068 亜人3 ──余裕
最初は刺青か何かと思ったが、六つの眼は瞬きし、紅い瞳も自然な動きを見せている。
その女性の歳は、40代から50代くらいに見えた。
初老というには若過ぎて、妙齢というには遅すぎるような年齢だ。
身長は150~160センチくらいだろうか。
細く小柄な体に、腰まで伸びた艶のある黒髪が美しく……その女性の視線はまっすぐに僕の方を向いている。
かなり胆力が強い人だ、と直感できた。
先程のゲイルさんや、前の職場の白鳥と同様に、健常者上位種の雰囲気を漂わせている。
沈黙と気まずい緊張の中、僕の脳裏にそんな思考が瞬いていた。
異世界の祭壇のような空間──。
石畳から突き出るように生えている石柱。その前に佇む異形の女性。
彼女の背後には闇に溶け込み始める寸前の夕暮れが、空に縋りつくようにしてまだ残っていた。
時が止まったようだった。
まっすぐにこちらを見つめる彼女の八つの双眸に、吸い込まれるようにして視線が向かう。
赤い瞳が、僕の抱える気まずさや緊張をゆっくりと溶かしていく。そんな不思議な感覚に包まれる。
健常者上位種の余裕が、こちらに侵襲してくる。そんな感覚……。
──二人の間を満たす静寂……。
張りつめられた沈黙の糸を先に切ったのは、当然のように異形の彼女の方だった。
彼女は僕を見据えたまま、静かに一歩こちら側に歩み寄り──。
「助けていただいて、ありがとうございました」
その凛とした美しい声が、森閑を揺らすようにして広がってゆく。
礼を言い終え一拍の間を置き、彼女は僕に対して深々と頭を下げた。
射干玉の髪が滝のように流れ落ち、昏い湖面を背景に、彼女のシルエットが腰から半分に、とても綺麗に折り畳まれる。
今まさに沈まんとする夕日が、その輪郭を鮮やかな黄金色に染めていた。




