第001話:気付けば草原にただ一人
ここがどこかもわからない。
自分が誰かもわからない。
なだらかな丘の様な草原にポツンとたたずんでいる。
どうやってここに来たのかもわからない。
なぜここに居るのかもわからない。
自分の名前も。記憶喪失ってやつかな?
中途半端に知識はあるらしい。
言葉や日常生活的な知識はある。
それが、今この世界で通用するものかはわからない。
自分1人だけではそれを確認するすべがないから。
持ち物を確認。鞄らしきものはない。
くすんだ感じの白い髪。手足も真っ白。薄汚れているけど。
とりあえず裸ではない。ぼろきれの様なものを身にまとっている。
ポケットはない。よって何も持っていない。
近くに荷物も落ちていない。完全な無一文だ。食べ物もない。
ここは草原、実がなるような木は生えていないし、
獣が居たとしても捕まえる技術はないし、それを捌く技術もない。
つまり、現状食べ物を持っていないだけではなく、
ここに留まっていても食べ物を手に入れることはできないと言うこと。
水だってない。
基本的に水は高いところから低いところに流れる。
そしてここは丘の上、いわば高いところ。
そしてこの丘には池も水たまりもない。
湧き水だって小川だって、あるとすれば低いところ。
この場合は丘のふもとになるだろう。
そう考えると、いつまでも草原に居るわけにはいかない。
今は天気がいいけど、雨が降ってきたらずぶぬれだ。
水は確保できるかもしれないけど。
せめて雨風がしのげる場所が欲しい。
まずは移動。他の人を探そう。
この世界にたった1人ということもないはず。
村や町などがあるはず。この近くにないとしても、
そこに繋がる道くらいはあるだろう。
ここは丘の上、ぐるりと回って人が住んでいそうな場所や道を探す。
右手の方に少し回ると、街らしき壁で囲われた建造物が見えた。
当面の行き先は街らしきところ、そこを目指して草原の丘を降りていく。
目に見えてるからそんなに遠くないと思ったけど、
それは大きな間違いだった。遠い。果てしなく遠い。
見えているのに全然近づかない。
夜明けから歩き続け、太陽は今真上に居る。
くじけそうになりながらも歩き続ける。
だって、今更丘を登りたくない。
だったら丘を降りていくしかない。
だんだん壁が近づいてくる。結構高い。
幸いここまでは獣や魔物に襲われることもなかった。
武器も何もないし、襲われたらひとたまりもなかっただろう。
でも、ここまで街に近づけば獣なんかも近づいてこないと思う。
確信は持てないけど、むしろ、そうであってほしいという願いだけど、
とにかく何にも出会うことなくここまで来た。
思った以上に時間がかかった。到着。
ようやくたどり着いた。壁に。
壁だった。左右を見てもずっと壁が続いている。
まずは右に行くか左に行くべきか。
左には川が見えた。しかし橋は見えない。
ということは川を越えられない。
なら、右に行くしかない。
ひたすら壁沿いを歩き続ける。
おそらく街を丸く囲っているんだと思うけど、
カーブしているからその先が見えない。
結構歩いたけど、まるで景色が変わらない。
もしかして入り口が無い?そんな気すらしてきた。
ひょっとしたら、船が無いと街には入れないのかもという嫌な予感がよぎったけど、
どこかに門があることを祈って壁沿いに歩き続ける。
壁を乗り越えるのは絶対に無理。
自分の身長の何倍も高い。
私には壁をよじ登る体力も、猫の様な身軽さもない。
もはや試そうとも思わない。試すだけ時間の無駄だろう。
それに、疲れたし、おなかもすいた。
休むことは可能だけど、食べ物はない。水もない。
いや、水はさっきの川があったかな。
でも、逆方向にだいぶ歩いてきてしまった。
戻るのも大変だ。そして川で水を飲んだとして、
再びこちらに歩いてくるのなんて考えたくない。
やばい、目も回ってきた。
この体はスタミナもないらしい。
でも、ようやく門が見えてきた。
あそこに見える門が正門なのか裏門なのかは知らないけど、
とにかく門まで行けば街に入れるかな?
あと少しというところでこけた。何もないところで転んだ。
空腹で足がもつれたんだ。
そして遠くからやってくる荷馬車。短い人生でした。
突然丘の上で目覚め、丘を降りて荷馬車に轢かれる。
ここまでのことが走馬灯のように・・・
何もなかったよ!丘を降りただけだよ!
門番らしき人が叫んでいるのを最後に意識を失った。