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第十五話 古ぼけたドライブインにて 2

 

            第十五話 古ぼけたドライブインにて 2

 

 

 大迫害時代というものが、たしかにかつてあった。

 ああ、いや。あった、「らしい」というのが正解か。その狂乱があった年代において、椿はまだ欠片ほどもこの世には存在していなかったのだから。

 あくまで、そういう時代があったと伝え聞いたことがある。それだけだ。別に自分の目で見てきたわけじゃない。

 

「魔女狩り、って言葉知ってる? うちの母方のご先祖様ね、それの生き残り。だったらしいよ」

 

 久遠と背中を預けあう。顔見知り同士だから、そうすると判断してからは、流れは迅速だった。

 

「何代か前に、うちの家系、欧州の血が入ってたらしくてさ。その人がそう。あたしがこういうこと出来るのも、その影響」

 

 配達車の傍らには、久遠の連れの少女。不破さん、って言ったっけ。

 律花とふたり、そこで大人しくしていてくれればいい。襲撃者たちの相手は、あたしたちで十分だ。──振り下ろされる死神の鎌を、頭上に展開した氷の障壁で弾きながら、椿は状況に頷く。

 

「じゃあ昨晩、不破さんたちを助けてくれたのも?」

「あー、うん。アレね。サークルの帰りで、なんか変な気配感じたからさ。まさかくー嬢の知り合いとは思わなかったけど、行ってみたらりっちゃんもいたし」

 

 深紅のケープをはためかせて襲撃者と切り結ぶ久遠の姿を、椿はかっこいいし、かわいいと思った。まさに剣姫という感じ。よく似合っている。ああいうのいいなぁ。真似しようかな。どうやってるんだろう──いや、大学生が着るのはさすがにきついか? いやいや、こちとらまだ十代だ。いけるいける。

 

「制御の仕方とかは教わってはいたけど。基本的には「絶対に使うな」って言われてた力だからね。似たものを感じたら、そりゃあ気になるって」

 

 無論、この力のせいで数えきれない犠牲が──みたいなお題目を言う気はない。

 あくまで椿はそう教わってきただけなのだから。実感として言えば、正直言ってそういうものか、というくらいでしかない。

 ご先祖様の苦難はたしかにあったろう。またその血が自分に混じっているというのもわかる。だからこそこの力が自分にはある。

 ただ幼い頃にそれを聞かされて。使っちゃダメ、ということを言い置かれて。その血筋の人間として素直にその要求に従ってきた、というその点が理由に占める大きさというのも、否めないのである。

 ステレオタイプに三角帽子を被って、枯れ木みたいな皮膚と長鼻をして。ほうきに跨っているような──そんな有様とは違う。

 素朴に従ってきたんだもの。

 素朴に気になりも、する。そういうものだ。

 

「だからくー嬢みたいな応用たっぷりの使い方は教わってない。知らない。あくまであたしが教わったのは、自分の力の制御方法だけ。水を扱うのがその中でも得意ってくらい、かな」

 

 格闘技は子どもの頃からの趣味。空手黒帯。まあ、自前ね。

 大鎌の一撃をかわす。がらあきの顔面に掌打を突き込む──同時、そこに集めた空気中の水分を氷結させる。

 極太の氷柱を、そこに生む。

 不意に現れた凍てつく杭に顔面を串刺しにされて、黒ローブは力尽き落下する。そのまま、その肉体を構成する魔力自体が霧散するように、大気に溶けて襲撃者は消失していく。

 

「やるじゃん、椿さん!」

 

 その頭上を跳び超えて、劫火纏った二刀剣を久遠は振るう。

 彼女の一撃は黒ローブたちを怯ませ、ゲル状生物たちを追い立てる。

 戦い慣れているんだな、と見ていて思う。

 けっこう型通り、力任せの自分とは違うな、率直にそんな感想を抱く。

 

「二度、同じ相手に苦戦すると思うなァッ!」

 

 敵を駆逐するのはもはや、時間の問題だった。


                 *   *   *

 

 わたしはいったい、なにをやってるんだろう。

 ああやって久遠の──クオンの隣で、彼女の背中を護るべきは、本来わたしがすべきことなのに。

 次々に、駆逐をされていく敵たち。

 黒ローブはばっさりと切り裂かれ、スライムもどきたちは凍てつき、粉々に砕き散らされていく。

 ああ、神よ。どうしてわたしに力を戻してくれなかったのですか。

 久遠が力を取り戻したそのとき、なぜ一緒に返してくれなかったのか。

 あなたは残酷だ──胸の内にあるその複雑な感情は、けっしてきれいと呼べるものではない。

 嫉妬。羨望。そう言い表すことのできる、愉快とは程遠い心境がいつきの心には満ちている。その気持ちが背中に隠した拳に、爪がその掌に食い込むほど強く、強く力を込めさせる。

 

「……くや、しいよ」

 

 どうしたらいい。

 わたしはどうしたら、あそこに行ける。

 教えてよ、「ヴォル」。あなたの力、なんでしょう。聖騎士と呼ばれるくらい、あの子に師と呼んでもらえるくらい、たしかな力だったんでしょう?

 どうやったら、取り戻せる。あの子を護るためには、どうすればいいの。

 わからない。力が、欲しい。

 どうすれば久遠を護り。久遠の力になることが、できるのだろう──?


                 *   *   *

 

 少しずつ、意識が覚醒していく。失われていたそれを、取り戻していく。

 うっすらと開いた視界は徐々に明るくなって。見慣れた周囲の光景を映し出す。

 

「──え」

 

 配送車の助手席。

 なんで、私。いや、ここにいること自体はおかしくない。

 椿さんと一緒に配達に出て。ちょっと休憩って、コンビニに立ち寄って。

 アイスを買ってくるよう言われて──それから。

 そこから、記憶が途切れている。……いったい、どうしたんだっけ。椿さんになにかされたような。その先がまるきりすっぽりと、抜け落ちている。

 

「そうだ、椿さんは……?」

 

 シートベルトを外し、フロントガラスの外を見回す。

 記憶の途切れた、コンビニじゃあない。もっと寂れて、もっと人のいないそこは幾度か来たことのあるドライブイン。ボロっちい、今にも潰れそうな──持ち主が、道楽でやっているような。

 高台にあるそこからは、暮れゆく夕日が見えて。

 眩しくて、右手を翳す。その強烈な光の先に、人影を見る。

 あれは。あのシルエットは──。

 

「椿さ……?」

 

 ああ、あんなところにいたんだ。姉貴分の後ろ姿に安堵を憶えながら、その名を呼ぼうとする。

 

「──?」

 

 しかしその声は、押し留められる。

 その隣に並び立った、紅き衣の騎士の姿を、彼女もまた見とめたがために。

 

「久遠……?」

 

 一方は、いつも通りの、Tシャツ一枚、ジーンズ一枚のラフなバイト着姿。

 しかしもう一方はあの夜見た、紅蓮の炎を操る騎士の装束。

 ちぐはぐで対照的なふたりはしかし当然のように並び立ち、互いしっくりくるかのように笑みを浮かべあっていて。

 そこは明確な違和感に満ちているのに、しかし両者の間には違和感はなく。不思議な光景だった。

 

「? ……あ。いつきちゃん?」

 

 こんこん、と、フロントドアの窓が軽く、ノックするように叩かれる。

 後部座席の扉に寄りかかり、腕組みをした長身の少女。出来たばかりの友人が、手首を振って、そうしていた。

 彼女の顔に、何故だか表情はなく。小さく頷いて、出てきても大丈夫だと、律花に促す。

 半ば恐る恐るに、律花は開いたドアから足を踏み出す。

 状況はやはり、呑み込めていない──。

 

「いつきちゃん。えっと、なにが? これは、いったい?」

 

 律花の向けた問いに、転入生はそこでようやく、力なく。なぜだか寂しげに、元気なく苦い部類の微笑をつくる。

 

「久遠にね。──隣に並び立ってくれる人が、できたの」

 

 それが椿さんのことを言っているのだと察することは、難くない。

 なぜそうなったのかとか。椿さんが、なにかしたの、とか。その現場を見ていない律花にはわからないことだらけだけれど、いつきちゃんの言葉の向かった先が彼女だということは、察せられた。

 椿さんも知ったのだ。久遠の力のこと。

 そして彼女の力になり得たのだ、椿さんは。

 だって、あの姿の久遠と溶け込んで、ひとつの光景の中、一緒に並び立っているのだもの。

 そうなるに至る出来事があった。そうなるためのなにかを、久遠と椿さんが為した、ということなのだから。

 

「わたしには、できなかったことなんだ」

 

 そして、彼女の表情は……そういうこと。

 椿さんには、出来たことがあった。

 同じことを、彼女には出来なかった。

 

「そう。いつきちゃんも、こっち側なんだね」

 

 久遠が孤独に戦う状況でなくなるのは、いいことだ。だけどそんなにすぐに、気持ちなんか切り替わらない。

 わかるよ。……うん、わかる。

 私も、同じだったから。あなたが危険から遠ざけようと、気遣ってくれたとき。

 分不相応に、思った。

 

「ごめん、律花。わたしにはもう、なんにも言う資格なんか、ない」

 

 あなたを、突き放せない。──ぽつりと言ういつきちゃんの隣に、律花は静かに寄り添う。

 見様見真似だけれど、と頬を掻いてみせたその人が、久遠とは今向き合っているから。彼女の隣には、律花が立つ。

 椿さんの全身が、淡い水色の光に包まれていく。

 そしてそれが、しゃぼん玉が弾けるように霧散し、飛び散ったそこには──彼女の身体を包む、蒼い衣が現れる。

 久遠のそれと、よく似ていて。

 けれど騎士を名乗る彼女と比べるとより、「魔法使い」とか、そんな印象を与える流麗でゆったりとしたデザインの、たった今生み出された衣装。

 金縁に彩られた、袖の広い上着。

 チャイナ・ドレスのように深くスリットを刻まれ、前後に分かれたロング・スカート。

 腰にゆるく巻かれた豪奢なベルトには、ホルスターに収められた、装飾銃の二丁が太陽の光に煌いていた。

 それらが、伝えてくれる。律花の察したことは、間違っていなかったのだと。

 椿さんにどういう事情があって、またどうやってそれを得たのかはわからない。だけど。

 やっぱり、椿さんは久遠に並び立てた。自分やいつきちゃんを、久遠とともに護ってくれたのだ。

 

「きれい」

 

 素朴に感じたことを吐き出したその言葉は、同じ「あちら側でない」感覚を共有する少女に対して残酷だったろうか?

 だが、目の前のその光景は思わずそう言ってしまうほど美しく。

 彼女たちは、変われた。

 私たちは、変われなかった。

 その対比を色濃く、くっきりと──示していた。


 

 

          (つづく)

四人のキャラクターたち。それぞれくっきりと立ち位置が分かれた回でした。

楽しんでいただけたら幸いです。

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