序/ 「クオン」と「ヴォル」
騎士装束のブーツが、草を噛んで大地を踏みしめる。
拾い集めた薪を抱えて、少女は恩師の待つせせらぎへと、急ぐ。
体躯に対し重いはずの鎧も、がちゃがちゃと鳴らしながら、それでもその足取りは軽快だった。
「──先生。ヴォル先生っ」
紅のケープをはためかせ、見習い騎士は走る。
木々の間を抜け、開けていくその先に、焚火の炎と、その傍に腰を下ろす男性の姿を彼女は見る。
枯れ枝の串に刺した魚の具合を、彼はくるりと回して、確かめていた。
駆けてくる少女の姿に気付いて──可笑しそうに、微笑む。
なんだ、子どもみたいに。そんなに慌てて。
いたずらっぽく、師は教え子をからかう。
「もー。追加の薪、集めてこいって言ったの先生じゃないですか」
膝を曲げて、彼の手元に薪を下ろす。
鍛錬を兼ねた、師とふたりきりの野営。ふたりにとっては昔から、幾度となく繰り返してきたそれはもはや、殆どお出かけや、憩いといっていい穏やかで安らぎとなる時間であり。
クオンは、この師のことを敬愛していた。だからこの時間が好きだった。
いつまでも子どもだな。そううそぶく師に口を尖らせる。
見ててくださいよ。今に、一人前の騎士になってやりますから。
だいたいこの焚火だって起こしたの、私ですよ。
経験豊富な騎士としてこの世界、『ディ=クス』全土に名の知られるその人に、拳を掲げて言い返す自分がいる。
こういう和やかな時間が好きだった。
彼は師であり、命の恩人であり。義父であり。クオンにとって、かけがえのない大切な人。
「いつか、私が。先生に護られるばかりじゃなくって、先生を護ってあげるんだから。待っててくださいよ」
それは他愛のないやりとりの中での、他愛のない約束。
騎士としてひとり立ちを目指す少女と、
その意気込みを微笑ましく笑う師父の会話。
いつかそうなればいいな、そうなるだろう。そんな未来への希望に満ちた光景。
師にして、育ての親。ヴォル=アンク・リーベライト。
教え子にして、養女──クオン=フラム・リーベライト。
きらきらと煌く陽光の中で交わされた、師弟の交歓。
久遠が齢17歳を数えた、その年のことだった。
どうも、640と申します。
はじめましての方もそうでない方もよろしくお願いいたします。