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朱の街  作者: 如月 星月
1/1

思索1

おおよそ言い出せもしないことを言わせる目的で書きました。



『朱の街』




 きょうの分の廃棄物を投下して、終業の火の手が上がった。

 本来なら慈悲をかけるべきものでさえ、この朱の街の規則によれば、人の営みを害する悪意の塊であるか、もしくは悪意を吸い取って濃縮してしまうだけなのだという。だから捨てる。大気圏の摩擦に建てられた街より、数百メートルも下にある石油の海まで。

 穏やかに燃える石油の火の中に、小さな点となって消えた廃棄物は、どんな気持ちで最期を迎えるのだろうか。私にはわからなかった。廃棄物となったものは、その時点で「死後」なのだろうか。先のない階段に座り込んで、ロダンの彫刻のように考える。同僚や家族は誰も、気にする素振りもしなかった思索のタネを、私はここのところ毎日のようにこの場所で温めているのだ。仲間は私に言う。

「労働規定に違反するからやめろ。そんなことをする暇があるなら、日のうちにもっと作れるものがあるだろう」

 いいや、この場所の問題はもっと大きく、根深いものなのだ。何も考えずに、誰かの作ったスローガンを馬鹿の一つ覚えで繰り返す連中にはわかるまい。私が善良なボランティアなのか、人知れず大量の死を生み出している処刑人になのか、そういった自分の本質にけじめをつけるために、とても重要な思惟なのだ。


 私は、この朱の街に生まれ、育ち、学び、働き、家庭を築いた。この場所で最も重要な労働をしているから、老後は安泰だ。子供たちにもよい教育を受けさせ、彼らが独立したなら、私と妻はコロニーへ行こう、と約束している。コロニーというのは、所謂避暑地のことだ。この場所は石油の焼ける海に近いから、昼間には長袖で外に出ることもできない。いつか新婚のころに寂れた映画館で見た最後の上映――肝心のタイトルが未だに思い出せず、二人で困り果てているが――で見たような、優雅な人口湖の畔で農園を経営する未来を夢見ている。

 それなのにどうか。このご時世、地上なき暮らしで農園をし、自家栽培の野菜を食べて過ごすなどという貴族のような暮らしをする運命の男が、かつて朱の街で処刑者をしていたなどと聞けば、誰もがその裏に蠢く汚れた欲や陰謀を連想するだろう。依頼主は組合の人間か、浮気を許せない哀れな片割れか、逆恨みの薄汚い心の持ち主か、と、噂話の好きな彼らは必死に私の尾を引っ張りにかかるだろう。無論、私に尾っぽなどない。私は与えられた廃棄物を、ここから投下しているだけなのだ。

 それにしても、実に難しい議題だ。眼下の海も火を渦巻いて悩んでいるように見える。私がしたことは、この朱の街から悪意を追放する作業そのものだ。組合はこれを「出来損ない」だの、「作られた無価値」だの、贅を尽くした罵詈雑言の混沌を以てして批判し、廃棄の烙印を押して私たちに送り付けてくる。そうして使えそうな部分だけを取り出して、底辺階層の部品屋にジャンクとして破格で売りつける。

 余剰の運命は、投下一筋だ。そうは言っても、最近はどんなに大掛かりな廃棄物がやってきても、ここの連中はほとんど中身も見ないで、適当に表面を見てはやれ「傷が多すぎる」だの、「腐りかけていて触れたくない」だのと、贅沢を言って全部を捨てるのだ。おかげでそこらの貧乏人は、回されるジャンクがなくなって収入がなくなってしまったらしい。彼らの支援が厭になったのではない。上の連中は、どういうわけだかこの仕事に嫌気が差してしまったらしい。一昨日からは、オフィスの奥はがらんどうになってしまった。

 そういうわけで、こちらがどんな思いで一生を切り売りしてやっているのかと、ひとり憤慨しているときにたどりついた問いが、いまここから見下ろす地獄の門でものを焼く私が何か、ということだった。

 きょう投げ落とした廃棄物は、今頃あの獄炎の中で焼き尽くされているかもしれない。石油の海の中に沈むのはどんな感覚だろうか。熱と窒息の両面から、じわじわと死を味わう恐怖と言ったら、どちらで死ぬにしても想像を絶する。尤も、それは「投げ落とされたものが生きている」という前提によるものだ。そんな風に身震いを起こしているうち、新しい疑問が噴出した。死んだ存在に苦痛や恐怖がないなどと、何を根拠に思っていたのだろうか?

 身勝手な残業は続く。これは当分かかりそうだと頭を掻きながら、熱された腰を階段に置き直した。


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