七話 脱出
10時を過ぎた。
格子窓から見える時計台の短針は降り注ぐ雪で霞んではいたが、しっかりと10の数字を指している。
ヤスは生唾を呑んだ。
愈よ始まる。
作戦が上手くいく可能性は低いだろう。
だが、これが無謀な行動だとしてもこのまま野垂れ死ぬよりは幾分かマシだ。
すると、四人の男達が牢獄に入ってきた。
人質の点呼をとる為だ。
ヤスはクロウリーと目を見合せ、互いに作戦の開始を合図した。
入ってきた男達は何やら言い争っていた。
その顔どれもが焦りを隠せていない表情であった。
何かがあった。
Bonoboの男達は、詳細は分からないがそれを察するには十分なくらいの剣呑な雰囲気を纏っていた。
「チッ、点呼を始めるぞ。」
面倒臭そうに一人が声をあげた。
「といっても、今日で最後だけどな。」
(今日で最後...?一体どういうことだ...)
ヤスは男の発言の意味を考え、ある推測を立てた。
それは、もう後が無いという結論に至る。
Bonoboにとって沽券に関わるような事態が起きたのだろう。
つまり、喩え身代金の担保である人質であっても最早生かしておく意味が無いと決断してもおかしくはない。
(行動を起こそうが起こさまいが、結局今日殺される運命だったって訳か...丁度良かった。)
四人の男達は分担して牢を開き始めた。
やがて、向き合って位置するヤスとクロウリーの牢も解錠された。
今動けるのは、手錠を自力で外したクロウリーのみだ。
だが、この瞬間を逃す訳にはいかない。
ヤスは暴走する鼓動と体の震えを何とか抑え、クロウリーに合図を送った。
そして男の人柱目掛けて思い切り頭突きをお見舞いした。
男はよろめき壁に凭れかかったが、急所は外れたようですぐに体勢を取り直し、ヤスを蹴り飛ばした。
牢獄に怒号が鳴り響いた。
と同時に、その声は無謀な試合のゴングの役割を果たすこととなった。
捕らえられていた人質達が一斉に決起した。
牢獄の中、四人の男達を相手に乱闘が勃発する。
クロウリーは大きく振りかぶり、手首についた手錠の硬い部分を男の後頭部に振り下ろした。
馬乗りになってヤスに連撃を加えようとしていた男はその衝撃で俯せに倒れ込む。
ヤスは倒れてきた男の腹部を蹴りあげ、壁に叩きつけた。
何とかこの牢獄の脱出はクリア出来そうだ。
ヤスは立ち上がり、ピースしているクロウリーに話しかけた。
「そこの壁に武器が隠されている。恐らく銃だ。」
ヤスは牢獄の壁を指差した。
そう、元々Bonoboにいたヤスは知っている。
「本当か?」
クロウリーは壁に手を当て恐る恐る押してみると、一部分が回転し、その中には銃が安置されていた。
「Bonoboのアジトには臨時用の武器が所々に配置されているんだ。
こういうのは、下っ端の奴ほどよく知っている。」
ヤスは銃で手錠を破壊してもらうと、得意気に笑った。
そして、クロウリーは他の人質達に押さえられた三人の男を撃ち殺すと、浮かない顔をしている人質達を解放した。
「これで大丈夫かな。俺達はここから脱出するんだ。人を撃つことを躊躇っている暇はない。」
人質は全部で14人。
身代金を掛けられた人なので皆育ちが良さそうな若者であった。
そして、この時初めてヤスは自分が最も年上であることを知る。
「よし...行こうか。」
内心は怯えていたが、自分がこの人質達を導いてやらねばならないという意志はあった。
ヤスは、もう情けない自分とはお別れしなければならないと悟った。
「この先、厳しい戦いが待っているだろう。
でも諦めちゃダメだ、自由を取り戻すため、進む足を絶対に止めるな。」
ヤスは人質達に向けそう言うと、牢獄の扉を開いた。
ここはBonoboのアジトの内部。
見つかれば勝ち目は無いに等しいだろう。
だが怖じ気づいていてはダメだ。
「声震えてるぜ。」
クロウリーはヤスの頼りない背中を叩いた。
どう考えてもリーダー気質ではないこの男だが、立ち上がらなければならない時は既に到来していたのだった。
今回は短めです。




