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冬桜が咲くまでに  作者: 砂糖ざらめ
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序章

 


 私には生き返らせたい人が居る。

 死んでからもう半年以上経ったのに忘れられない人が居る。

 彼女の名は、ーーあれ。

 どうしてだろう。あんなに大切な人だったのに、名前が思い出せない……。



「……またか。」

 薄暗い夜明けの空がカーテンの隙間から顔を覗かせている。私は飛び起きて頭を抱えた。

 またあの夢だ。また、()()()の名前を忘れてしまう夢。

 この夢を見ると、私は決まって目が覚めたと同時にゆきなの名前を頭に思い浮かべる。そして忘れていないことを確かめて安堵する。

 何度も何度も繰り返し見ているから、いつか本当に忘れてしまいそうで怖いのだ。

 でも忘れるわけない。忘れられるはずがない。

 だって、ゆきなは私のせいで死んだんだから。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「みこと」

 部屋のドアがノックされる。私は布団の影からドアの方を見た。

「みこと、学校は今日から冬休みだって」

 くぐもった母親の声。私はそれを傍耳にもそりと布団を掛け直した。

「お腹すいたらいつでも降りてきてね。ご飯用意してあるから」

 とんとんと階段を降りていく足音が小さくなっていく。私は布団を頭まで被って、ぎゅっと固く目を瞑った。


 もう朝の八時になる。カーテンの隙間から顔を覗かせているのは、もう薄暗い夜空ではなくなってしまった。差し込んでくるような、刺すように鋭く熱い朝日だ。

 ーーああ、もう学校に行かなくなってどのくらい経つんだろう。最初の頃は数えてたけど、もう分からないや。寝返りを打って、深い溜め息を吐いた。

「……お腹すいたなぁ」

 空腹よりも、体を動かすことが面倒だった。


 あの悪夢から一年。もう一年も経ったというのに、まだその悪夢は終わらない。覚めることのない世界で、私はずっと苦しんでいる。

 ーーもし、もしあの日に戻れるのなら。毎日そう思って祈るけど、戻れることはなかった。

 これから先、後悔に溺れ、囚われて生きていくしかないのか。いや、もう生きていけないかもしれない。

 早く死にたい。思うのはそれだけだ。


 ピロン。スマホが鳴り、液晶画面に一件の通知が表示される。

『行ってくるね』

 ーーああ、お母さん仕事に行くんだ。てことは、今家に居るのは私だけか。

「……」

 何でだろう。いつもなら一人になったところで何かをしようなんて思わないのに、今日は体が勝手に動いた。

 よし、外に出よう。

 そして死のう。

 今日はやけに行動的だな。私は何故かおかしくなってくくくと笑った。


 洗面所で髪の毛だけ梳かして、イチゴ柄のパジャマを着たまま玄関に降りた。頭巾を被ったうさぎのキャラクターのサンダルに足を突っ込む。

 ドアを開けると、真っ白な朝八時の光が私を出迎えてくれた。目の奥がジンジンと痛む。久しぶりの日光は、私にはちょっとだけ眩し過ぎた。


 てくてくと住宅街を歩いていき、小さな公園の中を抜けていき、大きな通りに出てくる。

「……ふぅ」

 久しぶりに外を歩いたからもう疲れた。手に握っていたスマホを見ると、家を出てからまだ十分しか経っていなかった。昔はここに来るまで五分も掛からなかったのに。

「……」

 見上げると、目の前には歩道橋があった。

「……」

 吸い込まれるようにそれを上った。


 階段を上り終え、橋の上をゆっくりと歩く。

 下を覗き込むと、乗用車やトラックが行き交っていた。

「……」

 ここから落ちたら死ぬのか。

 死んだら、ゆきなに会えるのか。

 じゃあ、死なない理由は何?生きてる理由は何?

「もっと早くこうしてれば良かったんだ」

 私は首元の高さまである柵に手を掛けた。プールから上がる時みたいに、鉄棒に上る時みたいに、ジャンプしてそこにお腹を乗せる。

「……ふー」

 お腹の底まで、空気を全て吐き切った。ここから落ちた自分の姿は何となく想像出来たけど、不思議と恐怖心はなかった。

 死ぬより、ゆきなに会える方が嬉しいもの。

 死ぬ時の痛みより、ゆきなを失った時の方がきっと痛かったもの。

「今そっち行くから、ゆきなーー」

 私は柵から手を離した。


 体がふわりと宙に浮くような感覚になる。くるりと頭を下にして体が回転し、そのまま真下に落下ーー

 することはなかった。

「……え?」

 私の体は宙に浮いていたのだ。

「な、何で?」

 頭の中が軽くパニックになる。手は完全に柵から離れている。手を振り回してそれを確認しても、体は宙に浮かんだままだった。


 が、ふと、腰の辺りに何か感触があることに気が付いた。誰かに腰を掴まれて抱き抱えられているような、そんな感覚だ。

 視線を腰の辺りに持っていくと、薄らと手のようなものが見えた。……きらきらと眩い光を纏った、半透明の手だった。

「???」

 何が何だか分からない。幻覚を見ているの?本来なら体は車道に落ちてぐちゃぐちゃになってるはずだから、死ぬ間際で意識が混濁としてるのだろうか。

 と、次の瞬間、耳元で甘い声が囁いてきた。


「あなた、生き返らせたい人が居ますね?」


「……え?」

 びくりと体が反応した。私は思わず振り返る。目の前に、半透明の桜色の唇が、これまた光を纏いながらそこに在った。

 そのまま視線を上に持っていくと、今度は形の整った細い鼻。更に上には、大きくて零れ落ちてしまいそうな飴玉みたいな瞳。豊富な白っぽいまつ毛に包まれたそれに見詰められていた。

「だ、誰……?」

 私が問うと、半透明のその人は優しい目でにこりと微笑んだ。

「私は、あなたを助けに来たの。」

「わ、私を?何で?」

 吸い込まれてしまいそうな鮮やかなピンクの瞳に見詰められ、私は思わず視線を逸らした。

「私はあなたのことを助けたいの。」

「……はぁ?」

 私の腰を掴んでいる細い手首にを掴んだ。透けてるって言うのに簡単に触れた。

「だったら私じゃなくてゆきなを助けなさいよ。余計なことしないでよ……」

 ぐぐぐと力を込めて手を離そうとする。が、物凄い力で掴まれているのかびくともしない。

「その『ゆきな』さんがあなたの生き返らせたい人ね?」

「だったら何だっての?あなたが生き返らせてくれるの?」

「ええ。」

 即答だった。間髪入れずにそう言われた。

「……え?」

 ドクン、と心臓が大きく脈打った。

「でも、ゆきなさんを生き返らせるのは私じゃない。ゆきなさんを生き返らせるのは、あなたよ。(ほし)みことちゃん。」

「……え……」


 ぐわん。視界が大きくブレた。

 次の瞬間、目の前が真っ白になった。






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