二十二話 ネフケル来襲
第5次王権戦争を経てヴァクティニア第5王朝が成立してから後、一帯は激しく流動し始めた。
その混乱は、戦争に敗れ王権を剥奪されたヴィクトル・カントールが亡命した隣国、壬にまで波及した。
分裂、内紛を繰り返し、王の権力が弱体化していた壬であったが、カントールの来襲によりスクロヴ人として団結に至ったのだ。
同時、ヴァクティニア本国では王朝と、新無政府主義を掲げる反国家組織"Bonobo"との抗争が勃発し、混乱は更に続くこととなる。
しかし、王権交代により各地に瀰漫した混乱が及ぼした影響は、ヴァクティニアや壬だけに留まってはいなかったのだ。
そんな中、突然にして壬に侵入した騎馬民族ネフケル。
この謎の民族の話をする前に、少しだけこの一帯の歴史の話をしよう。
さて、ヴァクティニアや壬が位置する大陸では、今迄に夥しい数の小規模な戦争が行われ、その都度国家体制は幾分かの揺らぎを見せてきた。
現存する最も古い史料が、第一戦紀初期の人物とされるマルドゥクスの『戦紀』。
その戦紀の空前史の一節である『少女の献身』に描かれたのが史上最初期の戦争である「ルミナ戦争」だ。
別名、"第0次王権戦争"と呼ばれるこの大戦で空前の時代は終末へと向かい始める。
そしてこの頃から現在のヴァクティニアの国教である"アンゼル教"が広がった。
それから大陸は多数の民族国家乱立状態が続き、空前末期に「始祖王ゼブラル=モリスヴ(Zebkerl=Morluss)」率いるヴァクティヌ人と、大陸の諸民族間で第1次王権戦争が勃発。
第1次王権戦争や空前末期に関する記述は数々の叙事詩で描かれている。
第1王朝の国教はカウザ教であった。
起源、系統不明の宗教であり、空前の時代から既に広く流行していた一神教だ。
異教に対し高圧的政治を行った第1王朝は、特に新興であったアンゼル教を徹底的に弾圧。
しかし、その勢力は徐々に増大していくこととなる。
そして500年程続いた第1王朝も遂にアンゼル教徒の一派の長であった「ゲグレー大皇(Kegle)」により打倒され、第2次王権戦争を経て第2王朝が成立する。
国教をアンゼル教とした第2王朝は、初代王となったゲグレーから以降数百年に渡り治世を敷いた。
しかし西方からの度重なる遊牧騎馬民族ナート(Nawt)の侵入により財政は崩れ始め、国の建て直しに伴って国民への負担は膨張。
ついに、成立から丁度650年の記念日に各地で農民革命軍が挙兵し、第3次王権戦争が勃発した。
王朝は武力を持ってこれを次々と鎮圧していくも、革命軍の中に"襲名を済ませた者達"が現れたことにより倒れることとなった。
この戦争により、第2王朝序盤から中盤にかけての治世下で存在が忘れられ始めていた襲名者達の脅威が再確認される結果となった。
この頃、ヴァクティニアの横にソル語系スクロヴ人が帝国国家、壬を樹立。
ルミナ戦争の後諸民族国家が立ち並んでいたその一帯に、スクロヴ人傭兵隊長「ガルバル(Galberug)」の西征作戦により表面的な統治基盤が敷かれた。
だがそんなスクロヴ人を奴隷として貿易を始めたのがヴァクティニア第3王朝だ。
その原因は第3王朝の六代目王の宰相、「アルザブレ(Arzarvul)」が打ち立てた襲名者政策だった。
彼は第1戦紀に呈された襲名に関する理論を信奉していた。
そしてその理論の中で襲名の条件とされた「孤独であること」というものを満たした若者達を奴隷貿易の中から見出だそうとしたのだ。
その後民間の革命軍がスクロヴ人と共に挙兵。
しかし、第3王朝はこれを鎮圧し、奴隷貿易は更に発達した。
第3王朝成立から約300年の時であった。
そんな中絶頂期を迎えた第3王朝だったが、これも西方の遊牧騎馬民族デンデングン(Dendenghun)の侵入に苛まれており、第2王朝同様に国民の不満は増していった。
と同時、新無政府主義を掲げる組織も誕生する。
そう、Bonoboの母体となる組織だ。
そして第3王朝成立から約400年、壬で大混乱が発生する。
壬の西の都市であったベイロンをデンデングンに占領されたことから事は動き始める。
嘗て西征作戦を打ち立てたガルバルの遺した一大傭兵組織により間もなくデンデングンは滅ぼされたが、その動乱は奴隷貿易で国交を持っていたヴァクティニアにまでに広がり、国内では「アダム=カントール(Adam CantorⅠ)」率いる新無政府主義組織が蜂起し、第3王朝を打倒した。
その後カントール一世として即位したアダムは国家という己の立場と、新無政府主義という立場の間で生じた矛盾を払う為、無政府主義者達を弾圧した。
そして第4王朝も400年程続いた後、皆様もご存知の第5次王権戦争により今の第5王朝へ至る訳だ。
ここまでざっくりとヴァクティニア、壬の歴史を語ってきたが、私が何を言いたいかというと、遊牧騎馬民族の歴史における役割についてだ。
歴史の中では、衰退した国家を勢い付いた何らかの組織が打倒して新国家が生まれる、というのが基本的な流れだ。
そしてその新国家も徐々に衰退していく訳だが、その衰退の切っ掛けとなることが多いのが遊牧騎馬民族の侵入なのだ。
つまり、遊牧騎馬民族は歴史における一種のスパイス、言うなれば火付け役という役割を担っているのだ。
✝️
1/19
壬の西の都市、ベイロンに西方遊牧騎馬民族ネフケルが侵入した。
そう、第3戦紀末にデンデングンが侵入したあの場所だ。
つまりあの時と全く同じ事態が壬で起ころうとしていた。
恐らく国交を断ったヴァクティニアへ混乱が広がることはないだろうが。
違うとすれば、あの時と違って今の壬はスクロヴ人団結により士気が高まっているということだ。
~ベイロン市街地~
数千の人間と馬を率いてネフケルはベイロンへ侵入した。
圧倒的な武力を持つネフケルは一気に市街地を駆け巡り、ベイロンを呑み込み始めていた。
「ネフケル...史実通りの強さ...」
各所から煙が上がる中、一人の若い男がネフケルの戦士相手に孤軍奮闘していた。
鎧を着て、羽織ったマントには壬の紋章であるリバーススワスティカが刻まれている。
傭兵隊長だろうか、かなり位の高い格好だ。
ネフケルの戦士は皆筋骨隆々としており、黒々と日焼けした肌を剥き出しにした格好をしていた。
定住をしないネフケルは自然と身体能力が向上していく。
元は同じソル語系スクロヴ人であった筈の両者の様相は今やまったく別物であった。
「はぁっ...!」
男は横飛びで、切りかかってきたネフケルの戦士を避け、地面からの反発を活かしてそのまま剣で男の首を薙いだ。
だが、ガチッと首の筋肉で剣は止まってしまう。
「硬い...!」
剣を受け止めたネフケルの戦士は堀の深い顔を歪ませて笑った。
男を取り囲んでいた戦士達もピョンピョン跳びはねながら笑う。
「くそ...舐めるな...」
男は一旦剣から手を放した。
少し首にめり込んでいた剣はその一瞬の間そこに留まった。
そして男は剣に向かって上段蹴りを浴びせた。
蹴りは丁度刀身にヒットし、剣は少しだけ首を切り進めた。
その瞬間、ネフケルの戦士の体がビクッと痙攣し、顔が険しくなり始める。
戦士は慌てて反撃の構えをとったが、男の姿が一瞬にして消え、そのまま剣を強引に押し込んだ。
戦士の首は体から離れ、地面に転がり落ちた。
「ふぅ...まずは一人...」
男の名はシュート・ガルバル。
嘗て西征作戦を打ち立てたガルバルの直系の子孫であり、またデンデングンを討ち滅ぼした傭兵組織の現在の頭である。
シュートを取り囲んでいた戦士達は転がった首を見て不思議そうな顔で首を傾げた。
その顔は、仲間が死んだことへの動揺というよりは"単なる死への興味"にしか見えなかった。
ネフケルの文明レベルはスクロヴ人が分裂した第2戦紀初頭から進化していない。
その思考は極限まで野生的で且つ単元的。
余計なことを一切考えずただひたすらに戦闘だけを続けてきた民族である。
が、そんな彼らが突然バタッと整列をした。
シュートを取り囲んでいた十数人が一斉に横へはけ、道沿いにピシッと並ぶ。
「何だ...?」
向かい合って二列に並んだネフケルの戦士達の間を、二人の大柄な男がゆっくりと進んできた。
ネフケルの戦士達は二人が通る際には辞儀をして頭を下げた。
恐らくは、ネフケルの長だ。
そして二人の男はシュートの目の前まで歩いてきた。
「...」
シュートは一回り大きな二人を睨み付け、剣を構えた。
「壬の兵士よ、上々の出来也。」
一人が口を開いた。
「我は堊藍儺嘛骨朶。ネフケルを束ねる統率者也。
汝の様を眺めていた。遖也。而りて、我と遊戯をせん。」
「遊戯...だと?」
一応同じソル語系の民族であるため、言っていることは何となく分かるが、シュートには彼の言う遊戯の何たるやが解らなかった。
「目の前に敵の長が現れたんなら、俺は取り敢えずお前を倒さなきゃならねぇ。
その遊戯が闘うことを意味してんなら受けて立つぜ。」
「...」
嘛骨朶は、暫く沈黙した後、横の男へ指示を出した。
「巨をして汝と闘らしめん。
巨よ、征け。」
巨と呼ばれた男は嘛骨朶に一礼をすると、前へ歩き出した。
「お前が俺の相手か...」
巨は沈黙したままシュートを上から見下げた。
「しゃあ!ベイロンは俺が守ってやる!行くぞ!」
シュートは地面を蹴り出した。
そして剣を巨の鳩尾目掛けて突く。
だが、その輪郭は一瞬にして消えた。
すかさずシュートは剣を滑らせながら円を描いたが、全く感触は無い。
「どこに消えやがった...」
シュートは四方を見回したが気配がない。
そしてその警戒が無意識に一瞬だけ解けた...とその瞬間、上空から凄まじい気配がした。
驚いたシュートは上から来るであろう攻撃に剣を構えて備えた。
だが、上空から飛来したそれは、軽々と剣を折りつつシュートの首を捻り取った。
頸骨が少し飛び出した胴体は地面へゆっくりと伏し、巨はシュートの首を空へ掲げた。
ネフケルの戦士達は一気に沸き立った。
そして民族楽器の角笛を吹き鳴らし、太鼓を打った。
軽快なリズムはベイロン市街に響き渡り、ネフケルがここを制圧したことを報せた。




