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大海の鯱、井の中を知らず  作者: 異端(ヰタン)
Bonobo(ボノボ)掃討作戦
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六話 第一次征伐

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時刻は午前9時を少し過ぎた辺り。


数十程の尖兵が王城のエントランスで待機している。

そう、本日、第一次Bonobo征伐が決行されるのだ。


出陣するのは尖兵第18部隊から第25部隊で急遽編成されたチーム。

一部隊辺り約20人はいるのだが、この場で待機しているのは総数の4割程度だった。


それも致し方無い。

こんな任務、最早死にに行くような物だ。


序列最低位の尖兵部隊を引き連れてBonoboのアジトに攻め入った所で何が出来ようか。



尖兵達は18部隊を先頭に隊列を組み出陣の時を待ちわびていた。


ブライは、隊列の最前列で周りと同じく静かに佇んでいた。

誰もが固く口を閉ざし、真剣な表情で仁王立ちをしている。


長い沈黙───聞こえるのは尖兵の静かなる鼓動と、深い呼吸の音だけ、そういった肌を刺すような空気間の中、18部隊のリーダーであるシンザンが前に出た。



「皆、よく来てくれた。まずは感謝をする。」


シンザンは10秒程腰を曲げ、礼をした。

まるで死に往く人々を見送るかのように。


「俺は、今回の征伐のリーダーを仕ることとなった、シンザンだ。

短い間だが、宜しく頼む。」



ブライは、横後ろをチラチラと見ながら驚いていた。

昨日のあの人達がまるで違う雰囲気を帯びていたからだ。


ロズマも、カレンも、それに和気藹々と談笑しあった人達も皆、戦士の顔付きとなっていた。



昨日の夜、ブライ妹のサラに出兵のことを伝えた。

サラは「そう、」と一言だけ言って後は何も言わなかった。


先の王権戦争の時や、他の抗争の時もサラは兵として戦場に赴く兄を引き留めることはしなかった。

それが彼女なりの気遣いなのかもしれない。


だからブライもサラに何も言わずここへ来た。

今日は平日だが何故かベッドで爆睡しているサラの、安らかな寝顔を横目にブライは出兵に向かったのだった。



「"第一次"征伐で俺達が任された任務、それは人質の救出のみだ。

つまり王朝は今回の作戦でのBonoboの壊滅は望んでいないということだ。」


成程、敵を刺激しすぎない程度の戦力をもってまずは人質の解放を優先させたのか。


「Bonobo本体への攻撃は"第二次"以降、新しい編成で行うとのことだ。」


周りの尖兵達が少しざわついた。

それもそうだ、皆自分の手でBonoboという絶対悪を討ち滅ぼすと己を鼓舞して此処へやって来ているのだ。


だが誰が考えても、Bonoboへの直接攻撃は幹部格に任せた方が早く、自分達では力不足であることは自明であったのも事実だ。



シンザンは尖兵達の嘆く声に深く頷き、そして声を張り上げた。


「不満はよく分かる。だが、一つここは我慢してくれ。

幹部にしか出来ない仕事があるように、非力な俺達にしか成し得ない仕事もあるのだ。」


そして、シンザンは他部隊の隊長達に指示を出し、段ボール箱を持ってこさせた。


その中から出てきたのは、服だった。


「王朝は俺達に期待をしてくれているらしい。厄介払いなんかではなかった。」


シンザンは上着を脱ぎ、代わりにその服を羽織った。

筋骨隆々とした体つきにその黒くしなやかな繊維が収斂(しゅうれん)されていく。

まるで、体と一体化するように。


全体的に黒い色調、フード付きで白い紋様が描かれている。

そして胸の部分には王朝のシンボルである"カップシャッフル"が描かれていた。


ブライはそのスタイリッシュな外見のみならず、その戦闘服の性能に目を見張った。

見ただけで分かるその技術の凄まじさたるや。


王朝が本気でBonoboへの征伐に力を注いでいることは容易に窺うことが出来る。


やがて、その服は各隊長達によって隊列を組む尖兵達全員に配布された。

手に持つと、まるで鴻毛(こうもう)のように軽いながら繊維の触感は固く強靭であった。



「それは特別な戦闘服だ。だが、それを着る前にもう一度考えてほしい。

引くなら今の内だ。それを着る、即ち地獄への道行きの準備は完了したということになる。」


シンザンは敢えて語気を強めた。

だが、ブライ含め全員が躊躇することなくその服を羽織った。


「そうか。それがお前達の選択なのだな。

良いか、人質の解放も大事ではあるが自分の身を最優先に考えろ。無理強いはしない、危ないと感じたらすぐに戦線を離脱して良い。


だが、各々それなりの覚悟は持っていった方がいい。

自分が忽然と居なくなった世界を受け入れることが出来る、それが本当の覚悟だ。」



(自分の居なくなった世界...か。)


今頃寝坊して慌てふためいているだろう妹の姿を思い浮かべた。


(まあ、あいつは強い奴だから、俺が居なくてもやっていけそうだな。)



「皆、良い顔付きになったな。ありがとう。」


シンザンは敬礼をした。

尖兵達も一斉に敬礼をし、エントランスにザッという音が一つ鳴った。



遂に出陣の時を迎えたのだ。


外は雪が降っていた。

城下町は白銀に染まり、幻想的な空気を纏っていた。


不意に後ろから肩を叩かれた。

振り返ると、胸の部分がぶかぶかの戦闘服を着たカレンが立っていた。


「ねえ、これどう思う...?」


女性用の服も同じように黒い色調だったが、乳房を包括するためか胸元に少し膨らみを持たせた構造になっているようだ。

見るとカレンの胸の部分はしわしわになっている。


つまり、彼女の大きさはそれに満ていないということを示唆していた。


「ぶはっ!あっ、えーっと、よくお似合いだと...」


思わず吹き出してしまった。

だが、似合っているのは事実だ。


フードの下から覗く円らな瞳、そして桃色の頬、白い吐息。

そして体の流線形のライン。

それは正に最高峰といえるだろう美しさだった。


「うーっ...」


カレンは胸の余分な繊維を摘まみながら顔を更に赤くした。



「なんか、これから戦いになるって感じ、しませんね。」


ブライは降り注ぐ牡丹雪に染まってゆく街並みをなんとなく眺めた。

カレンは「うん」と一言だけ応えた。


「こんな日常がずっと続けばどんなに良いか...」


ブライは戦闘服一式に入っていた手袋を嵌め、掌に雪を載せた。

保温性能、そして撥水も抜群なようで、載った雪は一瞬で溶け、水は弾かれ落ちていった。


「ブライ、死んだらダメだからね。」


カレンは、たった一言ぽつりと呟くと、去っていった。

その一言は彼女にとってはごく当たり前の、単純な一言だったのかもしれないが、ブライは一瞬その意味が理解出来ず、呆然と立ち尽くしていた。



時刻は10:00


第一次Bonobo征伐が開始した。

シンザン率いる第18部隊を先頭に、三列縦隊に並んだ尖兵達が、街を疾駆する。


路地裏に入った瞬間からBonoboによる攻撃が始まる可能性を考え、一斉に疾走しながら亟速にアジトへ入るという作戦だ。


路地裏の細い道をまるで黒い蛇がうねるかの如く、漆黒の奔流が駆け巡る。


たった一匹の猿から、奪われた物を取り返す為。







✝️






Bonoboアジト



時刻は9:00



ヤスと少年の脱出計画は、昨夜念入りに練られた。


そして今、刻一刻とその決行の時が迫っていた。


彼らの計画はこうだ。


毎日10:00に行われる点呼で、一瞬だけ牢を出ることが出来る。

脱出のタイミングは、その時しかないのだ。



昨夜、少年は手錠を容易く外した。


曰く、「Bonoboも余裕がなくなってきていて、そういった影響はこういう末端まで及んでいる。」と。


確かに少年の手錠は錆だらけであった。


少年はこうも言った。

「今までこの手錠を嵌められ、殺された奴の血がこれを錆びさせたんだ。感謝する。」と。


そして、ヤスと少年は、周りの牢屋に入れられている人質達に協力を扇いだ。

方法は少年の持つ小説にメッセージを書き、ヤスの部屋に入れた時のように格子の下に滑り込ませる。


メッセージには、まず恐怖を煽ることによってBonoboとの内通、つまり裏切りを阻止し、その後一縷の希望として脱走計画への協力をお願いするような内容を添えた。


すると、小説のページが一枚ずつ千切られて帰ってきた。

二人はこれを、計画に賛同するとの応答と捉えることにしたのだ。



そして今、その点呼の時間が迫っている。

脱出の時機はすぐそこまで来ている。



「そう言えば名前を聞いていなかったな。」


ヤスは緊張を解す為に少年に話しかけた。


「......クロウリー。フェルナンド・クロウリーだ。」


少年、クロウリーはニヤッと笑った。

外は雪景色、格子窓から少し軌道を逸らした牡丹雪が部屋の中へ入ってきて、消えた。



「宜しくな、クロウリー。」


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