二十三話 民族団結の証
第5戦紀創成年 1/3 明朝
~ドラグ運河~
第5次王権奪取戦争において革命軍に敗北したヴィクトル・カントール(King Cantor Ⅳ)。
その行軍は隣国との自然国境であるドラグ運河を渡っていた。
ドラグ運河は横幅約250mもある大河であり、大陸を切り取るように横断している。
約200kmもある川には左右を繋ぐ大橋が15本架けられている。
しかし、現在は一般人が観光目的で通過できるような場所ではなくなってしまった。
原因は壬との国交悪化。
今は軍事力の差が開いている為に戦争には至っていないが、いつか確実に爆発するとヴァクティニアでも言われ続けている国だ。
ドラグ運河を跨ぐ15本の橋の中でも最大のものが、現在ヴィクトル率いる軍隊が歩いているテーベ大橋。
橋の中間地点には大きな建物が設けられている。
密入国を阻止する為、壬が運営している関所だ。
一行が関所に差し掛かると、一人の老人が橋の中央に立ち塞がった。
着ている軍服は数多くの勲章で彩られていた。
先導を停止させ、先頭に出たヴィクトルは後方を制した。
そして、馬車を降り単独で老人のもとへ歩いてゆく。
その後ろを慌てて大臣達が追いかけた。
やはり、亡命を唆したあの老人だった。
「御無沙汰しておりました、カントール様。」
老人は律儀に頭を下げる。
「亡命の手筈は整っておりますので、早速参りましょう。」
そう言って老人は関所に戻ると、もう一人男を連れてきた。
そう、ヴィクトルが事前に派遣していた諜報員である。
「D、よくやってくれた。
さあ、行くぞ。」
ヴィクトルに肩を叩かれたDは軽く会釈をした。
そして三人は馬車に乗り込み、ついに壬へ侵入したのだった。
✝️
「カントール様、私から一つ、頼みがあるのですが、よろしいですかな?」
馬車の中、老人が口を開いた。
「頼み...とは。」
カントールは窓から、徐々に光を灯し始めた景色を茫然と眺めていた。
「一つ、貴方様に演説をして頂きたいのです。」
「具体的には?」
ヴィクトルは正面に座っている老人の目をじっと見据えた。
窪んだ老人の目は一切の光を反射してはいなかったが、此方を見ているということは何となく分かった。
「民族統合の象徴として...」
前述の通り、壬は多民族を束ねる帝国国家だ。
その為、一度王の力が鈍ると忽ち民族間の内乱が発生するようになるのだ。
そして現在、最早壬の王家の権威などとうに失墜し、諸勢力が乱立している状態なのだ。
「成程...私の目的であるヴァクティニア王朝の打倒と相性が良い訳か。」
現ヴァクティニア王朝を共通の敵と見なすことにより壬全体の統合を図るということは出来そうだ。
「我々、壬の国を形成する主要民族であるスクロヴ人。
そして内乱を起こしている勢力の殆ど、それもスクロヴ人なのです。
つまり...」
老人は痰を払うように咳払いをし、話を続けた。
「本来須く団結するべき同民族が瓦解し、互いにいがみ合っているということです。」
確かに、歴史的に見ても同民族間で争うというのは稀有だ。
だが、ヴィクトルには心当たりがあった。
「ルサンチマンの現れ...だろうか。」
「ご名答で御座います。」
壬を構成するスクロヴ人のsklavoはヴァクティヌ語で<奴隷>という意味だ。
ヴァクティニア王庇護下にあった時代、彼らはヴァクティヌ人の奴隷だったという過去があった。
「人間とは愚かなものです。自分の体に発現した"烙印"が堪らなく憎らしくなるのでしょう。同じ民族に対してでさえ、己を大きく見せたがる。」
老人は少し視線を落とした。
スクロヴ人の特徴として、成長に伴い、体の何処かに黒子のように烙印の痕が発現することが挙げられる。
これは奴隷時代に幾世代にも渡り捺され続けた烙印の色素が遺伝子に沈着した為だと謂われている。
即ち彼らにとってこの特質は、謂わば呪い。
軍一行は、壬の北東部の内陸部に進行した。
徐々に壬の中心都市の全貌が明らかとなってくる。
そこは、周りに比べ大きく陥没したクレーターのような場所にあった。
馬車の窓から街を見渡すことができるほどに、その土地は大きく沈みこんでいた。
「初めて壬の都を見たが、何故このような場所に大きな陥没があるのだ?隕石か?」
「いえいえ、これは太古からある物でして、我々もよくは知らないんです。」
老人は窓の外を見ながら答えた。
「しかし、一つ奇妙なことがあるとすれば、ほんの僅かですが...」
「地面から放射能が検出されるということですかね。」
放射能。
勿論、そんな物を発生させるようなテクノロジーはヴァクティニアも壬も有していないし、放射能について研究もされていない。
ただ、彼らはそこに居るだけで人体に悪影響を及ぼす"何か"を放射能と名付け、そう呼称しているだけだ。
「確かに不可解だな。まあ微量ならば人体への影響もたかが知れているのだろうが、何故そんな所に城下町を建設したのだ?」
「壬の国を支える大きな産業が、金鉱であるということは知っておられますか。」
老人は再びヴィクトルの方を見つめた。
「ああ、ヴァクティニアが唯一壬から輸入をしていた物だな。」
「あの陥没から、大量に採れるのですよ。
そして、周辺に住み着いた鉱夫が財を成し、城下町を形成していったのです。」
「そういうことか。
そうだ、先程穴についてよくは知らないと言っていたが、何か分かっていることもあるのか?」
「はい、判明していることもありますが、今は止めておきましょう。
誰に覗かれているかも分かりませんしね。」
老人は肩を落とした。
ヴィクトルは周りを見渡したが、横で爆睡するDと馭者のみで誰の気配もしなかった。
気付けば、城のすぐ近くまで到達していた。
✝️
「演説についてもう一つ聞きたいことがある。」
馬車を降り、後をついてきていた軍を整列させる。
先導する老人にヴィクトルは話しかけた。
「私の演説で民族統合を促すということだが、抑どうやって彼らを一点に集めるつもりだ。」
考えてみれば、睨み合う諸勢力を一点に集めるのはほぼ不可能に近い。
しかし、集めないとヴィクトルの演説は届かない。
「ええ。それについては問題ありませんよ。」
老人は街と外界を断絶している壁の扉を開け、一行を中へ招き入れた。
「カントール様には、あの場所で演説をして頂きたいのです。」
指し示す先には街の広場があった。
そして、大量の人間がひしめき合っていた。
「どうやって集めた...」
ヴィクトルが広場に近づくと、磔にされた人間達が無造作に曝されていた。
「何だ...あれは...」
異様な光景だ。
素っ裸で高みに括り付けられた死体を、大量の人間が見上げ沸きたっている。
「王家には壬の変革の象徴となってもらったのです。」
老人はにこやかに笑った。
そして、広場に設置された壇上にヴィクトルを誘導した。
「貴方という新しい王の引き立たせ役としては十分でしょう。」
そう言うと、老人は後ろに下がった。
ヴィクトルは前を見た。
野生の人間達が一斉に此方を見つめている。
取り敢えず、この囂しさを鎮める必要がある。
「ふぅ、」
一つ息を吐くと、壇上でヴィクトルは剣を抜き、立っていた地面に剣先を搗ち合わせた。
すると、喧騒を切り裂く金属音と共に会場を軽い衝撃波が通過した。
街の冷気を突き抜ける振動にして一気に人間達は静まり返った。
威圧。
それは力量を理解させるには最も手っ取り早い方法だろう。
衆が静まるまで待ち続けるというのも一つの手なのかも知れないが。
「スクロヴの民諸君。」
ヴィクトルは口を開いた。
拡声器等は勿論無かったが、十分に声は通った。
日が登り、ヴィクトルから後光が差す。
「私こそが、今宵よりこの国に入城した新王ヴィクトル・カントールだ。
まずは、私から一つ断っておかなければならないことがある。」
ヴィクトルは、装飾された上着を脱ぎ、右腕の袖を捲った。
そこには、スクロヴ人の烙印があった。
会場が一瞬どよめく。
「私含め、長きに渡りヴァクティニアを統べてきたカントール家は、スクロヴの血統である。」
「これは私の母方から受け継いだスクロヴの血だ。
そしてそれは、第四次王権戦争の時代に遡る。
あの日、壬が加担した戦争に於いて何があったのか。
諸君よ、耳を澄ませよく吟味するのだ。」
ヴィクトルは威厳と緩急を含み話し始めた。
文献にも記されていない、謎とされていた第四次王権戦争の真実を。
「当時の王朝は絶頂期。そしてそんな王朝に対して戈を振り上げたのが革命軍。そして、そこに加担した壬、スクロヴ人だった。
しかし数週間に及ぶ大戦争の果て、革命軍は大敗した。
革命軍の面々は襲名を済ませていた幹部含め全員が公開処刑された。
そしてスクロヴ人は男性を処刑、一時的にヴァクティニアに移住していた女子供は奴隷として城に入れられた。」
目の前の人間達の顔が憎しみと怒りに歪む。
「そこでスクロヴ人の女が身籠ったのが、私の母方の祖先だった。
そして綿々と受け継がれたスクロヴの血は私がこの国の王となった瞬間に、血の烙印となって発現したのだ。
───この意味が分かるか?」
ヴィクトルは体を前のめりにして聴衆の顔を見回す。
「勝れたのだ。
スクロヴの血が、ヴァクティヌの血に。
スクロヴの烙印が曰く...スクロヴがヴァクティニアの王となり...
世界を統治せよと。」
聴衆が再びどよめき始めた。
「私がこの国の王となろう。
そして、我々スクロヴ人が恥ずべき時代は終わりを迎え...革命の証として矜るべき時代がやって来る。
100万、1000万、1億...喩え一切の衆生が我々を嗤笑しようとも────
我々は我々自身を、称賛し続けなければならない...!」
聴衆が一斉に立ち上がった。
奴隷という烙印を持つ民族が、団結を覚悟した瞬間だった。
「さぁ、革命の時は来た。
忌まわしき歴史に終止符を打つ時が来た。
そして、国を喪ったヴァクティヌ人にこう言ってやればいい。
───<我が矜り完遂されき>と。」
割れんばかりの大音声が場を震わす。
拍手喝采の中、ヴィクトル・カントールは壬の統合に成功した。
✝️
~第5戦紀創成年1/14~
街のあちこちにゴム製の車輪を首にかけられ、共に燃やされた死体が転がっていた。
また、木々には吊るされた死体も散見された。
これは、団結したスクロヴ人達が国に侵入していた異民族を滅ぼした証であった。
この時、ヴィクトルは結束を確信した。
生々しい景色を見渡しながら、ヴィクトルは城の王室の中、呟いた。
「天上から堕されたならば、地を這い回ってでもよじ登れば良いのだ...
再び、天上の玉座に鎮座するその時は必ずやってくる。」
「ふふっ、今の殺気まみれの感じがやっぱり御父様らしいわ。昔を思い出すでしょ?」
フェイ嬢の髪の色が燃えるような赤に変わった。
「あの時のような野心は、今や無くなってしまったが...年を経た分、より堅実に、より確実に...奴らの首元へ刃を向けよう。」
王が振り返るとそこには佇む三つの影。
強大な力を持った三人と老人、
そして────元五角天最終序列。
この五人を以て、"五角地"が成立していた。
この瞬間、ヴァクティニアの王権奪還の手筈は完全に整ったのだ。




