二十話 不器用な男
城下町に所狭しと並ぶ家々。
その影から朱色の光が差し込み、ブライとカレンの影が道に沿って長く伸びる。
先程シンザンのお見舞いを終え、病室を出た時にブライが今の今までまったく食べ物を口にしていなかったことが発覚した。
それでロズマが大急ぎで弁当を買いに出た為、ブライとカレンは二人きりで帰路についていた。
城下町の雰囲気は閑散としていた。
いつもより出歩いている人が少ない気がした。
この時、ブライ達はまだ知らなかった。
昨日の征伐が、国民の知る所となっていたことを。
既にサルタ率いる王朝は、本格的に世論のコントロールを始めていた。
✝️
今朝配達された朝刊に、とある内容が掲載されていた。
それは、「水面下で王朝がBonoboのアジトに攻めいっていた」という内容であった。
無論、国民は一気にどよめいた。
自分達が何気なく過ごした昨日という一日の中で、隠れてそんなことが行われていたというのだから無理はない。
それこそ王権が交代する前からBonoboは国民の間でも周知されている組織ではあった。
漠然と暴力団的な立ち位置なのだろうという認識はあったし、やはり創作のネタとして用いられたことも屡々。
そんな国民からの「よく分からないけど危険」というイメージを決定的にさせたのが戴冠式や第一回雇用試験でのテロであったり、その後に起きた死体遺棄事件だ。
これを受けて文民である知識人達の間でも多くの意見が飛び交った。
元来、新王朝の打ち立ててきた政策は、影響力のある人間から概ね好評であったし、国民からの支持も上々であった。
まずこの時点でBonoboが暴れ始めた理由は新王朝による彼らへの圧迫的な政策であることは明白だとされた。
それを踏まえ、残虐的な行為を続けるBonoboという組織へ賛同する者は殆ど現れなかったのだ。
そして今日このタイミングで、王朝とBonoboが衝突したという報道が為されたのだ。
この瞬間、世論は"大多数の賛成"から、"国民の総意"となった。
言い換えれば、"多少の犠牲は構わない、Bonoboの征伐に関しては王朝に全てを委ねる"という思考が仕立てあげられたということだ。
つまり、王朝の懸念する所であった"人質の救出失敗"、そしてこれに対する世論の反動は抑制されたのだ。
あったとしても、国に響き渡るのは遺族の悲嘆と、民衆の無力な同情だけだ。
全てはサルタの仕組んだ通りに動いていた。
そもそも、サルタがBonobo主催のディスペンサリーに参加したことに起因して発生した死体遺棄事件も、世論操作の為にサルタが撒いた布石に過ぎなかったのだ。
サルタは始めからBonoboの破壊というゴールへと段階を踏んで着実に歩を進めていた。
✝️
「ね、ねぇ、ブライはさ、何で助けようって思ったの?
その...まだ残ってるかも知れないっていう人質達を。」
二人は暫く無言で歩いていたが、ふと気まずい雰囲気を断つようにカレンが口を開いた。
「もう私達の仕事は終わった、正直私はもうあんな所には行きたくない。
たとえ、まだ助けられていない人が居たとしても...
狡いと分かっていても、無意識に自分を優先してしまう。」
ブライは下を向いて歩きながら、黙って聞いていた。
「でもブライ、あなたは自分の命を顧みることもせずに彼らを助けようとしてる...
私を助けてくれた時もそうだったよね。」
「昨日、サラと喧嘩になってしまったんだ。」
カレンが話しているのを遮るようにブライは徐に話し始めた。
✝️
「ただいま。」
家に着いた途端、どっと疲れが体を襲った。
サラはリビングで料理の練習をしているようだった。
「おかえり。」
フライパンを見たまま素っ気なく返される。
何やら不機嫌な様子だった。
「んっ、美味そうじゃないか。」
サラは炒飯を作っていた。
少し焦げはあるものの、普通に美味しそうだし、良い匂いもする。
「ねぇ、また戦場に行ってたんでしょ。」
サラは話し始めたが、後ろで括ったきめ細かい髪は毫も靡かなかった。
フライパンの取っ手を掴み、上下に動かしている。
ジャーッ、と爽やかな音が鳴った。
「ああ。これが仕事だからな。」
ブライは荷物を床に起き、椅子に腰かけた。
「お兄ちゃんにとって戦場で戦うことっていうのは、どういうことなの?」
「尖兵の仕事でやり甲斐を感じるとしたら、やっぱり人を助ける時かな。
今日も仲間を助けて、そして俺も助けられたり、そういう助け合いの実感というか。」
飯を炒める音が消えた。
サラは尚も背中を向けたままだ。
「赤の他人を助けることは、自分の命を危険に晒してまでやることなの?
お兄ちゃんにとって自分の命は大切じゃないの?」
「勿論大切だ。
でも、尖兵の人達は皆、覚悟を決めているんだ。俺も含めてな。
全てを賭けないと人は救えない、尖兵の皆はそれを知っている。」
「覚悟って何...?」
「ある人が言うには、『自分が居なくなった世界を受け入れることが出来た』時、それは覚悟が決まったということになるらしい。」
ブライが話を続けようとした時、サラは目を瞋らしてブライに近づいてきた。
そしてグイッと顔を近づけた。
「それで、受け入れたんだ。
自分が居なくなった世界を。」
「まっ、まぁサラも仕事に就けて、俺よりも給料も良いし...
俺が居なくても大丈夫か...」
その時、一発の平手が飛んだ。
ブライは頭が一瞬真っ白になった。
「私はそんなの絶対に受け入れない!!
自分が死んで、悲しむ人も居る!!!
いつも人のことばっかりなんだったら、私の事も少しは考えてよ!!!
...いつもどれだけ私が心配していると思ってんのよ...」
いつも引き留めることなく兄を戦場へ送り出していたのは、妹としての心遣いに過ぎない。
ブライは不器用な男だ。
サラが人知れず枕を濡らしていたことにも気付いていなかったのだ。
「ごめん、サラ...
でも俺は尖兵を辞める訳にはいかないんだ。」
ブライは、サラの顔を流れる涙をそっと拭いてやった。
そして、近い内にもう一度戦場へ出なければならないということを告げた。
✝️
「俺の帰りを待ってくれる人がいる。
サラのお陰でそう思えた。」
「だったら尚更...」
「でも、それは人質達にとっても同じことだ。
彼らにもまた帰りを待っている人がいる。」
ブライはカレンの方を振り向いた。
そして、沈みかける太陽を背に笑いかけた。
「やっぱり俺はこういう性分みたいだ。
やっぱり俺は行かなきゃならない。」
「そう...なら私もそれに着いていくだけだわ。」
カレンはやれやれといった表情で溜め息をついた。
「でも簡単に死ぬつもりはないさ。
サラの為にも俺は強くならないといけない。」
ブライは再び夕陽に向かって歩き出した。
「ねぇっ...!」
カレンが口を開いた。
少し照れ臭そうな表情を浮かべている。
「ずっと謝りたいことがあった。
雇用試験の日、貴方を殴ってしまったこと。」
カレンはあの日ブライの頬に炸裂させた自分の拳を見つめた。
ブライは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに笑った。
「なんだ、そんなことか。
実は、結構嬉しかったんだよな。
......って、マゾとかそういうのじゃないぜ!?」
ブライが咄嗟に語弊を正すのを、カレンは苦笑いしながら見ていた。
「何というか、自分を本気で叱ってくれる人がいるってのは嬉しい物なんだなって思った。俺にはそういう人が居なかったからさ。」
「ご両親のことはサラちゃんから聞いてるわ。」
カレンは再びブライの横に並んだ。
「......コホン、じゃあ私がその役を担おう。」
胸を張って少し凄みのある声でそう言った。
「えっ...?
カレンさんが、俺の親...どういうことだ...?」
ブライは親権交代の際の手続きの面倒さを呟き始めた。
「本物の親になる訳じゃないわよ!
だから、その...まあ今よりももう少し仲良くなった、みたいなものよ!多分。
あと、私の名前は"カレンサン"じゃなくてカ、レ、ン!」
カレンはキレキレの突っ込みを入れた。
「そっ、そういう物なのか、えっと...カレン...」
暫く沈黙が続く。
ブライの顔は爆発し、さっきまで調子よく喋っていたカレンも急に下を向いて黙りこんでしまった。
艶やかな茶色の髪の下で耳が真っ赤になっていた。
「さん......」




