098 東進19 ──その理由が十年経った今も分からない
──僕らは食後のコーヒーを飲みながら、スキルの話を続けた。
「本当ですか? ありがとうございます! スッカさんも僕の持つスキルの中で、覚えたいものがあれば言ってください……動物がお嫌いでなければ、【テイム】スキルなんてお薦めです。フェネック達もスッカさんに懐いているみたいだし、スッカさんなら、きっとすぐに習得出来ますよ」
僕がそう言うと、彼女の顔がパァっという感じで笑顔に変わった。
「嬉しいです! アスベさんのスキルを是非、覚えたいです!」
「それはよかったです。それではさっそく明日から、お互いにスキルを教えあいましょう」
「是非!」
スッカさんが嬉しそうなリアクションを返してくれたことに、僕もまた嬉しくなった。
話を切り出す前はどんな反応をされるか不安だったが、完全に杞憂だったようだ。
僕はこれまでの人生で、必要に迫られて人に話しかけた時、自分の想像や期待から大きくかけ離れた反応をされることが本当によくあった。
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例えば──高校時代のある日の朝。
筆記用具を忘れたことに気が付いて、隣の席の高橋さんに勇気を出して声を掛けた時のこと。
高橋さんは学年随一の美少女だった。
僕はクジで彼女の隣の席になってしまったことを、この上ない災厄だと思っていた。
身の丈に釣り合わない僥倖。
それは必ず、不幸を招く。僕はそのことを本能的に自覚していた……。
恐る恐る彼女に向けて、当時の僕は震える声を絞り出した。
「あの……今日、筆記用具、持ってくるの忘れて……」
「ああ、シャーペンでよければ三本あるから、一本貸すよ。どれがいい?」
そう言って、高橋さんは僕に向けて、三本のシャープペンシルを見せてくれた。
その瞬間、心いっぱいの安堵が広がる。
今がまさに人生の最高峰だ! そんな切ない寸感さえ迸る。
だが次の瞬間、僕の“上擦った感情”は鮮やかに裏切られた。
「じゃぁ、真ん中のやつを借りるね。ありがとう」
そう言って、ペンを借りようとすると、彼女は肩をワナワナと震えさせ──。
「なんで、明日部くんはいつもそうなの!!!」
彼女は突然、怒声を上げた。
その理由が十年経った今でも分からない。
高橋さんの瞳には、涙さえ浮かんでいた。
教室中の生徒がなんだ? なんだ? という感じになって、大勢の視線が僕らに集う。
その後、この一件はホームルームの議題に上がり、僕は反省文を書かされた。
本当に意味が分からなくて、恐かった。
今でも時々夢に見て、夜中に魘されることがたまにある。
この世の中はとかく恐ろしい。
地雷や機雷で満ちている。
それがどこにあるのか、いつまで経っても見抜けない。
反省文を書き終えたのは、十九時をとっくに過ぎた頃だった。
真っ暗な校舎の中、職員室の前には微かな灯りが漏れている。
部屋の前でノックをし、中に入ると、担任の教師が一人、ぽつねんとデスクに座り、小テストの採点をしていた。
僕が反省文を手渡すと。
「……あぁ……ずいぶん時間、掛ったね……」
溜息交じりに憐れむような声音で……僕の目を見るでもなく、その女教師が小さく呟く。
彼女の声は半分だけ僕の耳に到達し。残り半分は届く前に力を失い、足もとにポトリと落ちるようだった。
十七歳の夏の日の──小さな小さな──思い出だ。




