


 さて、仕留めたタンクワームだが、このまま食うには流石に土臭さが酷く、とても食べられたものではないのは確かだ。

 タンクワームの主な食事は腐葉土で、その身体の中の半分ほどは消化しきれていない食べ残しと糞である。

 腹を割いて腐葉土と糞を取り出すとかなりの量になる。これはそのまま肥料として使えるので大きい革袋になるべく詰めていく。

 腹の中をおおよそ取り出した後は随分と軽くなる為、そのまま担いで運ぶだけだ。


 「後は適当に臭いがキツくならない様な香辛料が生えてればいいんだけど…」


 周囲を探してみると、口で噛み潰すとツンとした香りを放ち強烈な辛味を出す実をつける植物や、刻んで料理に入れるとピリリと辛い真っ赤な実をつける植物が生えていた為、少し拝借する。

 あとはそればかりでは辛いだけなので果物もいくつか捥いでいこう。


 「本気で食べる気なの…?」

 「食べないなら自分で狩りでもするか? 今日のメシはコイツ使った料理しか作らないぞ?」

 「そう…なら自分で何か仕留めてやるわ!」


 ローズマリアは余程食いたくない様で、自分で狩りを行うつもりらしい。それを別に止めるつもりは無いが、果たしてローズマリアが何か獲物を仕留められるのかはまた疑問だ。まぁやりたい様にやらせてみよう。


 「それはいいけど、コイツを持ち帰ってからだな。あと獲り過ぎて腐らせるのもナシだぞ」

 「わかってるわよ、食生活が豊かとは言えないんだし」

 「いや十分豊かだろ。なぁオニキス」

 「ウォン」

 「皮肉よ!ひ・に・く!」


 俺達からすれば食いでも栄養もあり美味い肉が手に入ったつもりなんだけど、ローズマリアはまだまだ不満な様子。この都会っ子め。


 そうこうして俺は拠点にタンクワームの肉を置いていく。

 やはりリルとベリルもタンクワームを見て喜んでいたので俺達の感覚がおかしい訳ではない。そして味方がいなくなったローズマリアはがっくりと肩を落としてうなだれていた。


 「…で、ローズマリアは何を狙うんだ?」

 「さぁね。少なくとも蟲の魔物だけは選ばないわ」

 「そうか、じゃあそっちも楽しみにさせてもらうか」

 「…ウォンッ」


 ローズマリアの宣言にオニキスも"お手並み拝見といこうじゃないか"とばかりに不遜に吠えている。

 まぁ正直俺も期待はしてはいない訳だが。


 ─────


 「カイザースコーピオンか。揚げると美味いな」

 「猛毒持ってる魔物じゃない!逃げるわよ!」


 「サファイアファータランチュラだ、塩茹でかな」

 「これもダメッ!」


 「お、シルキーモスのサナギだ。煮込むと美味い」

 「…生理的に無理」


 「ウォンッ!」

 「グラトニーホッパー!? もうっ、なんで蟲ばっかりしか出てこないのよォォ!」


 ローズマリアは行く先々で蟲型の魔物ばかりと出会う。ちなみに出会った魔物は見事に食用にされる蟲の魔物で、むしろ美味いとされている魔物ばかりだ。

 本当なら全部食べたい所だが、この狩りはローズマリアが自ら仕留めて食うと言ったものなので全て仕留めずにそのままにしている。

 …ちなみに千里眼のスキルで見る限りはそこかしこに四足歩行の獣型の魔物や鳥型の魔物もいるのだが、彼女は見事に全て見逃していた。


 「あっ、コイツなら…!」

 「プワゾンフロッグだ、コイツはダメだぞ。俗称キッチンスタナー、味も香りもいいらしいけど一口で致死量になる毒を全身に持ってる。俗称の由来は暗殺にコイツを使おうとしたシェフが触ってひっくり返ってたって逸話からだ、カエルだけにな」

 「全然上手くないからね?」


 出会う魔物出会う魔物、見事に蟲型か猛毒持ちという見事なまでに運に恵まれないローズマリアはそろそろ疲れてきた様で、たまたま通りがかった小川で休憩に入ろうとしていた。


 「はぁ…なんでこんな…」

 「まだまだだな」

 「…そういうあなたは蟲や毒持ちじゃない魔物の1匹くらい見つけたの?」

 「勿論。ギリーアウル、ブランチホーン、モスブルトード、ホーンドラビにグラスバジリスク、それからあとは…」

 「なんでそんなにいて見つからないのよ…」


 こればかりは正直ローズマリアの観察不足としか言いようがない。

 今挙げた魔物の大半は確かに良く観察しなければ普通は見つからない擬態の得意な魔物ばかりだが、中には狩人の基本的な知識さえあれば見つかる魔物もいる。特にホーンドラビはよく見ればそこかしこで巣穴が見つかったし、その目印とも言える小さな糞も多数あった。それこそ気付かない方が悪いと言い切れるくらいには。


 「そりゃあ一部見つけにくい魔物も混じってるし、俺には千里眼のスキルがあるしな」

 「それインチキじゃない!」

 「スキルをインチキ呼ばわりするのはどうかと思うぞ。それに見逃した魔物の中には見逃した方が悪いような魔物も多いし、あまり遠くばっかり見てるから足元にいたホーンドラビにも気付かないんだろ?」


 実際、一度だけだが警戒心の薄いホーンドラビが森の奥ばかり見ているローズマリアの足元で木の実をかじっていた。擁護のしようもない周囲への注意力不足である。


 「…わかったわよ、だったらこうすればっ!クラスターボム!」


 ローズマリアが注意力不足を指摘されて開き直ると、地面に向けて爆発を引き起こす魔法を放つ。

 こうすれば確かに中には驚いて逃げ出す魔物もいるだろう。動かないなら動かしてやればいいという考え方は悪くない。ただこんな乱暴なやり方がどこでも上手く行くかはまた別の話だ。


 「キー!キー!」

 「うん、これは怒らせたな」

 「ウォン」


 ローズマリアが引き起こした爆音は確かに周囲の魔物を驚かせ、動かす事には成功した。

 ただし問題は驚いた魔物が必ずしも逃げ出す訳ではないという点だ。


 「アーミーバットだ、怒らせたら群れでいつまでも襲ってくるぞ!」

 「ウォンッ!」

 「あっ!いつの間にっ!」


 一緒に襲われるのは御免被ると俺とオニキスはさっさと距離をとっていたが、ローズマリアは動き出す魔物を探していた為に逃げ遅れ、アーミーバットに目をつけられてしまう。


 「薄情者っ!わかってたなら言いなさいよっ!」

 「大きい音出すからわかってると思ってたからな!お望み通りの蟲でも毒持ちでもない魔物だぞー!」

 「だからってこの数は聞いてないわよ!」


 アーミーバットは既にローズマリアの頭上を覆う様に飛んでおり、今にも噛み付いてやろうとしている。


 「近付かないでっ!」


 ローズマリアが腕に魔力を込めて火を灯し、それを振り回してアーミーバットを追い払おうとするが、アーミーバットはその程度で怯みはしない。

 自分達の縄張りの秩序と平穏を乱す者には群れ全体で命掛けになってでも襲いかかる魔物だ。火など大して恐れもしない。


 「これだから温室育ちは…。おーい!生半可な攻撃じゃダメだぞー!全部まとめて落とすくらいのつもりじゃないとコイツらは追い払えないからなー!」

 「誰が温室育ちよ!そんなの強力な火属性の魔法とかしかないじゃない!火事にでもなったら!」

 「半端な火力ぐらいじゃ燃えないくらいここの木は燃えないから大丈夫だからとにかくやるんだ!」

 「ウォンッ!」


 ローズマリアに助言をしてやるが、彼女は火事を恐れていた。確かに森の中で火属性の魔法を放つのは禁忌とされているのでわからないでもないが、そうであれば炎を吐けるデスハウンドの上位種であるヘルハウンドのオニキスはどうなる、という話だ。そしてまさにそう言いたいのか、オニキスも俺の横で吠えていた。


 「わかったわよ!やればいいんでしょやれば!火事になっても知らないからっ!ドラゴンブレスッ!」


 ローズマリアが素早く印を切り、かざした掌から強烈な火炎放射を放つ。

 ドラゴンブレスは龍の息吹を模した火属性の上位魔法であり、まともに食らえばそれこそ骨まで焦がす強烈な火炎を浴びせる魔法だ。

 個々の身体の小さなアーミーバットはそんな火炎を浴びせられてはひとたまりも無く、次々に炎に飲み込まれては消し炭となって地面に墜ちていく。


 やがてアーミーバットは半数ほどが堕ちたのだろう、群れが全滅しかねないと判断したのか、霧散するようにローズマリアの頭上からあっと言う間に逃げていく。魔物ながら鮮やかな退き際だ。

 そしてそれと同時に驚かされたのはローズマリア自身の実力だ。いや、驚かされた、という言葉は今更ながら失礼だ。

 若いからと彼女を侮っていたのは認めよう。伊達に若くして魔王という肩書きに名を連ねていた訳ではなかった。

 ドラゴンブレス程の魔法を印を切るだけで放てる魔導士などそうそういるはずも無く、俺自身それが出来る程の高位の魔導士はアウロラぐらいしか知らない。

 アウロラもローズマリアと同等の実力はあると思うが、仮に二人が魔法を撃ち合ったとすれば恐らくはデーモン族特有の魔法に対する抵抗力も相まって、軍配が上がるのはローズマリアの方だろう。加えて保有している魔力もやはりデーモン族である彼女の方が多いのはまず間違いない。持久戦においてもローズマリアの方が有利な筈だ。

 かつては魔王の中にも今の連合国の領土を侵そうと考えた魔王はいたと聞いているけど、もし彼女がそれだったとして本気で連合国を攻めていたら、少し対応が遅れただけで街一つくらい簡単に吹っ飛んだだろう。

 彼女は城から指示を出すばかりだったし、俺達勇者の存在を考慮しなければ連合国軍を簡単に蹴散らせるだけの兵力や戦術はちゃんと敷かれていた。

 こうして自分がちゃんとドジを踏まない様に動けば魔王と呼ばれるに相応しいだけの魔法の技術を持っているし、その地頭の良さも国の発展に大きく寄与していたんだろうな。正直、過激派、武闘派の魔王じゃなかったのは幸いだった。


 「間違いなく魔王の実力だな…正直驚いた」

 「だからそう言ってんでしょ。それにしても…あーびっくりした」

 「まぁそれは一旦置いといてだけど、狩りの結果はそれでいいのか?」

 「…へ? あっ、ああーっ!もう!全部真っ黒焦げじゃない!」


 なるほど、魔王の実力はあっても魔王の貫禄は無いな。いや、もう部下もいなければ魔王ですらないのか。

 そう考えればローズマリアは魔法がすごく得意な少し世間知らずな魔族の女の子と見ればなんか納得出来る。あと少しそそっかしいのかも知れないな。


 さて、ドラゴンブレスの影響だが、ローズマリアが撃ち落としたアーミーバットは漏れなく消し炭になったのは置いておくとして、木々にも当然強烈な火炎が浴びせられた訳だが、葉っぱは既に焼けて消し飛び、枝も燃え落ちたものの、幹に関しては表皮が焼け焦げただけに終わって既に燃え尽きた様だ。

 まだ地面に根差した状態の人喰いの森の木々は炎に強く非常に堅いのだが、それですら一瞬で焼き尽くすのはローズマリアの魔法の実力が高いという事だろう。勿論延焼しない木々も凄いのだが。


 「…さっきのでここら一帯の魔物が逃げたな」

 「えっ?」

 「そりゃそうだ。あんな派手に爆発起こしておまけにとんでもない炎を撒き散らしたんだ、俺が魔物の立場だったとしても少なくとも一旦逃げて様子見だ。それが自分に向けられるかも知れないのに呑気に突っ立ってる訳ないだろ? 蟲型の魔物ならともかくさ」

 「そ、そんな…!」


 千里眼で見回しても魔物達の大半はもう既に遠くまで去ってしまっている。その事実をローズマリアに教えてやると、彼女は目に見えてショックを受け、膝をついてしまっていた。


 「こうなったらあの蟲を…いや、絶対にあの蟲だけは…」


 うん、そんなに食べたくないんだな。この世の終わりみたいな顔してるわ。

 まぁそこまで言うんなら無理矢理食べさせるのも悪い気がするし、出来たら自分の意思で食べて欲しかったんだけどな。物は試しって言うしさ?


 「…仕方ないな。ローズマリア、食べるなら何の肉がいい?」

 「え? ううん…そうね、ここまで移動してくる間は干し肉みたいな保存食ばかりだったから…脂の乗った猪肉とか食べたいわね…」

 「わかった、ちょっと待ってろ…!」

 「えっ…!」


 千里眼のスキルで辺りを見回し、ローズマリアの希望に合いそうなよく肥えたビリジアンボアが逃げ遅れているのを見つけた。

 ビリジアンボアは落ちた果実を好んで食べる猪型の魔物でなかなか見当たらない珍しい魔物だが、丁度手の届く位置にいるのを俺の眼が捉えた。

 折角ローズマリアも頑張った訳なので俺も少し頑張ってやるとしよう。久しぶりに頑張るので少し念入りに準備運動だ。


 ─────


 ええと、正直なところを言うと、私はこの元勇者だって言うディランという男を見誤っていた。

 そりゃあリルって名前を伝説の神獣フェンリルに付けたっていうのもそうだし、その寝ぐらを間借りしてるのも凄いし、2対1だったとは言え空にいる私を撃ち落としたヘルハウンドとブルーブリザードっていう伝説一歩手前の魔物に認められてるのも凄いとは思うけど、実際その実力の片鱗を見て驚かされたわ。

 それでもディランは多分、全力のほんの一端だけしか見せていない。勇者の肩書きは伊達じゃないんでしょうね。


 ディランは少し待ってろと言っている間に軽い準備運動をしていたけれど、その間に全身の筋肉という筋肉に魔力を通わせていた。

 いわゆる肉体強化、そして肉体保護。それでもいきなりやると身体を痛めてしまうから準備運動をしていたんだと思う。

 準備が整ったと同時に持っていた魔道具にも魔力を通わせて槍の型に変えると深く息を吸い込んで小さく吐き出していた。

 そして一瞬時間が止まった様な錯覚と同時にディランが消えた(・・・)

 正直、肉体強化の点だけ言えば魔族ではギガンテス種やサイクロプス種が得意で、特にそれに秀でた魔王もいた歴史はあるけれど、ディランの場合は多分その比じゃない。無理に身体能力を引き出すから肉体強化には肉体保護もセットで行わなければ、その後の反動に耐えられない。そして肉体保護にも限界はあるからそれ以上の肉体強化も当然できない。

 彼の場合は魔力による肉体保護のレベルが桁違いなのがその筋肉に通う魔力の流れを見てすぐにわかった。肉体保護のレベルが高ければそれだけ肉体強化も高いレベルで行えるからこそ、ディランは正に消える様に走り出したって事になる。

 そのレベルの桁違いさの現れが、彼が最初に蹴った地面の大穴であり、走った先にあった木が薙ぎ倒されていく様って訳ね。


 そして少しして彼は帰ってきたわ。頭が飛んでいったみたいに無くなったビリジアンボアを肩に担いで、ね。

 

 それだけ強力な肉体強化と肉体保護なら魔力の流れを見ていればわかるからいいけど、それを悟らせないレベルで肉体強化と肉体保護をされたとして、多分目で追い予想を立ててどうにか避けれるかどうか。

 多分パパも魔法無しじゃまともに渡り合うのも厳しいかも知れないわね。


 とにかく、彼が勇者として本気で魔王領に攻める気が無いのは救いだわ。

 それに勇者の剣があって本気で攻めてきたら彼たった1人にどれだけの魔族が命を落としてたかもわからない。気が変わられても困るし、ここで暮らすって言うのなら私も彼が魔王領に攻めたりなんて考えないように、どうにかして留め置かないとね。

 その方法は少しだけ、頭の中には浮かんでいるけど…問題は私一人で抑えられるか…かしら。

 そうだとしても先ずはディランといい関係を築いておく事に越したことは無いわ。出来る事からやっていかないと、ね。


 ─────


 「危ない危ない。久しぶりにやったらもう少しで貴重なビリジアンボアを挽き肉…いや、肉片にするトコだった」

 「…そう。さっき、あなたは私を魔王の実力だって驚いてたけど、私もあなたの実力を見て驚いたわ。間違いない、勇者ってのはホントだったのね」


 さっきまで文句ばかり垂れていたローズマリアだったが、戻ってきて開口一番、まさか俺を見直しているような言動を口走ってきて俺は呆けてしまう。


 「…ああ、まぁ事実じゃあるけどひけらかすつもりはなかった。それに俺には確かに肉体を本来の限界以上に引き出す力はあるけど、魔法は最低限を一通りしか使えない。ローズマリアの印を切るだけで上位魔法をぶっ放すみたいな器用な真似は出来ないぞ?」

 「それを言ったら私だって魔法を操る技術は誰にも負けない自負はある。その反面、白兵戦に関しちゃ連合国軍の騎士くらいなら蹴散らせても、それ以上のレベルの相手じゃ魔法無しじゃ勝てる自信はないわ」


 思わずぶっきらぼうに言葉を返したが、ローズマリアも俺と似たような言動を返してきていた。

 詰まる話が俺とローズマリアは見事なまでに対極的であり、それでいてどこか似た者同士なのだろう。彼女と話していて、何故かそう感じさせられる。


 「私もそうだけど、多分あなたも自分で背負い込む様なところがあったんじゃない? で、私の場合は家族と家族同然のメイドが、あなたの場合も似たような人が、それを察してくれた。そうよね?」

 「ああ。俺の場合は家族同然の仲間達だな。俺の場合は勇者、ローズマリアの場合は魔王か? お互い自分の立場が嫌になって投げ出そうとしたら、後の面倒をそいつらが快く引き受けてくれた。そうだろ?」


 話せば話す程にお互いが似た者同士だと思えてくる。細かい所まで言えば異なるところもあるだろうけど、大筋では殆ど同じだ。


 「まぁ引き受けてくれたのはメイドが大半ね、家族の方には押し付けた感じにはなるけど…多分わかってくれてるとは思うわ。正直悪いとは思ってる、けどその反面、後押ししてもらった以上、引き返すのもその後押しを無碍にしちゃうし、精一杯今を満喫しようと思ってる」

 「…俺もだ」


 真逆な様で似た境遇だった事にお互いに気付き、俺とローズマリアは意気投合してしまう。

 "得意分野は誰にも負ける気はしないものの苦手分野はせいぜい人並みに毛が生えた程度"、"元ってのは同じでも勇者と魔王"という似ていてまるで真逆な部分があり、その一方で自分の立場に一人ずっと苦悩してきた事、頼れる仲間や近しい人物が"後は任せろ"とそれを文句一つ言わずに引き受けてくれた事は共通する部分だ。


 「結局、何でもかんでも背負い込んだ結果が自分の役割を投げ出す事になった訳だ」

 「まぁそのお陰で何の因果か、元勇者と元魔王が変な所で出会って笑い合ってる訳だけどね」

 「はは、間違いない」


 酒があれば乾杯でもしていた所だろうな。

 魔族だからと毛嫌いするつもりはないが、ローズマリアの出方次第では俺達は争い合っていたかも知れない。もっと言えば、あそこで俺が彼女を救ってなければこうやって話してすらいなかった。

 だがそうはならず、こうやって笑い合えているのだから、人と魔族はちゃんと分かり合えるのだと確信できた。

 惜しむらくは俺達はその枠組みの外に逃げてきた事だが、もうそんなしがらみに付き合わされるつもりはない。せいぜい枠の外から枠組みの中もそうなってくれるのを祈るだけだ。

 自分達は自分達で生きる、その為に課せられた役割を放り出し、仲間達に面倒を引き受けてもらったのだから。

 

 ─────

 

 ──どういう星の巡り合わせがこの数奇な元勇者と元魔王の出会いを演出し、笑い合うこの瞬間を生んだのか。それは神のみぞ知る事だろう。

 連合国軍と魔王軍、つまりは人族と魔族の象徴だった2人が意気投合できるのならば、少し歯車が噛み合いさえすれば2つの陣営も争い合うのではない別の付き合いが出来ていたのかも知れない。

 ただそれはそれ、これはこれ。2つの陣営の争いの外で2人は出会い、同じ暮らしを営み始めた。

 

 ここは人喰いの森。永らく続いてきた人の国と魔の国の争いの外にあり、足を踏み入れたが最後、誰一人として戻ることのなかった禁忌の樹海である。

 その奥地には神にも至らんとする狼と従属する2匹の忠犬、そして人達の象徴だった男と魔の者達を統べていた女がそこで暮らしていた。

 やがて狼の寝ぐらだったその場所を2人は1つの集落へと発展し、この世界の形を大きく変えていく。

 これは元勇者と元魔王の2人から始まった、奇妙で痛快な、そして壮大な物語である──。

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