084 東進5 ── 望んで、○○に生れて来た訳ではない
「ひょっとしたら、アスベさんも長老みたいに、他人の位階が見える人なんですか?」
隣を歩くスッカさんが、こちらの方に首を向け、僕の双眸を覗き込む。
同時に向けられた八つの眼差しに、心臓が軽く跳ね、動揺が心の中で鎌首を擡げた。
それにしても、嫌なことを聞かれたものだ。
【鑑定】スキル持ちとか……正直に答えて、気味悪がられたりしないだろうか……
僕は反射的に視線を逸らし……その後、スッカさんの瞳をちらりと見遣った。
その眼睛には嫌悪も怯えもなく、どちらかというと、好意的なものが感じられる……ような……。自信ないけど……
そして僕は、彼女の口にした疑問がただの純粋な好奇心に根差したものなのか、何か深遠な意図があっての問い立てなのか……全く分からなかった。
自ずと生じた暫しの沈黙。その静寂を跨ぐように、スッカさんの面差しに別の色が浮かんだ。
疑念だろうか? 不安のようにも思える……。
怒りではなさそうだ。だけど、好意的な色は薄れた……ような。
そして、なんだか真剣そうな表情にも見える……。
僕が他人の表情から得ることの出来る情報が、1であるとするならば、健常者は10、人によっては100ほどの情報を得ているのだろう。
現に目の前のスッカさんは、僕の表情から様々な感情や情報を読み取っているに違いない。
逡巡、焦燥、嘘、不安……なんなら、自分自身でも気づいていないような、無自覚な心情すらも読み取っていそうだ。
なんという情報の非対象性!
そう思うと、これまで自分が社会の中で、のうのうと生きてきたことが恐ろしい。
もしも“生きる”ということが、例えばだけど…………“ポーカー”のようなカードゲームだとすると……僕は手札を全て明かした状態で、テーブルについていたようなものだ。もちろん相手の手札は見えないまま……。
勝てる道理がない。
あるいは“ボクシング”に喩えるならば、目隠しされて、リングに上げらていたような状態だ。もちろん相手は目隠しなんてしていない……。
フルボッコにされる訳だ。
もしも人生が他者との競争だとするならば……ジャミング症候群という──この障害を背負って生まれてきたことは……敗北が確約されたとほぼ同義……。
望んで、障害を持って生れて来た訳ではない。
望んで、競争に参加している訳でもない。
自分の意思とは無関係に障害を持ってこの世に生まれて、負けることが必定の──全員参加型のレースに強制的に放り込まれる。
当然、楽しいことは一つもない。
周囲のレース参加者たちの背中は遠ざかるばかり……。
……なんて憤っていても詮方ない。
僕がそんなルサンチマンじみた卑屈な思考に沈んでいる間も、スッカさんは僕から視線を外そうとはしなかった。
あれこれ足りない頭で考えを巡らし、スッカさんに見つめられたまま、硬直姿勢でこういうときはどう振る舞うことが最善なのか? あれやこれやと悩んだ末に、結局、僕は正直に応じることにした。
彼女が向けてくる真っ直ぐな眼差しに、勝てる気がまるでしない……。情けないが、それが結論に至った最大の理由だった……。
そして、スッカさんに、自身の保有スキルやレベルのことを打ち明けるべく、口を開きかけたまさにその瞬間──大粒の雨が爆音を伴って落ちてきた。




