十一話 遅すぎた立志
ヤス率いる人質一行は、物陰に身を潜めていた。
覗く先では、武装したBonoboの集団が屯している。
煙草を吹かして談笑しているようで、幸い動きは無い。
数にして6人、人質達の人数の半分程。
だが、このまま銃撃戦に持ち込んでも勝てる訳はなかった。
この前の雇傭試験で発生したテロにおいて王国の兵士達を苦戦させたことからも分かる通り、Bonoboの形成する集団は個々が手練なのだ。
そして、そこにいた6人は今迄の道中で戦った敵とは比べ物にならない程のオーラがあった。
完全武装。
対し人質達は武器だけで防具は全く無し。
つまり、あれと渡り合えるのは元々戦闘センスのあるクロウリーと王朝軍のホーソンだけだろう。
また、人質達には物陰に隠れて援軍を待つ選択肢も無かった。
それは、今ヤスが背負っている14才の少女。
彼女は道中での銃撃戦で太股を撃たれていた。
遠慮していたのだろう、言わずに我慢していたが、さっき遂に倒れ込んでしまった。
そのため応急措置もままならず、出血はこうしている今も続いていた。
ヤスは下を向いて十数秒程考え込んだ。
項に微かな吐息が掛かる。
(まだ息はある...)
後ろを向くと、腰を屈めてリーダーである自分を真剣な顔で見つめる少年少女が居た。
誰一人として泣いていなかった。
全員が強い意志を持った目でヤスの命令を待っていた。
「...よし。」
ヤスは静かに決意した。
この未来ある若者達を絶対に救わねばならないと。
背負っていた少女をクロウリーに引き渡す。
「...?」
クロウリーは怪訝な顔で此方を見たが、受け取ってくれた。
「...俺が囮になる。」
ヤスは静かに告げた。
もうその目には以前の気弱だった男の面影は一片も無かった。
クロウリーは目を見開き、暫く沈黙していた。
そして徐に口を開く。
「おい、冗談はよせよ。なあ、」
クロウリーは乾いた笑いを浮かべ、ヤスの言葉を冗談として受け止めようと試みたが、笑い声が収まると、ただただ沈黙が続いた。
「...おい、本気なのか...?」
ヤスは小さく頷いた。
その様子を見ていたホーソンがヤスを止めに入る。
「だっ、ダメです!ここは兵士の僕がやります...」
「いや、君はこの子達を連れてここから出るんだ。」
「でも...」
ホーソンもヤスと同じく生まれつき気弱な性格であった。
だが、この時は粘り強くヤスを思い留まらせようと必死になっていた。
例えその代わりに自分が囮となることになったとしても。
突然、ヤスがホーソンに殴り掛かった。
しゃがみながらではあったが、その拳はホーソンの顔面目掛けて飛んだ。
だが、現役の兵士であるホーソンに一般人の、それも非力な男の拳など届く筈がなく、軽々と受け止められてしまった。
「なっ、何の真似ですか...ヤスさん...」
ホーソンは片手の掌でヤスの拳を包み込む形でしっかりとその動きを殺していた。
その拳はじんわりと濡れ、冷えていた。
「な、君は俺なんかよりも格段に強い。
だからこの子達を外まで守ってやれるのは君しかいないんだよ。」
ヤスは細い声でホーソンを説得した。
「......」
ホーソンは返す言葉も無いと言った風に下を向いて黙り込んでしまった。
「...よし、そうと決まれば、」
ヤスは立ち上がった。
膝を少しだけ曲げて足の震えを何とか悟られないようにする。
「ホーソン...頼んだぞ。
俺も、後で行くから。」
ヤスは腰に剣を一本と、小銃一つを手に持った。
「...分かりました。
僕が必ず守ります。」
「もたもたしてもいられないな、じゃあ一斉に飛び出すぞ。」
ヤスは6人の敵が阻む道を指差した。
クロウリーは女の子を体力に余裕のある別の男に渡した。
ヤスは深呼吸を一つ挟み、物陰から颯爽と飛び出した。
まだ敵は此方には気付いていない。
一人の頭に銃の照準を合わせる。
そして、号令を掛けた。
「よし、行け!!!」
ホーソンを先頭に、人質達が駆け出したと同時に、ヤスは発砲して先制攻撃を仕掛ける。
だが、案の定外してしまう。
ヤスは反動で尻餅をついた。
6人は突然の発砲音に気を取られ、彼らが状況を整理する頃には人質達の姿は無くなっていた。
(ちゃんと逃げられたようだな...)
ヤスは立ち上がり、此方を睨み付ける敵を見据えた。
6人は剣を持ち、歩を進め始めた。
「テメェら、どうやら王朝軍じゃねぇみたいだなァ。」
「人質が混乱に乗じて脱獄してやがるぜ、」
畜生の笑みを浮かべ、一人が剣を抜いてヤスに接近した。
ヤスは男に向かって素早くトリガーを引く。
だが、不幸にも弾は尽きていた。
「ギャハハハ!弾無ェのに銃構えてたのかよ!こいつ銃の扱い慣れてねぇじゃねぇか!」
男達が一斉に笑い転げた。
弾が尽きていることが分かっていたから男は無防備に近づいて来たのだ。
その時、後方の闇の中から一発の銃弾が飛び、男の目の間を貫いた。
男は一歩後ずさり、そのまま膝を崩して仰向けに倒れた。
驚くほど綺麗に銃弾は男の顔に丸い穴を開けていた。
そして、ヤスがふと横を見上げると、クロウリーが突っ立っていた。
「おい、何で逃げなかった...」
ヤスが震える声で話し掛けると、クロウリーは笑った。
「へっ、何かほっとけなかったんだよ。」
クロウリーはあの時逃げずに残った泣き虫を思い出した。
彼も今の自分と同じ感情だったのだろうか。
「だって、あんなにビクビク震えてた奴に殿は務まらねえだろ?」
クロウリーはそう言うと銃を構えて前を見た。
敵は残り5人。
ヤスは弾の尽きた銃を捨て、剣を抜いた。
剣なんて物を握るのは通天流での稽古以来だった。
頗る下手くそで、よく指導員に叱られていた思い出しかなかったが。
ぶっつけ本番だ。
だがやるしかない。
敵が一斉に向かって来た。
ヤスは落ちていたコンクリートの程よい塊を思い切り投げた。
今度は幸運にも真ん中の男の喉仏辺りに塊はめり込み、動きを止めることに成功した。
ヤスは残った4人の内先に斬り掛かってきた一人の剣を何とか受け止めた。
そしてすかさずクロウリーが頭を銃で撃ち抜く。
即席にしては意外と連携は上手くいっていた。
というよりは殆どクロウリーのエイムの正確さに助けられていたのだが。
「よし、ヤス!この調子で...」
敵は2人がかりでクロウリーを囲んだ。
どうやら厄介なのはヤスではなくクロウリーだと踏んだらしい。
「げっ...ちょっとダルいな...」
クロウリーは取り敢えず一発正面の敵に向けて発砲した。
銃は腰辺りに命中し腸が少し溢れたが、急所を外した為、男はそのまま速歩で攻撃を仕掛けてくる。
クロウリーは攻撃をかわし、まずは自分を狙う2人の敵を視界に納める為、距離をとった。
残る銃弾は3発。
だが、恐らく距離を取れるタイミングは今を逃せばもうやって来ないだろう。
つまり、もうここで倒しきるしか道は無かった。
ヤスは不格好な剣術で、1人の敵と対峙していた。
距離を置くが、一度斬り合っただけでもう肩が深く抉れてしまっていた。
(こりゃあ、ダメだな...)
ヤスはパニックを起こさないように出来るだけ自分の身体損傷については考えないようにした。
息が小刻みになり、体は強張り始めていたが、何とか自分を鼓舞する。
(何か似てるな...あの時の感じと...)
ヤスは通天流の試合前の感覚を思い出した。
一試合目で負けることはもう分かっていた。
故に、ヤスが願っていたのは"出来るだけ痛くない負け方をすること"だった。
それだけ、当時のヤスの心は怯えきってしまっていた。
で、結局死に瀕した親に心配されるような貧弱な人間になってしまったのだ。
「俺は......」
ヤスは剣を強く握り締めた。
「いつまで経っても弱いまんまだ...」
一瞬、体と体が交錯する。
そして、暫く背中を向け合い立ち尽くした後、ゆっくりと敵は崩れ落ちた。
「でも、少しはマシになったのかもな...」
ヤスは倒れた敵を見た。
男は、突進したヤスの反動で両刃が顔面に当たり自爆していた。
血塗れのその剣に対して、
ヤスの持っていた刀には、一滴も血はついていなかった。




