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役割を放棄した元勇者は逃げた先の森の奥地でどうやら開拓を始める様です。  作者: 彼岸花
第1章:勇者、役割を放棄して未開の森に住むことにする。
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第7話:元勇者、元魔王と邂逅する。

 空から落ちてきた女性は魔族、細かい種族でいえばデーモン種だった。頭には2対の角があり、腰からは翼、そして服から察するに魔王領の中央に近い所から来たと思われる。少なくとも庶民ではなく貴族、それも最低でも上位の貴族と見て間違いない。

 何故そんな人物がこんな所に、しかも落ちてきたのは謎でしかないが、とにかく本人が目を覚まさない事には何もわからない。

 翼には火傷の様な痕跡があったので薬草をすり潰したものを布に染み込ませ、湿布として貼り付けた状態で掘っ建て小屋に寝かせておき、俺は近くの畑を耕して起きるのを待つ事にした。


 土を起こして骨粉を撒き、荷物から取り出した種を蒔く。今回植えたのはトマトだ。

 いろいろと料理に使えるし、そのまま食べても美味い。ある程度繰り返し収穫できるのも強みの野菜である。


 「…で、お前達は何をしたんだ?」

 「ウォン」

 「キャン」


 さっきまでは何やら勝ち誇っていたのが俺が女性の介抱をして小屋から出てきてからは2匹はどこか不満そうな顔だ。


 「リルは見てないのか?」

 「勿論見ていたぞ。あの女が空からここを見ていたのでな、オニキスとベリルは女が何か良からぬ事をしでかす前に撃墜したという流れだ」


 待て待て待て待て!いきなり撃墜とかするか普通!しかも魔族の貴族だぞ!最悪また魔王領と事を構えなきゃいけなくなる!なんて事してくれたんだ!

 ──とは内心思うものの、2匹はあくまでここを守ろうとしたのだ。怒られる謂れは無い、むしろ不用意に近づいてきた向こうも仕掛けられても文句は言えない…よな?


 ちなみに女性の服は冒険者のものに近い動きやすい服装だったが、その造りは上等品で並の冒険者では買う検討すら出来ないものである。それこそ貴族しか買おうとしない程の高額商品なのでただの冒険者じゃないのは間違いないだろう。


 「そう言えばリル」

 「…む?」

 「あの女の人、何か荷物とか持ってなかったのか?」

 「それならば落としていたな。オニキスが炎を吐いた時に落とし、それを拾いに向かった所をベリルが吹雪で羽を凍らせていた」


 はよ言わんかい!


 と、とにかくだ、撃墜してしまったのはしょうがないものとして、まずはこっちも戦闘の意思は無いと言う事は示すべきだ!で、まず落としてしまった荷物はちゃんと回収するとして、怪我をした翼の治療はしているし、ちゃんと小屋にも寝かせている。とりあえず問題はない、はず…多分。


 「リル、荷物が落ちた場所はわかるか?」

 「勿論だ、そう遠くないし干し肉の匂いもしているからすぐに見つけられる」

 「…悪いけど回収してもらえるか? 人は俺しかいないから離れてる間に目覚めてきたら説明できないし」

 「侵入者にそこまでしてやる必要があるのか? …まぁいい、行ってくるか」


 リルは渋々といった様子で魔族の女性の荷物の回収へ向かってくれた。


 あとは起きてきた時にどう説明したもんか正直思いつかんな。とにかくありのまま、一緒に暮らしてたオニキスとベリルが空から近づいて来たから撃墜した、と正直に説明するしかないだろうな。下手に誤魔化すよりはいいだろう。


 飼っていた魔物が攻撃したから仕方ないとはいかないだろう。相手は魔族の貴族、飼い主である以上、故意ではないにしても俺の攻撃と見なされても文句は言えない。

 そうなれば最悪ここを出なければならなくなる可能性すらある。覚悟はしておくべきだろう。


 「グルルル…!」

 「ウー…!」


 側にいたオニキスとベリルが小屋に向かって唸りだす。もしかしたら女性が目覚めたのかも知れない。

 とにかくまずは謝罪と経緯の説明だ。落ち着け、俺。


 そろり、そろりと必死に気配を殺して女性が小屋の中で動いているのがわかる。


 「ウォンッ!」

 「きゃあっ!?」


 静かに戸を開けて出て行こうとする彼女だったが、戸の前にはオニキスが待っており、そのひと吠えに驚いて短い叫び声と同時に尻餅をついてしまっていた。


 「こらオニキス、あんまり脅かすんじゃない」

 「ウォン」


  尻餅をついた所に今にも飛びかかりそうな勢いのオニキスを制止すると、短く吠えて女性に睨みを利かせながらオニキスが離れていく。

 流石に魔族の貴族とは言っても女性は女性、ヘルハウンドにあんな風に脅かされたら恐怖でしかないだろう、完全に腰を抜かしてしまったようだ。


 「立てますか?」

 「い、いえ…」


 近付いて手を差し伸べるも、彼女は完全に怯えて震えていた。

 後ろを振り返ると、すぐ飛び掛かれる位置までオニキスとベリルが来ており、やはり彼女を威嚇している。


 俺を守ってくれているのは偉いけどあんまり女性を怖がらせるもんじゃないぞ?


 彼女の手を取って立たせてやり、肩を支えて落ち着ける場所に座らせてやる。

 落ち着ける場所、と言ってもオニキスとベリルに睨まれて落ち着ける筈もないだろうが。


 「ええと、何から話すべきか…」


 怯えきってしまっている女性に何と声をかけたらいいものか、とにかくまずは安心させてやりたいもののオニキスとベリルがそれをさせてくれない。

 見ず知らずの人物がいる以上、2匹の警戒は尤もだが、これでは話どころではない。


 「オニキス、ベリル。俺はいいから、座ってくれ」


 そう言って2匹はようやく腰を下ろし、牙を覗かせるのをやめてくれた。


 「まずは…俺の同居人…いや同居犬かな、とにかく空から近付いてきた貴女を撃ち落としたようで、翼の怪我は一応薬草を塗ってますけど、他に痛む場所はありませんか?」

 「あ、いえ…特には…。それに住んでいる場所に勝手に近付いた私も悪いので…」


 とりあえず縄張りの中に無断で近付いてしまったという自覚はあるようで、そこについては言葉にはしないものの彼女も申し訳ないと思っているらしい。

 まぁさしづめ、空から人喰いの森を眺めていたらそのど真ん中に不自然な小屋を見つけ、近付いてみたら2匹の迎撃にあったとかそんなところだろうな。


 「ええと、とりあえずまずは自己紹介でもしておきましょう、俺はディラン、最近ここに住み始めた農民(・・)です。で、こっちが一緒にここに住んでいるヘルハウンドのオニキスとブルーブリザードのベリル、あと向こうのでかいのが元々ここに住んでいたフェンリルのリルです」


 こんな場所で暮らす農民がいるか、と突っ込まれそうではあるが、魔族の貴族相手に勇者だと名乗る訳にもいかない。

 魔族の貴族ということはまず間違いなく魔王軍の関係者だろう、魔王軍からすれば勇者は不倶戴天の敵そのもの。勇者だと名乗れば最悪その場で殺し合いになってしまう。


 「フェ、フェンリルですって!?」

 「大丈夫ですか!?」


 フェンリルと聞いて女性はまたひっくり返ってしまう。


 まぁヘルハウンド、ブルーブリザードでもS級クラスの魔物だもんな。フェンリルともなるとそれこそ伝説級、というか神獣だしな、驚くのも無理はないな。


 女性を起こしてやろうとするが、彼女が尻餅をついた場所には水たまりが出来ていた。それに、今度こそ本当に怯えてしまって動けそうにないようだ。


 「リル、荷物は取ってきたのか?」

 「ああ、これだろう? 直ぐに見つかったぞ」

 「とりあえずここじゃ彼女も落ち着かないだろうし、もう一度小屋に戻ってもらおうと思う。そのままこっちまで運んでくれ」


 リルが咥えていた彼女の荷物は貴族の一人旅というにはやや大き過ぎる。見る限りは近くに従者らしき姿もないのでもしかしたら家から追い出されたのかも知れないな。とにかくこの中に着替えのひとつくらいはあるだろう、まずは着替えてもらうとしよう。


 ずぶ濡れになった彼女を引き起こして小屋へ送り、リルから受け取った荷物も彼女に返してやる。

 そのまま俺は元にいた丸太の椅子に腰掛けて彼女の着替えを待つ事にした。


 それから少し経ち、着替えを済ませた彼女が小屋から顔を覗かせていたので改めて椅子まで案内してやる。

 一度出すものも出して表情も少しは落ち着いた様に見える、今度こそちゃんと話せそうだ。


 「怖がらせたみたいですみません、もう大丈夫ですか?」

 「…ええ、お陰様で、少しだけ落ち着きました」


 落ち着いたといえば落ち着いたのだが、彼女の顔はまさに火が出そうなくらい真っ赤になっている。

 まぁ無理もない、思わずとは言っても年頃の女性が人前であれでは穴があれば入りたくなるくらい恥ずかしい筈だ。


 「お名前を聞いても?」

 「あ、はい…。私、ローズマリアと申します…この度は貴方様の住まいを脅かす様な真似をしてしまい…」

 「ふふっ、そんな風に畏まらなくてもいいですよ。ここは宮廷でも王城でもありませんから」


 フェンリルの前にいるからそんな風に立ち振る舞っているのだろうが、ローズマリアと名乗った女性ははたとした表情で俺の言葉にまた顔を赤らめていた。


 しかしはて、ローズマリアといえばどこかで聞いた名前だな。ああ、そうだ、確か今の魔王がそんな名前だったろうけど流石に同名の別人だろう、貴族ではよくある名前なのかもな。


 「…あ、そうでしたね。ええと、改めて…私は第666代魔王、ローズマリア・レ・ミルドレッド。王位は既に退いていて、旅に出ていた所でした」


 …ん? 今この子魔王とか言わなかった? いやいや冗談が過ぎるぞ?


 「ははは、魔王様とはまた面白いことを。幾ら退いたと言っても従者も付けずに旅に出るなんて」

 「ええ、ですからついこうやって不用意に貴方の住むこの場所に近付いてしまい、こうした目に…」


 んんんん? 従者そのものはいるのか。で、今は訳あっていないと、そういう事か? いやいやだとしてもだな?


 「つい先日まで、私も魔王城にて次から次に出てくる民からの陳情や要望、それに各地で被害を齎す連合国の勇者のせいでその処理に忙殺されていまして…私の先代魔王である父に王位を返上しまして、こうして逃げて来たのです…」


 あ、本当に魔王なんだ。元だけど。というか魔王って踏ん反り返ってたりする訳じゃないんだな。むしろこっちの連合国の各国の王様よりちゃんとしてるのかも知れない。というか、その仕事めちゃくちゃ増やしてた勇者ってのが目の前にいる俺です。本当にごめんなさい。


 「そうでしたか…。それはそれはさぞ…」

 「ええ…民の陳情はいいのです、本当に困っている事ならば私達、王や臣下が支えてやらねばなりませんし、それで喜び笑って貰えればそれこそ王としてこれ以上の事はありませんから。ですが…」

 「ええと…勇者様、ですか?」

 「そうです!あの連合国に担ぎ上げられた勇者というのが本当に!あちらこちらに現れては折角築いた砦や城を直ぐに壊しては兵達に怪我を負わせ!そうすればそれに便乗してやってきた連合国の兵が周辺の村や街を襲い!軍の再編に派遣、兵糧の管理、輸送の指示、築城や村の復興の支援その他諸々…!もう、本当に大変でした…」


 うわあ、元魔王様随分溜め込んでらっしゃってるやつだコレ。

 元勇者だって名乗ったら本気で首絞められるんじゃねえかな。

 なんかもうほんとごめんなさいとしか言えないな、内心でだけど。


 「その勇者様といえば…先日討たれたとか何とか…」

 「そうなのですか!? …いえ、私はもう魔王は退きましたし、勇者の事はもう預かり知らぬ事ですから。しかしだとすれば魔王領も少しは落ち着いてくれそうですね…チッ!」


 舌打ちしちゃったぞこの元魔王様!? 王位を返上してすぐ勇者騒ぎが落ち着く事になったからってことか?

 つまりまとめると、このローズマリアは恐らく先代である父親に押し付けられる形で魔王の座に就いたけど、俺達が連合各国に乗せられて攻撃を繰り返した事で仕事量が膨大な量になって、それに堪え兼ねて父親に王位を返上して逃げてきたって訳だ。

 つまりローズマリアのヘイトは勇者と父親に向いてる…、つまりここで俺が"実は俺がその勇者なんです〜"なんて言えば…。


 「ま、まぁとにかく勇者が討たれたなら勇者を旗印に担ぎ上げて魔王領に攻め入っていた連合国もいくらか大人しくなりそうですね。連合国も鍛えられた魔王軍の兵の前に送り出せる様な戦力もそう多くはありませんし」

 「はい、勇者以外でいえばその仲間達くらいでしょうか、ヤツさえいなければ押し返す事もそう難しくはありません。勇者達のお陰で魔王軍の将が何人も治療院送りに遭いまして、事務仕事を担っていた将軍もそちらに取られる羽目に…。…でもあれ? ディランさん、随分お詳しい様で、もしかして連合国軍に属していた方だったりします?」


 まずい!うっかり口をついて連合国軍の内情まで話してしまった!

 元勇者なんて知られてみろ、本気で殺しにかかって来そうだ!


 「あー、まあそんなところです。今はその軍に嫌気がさして逃げてきたただの世捨て人みたいなもんですから…」

 「だとしてもこんな人喰いの森の深いところまで…しかもフェンリルを始め、強力な魔物と暮らせるくらいの実力を持っているのなら連合国軍は是が非でも逃げない様に引き留めると思いますが…」

 「ははは、気付かれて引き留められる前にこっそり逃げ出しただけですよ。何にしても俺も今の連合国軍のやり方には愛想を尽かしたって訳です」


 うっかり口をついて出た言葉一つでローズマリアから俺に向けられる視線が痛い。

 上手く誤魔化そうとしてもその視線がどんどん険しいものに変わっている。


 「…そうですか。ならば私も今は魔王を退いた身、お互い自由となった今です。そこで敢えてお尋ねしたいと思います。私が魔王に就いてから一度だけ、軍に攻撃の命を下した戦いがあるのですが、一般的にはヒルドルブ港の戦いと呼ばれる戦いをご存知でしょうか?」


 ヒルドルブ港の戦いと言えば魔王軍が連合国軍の補給線を断つ為に空から高速で展開できるハーピィ・デビル部隊を投入した戦いだ。

 空からの急襲に連合国の兵士達は殆ど手が出せず、撤退する以外に手の打ち様がなかった戦いであり、魔王軍は大した抵抗を受けるでもなく造船所、倉庫、兵舎など、主要な軍施設の破壊と制圧に成功した。

 俺達が到着したのは確かヒルドルブが攻撃を受けてから2日後、既に連合国軍の撤退が終わった後だ。

 確かに剣では届かない相手だったが、俺とアウロラには魔法があったし、ハザクとダイアナには弓がある。むしろ空を飛ぶ相手ならアウロラは広範囲に影響を及ぼす魔法を街の被害を考慮せずにぶっ放せた。加えて魔王軍側は地上戦力を少数しか投入していなかった為、アウロラを抑える事が出来なかったのが最大のミスだな。

 結果魔王軍は一日足らずでヒルドルブの制圧に成功したが、俺達が来て1日半程で奪還を許してしまうという手痛い敗走を喫した形になる。


 …それで思い出したけどその後が非常に胸糞の悪い展開だったな。

 連合国は俺達が港を奪還してから1日が経ってのうのうとやって来たんだったっけ。

 ハーピィやデビル達の港からの撤退を俺達も手伝っていたけどたった4人ではどうしても限界があった。

 連合国の兵士達は港に入るなり、逃げ遅れた魔族を次々に捕らえては次々に奴隷にしたり、処刑、あるいは私刑にし始めていた。

 勿論俺達はそれは戦争犯罪ではないかと軍に掛け合いもしたが碌に取り合ってもくれず、最後にはダイアナがキレて連合国軍の隊長に籠手での一撃を見舞い、その隊長は全治半年以上の大怪我を負って命を受けた本国へ後退、兵士達も慌てて逃げ出してしまい、戦いが終わってヒルドルブへ戻って来た住民の懸命な治療もあって、生き残った魔王軍はなんとか魔王領へ全員帰してもらえたという形で終結を見た。


 「──と、いった経緯でしたかね?」

 「よくご存知…ですね?」


 んん? し、しまったァーッ!つい乗せられて、一部始終を話してしまった!自分で言ってたけど魔王軍と直接交戦したのは俺達だけしかいないんだった!


 「…と言うのを勇者を名乗っていた友人から聞いたんですよ…ははは…」

 「なるほど、ではその勇者のお名前とは?」


 ダメだ、詰んだ。勇者の名前を知らない人間なんてまずいないし、勇者を騙れば連合国じゃ重罪になるから自称勇者もいない。勇者の名はディラン、そして俺が名乗ったのもディラン。うん、逃げ場なし。


 「あはは…えーと…?」

 「お名前は?」

 「…はい。正真正銘、元勇者のディランです…」


 いつの間にかローズマリアは俺の胸ぐらを掴んでおり、あからさまに作った笑顔を顔に貼り付けていた。


 「ならば私が元魔王だとわかって、勇者であることを隠していたと…?」

 

 怖い!怖すぎる!その笑顔が怖い!

 と、とにかくもう勇者だってバレたならもう誤魔化すのは悪手もいいところだ!とにかく謝る、そんで平和的に和解を申し出るしかない。


 「はい、そうです…。というのも俺も魔族だからと人を傷つけたくないのと傷つける道具にされたくないというのがありまして…」

 「ほほぉ〜う?」

 「それで先日、勇者の肩書きを放り出してこの人喰いの森でひっそりと暮らしていた訳でございます…!その節はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした…!」


 謝罪を口にした途端、ローズマリアの顔から表情が消え、胸ぐらを掴んでいた手が緩む。

 そしてふらふらと彼女が後退りし、へたり込んでしまった。


 「…ならば、ならば今、連合国には本当に勇者は不在と…」

 「そうなりますね…。勇者は同じ代に1人だけ、俺が死ぬまでは新たな勇者は…」

 「つまり連合国は強気に攻勢に出れない、国境さえ固めてしまえば連合国は魔王領に手は出せませんよね!?」

 「ええ、まあ…。俺の仲間も積極的に魔族を害しようという考えは持ってませんし、連合国軍に参加はしないでしょう。それに死体の替え玉を魔王軍に持ち帰らせてますから、連合国にその話が知らされ次第、いもしない勇者を探し続けるはずです」

 「つまり魔王軍もいもしない勇者に備えて防備を固める、父上も楽はできませんね…!」


 んん? なんか危ない妄想を始めた気が…!

 とにかくローズマリアの話す通り、連合国と魔王軍の正面衝突は今後俺が死んで新しい勇者を担ぐまでは避けられる筈だ。そもそも連合国にそんな余裕は無いだろうからな。

 それに勇者の剣も今は魔王軍の下にあるし、それこそ魔王領の奥深くにでも封印してしまえば勇者が全力で暴れ回るなんて事態も避けられる筈だ。


 「勇者の剣も偽物の勇者の死体と一緒に魔王領に回収された筈ですからね。今の魔王が聡明なら二度と連合国に渡らない様にしてくれるかと」

 「…っ!?」


 勇者の剣の行方をローズマリアに伝えると、今度は涙を浮かべだした。


 感情が豊かな子だなぁ。


 「あ、あの何か…?」

 「い、いえ…すみません、つい…。ですが連合国との不必要な争いをしなくても良いと思ってしまい…」


 ああ、ローズマリアも戦争には反対だったんだな。

 確かに、俺が各地で戦っていた時も魔王軍は基本的に防衛や迎撃がほとんどだったし、それもこの子がそう指示していたんだろう。

 少し危ない考えをしたり、感情の起伏が激しかったりはするけどその根幹には平和を願っていた事が今わかった。


 「本当なら一発ぶん殴ってやろうとさえ思っていましたが…」

 「…ぶん?」

 「いえ、不要な戦いを無くす為にそうしていたのであれば、もう理由はありませんのでやめておきます」


 よかった。とりあえず殴られるのは回避できたらしい。

 さて、そうなるとローズマリアはどうするんだろうか。今の話を魔王領に持って帰ってくれると嬉しくはあるけど…。


 「これは私の胸にしまっておきましょう、いきなり勇者の剣が城に送り届けられる事になれば城はてんやわんや、父上も困るでしょうし」


 あ、魔王を押し付けた父親に対する恨みは抱えたままなんだな。ということは、つまりは、だ。


 「私もここに住まわせて頂いても?」

 「は? いや、ほら、自分、勇者ですし?」

 「元、ですよね? なら私は元魔王ですから、もういがみ合う事もありませんし。あ、もし追い出すおつもりでしたら、連合国領に行った際にこの場所のこと、つい口を滑らせてしまうかも…」


 ち、ちくしょう!この子、俺を脅す気マンマンじゃないか!

 連合国にここがバレたらそれこそ問題だ。まず間違い無く各国合同で一大兵団を挙げ、犠牲すら厭わず俺を連れ戻しに来るのは間違いない。

 リルを始め、オニキスとベリルもいるから蹴散らすくらいは訳はないだろうけど、意思疎通の取れる相手との命のやり取りなんてもう真っ平御免だ。


 「…わかった。でも元魔王だからといって働かないは通じないからな? 狩りは勿論、建築、料理、農耕、伐採…仕事は一杯あるんだ、選り好みはさせないぞ」

 「ええ、望むところ。…そうと決まれば、これから一緒に暮らしていく以上、普通通りに話させてもらうわね。交渉ごとってのもあったから、少し丁寧には話させてもらったけど、お互いに遠慮はナシでいきましょう?」

 「…へぇ、魔王だから温室育ちかなんかだと思ってたけど、自信はあるみたいだな…!」

 「魔王って世襲制じゃないしね。たまたま父上が私を指名して認められたって話でその前は魔王軍の部隊長をやってた事もある、野営なんてお手の物よ!」


 ─────


 ローズマリア・レ・ミルドレッド。年齢28、第666代魔王、元軍人。当時の魔王軍随一の実力といわれ、黒薔薇の異名で呼ばれていた。種族は魔族、デーモン種の女性である。

 

 ディランが勇者として担ぎ上げられ各地を転戦していた頃には既に軍から離れ、父親であり当時第665代魔王であったバルバドスの補佐を務める。その後バルバドスに押し付けられる様な形でなし崩し的に第666代魔王に就任。


 魔王在任中は連合国からの攻勢を防ぎ、退ける事だけで手一杯になっており、魔王の宮殿からは殆ど出られずにいた。

 本来であれば連合国の兵力では魔王軍の精鋭達を打ち破るなどまずありえない。しかしそれらことごとくを狂わせたのが勇者達だった。 


 勇者の力は他の人間達とは一線を画すという報告は受けていたが、その実態を掴めぬ内に魔王領の連合国との国境沿いに築いていた防衛施設は次々と落とされてしまう。


 ただローズマリアはその報告が次々と上がってくる中、ある共通の情報がある事に気付く。


 "勇者の一行による直接的な死者は出ていない"


 各地での戦いによって死者がいない訳ではないが、その被害は全て連合国軍によるものだった。

 勇者が担っていた役割はあくまで軍の建造物への攻撃と、将官の無力化のみ。勇者と戦った将官も全員負傷こそしているが、死者は出ていない。


 殺し合いは望んでおらず、将官と戦った後は敗残兵も追わずに戦場を離れている事からローズマリアも勇者に強い戦闘意志はないと判断した。とはいえ、連合国軍に加わり攻撃をしてきている以上、対処する必要はある。ローズマリアはそれから魔王を退くまで勇者への対応に頭を抱える日々を送る事となった。


 ─────


 「あれが件の勇者か。思いがけずこんな所で出会すなんてね…。魔王の座は退いたし、ましてや魔王領から離れたといっても、どんなヤツか私が見極めないとね…!」


 かつて自分を悩ませてきた勇者を前に、ローズマリアは勇者がどんな人物か見極めてやりたい、そういった興味が湧いてきていた。

 勿論多少ながら元魔王としての責もあるが、その興味は殆ど個人的なものだ。

 何度も煮え湯を飲まされてきた事から恨みが無いわけでもないが、この勇者は戦いばかりの生活から逃れ、今は連合国との袂を別ちこの人喰いの森に潜み暮らしているという。

 それならば好都合、自分自身も魔王の座から退いて領地を飛び出して来た身、時間ならば有り余っている。共に暮らしていればその人となりも見えてくるだろう。

 幸い勇者は今、その力の一端である勇者の剣も無い。故郷である魔王領に害をなすのならばここで始末してしまう事もできなくはない。


 多少の打算はあるが、ローズマリアはディランに聞こえない所でそう呟き、この地で暮らす事を決めたのだった。

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