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役割を放棄した元勇者は逃げた先の森の奥地でどうやら開拓を始める様です。  作者: 彼岸花
第1章:勇者、役割を放棄して未開の森に住むことにする。
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第3話:勇者、表舞台より姿を消す。

 「やぁ、お待たせしてすみません。今戻りました」


 テントに戻った俺はまずは円卓横の椅子で俺達を待っていた騎士に戻ってきた事を伝える。


 「おお、それで…偵察に向かい何か良い案は浮かびましたかな?」

 「いえ、それが存外隙も無ければ、敵方も頭数だけはかなり集めている様です。正面からぶつかってはやはり消耗戦は免れないでしょう」


 隙が無い点については嘘でしか無い。

 数人だけしか正規の魔王軍の兵士がおらず、後はかき集められた村人ばかりでは十分な防備は出来ない。

 人数だけならばそれなりにいるが、魔族でも脆弱なゴブリンという種族が大半を占めており、正直ガルガンド兵の練度にも依るが、魔王軍側は少数いるオーガ、ミノタウロス、オークといった種族に頼る状況だろう。それでもその3つの種族だけでも騎士達でなんとか、一般の兵士ではそう簡単に倒せる様な相手ではないのだが。


 「ならば…」

 「いえ、魔王軍とて軍です。指揮官があの中にいるのであれば、その頭さえ取れば退がる筈です」

 「ならば奇襲を?」

 「奇襲は陣を敷かれている以上、現実的ではありません。むしろ将と呼べる程の者はいない様でしたので、こちらに俺が、勇者がいるというのなら多少は怯みもするかと。そこで一騎討ちを仕掛けてはどうかと考えています」

 「一騎討ち、ですか…?」


 総大将同士の一騎討ち、それは不利側からすれば願ってもない好機と取れ、更に言えば騎士や兵士から見れば戦場における華である。

 ガルガンド軍からは俺がそれに出るのが妥当だろう。そしてガルガンド軍は俺が勝てば魔王軍は総崩れ、後は敗走する背中から攻めれば消耗戦も避けられるというメリットもある。何より彼らからすれば、俺が敗ける姿など想像すらしていない筈だ。


 「ええ、一騎討ちです。勿論それには俺が。勝てば消耗戦も避けられますし、一気にその後を追い大きく軍も前に進められるかと思いますが?」

 「いやしかし…」

 「大丈夫ですよ、これまで強力な魔王軍の将軍相手でも勝っていますし、今回相手にしている魔王軍はそのレベルの相手ではありませんから」

 「相手が応じぬ可能性もあるでしょう、それに真っ当に一騎討ちとなるか…」


 俺の提案に一々食い下がるガルガンドの騎士だが、それぞれに対する答えは用意してある。

 理屈屁理屈に加え、ガルガンドの周りしか知らない騎士が相手だ、こちらは各地を転戦した勇者だという認識を持たせれば言い包めてやることなんて朝飯前だ。


 「そうですかね? 勇者である俺がいて、手勢もこちら側が多い。対して魔王軍は個々ではこちらの兵士よりは強くとも、将軍格はおらず一部の上級兵数人に頼らざるを得ない状況です。向こうからすれば一か八か、一騎討ちは俺を討ち取れる可能性のある願ってもない機会でしょう。一騎討ちに応じなければ最悪向こうは俺達だけで壊滅もある。まともな判断が出来る相手なら応じると思いますし、魔王軍もこれまで私が相対した経験からすれば、連合国の騎士達と変わらぬ規律はありますから、一騎討ちに横槍を入れるという無粋な真似もしないでしょう」

 「ううむ…魔族とは野蛮で乱暴な魔物と変わらぬ存在だと思っておりましたが…。以前に魔王領に攻め入った際にはあの緑の小人、ゴブリンと言いましたかな、棍棒を持ちホワイトバニーを追い回すという野蛮極まりない行動を見ましたものですから…」


 ──何言ってんだこいつ。


 そりゃあ都市に住んでりゃそんな光景もそうそう見ないだろうけど、田舎の狩りでちゃんとした罠やら弓やらそんな上等なもの使うやつなんて狩人を生業にしてる奴ぐらいなもんだぞ。

 俺だって畑仕事の最中に見つけたら鍬もって追い回してたくらいだ。野蛮っていうなら領土を広げようだとかでよその領土に踏み込んで何をしたでもない村で略奪繰り返すお前らのがよっぽど野蛮だろうが。


 「ははは、そうだとしたら田舎の村に住む人間も漏れなく野蛮人になりますよ。まぁ彼らの肩を持つ訳ではありませんが、彼らも言葉は使えますし、賢い者ならば文字も使います。野蛮な魔物と同じと見ていると痛い目に遭いかねません。油断はされない方が賢明です」

 「…肝に銘じておきましょう、ただの蛮族ではない、という事ですな」


 蛮族ってのは変わらないんだな。まぁいいや、とりあえずはこのトンチンカンな騎士はひとまず言い包められたから、後はもうひと押ししといてやろう。


 「明日、俺が一騎討ちを相手に持ちかけますが、騎士殿は俺が相手の将を討ち取った後の兵士達の指揮をお願い致します。なに、それまでは大船に乗ったつもりでゆるりと後ろから眺めていてください」

 「おお、そうですな!はっはっは、では明日、宜しく頼みましたぞ」

 「ええ、明日万全で臨める様に俺はそろそろ休みますので、それでは」


 改めて指揮官であるという認識を持たせ、なおかつ勇者という揺るぎない存在が前に立っていると騎士に囁いてやると、彼は気をよくしたのか目尻を緩ませて随分と御満悦の様子。完全にアホ面を晒していた。


 ふん、どうなるか知らないでいい気なもんだ。


 心の中でそんな悪態を吐き指揮官の騎士に軽く挨拶をしてからテントを出て、俺は仲間達の待つ自分達のテントへと戻る。

 声に出して上手くいった、などとは言えない為、仲間達には親指を立てて成功したと伝えると、仲間達は思い出して吹き出しそうになっていた。


 「ハザク、声が漏れない様してくれ」

 「おう」


 ハザクが指を鳴らすとテントの外から聞こえる音が全て一斉に聞こえなくなる。これは外から内もそうだが、内から外への音も、一切が遮断される。


 「今後の事なんだが…」

 「ああ、そういや聞いてなかったっけな。魔王領にでも亡命するか?」

 「いや、そうもいかない。流石に顔が割れ過ぎてるからな、あまり好戦的じゃないと言っても勇者が領内に入り込んでるってわかれば無用な騒ぎを起こす。それは望んでないしな」

 「だとして、実際に死ぬ訳にもいかぬだろうし、おめおめと連合国領に居座れも出来まい。そうなれば…」

 「行く先はやっぱり…」

 「ああ、北に広がる大樹海、通称・人喰いの森だ」


 連合国領の北端と魔王領の境の更に北には"人喰いの森"と呼ばれる広大な樹海が広がっており、足を踏み入れたが最後、殆どの人間が二度と帰らないと言われている。

 数少ない帰還者の話によると、その中は背の高い木々が生い茂り、進めども進めども同じ景色が続くが為に方向感覚を狂わせるのだそうで、木々に傷を残して迷わないようにしても、成長を続ける木々がすぐにその傷を塞ぎ目印も残らないのだとか。

 加えて森を徘徊する魔物も獰猛かつ凶暴な魔物ばかりらしい。

 故に冒険者ですら寄り付かない為、ただでさえどこにいても目立ってしまう勇者である俺にしてみれば絶好の潜伏場所となる。


 「…おいおい、本当に大丈夫かよ?」

 「わからない。でも半端に隠れても直ぐにバレるくらい勇者の存在感は強すぎる。ここなら殆ど誰も近づかないだろうし、しばらくは滞在するとして、仮に戻るとしてもその間に身なりを変えてしまえば、勇者と認識されずに済むと思うんだ」


 勇者の存在感はあまりに鮮烈過ぎるが故に魔法やスキルを使ってそれを塗り潰しでもしない限りはどうしても目立ってしまう。

 とは言え、それはあくまで周りに人がいてこそであり、そうでないならばその存在感についてはあまり考える必要もない。

 それだけでも危険を冒してでも人喰いの森に潜伏して心静かな生活を目指す価値はあると俺は見ているのだ。


 「連合国領においても魔王領においてもディランはどうしても悪目立ちする。連合国と魔王領は実質的に戦争を続けているからな。その点、人喰いの森にはその道理はないし、訪れた人間がいたとしてもその大半は命知らずの冒険者か世捨て人くらいのものだ、やはり戦争の道理からは外れている」

 「戦争に僅かでも関わってるなら勇者は絶対無視できないだろうけれどぉ〜、全く関係無い人間からすればぁ、"なんか凄い人"くらいにしか感じないものねぇ〜」


 そう、ダイアナとアウロラの言う通り、戦争があっているから勇者は目立つのだ。関わっていない者からすれば気にはなるけれど無視できないという程ではない。これはアウロラ自身の経験にも基づいている。


 心配はしてくれるが、俺の心情も察してくれている為、仲間達は俺を変わらず後押しする側に徹してくれている。

 勇者でなければずっとこうして共に冒険者として旅をしていたいとも思うが、よくよく考えてみれば勇者になっていなければ出会う事もなく、俺は故郷の村で生まれ、暮らし、骨を埋めていただろうと考えると、これもまた勇者という役割によって導かれた運命なのかもしれない。

 それに関してだけ言えば勇者という役割には感謝はしている。もちろんそのせいで翻弄もされてきたのだから頭には来るのだが。


 「ともあれ行き先がわかったならそれでいい。ただそこで野垂れ死んでもそう簡単にゃ弔いにも行けねえからな!」

 「その時はその時さ。上手く生活が続いたならいつか訪ねてきた時はちゃんと茶でも出してもてなすさ」

 「ほう、言ったな? ならばどこかで生きてるという噂を耳にしたら本当に訪ねてやるとしよう」

 「でも雑草のお茶は嫌よぉ?」


 俺の選んだ選択が正解なのか間違いなのかは解らないし解りようもない。だがこうして軽口を交えて俺の選択を後押ししてくれる仲間に出会えた事は間違いなく正解だったのだと思う。

 本当に向こうで再会できたなら、お茶どころかその時の出来る限りで出迎えてやろう、俺は胸の中でそう誓い、その後しばらく最後の談笑を楽しんで眠りに就いたのだった。


 ─────


 翌朝、俺たちはガルガンド軍の列に混じり、国境へと進む。

 そしてその先では武装する魔族達が拠点の中からこちらを睨んでいた。


 多くのゴブリン達に加え、所々にオークもいる。

 その中央には鎧に身を包むオーガの兵士を横に置いたミノタウロスのブラウンが長柄のバトルアクスを手に堂々と構えていた。


 「勇者殿」


 ガルガンドの騎士に声をかけられた俺は"ああ"と短く返事を返した後、一人、真っ直ぐに魔族達の拠点に近付いていく。


 「魔王軍、聴こえているだろうか!俺はディラン!魔王領に対する絶対的な脅威である連合国の英雄だ!」


 少し離れた場所で足を止め、声を張り上げて名乗りを上げると、魔王軍は少しオーバーリアクション気味にどよめいていた。

 昨日ブラウンに頼んでいた通り。既に顔は見せているし、敵意は無いと示している為、驚くべくも無いのだが、目的は魔王軍が勇者の名を聞いて怯み、ガルガンド軍が士気で優位に立っているのだと印象付ける為だ。


 「静まれ!狼狽えるな!」

 「む?」


 魔王軍陣営から上がった声がゴブリン達の動揺を搔き消す。低く渋い声だが良く通るいい声だ。


 「我が名はブラウン、魔王軍よりこの拠点の守りを任されたミノタウロス族の拠点兵長である!噂に聞く連合国の勇者が自ら出向いて来るとはな!」


 ああ、いいぞブラウン。圧倒的な存在である勇者に立ち向かう拠点の長、立場が違えば立派な勇者じゃないか。演技だとは言え、堂に入っているぞ。


 そうやって拠点から乗り出してきたブラウンに目配せをすると、向こうもガルガンド軍からわからないくらいの頷きを返してくる。


 「ミノタウロス族か、図体ばっかりでかいだけでこれまでに何度も倒してきた相手だ、怯ませようったってそうはいかないぞ!」

 「ふん、勇者とはどんな男かと思っていたがまさかこの様な若僧だとはな。だが油断はせんぞ、相手が勇者とあれば並の兵とは比べようもない程の強者と思わねばな。相手にとって不足なし、我が戦斧の錆にしてくれる!」


 前口上から自然に一騎討ちの流れが出来、俺は剣を抜く。

 ブラウンも良く演技してくれた。これでガルガンド軍が茶々を入れる余地は無くなった筈だ。


 「行くぞ!」

 「来るがいいっ!」


 走り出した俺はブラウンへ斬りかかるが、勿論これは演技だ。実戦ならば強敵と呼べる相手にはもう少し慎重に攻め、地味な立ち上がりにはなるが、お互いが力を出しきる戦いに見せる為に敢えて派手な立ち回りに見せている。


 剣と斧がぶつかり合う金属音が響き、時には攻撃を空振らせて空気を引き裂く音が緊張感を演出する。

 ブラウンの斧を操る腕も悪くない。丁度俺が躱せるギリギリを狙ってきている為、俺も無理に余裕が無いフリをする必要が無く、激戦を演じずとも張り詰めた戦いを繰り広げられる。


 「はぁっ!」

 「ふん、勇者の力はこの程度か!口程にもないな!」

 「ほざけっ!」


 お互いに決定打が無いまま戦いが続く。それによって少しずつ、ガルガンド軍側には焦りの色が見え始めていた。

 ガルガンド軍は勇者さえいれば魔王軍の防衛拠点など簡単に蹴散らせるとそう高を括っていた為、俺が苦戦している様に見せているのを見て魔王軍のブラウンが相当な強者に見えているのだ。

 俺が万が一負けた場合、勇者をも退ける魔族の強者を相手にしなければならない、或いはそんな相手に逃げる背中を追われるのだ、その光景が目に浮かび気が気でなくなっている、という所だろう。

 勿論、ブラウン自体は決して弱くはない。魔王軍の一兵士の括りならば十分強いと言え、辺境の拠点の守りを任されたのも実力から選ばれたのだと頷ける。

 しかしながらそれはあくまで兵士という括りの話であり、武人然とした魔族の将からすればまだまだ相手にもならない。


 「ふんっ!」

 「うわっと…!危ない危ない、あと半歩前にいたら頭が半分開いてたトコだったな…!」


 態とブラウンの斧が掠める様に躱し、頰から血を流すと、ガルガンド軍の動揺はいよいよ表面化し始めた。

 ダイアナとアウロラは黙って一騎討ちを見守っているが、騎士も兵士もまさか勇者が敗れるのかも知れないと居ても立っても居られない様子だ。


 「それが望みなら今すぐそうしてやろう!今度はこちらからいかせて貰うぞっ!」


 攻守入り乱れる展開から今度は俺が守勢に回る展開に移る。

 ブラウンの容赦ない斧の攻撃に俺が後手に回らずを得ないという想定だ。これで更にガルガンド兵の不安を煽っていく。


 「くっ…勇者殿、今…」

 「待て、何をする気だ騎士殿?」


 ガルガンドの騎士達も我慢の限界という所だが、ダイアナが仁王立ちのまま手を広げ、騎士を制止する。

 全く、ダイアナも随分演技に熱心な様だ。


 「いえ…その…!」

 「よもや一騎討ちに手を出そうなどとは思っていないだろうな? 一人の騎士としてそれが何を意味するかは当然知っている筈だ」


 ダイアナがガルガンドの騎士に背を向けたまま、厳しい口調で騎士の起こそうとした行動を咎める。

 騎士や兵士からすれば知っていて当然の一騎討ちの作法を破ろうとしたのだから聖戦士であるダイアナが許すであろう筈もない。


 「一騎討ちとは戦いに身を置く者達にとってはある種の神聖な儀式、何者であっても穢すことは許されん。…それが例え、相手が魔族であっても、だ」

 「うぐっ…!」


 魔族だから騎士の作法の範疇の外だとでも言いたかったのだろうが、ダイアナは先回りしてその理屈に釘を刺していた。

 兵士や騎士、その上位にあたる聖戦士にそう言われては反論など以ての外、彼らの世界は完全な縦社会であり、その作法は基本曲がることない不文律であり、侵したが最後、二度と戻る事は出来ないくらいには厳しい規律の上に成り立っている。


 さて、そろそろダイアナが釘を刺し終えて馬鹿な真似はできなくなったあたりか。ぼちぼち局面を変えるとしよう。


 最初は反撃もするが、徐々に回避に動き、ここからは回避も追いつかなくなって防御せざるを得ず追い込まれている様に見せていく形だ。


 「ぐ…攻撃が重い…!」

 「どうした、徐々に受け流しきれなくなっているぞ?」

 「く…!」


 本来、これだけの体格差がある相手で重量のある斧を持つ相手に正面から防御するのは悪手も悪手、普通は絶対にやらない事で、受け流すのに失敗している体でそれをやっている。


 「うあっ!」

 「もらったぁっ!」


 不意に蹴飛ばされ、地面を転がった所にブラウンが追い打ちを仕掛けてくる瞬間だ。それを転がり紙一重で躱す。


 さぁさぁどうだ? 勇者がいよいよ追い込まれだしましたよ? ガルガンド兵の皆さーん、勇者負けそうだぞー? ねえどんな気持ち? ねえどんな気持ち?


 「うぐぐ…!」

 「あの魔族、思っていた以上にやるな…!」

 「ダイアナ殿までそう思われるのですか…!それ程までに…!」


 うはは、完全にやきもきしてるな。

 なんかダイアナも言ってたみたいだな、なんか思っても無いような事でも言ったんだろう、最高だぞ聖戦士殿!


 さぁてそろそろ詰めにかかるとしよう。


 「ふんっ!」

 「ぐっ…このぉっ!」

 「甘いな…!」

 「やばっ…!」


 ブラウンの攻撃を受け流しきれないながらも無理矢理反撃に出たが、見切られていたという体で絶体絶命を演出する。

 勿論、騎士や兵士達はダイアナに縛られて動ける筈も無く、俺がやられそうになっているのを見ているしかできないのだが、彼らの中にはその括りから外れている人物が既に紛れ込んでいる。


 「…っ、勇者殿ォォーーッ!」

 「…む?」


 わざわざ大声上げてわかりやすい合図だな。


 大声を発しながら弓を構えていたのはガルガンド軍の兵士…の姿を装うハザクだ。

 熟練の盗賊である彼からすれば存在感を消し、変装して兵士に成りすますくらいは簡単にやってのける。

 況してや俺とブラウンの一騎討ちに意識が向いている中なら尚更だ。


 ハザクの矢は一応ブラウンの足を狙う様に言ってあるし、ブラウンはハザクの合図に一瞬気を取られる素ぶりを見せてくれていた。

 飛んでくる矢の軌道に俺は割り込むとその矢を脇腹に態と受けてあたかも味方の援護から敵を庇った形を見せる。勿論これも演出、本当は脇で矢を挟み止めていた。


 「ぐっ…ううっ…!」

 「卑怯な…!これがガルガンド軍のやり方か…!しかし自ら止めるとは見事なり…!」


 さぁさぁ今頃ガルガンド軍の方は大騒ぎだろう、兵士の中から一騎討ちに横槍を入れる馬鹿が現れたんだ。


 「誰だ…!誰がやったァァッ!」

 「ひっ!」


 ダイアナちゃんの迫真の怒鳴り声!背中向けてて見えてないけどガルガンド兵が肝を冷やしてる様は見なくてもわかるぞ。ダイアナちゃんに怒鳴られると怖いもんな? おっと、吹き出すの我慢しないとな。あと脇腹に矢を受けたんだから片膝ぐらいついとかないと。それからハザクからもらってる血糊もだな。


 「誰がやったと聞いているッ!」

 「私見てたわぁ〜、この子が我慢しきれずに弓を構えてたわよぉ〜」

 「貴様かァッ!」

 「へっ…? いや、俺は…!」


 この直前、アウロラが弓兵の一人に催眠の魔術をかけてハザクとすり替わらせており、ハザクは矢を放った瞬間に変装を解除、借りていた弓を兵士に返して罪をなすりつけていた。

 あとは矢を放ったことにされた兵士がダイアナに組み敷かれるという流れで、兵士の一人が勝手に暴走し一騎討ちに水を差した卑怯なガルガンド軍と、暴走した味方の矢から敵を庇うことで騎士の作法を守った勇者、そしてその矢傷が故に一気に一騎討ちが形勢不利になるという3つの構図が出来上がった。


 「とんだ横槍が入ってしまった様だな」

 「このくらいの傷…、大した事は、ないさ…!」

 「言い訳にする気は無し、か。それは結構」


 この時点で既に背後からこちらには殆ど注意は向いていないが、全く視線を感じない訳ではない為、まだ演技は終わらない。一騎討ちを挑んだ勇者が負ける、それがこの演劇の幕引きだ。

 矢を受けた右の脇腹を庇う様に剣を左手に持ち替えて立ち上がり、なおも戦う意志を見せる。

 明らかに剣の冴えを鈍らせ、ブラウンは難なくそれを受け流し反撃する。矢傷の影響が攻守に現れ、剣を振るのもやっとという姿だ。


 「これが長きに渡り魔王軍に辛酸を舐めさせてきた勇者の姿か…? だがこれ以上は見ていられん、終わりにしてやろう!」

 「く、くそっ…!」


 ブラウンのバトルアクスによって勇者の剣は弾き飛ばされ宙に舞う。

 そして斧の刃先が身につけていた鋼鉄の鎧を袈裟に斬り裂いた。この時に俺は隠し持った血糊の塊を纏めて潰し、派手に血を噴き出す様に見せながら仰向けに倒れ込む。


 「勇者ディラン、このブラウンが討ち取ったァ!」


 ブラウンの勝ち名乗りに両軍は対照的な動きを見せる。

 魔王軍を幾度も打ち破った勇者がまさかの敗北を喫し、その変わり果てた姿にガルガンド軍、それに対し、辺境の小戦線で拠点を守っていた一拠点兵長が大金星を挙げ湧き上がる魔王軍。

 ガルガンド軍は勝って当たり前の戦いと高を括っていたが当てが外れ、兵士達から既に士気はかけらも感じられない状態だ。


 「勇者が倒れた今、もはやガルガンド軍など敵ではないっ!全軍、敗残兵を殲滅するぞ、進軍を始めよ!」


 間髪入れずにブラウンの大号令が降り、魔王軍の拠点から魔族達が飛び出してくる。

 さぁあとは舞台の総仕上げだ。


 「な…何という事だ…!勇者が…勇者殿が敗れたなど…!」


 兵士と同様、指揮官である騎士もまさかの事態に開いた口が塞がらない様子だな。いい間抜け面だ。

 んでこうなると次の台詞はダイアナだな。


 「…いかん!騎士殿、全軍に撤退を命じるのだ!我々が殿を務める、勇者の、ディランの亡骸も回収せねば…!」

 「う、うむ…!口惜しいが兵がこれでは…!ダイアナ殿、背後を任せる…全軍、撤退せよォッ!」


 ダイアナが放心の騎士を一喝して立ち直らせ、撤退の号令をかけさせる。

 それによって我に帰った騎士達は迫り来る魔族を見て一目散に撤退を開始した。


 「撤退する騎士達に手は出させん!それに勇者の亡骸を辱めさせる訳にもいかん!魔族達よ、我が聖剣の眩き光を恐れぬというならば私が相手だ!かかってくるがいい!」


 殿として名乗りを上げたダイアナの凛々しく通り抜ける様な澄んだ声は撤退を始めた騎士達の耳にも届いただろう。

 その声に応じる様に洗礼を受けたミスリル聖銀で打たれた聖剣の澄んだ水色の刀身が眩い輝きを放ちながらダイアナの腰から抜かれる。


 「勇者に続き、聖戦士まで出てくるか…!皆、下手に間合いに入ると斬られるぞ、気をつけろ!」

 「私もいるわよぉ〜、そう簡単に抜けると思わない方がいいわぁ〜」

 「おう、足止めなら俺の分野でもある。ガルガンドの騎士どものケツは追わせねえし、ディランとは長い仲だ、そのガラを持ち帰らせる訳にはいかねえな」

 「大魔導士に盗賊王か…!こちらとて勇者を討ったその証拠は何としても持ち帰らねばならん!退く訳にはいかんぞ!」


 さて、俺の仲間達が殿になり魔王軍の前に立ち塞がってる間にガルガンドの兵士達は随分と離れた様だな。

 魔王軍達が壁になって俺の姿もそろそろ見えなくなる頃合いだ。


 「ふーっ、そろそろ良さそうかな。ダイアナ達もブラウン達も名演技だったぞ」

 「…うむ、ガルガンドの騎士達は脇目も振らずに退がっていった様だ、振り返りもしていない。もう演技の必要も無いだろう」


 ブラウンがもう遠くまで離脱した騎士達を睨み、静かにそう告げた事で、俺は全身血糊塗れの身体を起こす。


 「…さて、これで勇者を討った魔族の戦士がこの地を守っているという事実も直ぐにガルガンド中に広まるだろう。ガルガンドも下手に兵を挙げる事も出来ん筈だ」

 「ああ、これでこの国境も少しは静かになるだろう。勇者殿、貴殿の妙案でお互いに無駄な血を流さずに済んだ。改めて感謝する」


 ダイアナとブラウンがまとめ、これでガルガンドの挙兵は失敗したという形で幕を引いた。

 ただ、勿論これで終わりとはならず、ここからがブラウン達とダイアナ達が忙しくなる所になる。


 「まずは、アウロラ。用意してたものを頼む」

 「わかったわぁ〜、んしょ…えっと、確かこの辺に…っとぉ〜!」

 「うぇっ、なんだこりゃ…」

 「人の死体…? いや、これはディランによく似ているが…」


 アウロラに用意させていたのは俺によく似た死体…ではなく、俺によく似せて作ったホムンクルスの素体だ。

 本来であればホムンクルスとは生物が間違いなく生命活動を止める様な外傷すら再生する凄まじい再生能力を持つのだが、これにはそんな能力は備わっておらず、魂も宿っていない。

 身体の組織そのものは人間と遜色はない為、何も知らない人間がこれを死体だと言われたらまず疑われる事も無いだろう。顔や体型の作りも丁寧で一目見ただけならば俺の死体だと勘違いしてくれる筈だ。


 「これにこうすれば…」

 「…なるほど、替え玉という訳だ」


 ホムンクルスの素体に服と身につけていた壊れた鎧を着せ、勇者の証と剣を背負わせてやると、それを見ていたブラウンが思わず唸る。


 そりゃそうだ、俺でも生き写しにしか見えねえもん。


 「しかし…勇者の証に剣など…おいそれと渡して良いものなのか?」

 「へーきへーき、というか俺は勇者を辞めるつもりだし、そもそも勇者が死んだって事実が世間に広まってくれなきゃ困るし、あと証は邪魔なだけだし、剣は持て余すくらいのシロモノだしなぁ…」

 「そ、そんなにか…」

 「ああ、勇者の剣なんて天にかざすだけで災害レベルの竜巻が起こるんだぞ? それに勇者以外が使っても重いだけのなまくらだ、だったら手元から離しといた方が安全だしな。俺はこっちの魔道具の方が使いやすいね」

 

 俺は腰に付けていた棒状の柄を抜いてブラウンに見せると、それに魔力を流してやる。

 これは魔力を流す事でそこから魔力を念じた形に結晶化させ、剣だけでなく、槍や斧、果ては鍬や鋤にもなる唯一無二の魔道具の柄だ。結晶化した魔力は重量もある程度自在に操れる上、柄だけなので荷物にもなりにくくとても便利である。

 対して勇者の剣は恐ろしく扱いに困るじゃじゃ馬だ。勇者しか使えない、という前提はあるが、抜けば際限なく魔力を吸い、他の魔法を放つにも敵と認めた相手を滅する為や己と認めた仲間を直接救う為のもの以外は発動を認めてくれない。更に一振りすればあちこちに見境なく被害をもたらし、天にかざすだけで竜巻を呼び、周囲一帯を吹き飛ばす。

 敵と認めた相手、つまり魔族を徹底的に駆逐する為に生まれた剣なのだが、俺自身が魔族を最早敵だとは考えていない為、今後手にしたとしても二度と抜くつもりは無い。

 それならば魔族の手に渡り、二度と陽の目の見ない様に魔王領の奥に封じるか、いっそ破壊してくれた方が今後人間と魔族が手を取り合う未来に近付けると俺は考える。


 「勇者の剣の扱いに関しては今の魔王に委ねるよ。ブラウン、後の事は魔王領側でいい様にしてくれ。ダイアナとハザク、それからアウロラも、連合国側はガルガンドの方の件があるから一筋縄にはいかないと思うけどうまくやって欲しい。迷惑を押し付ける形にはなるけど、頼まれてくれるか?」


 ここで出来る事は全て終えた。俺こと勇者ディランはこの地で魔王軍の拠点兵長との戦いの末、討死したという最期を遂げた。死人として歴史の表舞台に立つ訳にはいかない為、後の事はここにいるみんなに任せるしかない。

 俺は四人に深々と頭を下げる。


 「将ですらない私に出来る事は限られるだろうが、少なくとも私の胸には人間達の侵略を防ぐ為に駆り出された魔族の村人を守ろうとした心優しき人間の勇者の姿がある。その恩に報いずにいるなどという薄情な真似は出来ん」

 「ははっ、そんな堅苦しい理由は俺にゃ無えな。あるのは長い付き合いだけだ、助けもしたし助けられてもいる以上、今更貸し借りだなんて思いやしねえよ」

 「ハザクに同じだ。それに貸し借りだというなら、勇者というだけでお前は連合諸国に随分な貸しがあるだろう。ろくに借りも返さずにいるくせに文句を言う様な輩がいれば私が代わりに叩き斬ってやるさ」

 「うふふ、私も同じよぉ〜。もしそんな人がいたら私も面白おかしく有る事無い事書いて後世まで笑い者にされる様に書いちゃうって脅しちゃおうかしらぁ〜。とにかくディランちゃんは安心して行方をくらませて大丈夫だから後の事はまかせておいて頂戴ねぇ〜?」


 頭を下げた俺にみんなはそれぞれそう告げられた。

 そして、"ありがとう"と返そうとすると、これ以上の言葉は不要だと首を横に振っていた。


 「さよならは言わねえぞ。それよりも約束、忘れるなよ?」

 「ああ、勿論。じゃあ…行ってくる!」


 最後に声をかけてくれたハザクと拳を突き合わせ、俺は最低限の荷物を背に北へと進む。

 別れではなく新たな旅立ちだ。俺は最後に一度だけ振り返り、旅立ちを見送ってくれる仲間達に向け、勢いよく拳を天に衝き上げてみせた。

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