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大海の鯱、井の中を知らず  作者: 異端(ヰタン)
Bonobo(ボノボ)掃討作戦
66/85

四話 灯火

1/19 昼



出勤二日目を迎えたブライは教会に居た。

周りでは数十人の軍服を着た人々が長机に置かれた豪華な料理を食べている。


「あの、シンザンさん...これは一体...」


ブライは状況を理解出来ない様子で、斜め前で豪快に肉を食うシンザンに話しかけた。


何せ、初日は18部隊のメンバーとの交流のみで具体的な仕事内容は全く知らされていない状態だ。

そして出勤二日目、昨日と同じ場所に行ったらこの教会に来いとの置き手紙があり、来てみたら沢山の尖兵が一斉に飯を食っている状態に出会した訳だ。



「ああ、見ての通り皆でお前の歓迎会を行うことになったんだよ。」


シンザンはブライの前に置いてある空の取り皿に、厳つい鳥股肉を載せた。

普通に美味しそうで、思わず目がいってしまったが、この状況は色々突っ込み所が多い気がする。


「こんなに豪華な料理、一体どこから金を捻出したんですか...」


ブライはこのシンザン率いる18部隊は落ちこぼれと聞かされた。

たかだか新入り一人にここまでの金を出せる程余裕があるとは正直思えない。


「なぁに、この前の雇用試験でのことで国からボーナスっつうか、まあ色々余裕が出来たんだよ。それにその敬語、お前もまだ俺達に慣れてねえみたいだしな、ここはデカい歓迎会を開こうと思い立った訳よ。」


確かに、昨日会った18部隊の人は十人程度だったが今この教会に居るのは軽くその倍以上。


(18部隊の尖兵全員との交流の場を設けてくれたということか。)


「それに、『波乱の第一回雇用試験での唯一の合格者、フォウルの後釜を背負う優秀な人材がウチにやって来た!』って大々的にアピールしちまってよ。皆も相当盛り上がってるんだ。」


ブライは非常に複雑な心境になった。

照れ臭いというか何というか、だが昨日あんな自信満々なことを言ってしまった手前、否定する訳にもいかない。


「マジすか...」


「あ、因みに宣伝したのはあそこにいる女だ。」


シンザンの目線の先では、女性兵士に囲まれたカレンが旨そうにロールキャベツを食っている。


「ああ...成程...」


ここ最近、ブライはカレンを妙な人だと思い始めていた。

初めて会ったのは雇用試験申し込みの時で、その時はおっとりしていて穏やかな印象を受けたのだが、関係が近づくにつれて少しずつその印象は崩されているような気がしていた。



「おい、食わねえなら俺が食うぞ。」


突然、真正面から声をかけられた。

驚いて前を向くと、そこにはロズマが居た。


(全然気付かなかった...)


意外と注意していないと分からないものだ。

喩え真正面に目立つ金髪が座っていても。



「それはカレン達女性陣の手作りだ。

滅多に食えないカレンの手料理だぞ。」


見ると、ロズマの取り皿にはこれでもかという程食材が盛り付けられていた。



(な、それは本当なのか!?それなら尚更譲るわけにはいかないな。)


ブライは慌ててフォークを鶏肉に突き立て、ロズマによる強奪を阻止した。


「フン、その威勢、お前もやはり根は軍人なんだな。」


ロズマは自分で納得すると、手を引っ込めた。


取り敢えず、ブライはこの与えられた平和な時間を目一杯楽しむことにした。

今後、何時この平和が失われるかは分からない。

だが、目の前の旨そうな料理を腹一杯食って、嫌なことは取り敢えず忘れよう、そう思った。


途中、夢中で飯を食うブライの元に18部隊の尖兵達が談笑しにやって来た。

話してみると皆好い人達で、すぐに打ち解けることができた。






✝️



 



「ふぅ、食った食った。」


ブライは少し盛り上がった腹筋を撫でた。

胃は膨らんでいるのに対して腹筋が固い為、見た目は余り腹が膨れているようには見えない。


他の尖兵達はとっくに食い終わって教会の外で休憩している。

気がつけば周りには殆ど人は居なかった。

ブライは最後まで飯を食い続けていたのだ。


背凭れに体重を預け、高い教会の天井を見上げる。

輝きを失ったステンドグラスは、この教会が使われていないことを表していた。

壁に描かれている磔柱に架けられた女性の顔がいやに悲しげに見えた。


ブライがこうして仲間として組織に迎え入れられたのは今回が初めてでは無かった。

前王朝に仕えていた時も同じように、打ち解けた仲間達が居た。


共に笑い、共に戦い、様々な経験を共に過ごす。

それは確かにブライの心を満たしてくれた。


だが、その裏でそれらを失った時を想像してしまうのだ。

自分の心にどれだけの大きさの穴が開いてしまうのか。


恐れを無くすにはその対象を細部まで認識することが良いと言われている。

それ故に、脳は無意識にシミュレーションをしてしまうのだ。



結局、そのシミュレーションは実際となった。


ブライはどうしても無視することは出来ないのだ。

仲間達と仲良くなればなる程、心の中で大きくなってゆく不安を。



不意に、弱々しい声で自分の名が呼ばれた。


顔を上げて見ると一人の尖兵が横に突っ立っていた。

見るからにひ弱そうな雰囲気を漂わせるこの男は、心配そうな目で此方を見ていた。


「あっ、あの、俺、ホーソンって言います!18歳です!よっ、宜しくお願いします!」


目の前の男、ホーソンはそう言ってブライの手を取って握手をすると、返答を待つことなく走り去っていった。


強引に握られた掌に残ったのはささやかな温もりであった。



(今度は失わない。)


ブライは一人、決意を固めた。

この先も不安は付きまとうだろう。

だが、それでも仲間を作ってしまうのが人間の性なのだ。



ブライは立ち上がり、教会の外へ出た。

今日は少し曇っていて肌寒い。


18部隊の尖兵達が楽しそうに遊んでいた。

ブライが流石にその中に割って入ることは出来ず階段に腰を下ろしていると、横にシンザンが座った。


「よう、もう飯は食い終えたか?」


シンザンはそう言うと少し険しい表情を浮かべた。


「実はな、お前に伝えておかなければならんことがある。」


ブライは黙って続きを待った。

さっきのホーソンは尖兵達とチャンバラをしている。


「王朝からの下命で、明日明後日にはBonoboへ遠征に行かなければならんらしい。」


シンザンは目を細め、遊んでいる尖兵達を見つめた。


「彼処で遊んでいるあいつらには伝えてあるんだがな、ああ見えてもう覚悟は決まっている。今日の歓迎会はそういう意味も込めてるんだ。」


「そうだったんですか...」


「要するに、厄介払いってことだ。出陣するのは18部隊以下の落ちこぼれ尖兵での編成だ。

......すまねえな、俺がお前をこんな所に引き入れたばかりに、クソみたいな任務にも巻き込んじまった。」


シンザンは作り笑いをして見せた。


「いえ、俺はここに来て良かったと思ってます。

こんなにも良い仲間にも恵まれて。」


ブライがニッと笑うとシンザンは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、ブライの肩に力強く手を置き、立ち去っていった。


そして代わりにといった風にやって来たのはロズマだった。

手には長さ1mもあろうかという長い剣を持っていた。


「少し良いか?」


「お、おう。」


ロズマはブライの横に座った。

そして軽く咳払いをし、


「剣、交換しねえか?」


と単刀直入に言ってきた。

右手には長尺の剣が抱えられている。


「その使いにくそうな剣と...か?」


ブライは苦笑いした。

だがロズマは食い下がってくる。


「銘は夕喰...フォウルの形見なんだ。

だが俺はこれを使いこなすことが出来なかった。

そしたらお前のあの抜刀術と相性が良いかも知れないと思ってな...」


確かにブライの抜刀は、刀を引き抜く迄の長さが長いほど威力は増すのかも知れない。

何故なら、鞘の中でスライドさせる時に力を刀に込めているからだ。


「うーん...まあ、確かに試してみる価値はあるか...」


ブライは取り敢えず保留としたが、一応刀は交換することにした。

明日明後日で出陣することになる手前、この夕喰を用いて実戦に臨むことになりそうだ。


そして、雇用試験の時に少年から貰った剣はロズマの手に渡ったのだった。


ロズマは試し切りを何回か行い、満足そうに頷くと階段を降りていった。



(もしや、絶好のカモだと思われてないか...?)


その後、カレンが大量残飯を持ってきてそれを無理やり食わされる羽目になった。


ブライは自分の扱いが雑になってきていることに少し違和感を覚えたが、なんだかんだ仲間が出来たということに喜びを感じているのだった。






✝️






ふと目が覚めた。

後頭部がゴリゴリする。


どうやら冷たく硬い地面に直で寝転がっていたようだ。

肌寒く、見上げた天井はセメントで固められていた。


徐々に意識が戻ってくる。


男の名は、ヤス。

土木会社多田の社員だ。


(そうか、俺はBonoboに捕まったんだっけ...)


ヤスは上半身を起こし、頭をポリポリ掻いた。

見ると、鉄の格子は固く閉ざされていた。



「やっと起きたか...」


前の部屋から少年の声がした。

自分と同じくBonoboに捕まっているようだ。


「なあ、兄ちゃんは何で捕まったんだ?

昨日そこに入れられてからずっと眠りっ放しだったけど。」


少年は格子の側に寄り顔を見せた。

年は15くらいに見えた。


「俺は...ダメな奴だ...

俺の会社の悪口を書いたチラシを町中に貼っていた奴に注意したらこのザマだ...」


ヤスは土木会社多田のネガティブキャンペーンを行っていたチンピラにボコられて牢屋にぶちこまれたのだった。


「はぁ、それで、君はなんでこんなところに来たんだ?」


ヤスは弱々しい声で問いを返した。


「ヘッ、俺は...女王を撃てなかったから...かな。」


少年は臆面なく喋った。


「でも、運が良いな兄ちゃん、俺達が生かされているってことは身代金が立てられているってことだろ?」


確かに、Bonoboは拉致した人間に利用価値がないと知れば直ぐ様処分するだろう。

そんなことは嘗てここに身を置いていたヤスが一番知っていた。


「オヤッさん...」


半泣きになって呻くヤスに少年は話を続ける。


「俺と一緒に入れられた二人は即効で殺されたよ。

女の方は脱腸するまで使われた挙げ句、そのまま。

男の方は既に廃人だったから首を落とされる直前も声一つ出さなかったけどな。」


徐々に少年の口調は途切れ途切れになっていった。


「いっそ俺も一緒に殺して欲しかったよ...

だが俺は生かされた。クソ...ろくに育てもしなかった癖に身代金だけは積みやがって。」


ひっそりとした地獄に、少年の嘆く声とヤスの啾く声だけが響いた。




そう、これから始まるのは一人の少年と、一人の頼りない男が、消えかけた灯火を希望に変える物語。

そして、Bonoboと王朝の最後の戦いの物語なのだ。



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