100 広場へ2 ──エルフの娘
……彼女のその真剣な眼差しに……僕は一瞬、たじろいだ。
「ど、どうしたんですか?」
恐る恐る、尋てみる。
やや間を置いて、スッカさんの小さな唇がゆっくりと開かれた。
発せられたその声は、只ならぬ深刻さを帯びている。
「……アスベさんは……どこか……遠くの国から来られたんですよね? そして、神木の御告げに従って、ここでの生活をなさっている……以前、そう仰っていましたよね?」
ここまで言うと、スッカさんは長い睫毛を伏せながら、焚火の炎に視線を落とした。
──しばしの沈黙。
焚火の爆ぜる音も、降り頻る雨の音も……あらゆる音が遠ざかる。
彼女の切実そうな面持ちだけが胸に迫り、息を止めて次の言葉を待ち続けた。
やがてスッカさんがゆっくりと顔を上げ、続くところを口にする。
「今、アスベさんは神木からの火急の使命をお持ちなんでしょうか? あと……こんなこと聞いていいのか、分からないのですが……神木へのお勤めは、いつ終わるんでしょうか……? ……それが終わったら、どうなさるおつもりなんですか……?」
そんなことは自分が知りたい、と思いつつも、そういえば長らく【神木の木盤】を見ていなかったことを思い出す。
僕は率直なところを、スッカさんに打ち明けた。
・神木の存在自体を、ウッカリ忘れていたこと
・正直、面倒だと思っていること
・でも、そのおかげでスッカさんに出会うことが出来て、感謝していること
・そもそも指示が細切れ過ぎて、最終的に神木が何を望んでいるのか、僕自身にも全く分からないこと
・元の世界の会社員としての生活より、今の暮らしの方が幸福だということ
・神木の依頼を完遂出来て自由になれたらどうするか? そんなことは、まだまだ考えられる状況ではないということ
・というか、神木の依頼を熟せるかどうか、全く自信がないこと
・だから、毎日必死にレベル上げに励んでいること
ここまで言うと、スッカさんは口元を引き結び、意を決したような表情を作った。
「アスベさんにお願いがあるんです! 強制労働所で仲のよかったエルフの子を、助けていただけないでしょうか? 神聖騎士団の騎士達をも圧倒する力をお持ちのアスベさんなら、絶対出来ると思うんです。もちろん、アタシも出来ることならなんでもします。位階上げも頑張ります!」
あぁ……それで最近、一人でいるときに神妙な顔をしていたり、僕を妙に持ち上げる発言をしていたのか……。
僕はここ最近、感じていたスッカさんに対する違和感の理由が分かり、なんだか得心を得た気がした。
彼女が僕を褒め称す度に、心に名状し難い感情が小波のように広がって…………僕は馴染みの薄いその感情に為す術もなく翻弄されていたのだ。
そんなときの彼女の表情は、“誰がどう見ても似合っていない洋服を『とてもお似合いですよ』『今売れてますよ』などと適当なことを言って売れ残りの商品を勧めてくる服屋の店員”のそれを連想させた。
要するに、彼女が僕を持ち上げるたびに、僕は何となく嫌な気分になっていたのだ。




