第003話:孤児院には入れない
「目が覚めたようだね?大丈夫かい?」
そう言って誰かが飲み物を手渡してくれた。
見たこと無い人だ。隣に立っているのはさっきの門衛さん。
「先ほどはうちの商会の馬車がご迷惑をかけた」
さっきの荷馬車の持ち主らしい。
そして、どうやら言葉は通じるみたいだ。
なぜか私は死なずにすんだようだ。
自分でもあきらめていたのに。
手に持った飲み物を一口飲んでみる。
甘くて酸っぱくて・・・
「美味しい」
あまりの美味しさに思わず一気に飲んでしまった。
「焦らなくてもまだまだあるから大丈夫だよ」
そう言いながらもう一杯注いでくれた。
今度はゆっくりと味わいながら飲む。
「私はカインズ。さっきの馬車の持ち主でカインズ商会の会長だ」
相手が名乗ったのだし、私も自己紹介をしないと。
でも、記憶がないのか、自分の名前もわからない。
「私は、えーっと、名前が思い出せないです」
カインズさんと門衛さんの顔が曇る。
「もしや先ほどの事故のショックで記憶を!?」
ああ、そう思われちゃうよね。
だから私は順を追って説明した。
気が付けば丘の上にいたこと。
それまでの記憶が無いこと。
丘の上から見えた街にやってきたこと。
街に来れば私が誰かわかるかもしれないと思ったこと。
おなかがすいて倒れたこと。
「なるほど、私は商人だから、これまでに色々な種族を見てきたけど、このような見た目の種族は初めて見る」
カインズさんが食事の用意をしながら、申し訳なさそうに話した。
とがった耳をしているから妖精族かもしれないと言っていたけど、
あいにく妖精の知り合いや取引先がいないのでわからないとのこと。
用意して貰ったスープにパンを浸して食べる。
「これも美味しい!」
料理の感想に対する語彙が少ないというか全くない。
それに気付けば服を着ている。ぼろきれを纏ってただけだったはず。
「ああ、その服は治療院のものだよ。前の服はここにある」
ぼろきれだったはずのものもキレイに洗濯されている。
「何やら高級な素材の布地らしい、私は布地は扱ったことが無いから、正確なことは言えないが王都の貴族でも手に入れるのは困難なほどの代物らしい」
へー。そんなに高級な布なら売れないかな?
「ここに紋章が刺繍してある。もしかしたら何かの手がかりになるかもしれない」
なるほど。一応この布は取っておこう。
「ただ、普段着る服も必要だろう。それは今手配している」
そうか、治療院の服は返さないといけないんだね。
それはそれとして、これからどうしようか?
最低限、衣食住を確保しないと。
服はもらえるらしい。ご飯も食べさせてくれた。
そうすると、あとは住む場所が必要。
ずっとこの治療院に居ることはできない。
問題がないのであれば出ていかないといけない。
この街のことはわからないので、カインズさんに相談してみる。
身寄りの無い子供であれば孤児院で暮らせるかもしれないとのことなので、
カインズさんの案内で孤児院に行ってみる。
すると、衝撃の事実が。
孤児院は身寄りのない子供が住むところ。
まずは身寄りがないことを証明しないとダメ。
これはカインズさんも知らなかった事らしい。
家出かもしれないし、攫われたのかもしれない。
その辺の素性がはっきりしないと孤児院に入れないらしい。
孤児院はこの街の領主が経営している。国からの支援も受けている。
なので、孤児院に入れるのはもともとこの街の住民で、
何らかの理由で孤児になってしまった子供だけとのこと。
それを確認するために市民証が必要らしい。
そう、市民証。それもこの街の市民証。持ってない。
この街のどころかどの街のものも持っていない。
そもそも自分自身誰かもわかっていないのに、
どうやって身元を証明すればいいんだろう。
考えようによっては、だれも私の身内を知らないんだから、
身寄りがない孤児ということで通用しないかとも思ったけど、
やはり正式な書類なりなんなりが必要とのこと。
そうすると孤児院で生活をするということはほぼ無理のようだ。
じゃあ、どうすればよいのか?
街を出入りするにも市民証なりの身分証明書が必要。
私の場合は緊急措置として街の中に入れたが、
本来であれば、治療が終わり次第街から出ていかないとだめらしい。
市民証を新規に発行してもらうには結構大変な手続きが必要らしい。
カインズさんの権限でもそんなことはできないし、
身元を証明するものも必要らしい。
そもそも身元を証明できるものが無いから市民証が必要なわけで、
普通の手段で市民証を手に入れることもほぼ無理なようだ。
それだと、この街から退去させられてしまう。
街から追い出されたところで、どこにも行く当てはない。
数日とかからずに野垂れ死んでしまうだろう。