007 魔物
──不図、背後に何かの気配を感じた。
振り向くと、ギラつく太陽の下、頭に一本、大きな角を生やした亀のような生物が二匹。
甲羅は黒と緑の縞模様。
眼球はドロリと濁った灰色で、大地を踏みしめる四つの脚には厳つい爪が鈍く光っている。
頭から尻尾まで、全長1メートルはあるだろうか。
そんな不気味な亀もどきが、ギギギギギ……という錆びた門扉を開けるような唸り声を漏らしながら、ノソリ、ノソリとこちらに向かってやって来る。
口からは血のように赤い舌をチロチロと忙しなく出入りさせ、上顎から伸びた二本の牙を伝って、涎をダラダラと流している。
……猛禽のような四つの瞳が、瞬きすることなく僕を捕らえて離さない。
その眼光は得物を見つけた肉食性のそれ……。
な、なんなんだ、この生き物…………
僕はくるりと背中を向けて、一心不乱に逃げ出した。それは本能に基づく動物的な反射だった。
しかし、亀は当然のように、僕を真っ直ぐ追ってくる。
もつれそうになる足を必死で動かし、地面を蹴った。
だけど、亀の迫り来る音が無情にも近づく──その足音が、激しく鼓膜を叩きつける。
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ
そんな足音だった。
引き離せないっ!
すぐ真後ろに亀の気配を感じた直後、ふくらはぎに鋭い痛みが爆ぜた。
次の瞬間。僕は大地に身を投げ出していた。
声も出せない。顔が引き攣り、強ばった歪な表情のまま、僕は必死で手を振り回す。だけども、腕は虚しく空を切るだけ。
足は金縛りにあったかのように、動かせない。
根源的で原初的な──抗うことの出来ない──圧倒的な恐怖。
やがて、足以外の部分にも、亀はその牙を揮い始めた。
首筋、脇腹、そして腕に鋭い咬創が刻まれて、痛みが全身を灼熱のように焼いてゆく。
勢いよく噴き出す赤黒い迸りが、何度も何度も僕の視界を掠めた。
僕はなんとか逃げようと必死で藻掻くが、亀の絶対的な膂力に押さえ付けられ、身体をまったく動かせない……
土に流れた血と汗の滑り、その生ぬるさが妙にはっきりと感じられる。
……いつしか全身の痛みは、悪寒に変っていた。
生命が風前の灯という時に、脳は本当にどうでもいい昔の記憶を呼び起こす──。
薄れゆく意識の中で──様々な過去の記憶が泡沫みたいに浮かび始めた。
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