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004 離職


 ──某日。

 職場はかつてない、和やかな雰囲気に包まれて、その日の就業時間を終えようとしていた。



「それでは、明日部くん、前へ」


 久しぶりに聞く、岡本課長の弾んだ声だ。


 僕は椅子から立ち上がり、みんなの前へと歩み出た。



 ──大勢の注目が、僕に集まる。



「えー、みなさんご承知のとおり、この度、明日部くんが退職することになりました。じゃあ、一言挨拶を」



 ──僕はその場にいる全員の顔を見渡した。


 みんな、嬉しそうな顔をしている。

 多くの人が、ニタニタとした笑みを隠しきれていない。


 経理課の井口先輩なぞは、すこぶる露骨な表情だ。

 酷薄そうにその目を細め、僕の方を見ながら、整った顔をいびつにゆがませ、瞳に光を宿らせて──ニタニタとせせら笑っている。

 人の表情を読むことが苦手な僕でも、すぐに分かるくらいだ。


 そのことに対し、腹を立てることもなく、悲しいと思うこともなく、僕は静かに言葉を紡いだ。



 この日のために、ずっとずっと考えてきた言葉だ。



 

「約四年間という短い間でしたが、皆さまには大変お世話になりました」

 自分でも驚くほどスムーズに、言葉が喉から滑り出た。


 そして、この会社に来てからの様々な出来事が、脳の中で瞬くようにフラッシュバックを始める。

 脳内で自動再生される二度と思い出したくない記憶の数々……。



 ──人前での数多の叱責──そして嘲笑。


 みなが忙しそうにしている中、戦力外扱いされ、一人自席で他の社員の奮戦ぶりをぼうっと見ていることしか出来なかったあの日々……

 家に帰って悔しさの内に涙を落とした──夏の夜……


 ……それらの記憶がまるで目の前で実際に起きているかの如く、過剰なリアリティを伴って頭の中で再現される。


 思わず声を上げそうになりながら、必死にこらえ……挨拶を続けることに意識を向けた。

 


「……入社以来、みなさまには多大なるご迷惑をおかけしました……思えば、この……っ!」







 ──ガゴンッッ!!

 

 突然、地面が砕け散るかのような衝撃が、フロア全体を揺るがした。

 宮内さんと小池さんが、「キャッ!」という小さな声を上げて、白鳥に抱きつく姿が視界の端にチラリと映る。



 グラーリ、グラーリと、建物全体が大きく弧を描くように揺れていた。


 書棚にあった図書類が、容赦なく床に叩き落とされてゆく。


 

 かなり大きな地震だ!



 ──そう思った次の瞬間、世界が暗転した。


 まるでテレビのスイッチでも切るかのように、ブツンと感覚が遮断され、僕の意識は無限の闇の中へと落ちていった。

 

 

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