009 明日部太郎2 ──いつまで経っても、仕事を覚えられない
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中学、高校、大学と、ずっとボッチを貫きながらも、僕はそれなりに平穏な毎日を過ごすことが出来ていた。
人と関わり合わないことで、当然、衝突も起きようがないからだ。
“この世は地獄だ”と、本当の意味で知ったのは、社会に出てすぐだった。
大学を卒業すると、都内に展開するスーパーに就職が決まった。
不景気だけど人手不足──そんな社会情勢のおかげだ。
面接は散々ではあったが、僕はなんとか、採用に漕ぎつけることが出来ていた。
だが、勤め始めてすぐに僕の“歪さ”は炙りだされ、浮き彫りになる。
あっという間に、僕は職場のお荷物になった。
理由は単純明快で……壊滅的に仕事が出来ないためだ。
職場での僕は、こんな感じの人間だった。
────いつまで経っても、仕事を覚えられない。
先輩方が目の前で、作業を実演してくれるのだが、それがまったく身に付かない。
記憶に残るのは、断片的な視覚情報のみ。
それらが一連の手順として、頭の中で再現できない。
「次は一人でやってみろ」と言われても、オロオロするだけで何も出来ない。
続くところは、先輩方の溜息と舌打ち。
ハァ……という吐息と、チッ……という摩擦音に追い詰められる。
胸の内に焦燥が渦巻き、頭の中はパニック。思考は停止し、口も身体も動かせず、地蔵のように立ち竦んだ。
────物忘れや失くしもの、不注意が異常に多い。
商品やサンプルをしょっちゅう失くす。
伝票はいつも間違いだらけ。
会議や納品の時間なども、よく間違えたり……忘れて飛ばしてしまうことが多々あった。
────抽象的で曖昧な表現を、まったく理解出来ない。
「○○の件、どうだった?」と聞かれても、“どう?”に対して、“どう”答えてよいのか分からない。頭の中に具体的な返答が、まったく浮かんでこないのだ。
答えに窮して黙っていると、そのうち上司が怒り出す。
社会人になって初めて気付いたことだが、僕は基本的にイエスかノーで答えられるような、閉じた質問にしか受け答えすることが出来なかった……。
────他人の仕草や表情、行動から、その人の気持ちを推測出来ない。
話の途中で相手が時計をチラチラ見てても、その意味するところが全く分からず、相手をひたすらイライラさせた。
上司や先輩に仕事上の不明点を聞こうと近付くと、彼らはスッとその場を離れていなくなる。
僕は困って彼らを追いかけ、質問すると、曖昧な態度ではぐらされ……僕は困惑するばかり……。
どうして彼らに逃げられるのか……それもまったく分からなかった……。
というか、そもそも他人の表情を正しく読むことが出来ず、相手が怒っている/迷惑がっている/困っている……といったことが本能的に理解出来ない……。
────マルチタスクが、全く出来ない。
話を聞きながらメモをとる。
電話対応をしながら、商品を探しだす。
パソコンで入力作業をしながら、人の話を聞く。
そうしたことが一切出来ない。
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