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役割を放棄した元勇者は逃げた先の森の奥地でどうやら開拓を始める様です。  作者: 彼岸花
第1章:勇者、役割を放棄して未開の森に住むことにする。
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第6話:元勇者、一緒に暮らす仲間が増える。

 まだ重い瞼を擦りながら木のうろから出た俺は朝の日差しを全身に浴び、大欠伸をしていた。

 泉の水で顔を洗い、先ずは朝食の準備だ。


 リルは狩りにでも行ったかな、姿が見えないな。

 昨日のサンダーホーンの肉の残りにに手をつけてないという事は多分フェンリルの姿で行ったんだろう。

 だったら今日の朝食は俺の分だけか。


 流石に朝から肉は重いので適当に周辺の木の実と果物で済ませると、直ぐに昨夜に編んだロープを取り出して作業の続きに取り掛かる。

 ロープの材料は木の皮をほぐして繊維にしたもの。かなり丈夫な繊維なので丁度いい。


 先ずは細い丸太を交差させた状態にしてロープで固定、壁を嵌め込み終えた柱の先で更に固定させる。その上で少し勾配を付けるために壁の一方にだけ丸太を挟んでやる。

 それが出来たら今度は屋根板だ。屋根板は数枚の木板を端で繋がる様にしてロープで固定してあり、それを先程の丸太と屋根の下った先の丸太で更に固定しておく。多少は雨垂れが内側に伝ってくるが完璧は望んでいない。今は雨さえ降り込まなければ十分だろう。

 ただ雨垂れは勿論、外の雨が地面まで染み込まれては困るので、床は簀の子の様に地面から浮かせ、その上に床板を敷けばとりあえずは少々の雨に悩むことは無い筈だ。


 昼前になるとリルはやはり狼の姿で狩りに行っていた様で、口の周りを盛大に獲物の血で汚して帰ってきていた。

 せっかくの美しい毛並みもこれでは台無しだと指摘してやると流石に本人も気にし始めた様で、直ぐに小川で洗い始めたのを見てから俺は昼食の準備に取り掛かる。

 昼食はサンダーホーンの肉を使った鹿の串焼きだ。少しクセはあるが、締まった赤身肉は噛めば噛むほど深い味わいが出て美味い。

 

 昼食が終われば次は畑だ。先ずは昨日植えた香草類に水遣りを行い、新たに畑を耕す範囲を考える。

 植える予定の作物はポテト、とにかく育てやすいのが特徴で土が痩せていても余程でもない限りだいたい育つ。調理も楽で保存も利くのが有り難い開拓者の作物だ。


 ここまでの移動中、保存食や採取した木の実、果物を食べていたが、何度このポテトに手を伸ばすのを止めたことか…。手軽で美味しい料理を作れる上に腹も膨れやすい、それ故に誘惑に負けそうになったのも事実だ。

 だが流石にそれも今日で終わり、これからこのポテトを栽培に回す以上、食えるのは収穫後だ。植えてしまえば諦めもつく。


 先ずは植えたポテト同士があまり近くならない様、十分な範囲を耕していく。持ってきた種芋はそれなりの数を持ってきているし、10メートル四方ぐらいの範囲にしよう。

 そして今度はそれなりの間隔で畝を作ってやり、少し深めに穴を掘ってそこにポテトの種芋を植えてやるだけだ。あとは水遣りをしながらまずは芽がでるまでは特段やることもないだろう。


 とりあえず家と畑がなんとかなった。日が落ちるまでまだ時間もあるし、あとは少し周辺を探索してみるとするか。


 「おーい、リルー」

 「…うん、どうした? 私は昼寝をしていたのだが?」

 「昼寝も何も狩りとメシ以外だいたい寝てるし暇だろ? 少し近くを歩いてみようと思うんだけど迷っても困るしついてきてくれないか?」

 「少し近くを歩くのに迷うものか?」

 「リルと違って鼻も利かないし、まだ人喰いの森は歩き慣れてる訳じゃないからな。この森は似たような景色が続くから方向感覚が狂うんだよ」

 「…いいだろう、しかし人間とは不便な生き物だな」


 昼寝を邪魔されて少し不機嫌そうにしていたが、頼ってみると満更でもないらしい。

 リルは森の中を歩き慣れているのか、普段の狩りでもかなり深い場所まで行っているにも関わらず、迷わず戻ってくるので頼りにさせてもらう。


 今回はリルには狼の姿でいてもらう為、先日貸していたマントを羽織り、いざ森の中へ。

 森の中での方向感覚を養うのが目的ではあるが、あわよくばリルの食事と周辺の採取も兼ねる。野生種の野菜でも手に入れば御の字だ。

 それと運良く岩塩が見つかればいいが、こっちは期待まではしていない。リルが森の北側を探索してもらってそれでも海が見つからなければくらいにしか考えてはいないしな。


 森の中を進んでいるとちょくちょく魔物と遭遇するが、まず大抵は自分から逃げてくれる。

 俺一人なら襲ってくる様な魔物でも今はリルが一緒にいる為だろう、リルは現状この森の絶対強者なのだ。好き好んで死ににくる様なバカな魔物はいないという事だろう。


 森の中は果樹も少なくない、貴重な食料でもある為、ちゃんと目に焼き付けて場所を覚えておかないとな。欲を言えばいずれは枝を拝借して挿し木で果樹も育てたいというのもある。


 とりあえず探索の道すがら、保存の利く木の実は優先的に採取している。雨の日の保存食として備蓄しておきたいしな。

 そしてそんな中、リルの姿を見て逃げない魔物が現れる。現れたのは揺らめく熱気を帯びた犬型の魔物、デスハウンド、そしてデスハウンドとは対極にひり付く様な冷気を纏う同じく犬型の魔物ホワイトジャッカルだ。以前魔王軍と戦っていた時に嗾けられた事があったっけな。その時はそれなりに苦労したけどこの2匹はその比じゃない実力がある様に見える。本気で戦えば勝てなくも無いけど俺もただじゃ済まないだろうな。


 魔道具を剣に変え身構えるが、リルが待て、とばかりに前に出る。すると身を低くして俺を威嚇していた2匹はすぐに威嚇の構えを解いていた。


 「ディラン、身構える必要はない。こいつらは私の子分だ。私と一緒にいるお前を見て少し戸惑った様だ」

 「子分? そんなのがいたのか? だったら一緒にいていいだろうに…」

 「どうも私に遠慮してか寝床には近寄ろうとはせんのだ。お前達、この人間は私の友人だ、手を出すんじゃないぞ」

 「ウォンッ!」

 「キャンッ!」


 デスハウンドとホワイトジャッカルにリルがそう命令すると返事を返すように一吠え返し、尻尾を千切れんばかりに振り回している。


 「へぇ、言葉が通じるのか」

 「まぁな。こいつらは力関係には敏感だ、舐められるなよ」


 2匹を見ているとリルが言う意味がよくわかる。

 この2匹、リルを見ている時と俺を見ている時でまるで態度が違うのだ。

 リルを見ている時は少し舌を見せ、尻尾を振っているのだが、俺を見ている時は口を閉じ、尻尾は振らずにしっかりと巻いている。そして何より俺の実力を伺っているのか、顔から絶対に目を離そうとしない。

 こういう時、目を逸らせば格下に見られる。だから俺も2匹から目を逸らさず、じっと目線を返していた。


 「ウォンッ!」

 「キャンッ!」


 なんだコラ、やる気か? やるならやるぞ? 吠えてビビらせようたってそうはいかないからな?

 確かにお前達も強いんだろうが俺は元勇者だからな、負ける気はしないぞ?


 そうして睨み合いを続けていたらリルが動き、2匹の目線がリルに向く。それと同時に2匹は"しまった"、とばかりに慌てて目線を俺に戻す。


 「グルルル…!」

 「ウルルル…!」


 勝負ありだ。俺が上、お前達が下、わかったな?


 そう勝ち誇った様に口角を上げてやると2匹は悔しそうに唸り声を上げていた。まぁこいつらも俺の実力自体は察しているんだろう。おおよそで大きく違わずやり合えばお互いただじゃ済まない、それがわかっているから俺も2匹も手は出さない。


 「格付けは済んだか?」

 「ああ。そうなると名前を付けてやらないとな。そういや2匹ともデスハウンドとホワイトジャッカルにしては毛並みが違うな…」


 よく見るとデスハウンドの方は本来闇夜に溶け込む真っ黒な毛並み持つのだが、このデスハウンドは頭頂部に少し長い炎を表すかの様な橙色の毛があり、ホワイトジャッカルの方は本来一面の銀世界を彷彿とさせる真っ白な毛並みを持っているのだが、このホワイトジャッカルは脇腹辺りに吹雪の先に覗く青空の様な澄んだ水色の毛が混ざっている。


 「その辺りの奴らとは違い幾つも死線を越えて上位存在に進化したのだろうな。ヘルハウンドにブルーブリザードと呼ばれていた筈だ」


 なるほど、上位存在か。それなら下位存在のデスハウンドとホワイトジャッカルより強く見えるのも合点が行く。

 しかしこの2匹、目線の動くタイミングといい尻尾の振り方といい、よく似ている。別種とは言え息がぴったりだ。番いなのかも知れないな。


 そんな事を考えていると2匹が俺に近寄り何か訴える様な目で此方を見ている。撫でろとでも言っているのだろうか。


 「ガウ」

 「アウ」

 「痛っ!?」


 2匹を撫でようと両手を伸ばしてやったら2匹はあろう事か、撫でようとする手を躱し噛み付いてきた。

 怪我をするような本気の噛み付きではないのだが、十分痛いと感じれるくらいには強く噛まれた為、俺は思わず手を引っ込めてしまった。


 「やったなこいつっ!」


 2匹のうち離れるのが遅かったヘルハウンドの方をすかさず捕まえた俺は頭を、背中を、尻尾の付け根を、腹をと、両手でこれでもかとばかりに撫で回してやる。

 ヘルハウンドも一瞬身構えはしたが、撫でられるとどこか気持ち良さそうに目を細めており、終いには地面に転がってもっと撫でろと要求し始めたくらいだ。


 「よぉーし…わぶっ!?」

 「キュインッキュインッ!」

 「うはは、くすぐっ、やめっ、顔を舐めっ…!」


 ヘルハウンドにばかり構っていたら今度はブルーブリザードが後ろから覆い被さるようにして俺を押し倒しにきた。

 それに驚き一瞬顔を振り向かせると、ひんやりとした舌が俺の顔に触れる。そのままブルーブリザードはひたすらに俺の顔を舐め回している。

 更にヘルハウンドの方もお返しだ、とばかりにブルーブリザードと一緒になって舐め回しにかかってきていた。


 「ははは、随分と懐かれたようだな」

 「うわっ…ちょっ、リルッ!やめっ、やめさせてくれっ!」

 

 そこから2匹が満足するまでしばらく顔を舐め回され俺の顔は涎塗れにされてしまう。

 ようやく解放されて立ち上がった俺は服の袖で顔を拭う。2匹は座って俺の足元で尻尾を振っていた。


 「名前かぁ、どうするかなぁ…」


 リルに続いて2匹の名前を付ける訳になったのだが、折角なら適当ではなくかっこいい名前を付けてやりたい。


 「クロとシロ…じゃあ安直だよなぁ…?」

 「グルルル…!」

 「ウルルル…!」

 「冗談冗談、落ち着けって!」


 適当な名前はやはりコイツらも嫌らしい、割と本気で唸るので直ぐに取り消した。


 「じゃあオニキスとベリル、それにしよう。黒い闇夜を映したような宝石と純粋でなければ透き通った様な透明にならない宝石って意味だ」

 「ウォフッ!」

 「ハッハッハッ!」


 どうやらオニキスとベリルはその名前を気に入ったらしい。

 

 「…私よりちゃんと考えられたいい名前だな」

 「気のせいだよ。伝説の神獣フェンリル、そこから取ってるから立派な名前だ」

 「ううむ…」


 2匹の名前に嫉妬し苦い顔のリルが俺に皮肉をぶつけてくるが、俺の屁理屈の前に押し黙るしかなく、肩を落とす。


 まぁ名前を縮めただけとも言うけど、余計な事は言わないでおこう。お互い幸せになれない。言わぬが花、ってやつだ。


 新たにオニキスとベリルを加え、俺達は森を進む。

 リルが俺の後ろにぴったり付いてくるのに対し、2匹はしきりにあちこちに動いては戻ってくるのを繰り返している。恐らくは周囲の偵察をしてくれているのだろう、ありがたい限りだ。


 「キャンッ!キャンッ!」

 「…魔物か!」


 歩いている途中でベリルが吠えだした為、剣を抜いて警戒すると、その木立の奥には魔物がいた。

 鋭い棘を背中に蓄えた大きなネズミ、アイアンヘッジホッグだ。

 背中に分厚い脂肪とその上には金属の鎧に突っ込んでも簡単に折れない攻守に使える無数の棘を備えており、いざとなると背中の棘を弾き飛ばして撃ち出してくる厄介な魔物である。


 「面倒なのがいたものだ。私が仕留めてやるとしよう」

 「…いや、リル。俺がやるから離れててくれ」

 「む? わかった、ならば私達は見ているか」


 アイアンヘッジホッグの姿を見て俺はある事を閃く。リルが自分が仕留めると前に出ようとするが、俺はそれを制してリル達に離れているように頼んだ。


 俺が剣を構えて斬りかかろうとすると、アイアンヘッジホッグは背中の棘を向けて防御の体制をとる。まぁ想定内の動きだ。

 斬りかかるのをやめ、足を止めると、魔道具を剣から槍に変え、アイアンヘッジホッグの棘の隙間を狙い、軽く突いてやる。

 突いたらすぐに離脱、反撃しようと背中から突っ込んでくるのでそれを避ける。

 距離が離れたらそれの繰り返しでアイアンヘッジホッグをじわじわと攻めてやる。狙いはその先だ。


 「よし、そろそろだな…」


 チクチクと棘の防御の隙間を攻撃しているとアイアンヘッジホッグも時折防御のフリをして突進を仕掛けてくる。こちらの攻撃はあくまで体力を奪ったり傷を負わせる為のものではない為、よく観察していれば当たる事もない。

 これはアイアンヘッジホッグが苛立っている証拠であり、俺の狙いはそこにある。


 「さあぼちぼち頼むぞ…」

 「ええい、何をチマチマとしている!そのくらいの魔物、さっさと倒してしまえるだろう!もう私が仕留めてやる!」

 「なっ、リル!? ちょっと待…」


 想定外も想定外、リルが痺れを切らして仕留めようとするとは思っていなかった。

 リルが放った魔法は強力な風属性の魔法で、斬れ味の鋭いかまいたちを無数に発生させ四方八方から切り刻む魔法であり、アイアンヘッジホッグは丸まって防御をしたが、防御の上から滅多斬りにされ、そのまま絶命してしまった。


 「…ああ」

 「ふふん、この程度の魔物、幾ら身を守ろうとも私にかかればその守りの上からでもこうして一撃で…」

 「うるさい!リル、そこに直れっ!?」

 「ぬう!?」


 アイアンヘッジホッグは全身を切り裂かれ、毛皮はもちろん、その棘まで全てボロボロだ。

 リルは勝ち誇った様に鼻を鳴らしていたが、元々俺が狙っていたのはアイアンヘッジホッグの棘。これを釘の代わりに使おうと思っており、怒らせて棘飛ばしを誘発させた後に仕留め回収するつもりだったのだが、リルのお陰で殆どが台無しになってしまっていた。


 「む、むう…何故そう怒っておるのだ…。貴様が攻めあぐねておったから…」

 「攻めあぐねてなんかいない。お前くらい実力があるならわかることだろ? 倒す隙なんて幾らでもあったし、本気で倒す気ならとっくに終わらせてるよ」

 「な、ならば何故ああも時間をかけて…」

 「必要な手間があったからだ。強いて言うならアイツの素材が欲しかったからな。そうじゃなかったらリルがやろうって言ってたのも止めてないし、なんなら楽もできるからリルに全部任せてたよ」

 「それならそうと…」

 「リルくらい実力のある奴なら察してくれると思ってたんだけどなぁ? いや、言ってないからわかんなかったんだもんな?」


 俺が怒る理由を説明したが、リルは謝ろうとはしない。まぁ本人からすれば向かってくる魔物を仕留めただけで謝らなければならない理由など無いんだろうけどな。

 ただ、手を出すなと言ってわかったと返事した以上、俺が窮地に陥っていたならともかく、そこで横槍を入れるのはいただけない。


 「…悪かった」

 「わかればよろしい。…にしても、これじゃ使えないな…他のアイアンヘッジホッグがいたらいいけど…」


 リルが仕留めてしまったアイアンヘッジホッグはあまりにも損傷が酷い。毛皮は棘ごとズタズタに引き裂かれ、肉から骨、内臓まで全部ひっくり返したかの様だ。リル達ならそれでも食うのだろうが、俺からすれば食料としてすら価値は見出せない。


 「…仕方ない、少し待っていろ」

 「あっ、リル?」


 そう言ってリルが走りだすと、すぐに森の中へと消えていく。

 流石にリルも悪かったと反省したのだろう、とにかく待っていろ、と言って走り去っていった以上、俺はリルを待つ事にした。


 「クゥーン…」

 「キュゥン…」

 「ああ、俺も少し言い過ぎたかもな。大丈夫、後でちゃんと仲直りしようか」


 リルが走り去った後、岩の上に腰掛けるとオニキスとベリルが悲しそうな鳴き声を上げながら擦り寄ってくる。

 リルは2匹の親分だ。リルが俺に怒られていたのを横で聞いていてもしかすると2匹もまるで自分の事の様に感じてしまったのかも知れない。

 俺は2匹の頭を撫でて安心させるように優しくそう声をかけた。


 それから待つ事10分、オニキスとベリルが立ち上がり森の奥に顔を向ける。リルが戻ってきたのを察知したらしい。


 「痛っ、痛たっ!こら暴れるなっ!くっ、何故私がこんなことを…。おい、ディラン!見つけてきたぞ!」


 オニキスとベリルの向いている方に目を凝らすとリルの声が聞こえてくる。

 よく見ると、リルはアイアンヘッジホッグを咥えて連れてきたらしい。


 探しに行ったのはわかるけどこんな棘だらけの奴をわざわざ咥えてくるってすごいな。そこに誘導すればいいだろうに。というかめちゃくちゃ痛そうだ。


 アイアンヘッジホッグもリルから逃れようと必死に抵抗をしており背中の棘を伸ばしてリルから逃れようとしていた。

 そのままリルはアイアンヘッジホッグをから口を離し、俺の後ろへと駆け抜けていく。

 残されたアイアンヘッジホッグは棘を伸ばして丸まっていたのだが、リルから解放されたことで棘による防御を解き、周囲を警戒していた。


 「これは…うん、間違いないな」


 アイアンヘッジホッグの様子から察するに既にかなり気が立ってるな。まぁリルに捕まって咥えられたまま連れ回されたのだから仕方ないか。


 そう思いながら魔道具を剣に変えると、アイアンヘッジホッグも俺に気付いたのか、こちらに背中を向けてくる。

 アイアンヘッジホッグからすればもう二度と捕まってなんてやるもんか、という心情だろう。だからこそ、だ。

 俺が間合いに踏み込んだ瞬間、アイアンヘッジホッグは棘を引っ込め、一回り程小さくなる。力を溜めている証拠だ。


 「ストーンウォール」


 一気に膨らもうとするアイアンヘッジホッグの背中に魔法で石の壁を作り出してやる。

 そしてアイアンヘッジホッグはもう止まることは出来ず、身体を膨らますその力を利用し、無数にある背中の棘を撃ち出した。

 もちろん撃ち出した棘は殆どが石の壁に止められ突き刺さってしまい、アイアンヘッジホッグの背中が随分貧相なものになってしまっている。

 

 元々は硬くしなやかな毛だったものが、更に強度を得て鋭く太い棘になったと言われている。

 石の壁に深く突き刺さった棘は一本足りとも折れてはおらず、少々長さは不揃いだが、釘の代わりの役目は十分果たしてくれそうだ。

 正直中身には用は無い。奥の手を使い武器を無くしたアイアンヘッジホッグはそのまま逃がしてやることにした。


 「リルも大変だったな?」

 「奴を狩るのではなく棘が必要だったとはな…」

 「にしてもわざわざ咥えて連れてくるとは思わなかったな。見つけたらそこまで案内してくれればよかったんだぞ?」


 俺にそう言われ、リルはピタリと動きを止める。

 まぁ負い目を感じてそこまで思考が回らなかったんだろう。それについては少し意地悪な言い方をした俺も悪い。


 「まぁ俺も少しキツい言い方をしたからな、そこは悪いと思ってる。戻ったらサンダーホーンを焼いて食べよう」

 「ふ、ふん!貴様が謝る必要などない!横槍を入れた私が悪かっただけだからな!…だが、そう言うのであれば、まぁ…そういうことにしておいてやろう…」


 謝罪とまでは言わないが、詫びの言葉を伝えると、リルは気恥ずかしそうに顔を背けていた。

 ともかくこれでお互い言いっこはなしだ。俺は石の壁を解除し、そこに残った大量の棘を近くから下がっていた植物の蔓で纏めると、それを持って拠点へと戻る。


 リルが仕留めたサンダーホーンの肉を下ろし、細めの丸太で串刺しにする。

 そして薪を並べて組んだ場所の上に移してから薪に火をつけてやり、サンダーホーンの肉が焼けるのを待つことにした。

 

 肉に十分火が通ったあたりで、俺は必要分だけもらい、残りはリル達だ。

 オニキスとベリルにそれぞれ前脚と後脚を一本ずつ渡そうとすると、既に待ちきれないと言った様子でよだれをダラダラと垂らしていて少し笑ってしまう。余程腹が減っていたんだろうな。

 そして残りはリルだ。少し多過ぎるかとも思ったが、リルは怯むこと無く肉にがっついており、凄まじい勢いで肉に食らいついていた。


 リルは肉こそ殆ど食べ尽くしていたが、流石に骨まで全てという訳ではなかった様だ。大きな骨は残していた為、俺はこれを拝借、そのまま残っていた火にかける事にした。

 貴重な資源だ、有効活用していかないとな。


 ─────


 翌朝、木の実と果物で朝食を済ませた俺は昨日、焼いた骨を砕く作業を進めていた。

 リルはオニキスとベリルを連れて狩りに出かけたらしい。


 掘っ建て小屋にサンダーホーンの毛皮を敷いてその上で作業を進めている訳だが、サンダーホーンの毛皮の肌触りと柔軟性が腰に優しい。

 お陰で昨日はこの毛皮に寝そべりぐっすりと眠れた。


 さて、こうして骨を砕いてる訳だけど折角釘代わりのアイアンヘッジホッグの棘も手に入った訳だし、ちゃんとした家を作る事も考えないとな。


 アイアンヘッジホッグの棘は十分釘の役割を果たしてくれていた。

 試しにこの家の柱に打ち込んでみると、ちゃんと刺さり、簡単には抜けなくなっていた為、うまく機能してくれる筈だ。

 そして拾ってきた棘の内、一番細かい棘は上手く穴を開け、縫い針にするつもりである。

 裁縫道具を持ってきていなかった訳だが、これであとは糸を手に入れれば布や革の補修もできる。まぁ新しい布を手に入れる機会はないので使うものは精々既存の服ぐらいしかないが。


 骨を砕き終わり、次に取り掛かるのはアイアンヘッジホッグの棘の選別だ。

 殆どの棘は金属の様な硬さを持っているのだが、まず長さも揃っていない為に、一度ちゃんと揃えておく必要がある。とは言え今回はとりあえずという事もあり、大中小の3つのサイズで分ける事にした。

 ある程度の長さと太さで揃えてやり、余分な長さは切って揃える。

 釘というよりは杭か楔だがそれでも木と木を繋げられるなら問題はない。


 「ゥウォンッ!ゥウォンッ!」

 「キャンッ!キャンッ!」

 

 ん? 帰ってきたのかな? やけに吠えてるけど魔物でも寄ってきたのかもな。


 棘の加工が終わったあたりでオニキスとベリルが吠えているのが聞こえてきた。

 仕切りに吠えている為、俺は魔道具を剣の形に変えて掘っ建て小屋から外に出る。


 「オニキス、ベリル、魔物でも来たのか?」

 「いやあぁぁぁぁ〜!!」

 「声!? 上から!?」


 丁度小屋から出たあたりでオニキスとベリルは鳴き止み、2匹を見るとどこか勝ち誇ったような表情で上空を見上げている。そして同時に悲鳴も上空から聞こえてきた為、俺も上を見上げると何故かわからないが、一人の女性が上空から落ちてきていた。


 「畑に落ちてくる!? いやいやそれよりもあの高さじゃ…!」


 このまま女性が落ちれば畑に直撃だ。勿論助かる高さじゃない為、畑も女性も大変な事になる。

 どうしてこんなことになったのかまるでわからないが、畑を守る為にも女性を助けなければ。


 「リル!話は後だ、突風であの人をこっちに飛ばせるか!?」

 「承知した、エアブラスト!」

 「ふぁっ!? いやあああっ!」


 丁度オニキスとベリルの向こうにリルがいたのを見つけた俺は直ぐに魔法で女性を吹き飛ばす様に頼む。

 そしてリルが注文通りに魔法で強烈な風を起こしてくれると、真下方向に落ちていく女性は殆ど真横に方向を変える。落下地点は丁度俺のいる位置ドンピシャリだ。


 「流石!…ってこの速度で受け止めるのか!?」


 落下の速度はかなり緩くなったものの、女性は凄まじい勢いで俺の方に突っ込んでくる。

 落とすわけにはいかない、落とせば死だ。上空から落ち、更に突風に煽られてかなりの速度で吹き飛ばされた所為か、女性は女性がしてはいけない顔になってしまっていた。


 「死ぬぅ〜!!」

 「うおおお!ぐっ…、うっ!? ううっ!? おっ…ぐああっ!?


 受け止めはしたが、俺も一緒になって吹っ飛ばされてしまい、地面を2度、3度と転がってしまう。

 最後は森の木に後頭部をぶつけ、どうにか止まったようだ。酷く痛み目の前に星がちらつくが、何とか無事らしい。


 「そうだ、女の子は!?」


 受け止めた女性は途中で手を離してしまったが、何とか勢いは殺せたようで、とりあえず挽き肉となる事態は避けられたらしい。

 息はしているものの気は失っている。そして顔は涙やら鼻水やらで大変な事になっていた。


 とりあえずほっとくわけにもいかないし、小屋で寝かせるしかないな…。

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