第1話 ユートピア
「……ん……」
私はどこかに寝そべっていた。意識が戻った瞬間、体の左半分に硬い床の感触があったのだ。
「あれ、私何で床に寝て……」
むくりと体を起こしたところで、私ははっとした。
目の前に広がるのは、私の部屋じゃなかった。まるで学校の体育館のような、広いホールだった。
頭の中が混乱する。どうしてこんなところに居るの?ここ、どこよ。高校の体育館ってこんな造りだったっけ?しばらく来ないから忘れちゃったのかな。
「……あのぉ」
一人でパニクっていたら、背後から声を掛けられとんとんと肩を叩かれた。
「は、はいっ」
声が上ずった。驚いて勢いよく振り返ると、ごちんと何かが額にぶつかった。
「いっ……たぁ」
思わず額に触れる。少しだけ熱を持ったそこは、じんじんと鈍く痛んだ。
「ごめんなさい、驚かせちゃいましたよね?」
「っあ」
目の前には、同じく額を触りながら申し訳なさそうにそう言う女の子が居た。腕で顔は見えないけど、私と同い年くらいの女の子だった。
「こ、こちらこそ急に振り返ってごめんなさい……」
やば、しばらく誰とも喋ってなかったから声が裏返っちゃった。
「気にしないでください、お互い様ってことで……」
その子は笑いながら額から手を退けた。
「っえ……」
私はその子の顔を見て言葉を失った。手のひらに汗がじんわりと滲んでくるのを感じる。
心臓がバクバクと踊り狂う。呼吸をするのも苦しかった。
「ゆき、な……?」
目の前にいるその女の子は、死んだはずのゆきなにそっくりだった。
嘘、嘘、嘘。何でゆきなが目の前に?これは夢?やっぱり私はあの時死んでて、ここは天国とか?
「えと、あなたは?」
そう訊かれて我に返った。改めてゆきなにそっくりのその子を見ると、少し困ったような表情で私を見ていた。
あ、困らせちゃったかな。そりゃそっか、いきなり知らない人に全然違う名前で呼ばれたりしたら誰だって戸惑う。
「ごめんなさい、星みことです……」
ぼそりと自分の名前を名乗った。
女の子は口を半開きにしたまま黙り込んでしまった。変に謝ったりしたせいか、また反応に困らせてしまった。
いつもこうだ。私は人と上手くコミュニケーションが取れない。だから仲がいい友達だってゆきなしか居なかったんだ。
……この子がゆきなだったらどれだけ良かったか。じんわりと涙が浮かんでくる。
「そっか。みことさんって言うんだ。」
女の子は小さな声でそう呟いた。
「私はサクラ。残念ながらゆきなさんではないんだ、ごめんね?」
「あ、いえ……」
サクラははにかむように苦笑いした。
「もしかして、そのゆきなさんが、あなたの生き返らせたい人?」
「っえ」
どうしてそれを?私は愕然としてサクラの顔を見た。
「だって、あなたにも生き返らせたい人が居るからここに来たんでしょ?」
「『あなたにも』……?」
聞き返すと、サクラは目を伏せて、形の綺麗な唇を静かに震わせた。
「私にも生き返らせたい人が居るの。大事な大事な人。」
大事な大事な人。私にも居る。……ゆきなだ!
「目が覚めたばっかりだからまだ説明されてないんだね。みことさんにも教えてあげて、エルちゃん。」
「はぁーい♡」
どこからか、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おはよう、遅いお目覚めだったね、みことちゃん」
陽の光を受けて輝くガラスの粒子みたいだ。キラキラと光が降ってくる。
目の前の時空が、水の波紋のように歪んだ。そこから頭を出したのは、歩道橋から落ちそうになった私を止めたあの半透明の人だった。
が、今は半透明じゃない。ちゃんと向こうの景色は見えないし、はっきりとその姿が見える。……まるで実体がここにあるみたいだ。
「私は天使のエル。よろしくね。」
エルはにこりと笑って、私の目の前に手を差し伸べてきた。私は戸惑いながらそれを見詰めて固まった。
「恥ずかしがり屋さんなんだね、みことちゃんは。まぁ、ここに来た人で握手してくれた人は誰も居ないんだけどー……」
エルは少し不服そうに目に影を落とした。
「まっ、いきなりこんなところに連れてこられたんじゃ怪しむのも当然だよね!でも安心して、よくある漫画みたいに、理不尽なゲームをやらせたり殺し合いさせたりするわけじゃないから!」
パッと笑顔に戻り、エルはそう言った。
「ここはね、あなたが死ぬほど叶えたかった願いを叶えられる場所。覚えてるかな、みことちゃんが死のうと飛び降りした直前、私と交わした会話。」
「……確か、ゆきなを生き返らせてくれるって……」
「そう。ここは、死んだはずのあの人やこの人を生き返らせることが出来る場所なの。通称『ユートピア』。……『理想郷』って意味ね。」
「ユート、ピア……」
「さ、やっと全員お目覚めしたから、詳しいことを説明しなきゃね!」
そう言うと、エルの体はふわりと宙に浮かんだ。毛先がくるんとカールした、ほんのりピンクグレーに見える白髪を靡かせ、体育館の中を飛び回る。
「みんな、集合!」
エルのその言葉ではっとした。周りを見回すと、散らばるように何人か人が居たのだ。
気付かなかった。私とサクラ以外に、四人ほど居る。性別や年齢はみんなバラバラだ。
「これからここユートピアについて説明するよっ。」
さわさわと小さくどよめく体育館内。私はごくりと唾を飲み込んだ。
マジで信じてるわけじゃないけど。あんな正体もよく分からないような奴のことなんて信用してないけど。
でも、ゆきなが生き返る可能性が0.1パーセントでもあるのなら。
私は目をきらりと輝かせた。
体育館内に散らばっていた人達が、一箇所に集まった。宙に浮かんでいるエルを見上げるような形で立っている。
中央でみんなの視線を独り占めしているエルはと言うと、目を瞑って薄ら笑いを浮かべながら黙り込んでいた。
「……おめでとう諸君!君達は選ばれたんだ!」
目を見開いて、桃味の飴玉のような瞳を露出させ、エルはそう叫んだ。体育館内にその可愛らしい声が木霊した。どこからかおもちゃのラッパみたいな効果音も聞こえてくる。
「『あの人を生き返らせたい』……。そう思う人間はごまんと居る。その中で君達は選ばれた。……いや、自らの力で勝ち取ったんだ。『運』という力でね。」
さっきから何言ってんのよ。そう思って周りに立っている人達を見ると、どうやら私と同じことを思っているみたいだった。みんなが表情を引き攣らせながらエルを見上げている。
「……いいからさっさと説明しなさいよ。ここはどこで、私達は何でここに連れてこられたのか。……私の自殺を邪魔しといて、下らない理由だったら許さないわよ」
誰かがぼそりとそう呟いた。……少しツンとした若い女性の声だ。
集団の中からその声に似合いそうな人を探す。二十代くらいの金髪の女性に、二十代くらいのサラリーマンらしき男性、そして中学生くらいの女の子に、私と同い年くらいの男の子……。どうやら声の主は金髪の女性みたいだ。
「んもー、急かさないでよ蘭那瀬ちゃん!」
そんな女性に、エルはぷりぷりと怒る。
蘭那瀬と呼ばれた女性は、根元の方が少し黒くなったぐりんぐりんに巻かれたロングの金髪が印象的だった。目元が異様に強調されたメイクや肩の出た服装を見る限り、どうやら「ギャル」って奴みたいだ。さっきからずっと、不機嫌そうな表情でエルを睨み上げていた。
「こほん。さっきも言ったけど、ここは死んだ人を生き返らせることが出来る場所だよ。君達には、みんな生き返らせたい人が居るだろう?」
問い掛けるようにそう言い、私達の顔を見回すエル。
「ここは特定の条件をクリアした者だけが来れる場所なんだ。普通なら死んだ人を生き返らせるなんて無理だろう?
悠人くん、今日ーー君が死のうとした日は何の日だったか覚えてるかな?」
悠人と呼ばれたのは、私と同い年くらいの男の子だった。マッシュヘアーの黒髪に半分隠れた目で、ちらりとエルを見上げる。
「十二月二十五日……?」
「そう。クリスマスだよね。
そしてもうみんな察してるだろうけど、ここに居る人達は、みんな今日ーークリスマスに死のうとした。」
ドキッと心臓が大きく脈打つ。バクバクと静かに早くなる鼓動。私は思わず周りを見回した。
みんな、俯いたり視線を泳がせたりして冷や汗を流している。……エルの言ったことは本当なんだ。
みんな、私と同じ日に死のうとしたんだ。……大切な誰かを追って?
「クリスマスは聖なる夜ーーううん、“生なる夜”だ。その日に誰かを生き返らせたいという強い願いを持って行動した者にだけ、サンタクロースは訪れるんだ。そのサンタクロースが私。」
エルは目尻を釣り上げてにんまりと笑う。
「『実際に行動』って、死ねば叶うってことですか……?」
おずおずと中学生くらいの女の子がそう訊ねる。エルは笑顔で頷いて、
「そうだよ、和叶ちゃん。死ぬことより説得力のあることなんてないだろう?」
和叶と呼ばれたその女の子は、少し悲しそうに真ん丸の大きな眼鏡の奥で目を伏せた。真っ直ぐに切りそろえられた前髪と、艶々の三つ編みが印象的だ。
「じゃあやっぱり私達は死んだってことかよ?」
蘭那瀬がそう訊くと、エルは左右に首を振る。
「ううん。君達は死んでない。ただ実体がこちら側に来ただけ。
ここは君達が今まで生きてきた世界と変わらないもう一つの世界ーーパラレルワールドって奴?いや、一つだけ変わることがある。それは、君達が死ぬほど生き返らせたかった人が生きてるってことだ。」
『!?』
私達は息を飲んだ。生き返らせたかった人がーーゆきなが生きてるってこと?
「また愛斗に会えるってこと?」
「お母さんが生きてるってことですか……?」
「あの子は生き返ったってことなのか……」
そう呟き、涙を目に浮かべる。それは私も同じだった。本当にゆきなが生き返るなんて!
「……んんー?みんな、何か勘違いしてないかな?」
エルが顎に人差し指を添え、首を傾げながらそう呟いた。その言葉で、一瞬で体育館内は静まり返る。
「まだ生き返ってないよ、その人達。」
『え……?』
目を見開いて自分を見上げる私達を、エルは面白おかしそうに見回した。
「君達がここに来る直前にも言ったじゃないか。その人達を生き返らせるのは、君達なんだよ。」
「は?それってどうやって!」
蘭那瀬がキレ気味に叫ぶ。エルは柔らかい笑顔で微笑み返した。
「殺すのさ。こっちの世界の大切な人を、その死因と同じ方法で。」
私達は絶望した。言葉を失った。
また、大切な人を失わなくちゃいけないの?
また、あの時と同じ気持ちにならなくちゃいけないの?
そんな私達の心情を汲み取ったのか、エルは順番に私達の肩を叩いていく。
「大切な人が生き返るんだよ?それくらいお易い御用でしょ?」
「で、でも、そしたら結局死んじゃうってことじゃないですか……?」
和叶が小さな声でそう言った。
「……でもここはパラレルワールドなんだろ?それってこっちの愛斗達は本物じゃないってことだろ?だったら殺しても、本当の愛斗は生き返る!」
「こっちの愛斗君も愛斗君だけどね。」
蘭那瀬さんの言葉に、エルが間髪入れずにそう返す。
「パラレルワールドだろうがなんだろうが、こっちの愛斗君も本物の愛斗君だよ。君の息子で、こっちの愛斗君にもちゃんと思考や意思がある。君が過去に失った愛斗君と何も変わらない。」
「は、は……?」
「でも、こっちの愛斗君を殺せば愛斗君は生き返る。簡単な話だよ?」
エルは確認するように私達の目を順番に見詰めた。瞳孔の開いた薄い桃色の瞳に見詰められ、私は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。
ここに居る全員が理解した。
大事な人を生き返らせたいのなら、大事な人を殺さなきゃいけない。あの時と同じ悲しみを、もう一度味わわなくちゃいけない。
「そんなの絶対耐えられねぇよ……」
悠人がそう呟いて髪の毛をぐしゃりと掴んで頭を抱えた。
「あ、注意点がいくつかあるんだった。
みんな、くれぐれもしくじって死んだりしないでね?ここの人間が死んでも君達の世界の同一人物に何の影響もないけど、君達だけは違うから。
言ったよね、君達は実体がこちら側に来たって。つまり君達が死ねば、それは本当の死を意味する。」
エルは眉を八の字にして笑った。
「せっかく大切な人を生き返らせられても、君達が死んでしまったらあまり意味がないからね。」
体育館内は静寂に包まれた。誰も何も言葉を発さない。誰も誰とも目を合わせなかった。
分かってる。そんな簡単にゆきなが生き返るなんて、都合のいい話があるわけないって。
「それから、ただ殺すだけじゃ君達の大切な人は生き返らないからね。」
絶望に突き落とされた私達に追い打ちを掛けるようにエルは言葉を続けた。まだ、まだあるのか。
「実際に死んだ時と同じ方法で死なないと、生き返ることはないからね。」
私は床を見詰めながら目を大きく見開いた。頭の中が真っ白になった。
「病気で死んだのならその病気で、交通事故で死んだのなら交通事故で、誰かに殺されたのなら、その誰かに殺されて。そしてそれを君達が見届けるんだ。そうしたら、君達は君達の大切な人が生きている元の世界に戻れる。」
ガタン。大きな音が体育館内に響いた。音のした方を見ると、和叶が床に座り込んでいた。
「大丈夫ですか?」
サラリーマンらしき男性が声を掛ける。
「ちょっと目眩が……」
和叶はそう言って立とうとする。が、ふらついて再び座り込んでしまった。
「無理に立とうとしない方がいいよ。……誰だって、こんな話されたら倒れたくもなるでしょ」
蘭那瀬が腕を組みながらそう言う。
「あんた、……エルだっけ。今の話に嘘はないのよね?」
「……もちだよ、蘭那瀬ちゃん。」
じ。と、睨み付けるような蘭那瀬と笑顔のエルが見詰め合う。
……数秒後、蘭那瀬は目を瞑って短い溜め息を吐いた。
「嘘だったら承知しないわよ。
私はやるわ。愛斗を取り戻すためなら、何だってやるって決めたんだもの」
そう言って、蘭那瀬は私達を見回した。
「あんた達も絶対後悔のないようにしなさいよ。」
その言葉に、悠人がぎゅっと手を握り締めた。
「お、俺もやる。こんなチャンス、絶対に逃せない!」
「わ、私も……!」
「僕も、絶対に生き返らせるんだ……」
和叶とサラリーマンらしき男性も、小さな声でそう言った。
みんな、本当にやるつもりなの?生き返らせるためとは言え、その目でまた大事な人が死ぬところを見ないといけないんだよ?
「……私もやろっかな。」
私の隣では、サクラがそう言いながら笑っていた。頬には一筋の汗が伝っている。
「あの子が生き返るなら、私も何だって出来るよ。」
「サクラ、さん……」
「ね。あなたも一緒に頑張ってみない?」
サクラは私の目を見てそう言った。ドキンと心臓が高鳴った。
「あなたにも、死ぬほど生き返らせたい人が居るんでしょ?」
……そうだ。私はゆきなとまた会うために死のうとしたんだ。ゆきなと会える唯一の方法が「死」だと思っていたから。
でも、死んだら何も残らなかったかもしれない。ゆきなのことを思い出すことすら出来なくなってたかもしれない。
「……やるよ。ゆきなが生き返るんだったら。」
私がそう言うと、サクラは目を細めてにっこりと微笑んだ。
「そう来なくっちゃ!
みんな、一年間という期限付きではあるけど、もし死因が一致しなかったとしても何度でもやり直せるからね。死因が一致して、君達の大切な人が生き返るまで、何度でも。
ただ、一年後ーー来年のクリスマスがタイムリミットだよ。タイムリミットになったら、君達は元の大切な人が死んだ世界でまた生きていくことになる。」
私達は頷いた。
「じゃあ、行ってらっしゃい。また分からないことがあったり、ここに居る誰かと会いたくなったら『エル』って呼んで!いつでも何でも教えてあげるし、ここが唯一みんなが会える場所だからね!」
エルはそう言うと、ふわりと上昇していった。光を纏いながら、その体は半透明になり、空気に溶け込むように姿を消していった。
「…………」
取り残された私達は、しばらくエルが溶け込んだ空間をぼーっと眺めていた。
ゆきなにまた会えるんだ。……ここではゆきなが生きてるんだ!
「……頑張ろうね、みことちゃん!」
隣に立っていたサクラが、私の手を握ってそう言ってきた。
「ごめんね、勝手に呼んじゃった。」
そして舌を出して苦笑いする。
「う、ううん……。私もサクラちゃんって呼んでもいいかな」
私は小さい声でそう言った。全身がほんのり温かくなる。やば、顔赤くなってないかな。
「……もちろん!よろしくね、みことちゃん!」
私は恥ずかしくてそれには何も返せなかった。
「……何だかぶっ飛んだ話でしたね」
後ろからそう声を掛けられて、私達はくるりと振り返った。そこには、サラリーマンらしき男性が立っていた。横に長い垂れ目に、縁の細いメガネを掛けていて、髪の毛は無造作でよれたスーツを着ている。
「……は、はぁ」
「そうですね」
私とサクラは顔を見合わせて頷きぎこちなく笑い合った。
「あの、皆さん……。改めて自己紹介しますかね?」
最初にはおずおずとそう言ったのは悠人だった。私達は顔を見合わせて頷き合い、自然と小さな輪を作った。
「まー、あたしはさっきエルって奴に呼ばれまくってたから分かると思うけど。
あたしは冴島蘭那瀬。十九歳。……これはあんた達を同じ目的を持つ仲間だと思って言っとくけど、あたしが生き返らせたいのは二歳だった息子よ。」
蘭那瀬は少し影のある笑顔でそう言った。
「俺は鈴木悠人っす。十七の高二で、生き返らせたいのは、……元カノっす」
悠人は恥ずかしそうにそう言った。語尾につれてどんどん声が小さくなっていった。
「私は山田和叶です。十三歳で、中学一年生です。……生き返らせたいのは、お母さんです」
和叶は今にも泣き出しそうな顔でそう言った。
「私は、……佐藤サクラ。十六歳の高一です。生き返らせたい人は、クラスメイトです。」
……へぇ、サクラってクラスメイトを生き返らせたいんだ。私と同じだな。私は、ただのクラスメイトじゃなくて親友だけど。
「私は星みことです。サクラと同じ高一で、生き返らせたいのは、親友です」
あ、やば。自分で言ってて恥ずかしくなってきちゃった。そんな私に追い打ちをかけるように、その後はしんと静寂に包まれた。
……あれ。まだ自己紹介してない人、居るよね?
「……で、あんたは?」
蘭那瀬が、サラリーマンをちらりと見ながらそう尋ねる。
「……あー、あはは、これってそういう流れなんですかね?僕も言わなきゃいけないパターンなんですかね?」
ヘラヘラと笑いながらサラリーマンはそう言う。
「当たり前でしょ。何、名乗れない理由でもあんの?」
「い、いや〜……」
サラリーマンは笑って誤魔化しているように見える。
「ちゃんと名乗ってください!」
悠人もそう言う。
「……はは、引かないって約束してくれるかな?」
「何よ。さっさと言いなさいよ」
蘭那瀬が貧乏揺すりを始めたところで、サラリーマンは諦めたのか名乗り出した。
「……羽入理人。二十三歳。サラリーマン。」
「羽入、理人……?」
蘭那瀬の貧乏揺すりがぴたりと止まる。和叶がぽかんと口を開けて固まる。隣のサクラも、目を見開いて理人を凝視していた。
私と悠人は訳が分からず、顔を見合わせて首を傾げた。
「羽入理人って、あんた……まさか」
そう呟いた蘭那瀬の方を見て、理人はへらりと口角を釣り上げた。
「そう。僕は指名手配犯です。……そして、生き返らせたいのは、僕が殺してしまった女の子です。」
「うそっ……!」
私は思わず口を抑えた。確かにテレビでこの顔を見たことがある気がする。髪型は違うけど、メガネは掛けていなかったけど。数週間ずっとニュースで流れていた事件の犯人だ。
「ははっ、罪を消すために生き返らせたいってこと?」
蘭那瀬は冷や汗を流しながらそう零した。
「……決して自分のために、とかじゃありません。まだ若い子の未来を奪ってしまったから、それを返したいだけなんです」
理人は苦しそうに顔を歪ませてそう言った。
……沈黙。私達は、自己紹介なんてしなければよかったと後悔した。
「引かないでって言ったのに……」
理人はそう呟いたけど、引くなって言う方が無理だ。目の前に殺人犯が居るんだから。
「……まぁ、とりまこれで全員の名前は知れたわけだし。」
蘭那瀬はそう言って、私達の背中をばしばしと叩いていく。
「行くよ。もさっとしてないで。みんな、大切な人にまた会えるんだから!」
その言葉に私ははっとした。
そうだ。今からゆきなに会えるんだ。
心臓がバクバクと踊り跳ねる。手のひらにじんわりと汗が滲み出てくる。
「多分、みんな住んでる場所も違うと思うので、もうお別れですかね」
悠人が少し寂しそうにそう言った。
「……皆さんの健闘を祈ってます……!」
和叶のその言葉に、私達は自然と笑顔になった。
「そうだね。ここに居る全員が、大切な人を生き返らせられたらいいよね」
サクラの言葉に、全員が頷いた。私も大きく頷いた。
「じゃあ、行こう。」
私達は、体育館の出口に向かって歩いた。
それぞれの思いを胸の内に秘めて。
体育館から一歩踏み出す。
待ってて、ゆきな。
絶対にあなたを生き返らせて見せるから。