054 湖へ8 ──……チッ……2
……舌打ち……? と思った瞬間小池さんは立ち上がり、ツカツカと隣の島の総合企画調整課の白鳥の所へ向かった。
小池「あぁ、白鳥くん。ごめん。ちょっと今、いい?」
白鳥「あっ、小池さん。大丈夫ですよ。なんですか?」
そう言いながら、白鳥が席を立つ。
小池「申し訳ないだけどさぁ、部のフォルダに午後の会議の資料入れてあるから、人数分印刷して井口さんのとこに届けてくれない?」
白鳥「あぁ。そんなことならお安い御用ですよ。……でも……今、大量にプリントアウトすると他の方に迷惑になるので、お昼休みに印刷して、午後一で井口さんに届ける。ってそんな感じでも大丈夫ですか?」
小池「うん。それで大丈夫。井口さんの方には私から言っとくから。というか、お昼休みに仕事させちゃってごめんね」
白鳥「全然構いませんよ。お気になさらず」
小池「この埋め合わせはいつするから」
白鳥「いえいえ、そんな。大丈夫です。小池さんにはいつもお世話になっているので、気にしないで下さい」
小池「そう? いつもありがとう。白鳥くんがいてくれるおかげで、本当にみんな助かってるよ」
白鳥「いやぁ、僕のほうこそ小池さんにいつも助けられているので」
小池「嬉しいこと言ってくれるなぁ」
白鳥「本当のことですから。あはは。では、お昼休みが開けたら、井口さんのところへ伺いますので、よろしくお伝えください」
小池「うん。まかせて。あっ! そうだ」
そう言うと小池さんは一旦、庶務課の自席に戻り、机の引き出しから何かを取り出した。
小池「はい。先週、友達と長瀞に行ってきたんだけど、そのお土産」
そう言いながら、小さな透明の小袋を白鳥に手渡す。
白鳥「へぇ。長瀞ですか? いいですね。あっ、揚げみそせんべい? 僕、好きなんですよねぇ、これ」
小池「香ばしくて美味しいよね」
白鳥「はい。先週、人にもらって初めて食べたんですけど、味噌の香りがよくて。好きになりました」
小池「へぇ。そうなんだ。誰にもらったの?」
白鳥「高校の時の友人が、彼女と長瀞に行ったらしくて、そのお土産に貰ったんです」
小池「へぇ! そうだったんだ。じゃあ私、どこかで白鳥くんの友達カップルとすれ違ってたかもね」
白鳥「えぇ。可能性ありそうですね」
小池「じゃあさ、今度の休み、社内の若手だけでどっか行かない?」
白鳥「いいですねえ。車出してデイキャンプのBBQとか、楽しそうですね」
小池「それ、いい!」
その後も次々と二人の間に、会話の花が咲き乱れる。
先程まで色を失ったように──人の声がなかったこの冷たい空間に──二人の周りだけ、色を伴った温かい景色が広がってゆく。
まるで魔法でも見てるみたいだ……とか。
小池さんの“じゃあさ”が、何を受けての“じゃあさ”なのか? まったく意味が分からない……とか。
“社内の若手”の中に僕は含まれてないんだろうな……とか。
色んなことを胸中に渦巻かせながら、僕は井口さんの元へと戻った。




