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大海の鯱、井の中を知らず  作者: 異端(ヰタン)
Bonobo(ボノボ)掃討作戦
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十九話 無謀な決断

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城下町の直下で慎ましく行われた第一次征伐が完了してから一日。


ブライは尖兵の居住区の一角にある訓練場に居た。



手には木刀を持ち、カカシに向かって何発も何発も打撃を加えている。

どことなくぎこちない剣捌きで、カカシのあらゆる部位に攻撃を叩き込む。


閉じた口から鋭く息を噴出させながら、ブライはひたすら無言で木刀を振り下ろしていた。



「ダメだ、ブライ。」

すると、その様子を見ていたロズマが水を持ってブライに近づいてきた。



「攻撃がブレ過ぎだ、もしこのカカシが本当の敵だったらどうだ?」

カカシには所々に切れ込みが入ってはいるものの、大きな断裂は見当たらなかった。

実戦でも同じ調子でやれば、確実に致命傷を負わせることは出来ない。



「あぁ、有難う...」

ブライは水も飲まず、下を向いたままふらふらとカカシと対峙した。

そして正面に木刀を構えた。

だが、その構えは不自然なまでに右に傾いていた。



「おい、あまり無理するなよ。ただでさえ右肩が悲鳴を上げているんだから。」


昨日の度重なる抜刀の使用によりブライの右肩三角筋は断裂していた。

睡眠により少しずつ回復してはいるが、現在も顔が引きつる程の筋肉痛が彼を襲っていた。



「いや...抜刀が使えない今がチャンスなんだ...抜刀に頼りきりだった戦い方を変える為に...」


気温は15℃。

今日は冬場にしては暖かい日である。

既にブライは休憩無しで三時間近くカカシを叩き続けていた。



「フゥ、フゥ...」


ブライが一声唸り、カカシの左肩に木刀を振り下ろした。

そしてそのまま連続で木刀を撃ち込んでゆく。

やがて、カカシの左腕に当たる部位が千切れた。


竹の繊維を執念により断ち切ったのだ。


そしてブライは木刀を地面に落とした。

その掌はぶるぶると震えていた。



「ハァ、ハァ、よし......」

ブライは徐に歩き始めた。

ロズマが一体何をする気だと思った矢先、ブライは次のカカシを運びながら戻ってきたのだ。



「おい、今日はもういい。無茶するな。」

流石に見かねたロズマがブライの口に無理やり水を流し込んだ。

すると、ブライの目から光が消え、力が抜けたかのようにロズマの手に倒れ込んだ。

その背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。



「チッ、脱水症状じゃねえか...この後見舞いにも行かなきゃならんのに...」

ロズマはブライを負ぶり、訓練場を後にした。







✝️







ブライが目を覚ますと、そこは病室であった。

窓を見ると、まだ日は高いようだ。


ベッドの横に目を遣ると、夕喰を手に持ってまじまじと観察しているロズマの姿が入った。



「起きたか。

ここは城内の専用病院だ。衛生兵達が常駐している。」


王城敷地内に敷設された病院。

国から集めた医者を中心として、主に衛生兵達で布陣が敷かれている。

というのも、実戦では限られた道具で負傷兵の応急処置を行わなければならない立場である彼らには、こういった所での練習が不可欠だからだ。


ブライは軽い脱水症状を引き起こしていた。

衛生兵によれば30分程安静にしておけとのことだった。



「ロズマ、俺はどれくらい寝ていた?」

ブライはゆっくりと上体を起こした。



「まぁ10分くらいかな。

...おい、まさかとは思うがこれからまた訓練に行くとか言わねえだろうな?

今日は終わりだ。俺がお前を殺してでも阻止する。」

そう言うとロズマはドーナツの入った包みを机に置いた。

ミセスドーナツ、全国に店を構える大人気スイーツ店だ。



「分かったよ...

で、そのドーナツは俺に...?」

すっかり元気を取り戻していたブライは目を輝かせた。



「...って思うだろ?

残念、これはお前のじゃない。」

ロズマは意地の悪い笑みを浮かべた。



「お前が回復したらシンザン達の見舞いに行く。

勿論ブライ、お前も来れるな?」

ブライは頷いた。

そう言えばシンザンや他の尖兵達の状況はまだ正確には把握出来ていない。


たかだか脱水症状で倒れた程度の自分とは比べ物にならない程の重症を抱えていたらどうしよう、とブライは思った。



「後10分は安静にしておけということだ。

...それまで話をしよう。」

ロズマは一旦ベッドに置いていた夕喰を手に取った。



「この剣、使ってみてどうだった?」



「抜刀との相性は良かったよ。

何というか、普通の剣よりも撓るっていうか。」



「これは名刀だぜ。

見ろ、微妙に金色に輝いているだろ。」


見ると、刀身の真ん中辺りが薄く黄金色に色付いているように感じる。

どうやら、撓りを生む原因はこの金にあるようだ。



「金は柔軟な金属、故に剣には普通用いられない。

だが、この夕喰はその特性を見事なまでに活用している。」


因みに夕喰という名は夕焼けに輝くこの剣を見た当時のフォウルが即興で付けた銘らしい。



「金は安いんだけど、装飾以外には余り使えないんだよな。」


ブライが真っ先に思い浮かべたのは妹の就職先である質屋に並べられていた装飾品の数々。

他の使途としては金歯だったり、学校で実験材料として用いられることだ。

といっても、学校なんてのは金持ちしか通えないような所だからブライにしては雲の上の存在だ。


このヴァクティニアにおいて金の価値はかなり安定して低かった。

その理由は、隣国の壬とまだ国交があった時代に、安価で大量に輸入されたからだ。

王城に大量の純金が貯められていたのもそれの名残なのかもしれない。



「フォウルはこれを鍛冶屋が失敗しやがったと言ってたが、その失敗を逆手に取る斬新なアイデア、流石職人だ。」

ロズマはまるで専門家のように目と平行に夕喰を並べ、光に当てた。

この男は将来鍛冶師にでもなりたいのだろうか。



「じゃあまた交換するか?」

ブライはロズマの腰に掛かった剣を見た。

表面には壬の紋章が描かれている。



「いや、それはまた別の話だ。」

何とまあ都合の良い男だ。

だが決して悪気がある訳ではないのだ。



「俺はもう大丈夫だ、そろそろシンザンさんの所へ行こう。」

ブライは布団を払いのけ、ベッドから降りた。



「分かった、じゃあ行くか。」




病室を出ると、すぐそこにナースセンターがあった。

結構女性も多いようで、設備はかなり充実しているように見えた。


二人は暫く無言で清潔にされた廊下を歩き、一つの扉の前へ辿り着いた。

中からは機嫌の良い女性の声が聞こえる。



「でねー、ブライがさぁ、天井突き破って乱入してきたのよ!

それはもう圧巻でびっくりしたわ!」



カレンの声だ。

どうやらアジト内での出来事を嬉しそうに語っているらしい。


前に居たロズマが照れているブライを睨んだ。

そして一気に扉を開いた。



中に居たカレンがビクッと後ろを振り返り、暫しの沈黙が流れる。



「まっ、まさか聞こえてた...?」

カレンは二人の顔を見つめていたが、ブライが顔を赤くしていることに気付いた瞬間に顔を押さえて下を向いてしまった。



「ハッハッハ、カレンももう恋する乙女か!」

カレンの奥でベッドに横たわっているシンザンが笑った。



「もっ、もう...やめてよぉ...」



「シンザン、無事で何よりだ。」

ロズマが前に出てドーナツを机に置いた。



「まあ何とか全身打撲で済んだよ。

そりゃあミセスドーナツか、丁度食いたいと思ってたんだよ。有難うな、ロズマ。


...で、ブライは何故その服装なんだ?」


ブライはここに運ばれた際に病室着に着替えさせられていた。



「こいつ、さっき脱水起こして倒れたんだよ。」

椅子に凭れたロズマがぶっきらぼうに返答した。



「脱水か...

お前、まさか次の遠征にも参加しようとしているんじゃないだろうな?」

シンザンは扉の前で突っ立っているブライに鋭い目線を向けた。

ロズマとカレンは驚いた様子でブライを見た。



返答は無かった。



「...まぁ俺からは"行かない方が良い"とだけ言っておく。

だが選択するのはお前自身だ、止めはしない。」

シンザンはチョコドーナツを取り出して齧った。



「俺達の役目は今回の戦いで終わったんだぞ!?

馬鹿なことは言うな!次の征伐は本格的にBonoboを潰す戦いなんだ、お前が行ってどうこうなる問題じゃねえ!!」

ロズマは勢い良く立ち上がり、ブライの胸ぐらを掴んだ。



「ちょっとロズマっ!」



「すまねぇ、シンザン。

折角の見舞いだったが、許してくれ。」

シンザンは笑って許諾の合図を送った。

それを見た後、ロズマは再びブライと向き合った。



「止めておけ。そんなの、死にに行くような物だ。

幹部の居る中、お前が一人加わった所で戦力は変わらないんだよ...」

ロズマは静かに言い放った。

厳しいことを言っている自覚は勿論あったが、この男を止める為には憚っている暇などない。



「俺はずっと考えていたんだ...」

ブライは抵抗することなく、下を向きながら呟いた。



「何?」



「あの時、敵が不自然にバランスを崩した。

それがあって、運良く俺の攻撃が当たったんだ。

だから、もしかするとまだ助けられていない人質が居るんじゃないかって。」


ロズマは深刻な表情で黙り込んだ。

そしてブライの胸ぐらから手を放す。



「ホーソンが助けたので全員じゃないってか。

でも、お前が行ってどうする?仮にまだ人質が残っていたとして、力任せの戦争が行われている中で、お前は助けられるのか?」



「それは分からない...でも、俺はそれまでの間訓練に励み、出来るだけ強くなる。

それに、そんな可能性を知っておきながら見捨てるなんてことは、俺には出来ない...

それで俺が死ぬことになっても構わない。」

ブライは拳を硬く握った。



「チッ...いつもお前は自分の事ばかりだ。

過剰な献身はただの自殺だ。お前が居なくなって悲しむ奴もいるってのによ...」



ロズマは、真剣な顔で様子を見守っているカレンを見た。

少し涙声が混じったその声が病室に響く。


その後、照れ隠しか大袈裟に咳払いをした。



「分かったわ。」

突然、カレンが立ち上がってロズマの前へ出てきた。

そしてブライに顔を近づける。



「私達は何も言わない。

だからブライ、貴方も私達の決断に口出しはしないこと。」



「おいカレン、それはどういう...」



「私達も一緒に行く。」

カレンは声高に言い放った。

あまりに突然の事で、ブライもロズマも一瞬言葉を失ってしまう。



「おいロズマ、私"達"だってよ。」

後ろからシンザンが同調する。



「ぐ......

はぁ、分かったよ...全く、奔放な姉のケツを拭くのはいつも俺だ。」

ロズマは項垂れた。



「皆、俺の為に...」

ブライは感動で涙目になった。



「おい、病室で泣くな!縁起が悪いだろ!」

シンザンが鋭く突っ込みを入れると、それまでの真剣な空気が一変した。



その後、四人は色々と世間話やらで盛り上がり、気付けば日が沈み始めていた。

たっぷりと談笑を済ませた三人は、病室から出ていった。







✝️







「うっ...げぇ......ハァ、ハァ、ハァ、」


シンザンは引き出しに入れていた袋に、先程食べていたドーナツを吐き戻した。



「ハァ、ハァ、ハァ...」



「シンザン氏、彼らに伝えなくて良かったのか...?」


正面のベッドから声がした。

カーテンに隔てられている為、姿は見えなかったが声には聞き覚えがあった。



「貴方は...確かヴェリユス...第25部隊隊長...だったか?」


袋を縛ってゴミ箱に捨てる。



「ご名答。とはいっても、"元"隊長だがな。ふふふ...」



「...貴方の活躍はここでカレンが話していた通りか。

......腕を失ったらしいな。」



「ええ、だから退院したら暇を頂くつもりだよ。

そうだな、退役後は適当にゆっくりと過ごしたい物だ。」



「そうか、今迄ご苦労だった。」



「有難う。

...しかし、ご自分の心配もされた方が良いのでは。」



「ふっ、まだアイツらの前では格好付けていたいんだ。

それに、俺なんかに気を遣わせてたら、アイツらの歩く邪魔になるだろ。」



「...三人とも、戦士らしく立派だったじゃないか。

心配しなくとも、きっと上手くやってくれるさ。」



「あぁ、俺もそう願っている。

だがなぁ、コイツが悪化しちまう前に、もっとアイツらに教えてやれることもあったかも知れねえなあ。」


シンザンは窓の外を眺めながら、腹を押さえた。



「例えばよ...俺が居なくなっても悲しまねえくらい強い心、とかな。」


太陽は地平線に沈み、しんと静まりかえった病室に光は無くなった。


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