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大海の鯱、井の中を知らず  作者: 異端(ヰタン)
Bonobo(ボノボ)掃討作戦
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三話 Anarchy

私情につき長い間執筆が滞っておりましたことお詫び申しあげます。

私情というのも、隣国へ少しばかり出向いておりまして...


「つまり、Bonoboが先手を打って来たという訳ですか。」



あらゆる光を逃がさぬ深い黒髪にメガネを掛けた男が目を細めた。

時は夕暮れに差し掛かり、紫がかった雲が空に漂流している。


王城の一階部、来賓を迎える部屋に幹部のサルガタナス、同じく幹部のアドラメネクとモロク、そして眷属企業の多田の社長の姿があった。



三日間の休暇を終えたサルタはその埋め合わせにより多忙を極めていたのだが、先程王朝にとってかなり深刻な問題が転がり込んできてしまったのだった。


それは、Bonoboによる拉致がついに王朝関係者にまで及んだということだ。



「奴等は俺の会社が国営化していることを絶対に知っていた筈だ。」


先程は凄い剣幕であったタダも落ち着きを取り戻していた。

椅子に腰掛け、俯いている。


「要するに喧嘩を売って来たんだよ、俺達に。」


タダはがっくりと肩を落とした。

部下のヤスがBonoboによる拉致の被害に遭い、それから音信が不通だからだ。


「安心しろ、オヤっさん、(オレ)がすぐに助け出してやるから。」


そう言って立ち上がろうとしたアドラをモロクが抱き止める。


「離せ...!

おいサルガタナス...まさか助けないなんて言わねえだろうな...?」


アドラは土木会社多田の人達と仲が良かった。

特にヤスとは昵懇の間柄であった為、単独でも取り返しに行こうと意気込んでいるのだ。


「必ず助ける...だが...

お前が出る幕ではない。アドラ。」


サルタは冷たく言い放った。

彼はこの前からアドラとの関係に亀裂が走り始めていることに苦心していた。


だがそれでも王朝の為にはサルタは冷徹に振る舞うしかない。




「ヤスが居ないことに気付いたのは今日の朝だった。」


タダが唐突に話し始めた。


「いつものように社員の点呼をとっていたら、出勤日の筈のヤスの姿が無いことに気付いた。」


「......何故Bonoboによる拉致だと判断したのですか。」


サルタは姿を(くら)ましただけならばBonoboの仕業とは断定出来ないと感じた。


「ヤスは、元々Bonoboに居たからな。」


タダがぽつりと呟く。


「マジかよ...!!」


アドラが驚嘆の声を上げた。

驚くのも無理はないだろう。平生のヤスからはそんな雰囲気は微塵も感じられない。

それに、アドラは心の声が口から漏れ出るという癖がある。


「会社が成功して数週間。

俺もヤスももうそんなことは忘れかけていた。だが、Bonoboはヤスを忘れてはいなかった。奴等は入る者を拒まない。だが出ようとする者は徹底的に潰す。」


タダはBonoboに居たヤスを強引に連れ出し、逃亡した時を思い浮かべた。

ヤスの手を引き必死に路地裏を駆けたあの日。



「成程...ということは被害者は既に殺されている可能性もあります。」


サルタは目を閉じた。


「いや、その可能性は低い...と信じたい。」


尚も俯いたままタダは続ける。


「俺が金を持っているのを奴等は知っている。つまり身代金の余地があるということだ。

実は...路地裏の者達が言うには、王朝の圧力で奴等の財源となっている大麻市場は打撃を受けているらしい。確かに最近は強盗未遂が頻発している気もする。だから奴等は今、金をなによりも欲している筈だ。」



「まだ時間があるんだったら、尚更助けに行かなきゃなんねえだろ!」


アドラはモロクを振り切って走り出そうとする。


「駄目だ。」


サルタが静かに言い放った。

だがそこには鋭い気迫が籠っていた。


「"第一次Bonobo征伐"は尖兵のみで行う。」


「何だと...?」


「我々幹部、特に先の王権戦争では私の言うことも聞かず戦場に出たようなお前には、任せられないものだ。」


「アドラメネク、今回はこの人に従ってくれ。すまないな。」


サルタに続きタダも牽制をかけた。

アドラは言葉も発せぬまま呆然としている。


「ヤスもやる時はやる男だ。

生きていれば必ず内からアクションを起こす。その時まで...Bonoboを強く刺激するのはやめてくれ...」


「そういうことだ、アドラ。お前が考えているようなやり方でBonoboを叩けば、中にいる拉致被害者達は全員殺されるだろう。」


アドラは暫く立ち尽くしていたが、自然と萎縮していった。



「とはいえ何も手を打たない訳にもいきません。

取り敢えず尖兵を送りますが、後はヤスさんが内から殻を破るのを祈るしかありません...」


先の王権戦争において、サルタは戦争の主権は常に王朝が握っていると兵士達に言った。

だが今、この戦いの主導権は確実にBonoboが掌握している。


人質の安全確保とBonoboの掃討。

この天秤が揺らぐことはなく、ただサルタは苦悩させられるのみだった。



「己に...アレスみたいな圧倒的な力があればっ...!」


春愁、暮れの王城にアドラの悲痛な心の声が響きわたった。





✝️





Bonobo。

その母体は第三戦紀末、突如として現れた。

そして五百余年の昔、第三王朝を陥れた。


国家の存在意義を否定する思想が民間で流行し始めた頃からだっただろうか。

その組織が、後の第四王朝初代王となるカントール一世を主体として勢力を伸ばした頃からだっただろうか。


それとも、彼らによる兇変が一国を滅ぼした時からだっただろうか。



ヒトは、ボノボとなった。



じきにカントール一世は新興国家を打ち立てた。

組織をアナーキズムもろとも捨て去り。


そして第四王朝による追放令によりアナーキスト団体は駆逐され、徐々にその影を薄めていった。


だが、後にBonoboとなる組織は路地裏で密かに眠り続けていた。

国家に対する反駁の気情は嘐嘐(こうこう)と熟していった。



そして第四戦紀末、それは自らを"アナーキー"と称す男によって目を覚ます。

国の弾圧により姿を消していたアナーキスト達は急速にその旗の下へ集まり、その思想を拡大させていった。



そして今。

Bonoboの旗は地下にあった。

王朝の膝元である城下町の直下に。


蟻の巣の如く複雑に入り組んだ地下アジトには電気が通っていた。

それはBonoboのシンパサイザーに科学者達の存在があることに起因している。


最早、その勢力はアナーキストだけに留まらない、国家の強大な敵として路地裏に君臨していた。


Bonoboは入る者を拒まない。

ただアナーキズムの思想を持ち、Bonoboと名乗り、体に猿の刺青を入れるだけでいい。

そして次々と増えてゆく"猿"は国家に対しあらゆる攻撃を行うのだ。



そんなBonoboを纏めあげたカリスマはアジトの奥で静かに鎮座していた。



「アナーキー、あの道化が失敗したらしいぜ。」


右目を縦断する傷を持つ男が、奥の椅子に座り込む老人に話し掛ける。


「そうか、テロは失敗したか。」


豪勢な赤い羽織に身を包んだ華奢な老人は低い声で唸った。


「だが、王朝への手土産としては十分じゃ。

儂らはただの迷惑な猿なんだからの。」


アナーキーは天井を見上げ高く笑った。

国を忌み嫌う猿、それは言い換えればただのテロ組織。

だが彼らからすればそれは立派な国家転覆の為の正当な攻撃に過ぎないのだ。


「しかし大尉、王朝も中々やりおるわい。

あの道化はBonoboの中でも結構な手練れだったというものを。」


「フン、俺はあの道化が居なくなって良かったと思ってるよ。

正直、異様な雰囲気だったからな。」


道化は名を誰にも告げなかった。

それどころか、己の人となりを語ることも無かった。


ある日謎の老人に連れられBonoboにやって来てから、何とも宥和することなくただ道化芝居を行った挙げ句にはテロに失敗し勝手に死んだだけだ。


「道化を連れてきよった老人もまた道化に他ならん。

奴は道化のことを失敗作と言っていたがその真意は儂も分からん。」


「結局何者だ?あのジジイは。」


大尉は足を組み、吐き捨てるように言った。


「奴も中々の芝居上手よのう。一体何を考えとるのやら。

だが、一つ言えることは、お前の知っている道化はその老人に似てああなったということじゃ。それに、儂が子供の頃から奴はずっと"老人"だったな。」


「...まァ、俺らの邪魔をしねえんだったらどうでもいい。国家の転覆だけがBonoboの目的なんだからな。」


その時、後ろから一人の男が入って来た。

高身長でスラッとした体をコートで包んだその男は、アナーキーの前で片膝を地面につけた。


「おお、上人。王朝の動きはあったかね。」


「恐らく近日、ここに攻めてきます。」


「ほっほっほっ、それは中々熱いのお。

儂らを突っつきに来たかね。」


上人の報告を聞き、膨大な量の殺気を放出し始めた大尉を余所にアナーキーは笑った。

そしてその眼光を上人へ向けた。


「ヒトは本来自由に生きることを許された生物。

大地を駆け、草木(そうもく)と遊び、花鳥を弄び、風に嘯く。」


上人の後ろに続いたBonoboの工作員達が一斉にアナーキーの前で跪く。



「自由を束縛する国家など、(ボノボ)には要らんわなァ...?」


アナーキーの発した凄まじい圧力は眼前の猿達を本能的に屈服させた。

まるで頭を撫でられるかのような重圧は猿の群れを再び強力に統率し、王朝による征伐への体制は整えられたのだった。



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