二話 始まり
~1/18 7:30~
本日はブライの初出勤日だ。
昨日、家のポストに合格通知と共に入っていた手紙。
そこには、第18部隊配属と書かれていた。
「相変わらずでかいな...」
ブライは眼前に聳える王城を見上げた。
太陽は城に隠れてしまい、その巨大な影がブライに覆い被さる。
城の周りにはこれまた広大な公園が広がっている。
中央辺りに優美な噴水を設えたこの城の前の公園は、俗に噴水公園と呼ばれている。
戴冠式を始めとした様々な行事がここで行われる。
そして、テロが発生したのもここだった。
雇傭試験のセットは跡形も無く片付けられていた。
テントも、爆破された塔の残骸もそこには無かった。
噴水公園は謂わば公共の広場のような物で、誰でも立ち入り可能だ。
テロの余韻も落ち着いてきているのか、ちらほらジョギングをする人が確認できた。
ブライは手に持った手紙を見る。
「待ち合わせ時間は7:30...
『噴水公園で待て』って言われてもなあ。」
この広大な土地の中、一点に集合するのは非常に難しいだろう。
だが、手紙には漠然と『公園に集合』とのみ記されていた。
「まあいいか。」
ブライは適当なベンチを見つけ、そこに腰掛けた。
「ふぅ。」
手紙に書かれているのは限りなく簡単な連絡のみで、その他の詳細は全く記されていなかった。
一応、尖兵として必要な武器の類のものは持ってきていた。
あの日少年から受け取った剣。
こびりついた血はとうに洗い流され、刀身は輝きを取り戻していた。
「本当の戦いはこれから...か。」
テロの終息を喜んでいる暇などない。
全ては動き始めている。
ブライが空を見上げると、晴天の空の下、大きな鷹が小鳥を捕まえていた。
野生の鷹はこの辺りでは珍しい。
「本当に...」
ブライは様々な物を思い浮かべた。
謎の少年、Bonobo、底知れない王朝の幹部達、質屋の店主、亡命した前王。
そしてグッと剣を握りしめた。
「頑張らないとな。俺達が。」
すると、遠方から自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
振り返ると、此方に向かって手を降っている人が一人。
「おーーーい、ブライーーー!こっちーーー!」
「カレンさん...?」
遠目だった為はっきりとは見えなかったが、恐らくカレンだろう。
ブライは立ち上がり、駆け出した。
新しい人生のスタートに向けて。
✝️
「へえ、18部隊ってカレンさんと同じ所だったんですか。」
ブライは心の中でガッツポーズを決めた。
言うなれば、好きな女の子と同じクラスになれた時のあの感覚だ。
二人は広い公園を西に進み、居住区に到達していた。
「初めて来た...こんなところに尖兵達の家があったんだ...」
大学でいう寮のような物だろうか、結構しっかりとしたアパートのような建物が立ち並んでいる。
「そう、家が遠い人とかはここで暮らしているのよ。
しかも設備も整ってて、ジムとかもあるわ。」
そう言ってカレンが視線を向けた先にはフェンスで囲まれた広場があり、ジャージを来た男女が楽しそうにテニスをしていた。
広場にはトレーニング用の器材も隙間無く配置されており、鍛練を積むにはお誂え向きな印象だ。
「楽しそう...」
ブライは一瞬カレンとテニスをして遊ぶ妄想をした。
だが、それを鬼のような形相をしたサラが食いちぎった。
(いかんいかん、寮生活はダメだ。)
ブライは首を振った。
「でも、良かったわね。偶然私達と同じ部隊になるなんて。」
「はい。とても嬉しいです。」
ブライが応えると、カレンはそう、といって歩き出した。
「さて、一通り紹介は出来たかしら。
じゃあ、私達18部隊の拠点に向かいましょう。」
建物が連立する居住区の中を進み、とある小ぢんまりとした一軒家に辿り着いた。
「ここよ、入って。」
カレンが扉を開け、中へ入る。
床はフローリングで、外見とは裏腹に中は結構広々としていた。
花の良い香りがする。
ブライが部屋に入ると、第18部隊の面々が一斉に目を向けた。
いや、部屋の中に居たのは五、六人程度だ。
確かに時間は早いし、他の人達はまだ寮に居るのかも知れない。
「お待たせ、シンザン、この人が新入りのブライよ。」
カレンはまず奥の山のような体格をした男にブライを紹介した。
椅子に腰掛けているシンザンはただ静かに此方を睨み付けている。
「あの、今日からここに配属させて頂きます、ブ、ブライと申します。」
ブライは深々とお辞儀をする。
頭を下げながらチラッとシンザンを見るも、彼は全くの無反応。
「えと、このあと何か...」
ブライが慌てて口を開こうとすると、シンザンが歩み寄ってきた。
目の前に立つと、その威圧は一層凄まじく感じられた。
ブライは冷や汗を流す。
「...君が、例の13番か。」
シンザンは一回り小さいブライを見下げた。
ブライは負けじと睨み返す。
周りにいた人達は固唾を呑んでその様子を見守っていた。
「うむ、良い眼力だ。宜しく、ブライ。」
10秒程睨み合ったのち、シンザンが口を開いた。
漸く認められたようだ。
「あっ、宜しくお願いします。」
ブライは差し伸べられた片手に対し両手で握手しようとした。
が、シンザンに手を払われ、片手での握手になってしまった。
ブライが驚いた表情でシンザンを見上げると、シンザンは笑い、
「構わん。もう俺達は仲間だ。」
と言い、周りの者に「そうだろ?」と問いかけた。
「でだ、聞いてくれブライ、俺は苦労したんだよ。」
シンザンが耳打ちをする。
「そこのカレンという我儘女がな、お前を何としてもここに配属させたいって言ってきやがってな。」
ブライはまじまじとカレンを見る。
カレンは不審そうな顔で此方に近づいてきた。
「無理だって言っても全然聞かないもんだからよ、俺は仕方なくサルガタナスさんに...」
言いかけた瞬間、カレンが顔を赤くしてシンザンを蹴り飛ばした。
あの巨体を軽々と吹っ飛ばしたのだ。
「ブライ...何も聞かなかったことにしてよ。」
「は、はい...」
「いてて...おいおい、敬語は使わんでくれよ。」
シンザンは何事もなかったかのように起き上がった。
「すまないな、そんな訳でエリートコース驀らだったお前を、こんな落ちこぼれ部隊に配属することになっちまった。」
シンザンは少し申し訳なさそうな顔をした。
「落ちこぼれ部隊...?」
カレンを見ると、彼女は腕を組み黙っている。
すると、後ろから「そうだ」という声がした。
声の主はロズマ。
「尖兵の部隊は全部で25。上から順に強い奴が配属されていくんだ。
つまり、ここは下から数えた方が早い訳だ。
ロズマは話し続けた。
誰もそれを止めることはなかった。
仲間入りをしたからには組織の暗部も知る必要があるらしい。
「まあ、正確に言えば...
出来の悪い尖兵達を、出来の良い精鋭兵二人で釣り合わせていた、といった所だ。
だから大方テロが予想されていた雇傭試験の役目も押し付けられていた訳だ。」
精鋭兵は恐らくシンザンを指しているのだろう。
ではもう一人は誰なのだろうか。
ロズマは持っていた長尺の剣を見せた。
「ところが、その二人の内一人がこの間...死んだ。」
(この前のテロか...)
ブライはこの部隊の現状を理解した。
「厳しいようだが、君にはその埋め合わせをしてもらわねばならん。」
シンザンが話し掛けた。
落ちこぼれ部隊────第18部隊を取り巻く厳しい現実がブライの肩に重くのし掛かった。
腕を拱いて見ていたカレンだったが我慢ならなくなり、場の雰囲気を断とうと
「ねえ、暗い話は止めましょ、折角...」
と言いかけたのをブライが遮る。
「ああ...やってやる。」
ブライは漸く開眼した。
久しぶりに感じるこの雰囲気。
それは、元兵士だったブライの血が本能的に欲していたものだった。
つまり、この重圧は彼にとって好物。
「この先どれ程苦しい戦いが待っていようと...俺はやる!その人の分まで...いや、それ以上を!」
一瞬、静寂が場を支配した。
素面に戻ったブライは調子に乗った発言を軽く後悔する。
「...ふっ、フッハッハッハッハ!!」
シンザンの豪快な笑い声が詰まった空気を吹き飛ばす。
「まるで昔の俺を見ているみたいだ!
上等だ!本当にお前が奴の代わりとして大丈夫な男か、見ておいてやろう!」
シンザンはブライの肩を叩いた。
衝撃で僧帽筋がはち切れそうになる。
「奴は手強いぜ?背格好はお前より少し小さいくらいだったがな。頑張れよ、ブライ。」
そう言うとシンザンは椅子に戻った。
「ふふっ、18部隊の未来は明るいわ。あなたの前向きな姿勢を見習わなくちゃね。」
カレンは笑った。
ブライは思ったより上手いこと事が進んだので驚いていた。
これで今日から晴れて尖兵としての活動が始まる。
どんな困難があろうとも仲間と共に超えてゆける。
ブライは未来に希望を見た。
「俺はお前が嫌いだった...」
目の前に居たロズマが口を開く。
「いや、というよりカレンに近づく奴は全員嫌いだ。
だが、その中ではお前は幾分かマシな方だ。それに、カレン本人の意志も...」
「...」
ブライはロズマが何を言いたいのかがよく分からなかった。
「取り敢えず...礼は言わねえとな。」
ロズマは大きく深呼吸をした。
「姉を助けてくれたこと、感謝する。」
ロズマはぎこちなく礼をし、持ち場に戻って行った。
状況が掴めぬままブライはただ呆然と部屋の中突っ立っていた。
✝️
~監獄グラナダ~
一切の光を失った監獄。
そう民からは形容されている凶悪犯罪者が収監される場所。
城下町から少し離れた山奥に物寂しく聳えているこの監獄にて、異変が起こった。
まるで、王朝とBonoboの動きに呼応するかの如く。
「ぐっ...お前は確か...女王の暗殺を企てた...!」
独房から一人の男が抜け出し、収容されていた犯罪者達を次々に撲殺。
「ひっ、目が、こいつ、目がイッてやがる...!」
そしてその兇刃は監守までに及び、難攻不落と言われた監獄グラナダは一夜にして陥落した。
「神の宣託が示された」と譫言のように呟くその男の首には、カウザ教のシンボル、"手"のブレスレットが提げられていたという。
「神は言っている...再び女王の首を狙えと...!」
地を震わすような雄叫びの中、密かに監獄グラナダは沈んだ。




