十八話 帰還
~第5戦紀創成年1/16~
城下町主道沿いのとある居酒屋にて。
この居酒屋は主道に大きく開けたオープン席を設けている。
数ヶ月前にオープンして以降、何故かそこは常に酔っぱらいのオッサンで賑わっている。
それは立地的な問題なのか、それともこの美人店員がいるということに起因しているのか。
「美人店員って...あら、アレスったらお上手ねぇ。」
少し豊満な体つきをした店員姿の女性がテーブル横に立っている。
「エリオよ、<冗談>を言っている暇が果たしてあるので<しょうか>な?」
アレスは机の上にありとあらゆる食材を巧みに並べ、真っ昼間から酒を飲んでいた。
「なっ、なによ...まだ28だから、まだ時間はあるわよ。」
「お姉ちゃんさぁ、本当に結婚する気ある...?」
アレスの正面に座っていたモロクが、骨付き肉を齧りながら物申した。
成る程美人姉妹という訳だ。
骨付き肉の脂が口周りに付いていても様になる。
「も、勿論あるわよ。ねー?アレス?」
エリオはにこやかな顔でアレスに相槌を促した。
「本当に冗談が好きなんだな。<悪いが>俺は熟女好きではないんだよ。<或いは>...若すぎるのもダメだ。」
「熟女って...だからまだ28!全く、最近の男の感性はどうなってるのかしら!
てか、あんたも25でしょうが!人の事言えないわよ!」
少し声を張りすぎたようで、視線が一点に集まる。
エリオは顔を赤くしてペコペコお辞儀をした。
そして気を取り直してと言わんばかりの咳払いをかまし、
「でも、格好良いなぁって人は一応...いるかな。」
と呟いた。
仕事中にも関わらずこうして世間話に夢中になれるのも、この店の太っ腹な所なのかも知れない。
「どうせ一回店に来た程度の客でしょ。脈無しよ脈無し。」
モロクはジョッキ三本目を注文する。
この前のテロの時に手伝ったお礼として、全額アレスが負担することになっている。
「で、どんな?」
「えっとね、濡烏って言うの?真っ黒い髪の毛でメガネを掛けたイケメンで...」
ガタッとアレスが机に突っ伏した。
同時にモロクがジョッキの中で口を爆発させた。
「なによその反応は...」
「エリオよ、それはうちの参謀の<サルガタナス>だ。それは<猿が笑う>レベルだぞ。」
「プッ!フフフ!サルタに恋って、脈無し中の脈無しじゃないの!キャハハハハ!」
モロクは酒が入っているので少しテンションが高い。
「あの人が噂のサルガタナスさんか...確かにそれは望みが高すぎたわ。」
その時、店の扉を開けて絵に描いたようなオッサン達が入って来た。
「ついに来たわ...」
エリオは何やらただならぬ雰囲気を醸した。
「ん、どうしたの?」
「シーヴァル一味...ここの常連よ。」
エリオは先程とは打ってかわって真剣な表情を浮かべている。
「彼ら、普通のオッサンじゃない。何か悪いことでも...?」
「奴ら...大量の肉を注文するのよ...」
シーヴァル一味、それは店の中では災害と形容されている。
突然やって来て、超大量の肉を一気に注文し、去っていく。
勿論、注文したものは平らげ、お代も払って行くので迷惑という訳ではないが、彼らがやって来た時は厨房が追い付かなくなるのだ。
従ってエリオまで肉を焼く羽目になる。
「しかも最近は大食い対決とかいうのにハマってるらしくて...」
一応、店は繁盛しているし、在庫切れは起こらないのだが、暑苦しくて仕方がない。
「うわ...何か今日は人数が多い気がする...」
そういってエリオは厨房へ駆け込み、中から巨大鉄板を持ち出してきた。
「アレス、何だか面白そうじゃない。」
モロクは席を立ち、大食い会場へ行ってしまった。
「......うーむ、<早いこ>と切り上げて空が<赤色>になるまでには帰れると思っていたが...長くなりそうだ。」
アレスは店員を呼んで机に乱雑に置かれた皿を片付けさせ、空いたスペースに肘を置いて外を眺めた。
街道の往還の中に、見覚えのある人物が歩いていた。
「ん...?あいつ、ついに<象牙>の塔から<峠>越えしてきやがったか...」
そして、この人物の出現から、物語は大きな転機を迎えることになる。
7人の革命軍幹部
サルガタナス、アンジェラ、アドラメネク、モロク、アレス、ヘスティオ。
そして、"最後の一人"。
<"">の登場により、世界は動き出す。
✝️
───久しぶりの感覚だ。
""は部屋に籠り続けていた。
彼らが王権を奪取すべく東奔西走していた間も。
相次ぐテロへの対応に追われていた間も、
""は一歩も部屋から動くことはなかったんだったな。
この踏みしめる道も、すれ違う人々も、吸い込んだ新鮮な外界の空気も。
全てが懐かしい。
街は""が見ていた時よりも随分と繁栄しているようだ。
街路には店が立ち並び、人波は王城へ近づくにつれ多くなっていく。
──旨そうな林檎があるじゃないか。一つ買っていこうかな。
──確か、神様が嫌いな実だったっけ。
いや、この際そんなことはどうでもいいか。
布製の小銭入れを漁る。
たったの15カジャしか無かったが、林檎を買うには何とか足りた。
掌に載せた小銭と林檎を交換する。
ずしりと密度のある重みが二頭筋に伝わってくる。
林檎の冴えた冷温が掌を刺激した。
──さて、王城へ向かうとするか。
ガリッと林檎を齧る。
まるでもぎたてのような新鮮な食感。
滝のように甘い汁が口内へ流れ込んできた。
まるでその奔流に体を奪われてしまうような錯覚に陥った。
──美味い。これで""にも知性が芽生えたのかな。
いやいや、こっちはアンゼル教だ。そんな話、そもそも存在しないじゃないか。
気がつけば人混みを抜け、王城に到着していた。
林檎の芯を道路脇の水路へ捨てた。
──では、お邪魔します。
公園を横切って閉まっている城門の前へ足を運ぶ。
すると、見張りの兵士に止められた。
「何か身分を証明するものを見せて下さい。」
──身分証明...?そんなものは無いよ。
「ではここを通す訳にはいきません。」
──""だ、""。革命軍幹部の。
「申し訳ございません、名前に聞き覚えがない以上、やはりここを通す訳には...」
何事かともう一人見張りの兵士がやってきた。
「すみませんね、この前のテロの影響で取り締まりを厳しくしているのですよ。ですので、何か証明がない限りはお通し出来かねます。」
──そうか。なら良いんだ。
踵を返し、城を後にしようとした瞬間、横から声がした。
「あれ!?""?""だよね!?」
聞き覚えのある少年の声だ。
──アドラメネク...随分と大きくなったな。
アドラメネク、""が革命軍に居た頃は襲名も済んでおらず、まだ幼かった。
昔はよくサルガタナス達と一緒に遊んであげたものだ。
「アドラメネクさん、失礼ですが...その方は...?」
「この人は革命軍幹部の""。俺が証明するから、中に入れてやってくれ。」
それを聞いた兵士はそそくさと脇へ流れ、暫くして城門がゆっくりと開いた。
──城の中へ入るのはいつぶりだろうか。
「え?革命軍になる前に入ったことあるの?」
──ん?まあな。
「やっぱ、""はすげえんだな。」
露骨に嬉しそうな顔をする。
何だか此方までほのぼのした気分になってくる。
──サルガタナスは元気にしているのか?
サルガタナスとは仲間でもあり、良いライバルであった。
""は学者として革命軍に参加していた。
その訳あって、頭脳の面でサルガタナスとはしのぎを削っていた部分があった。
「サルガタナス...アイツは何か面接があるって言ってどっか行ったよ。
というか、もうアイツとは喋ってない。」
──何かあったのかい?
「アイツは最低だ。思い出したくもない。」
──そうか。
城のエントランスに入ると、役員達が物珍しそうに此方に注目した。
──""はそんなに珍しいか。
まあいい、サルガタナスが来るまでここで寛いでおこうかな。
エントランス脇のソファに腰かけた。
自然と口角が上がってしまう。
これからの人類の末路を考えると笑いが止まらない。
""が演出した舞台も、装置も全ての準備は整っていた。




