十四話 そして去る
晩秋は夕暮れ。
傾いた夕日は城の頂きに掲げられた革命軍旗の稜線に赤々しい光を浴びせかける。
地上では体躯を赤く染め戦慄いた死烏が天上の寝床へ還る。
蠢く黒い雁の群れ勢い未だ劣らず遠く淡い希望を抱いた若者を打擲する。
響き渡る孥声と金属音が嚠喨と耳心地良い旋律を奏でる。
✝️
「聞こえる...」
長尺の剣と拳の攻防は熾烈を極めていた。
だがはっきり言えることは一つ。
長尺の剣の持ち主、フォウルの形勢は非常に良くなかった。
「道化、お前は聞こえるか...?」
拳と剣先が交わる度に身体中にむず痒い痛みのような物を感じていた。
それは、自分の剣術の隙間を縫った攻撃を受け続けていることを示唆している。
「...何も。」
聞こえるのは、呼吸音、そして剣と拳のメリケンサックが搗ち合う音。
「そうか...」
フォウルは距離を取った。
やはり己の体を見ると至るところから血が吹き出していた。
「お前には聞こえないだろうな...」
フォウルの命は明滅していた。
そのカウントダウンはまず痛覚を奪う。
「...聞こえるのは─────
大方、貴方の命の悲鳴のみ...」
道化は更におどける。
場が真剣になればなるほど、道化はふざけないとならない。
それが役目であるからだ。
「ああ、心地よい...命を賭ける者の鼓動は。」
それはフォウルだけではない。
成立直後の王朝を襲う妖蘖に立ち向かう者全ての鼓動。
嘗て王朝という旗の下に集まった者達が奏でる最期の旋律。
「命を賭ける...素晴らしい。実に素晴らしい。
現に貴方は先程よりも強くなっているようだ。」
道化は踞った。
体が小刻みに震え始める。
曲げた膝が振動している。
道化は大笑いしていた。
本当に面白い物を見てしまったと。
客に笑われる為に存在するピエロにとってあるまじき行為だった。
「あーあーあーあーあーあーあー」
突然立ち上がり、頭を抱える。
「あーあーあーあーあーあああァァァァ!!!」
道化は発狂した。
「最高に...タマシイが...熟れて...」
広がった仮面の眼窩でギョロリと何かが蠢く。
「早く食いてェなァ...」
道化はただひたすら待っていた。
相手が自分の哲学を披露し、その命の価値を見せつける時を。
この先無差別に奪い取る魂の値が上がるその時を。
だって、同じ命なら上質な方が興奮するからだ。
「さァ...!貴方は考えに考え抜き、一つの真理に辿り着いたのだろう!
しかしその命も今に消えて無くなるんだ!!」
「ああ、かかってこい。お前のその仮面を剥がしてやるからな。」
生涯最期のラウンドが始まった。
それは時間にして数分に過ぎなかった。
道化が飛びかかってくる瞬間に合わせて夕喰を真横に回し斬る。
夕喰は長い分その硬度の割に柔軟に撓る。
それを生かし、与えた力を何倍にも増幅させ剣先に集中させる。
その斬撃は塔屋上の側面の壁を軽く砕く程だ。
そして、命を燃やして得たエネルギーにより極限まで研がれた神経系は、道化の俊敏な動きを的確に捉える。
まるでストロボカメラで撮った写真のように現れては消えを繰り返す道化に対し、休む間もなく夕喰を振り続けた。
突如、剣を持つ手の肩がずしりと重くなった。
体を中心とした円弧を描く形で振り回していた夕喰はその瞬間、体後方。
後ろ目でそれを見ると、刀身に道化が立ち、まるでフィナーレを告げるかの如き辞儀をしていた。
遠心力───は実際には存在しない力ではあるが───遠心力と見なされる慣性力により道化の体重の割には負担が少なくはあった。
フォウルはそのまま体勢を急激に前に傾け、後ろに位置していた剣を道化ごと前方へ振り下ろした。
地面に剣先がバチッと当たる。
肩は軽くなった。
その時、視界が歪み始める。
足が痙攣し始める。
フォウルは悟った。
太陽が地平線に入る頃には自分はもう居ないと。
決めるのはこの瞬間しかない。
「時間だ。」
夕喰の長尺たる所以。
それは、道化への最期の一撃によって完結する。
対峙した二点は、旅人算の如くいつかすれ違う。
初速度が与えられた限り、空気抵抗を受けながら尚進んでゆく。
瞬間、フォウルは夕喰を高く振り上げた。
刀身が真っ赤に煌めく。
そして渾身の力で地面に叩きつけ、跳んだ。
塔の上の、遥か高みへと跳んだ。
道化は下で急ブレーキをかけ、意表を衝かれた様子で此方を見上げている。
「何かを守る為に立ち上がった人間を......
命を賭して立ち向かう俺等王朝の兵士を────」
フォウルは上空で高速回転する。
撓りを帯びた剣を地面に叩きつけることにより斜め上方向へ加わったベクトル量は、フォウルを上空へ巻き上げるのみに留まらず、更にそれを回転させた。
回転した夕喰の切っ先は沈む太陽の光を受け一つの輪を描く。
「無礼るんじゃねぇ...!」
────辞世の技は緩やかに発動した。
太陽が沈み光を失った世界を照らす新しい光。
(夕喰よ...我が生涯に夜の帳を下ろし、王国の夜を───)
喰え。
「───<月輪>」
フォウルは急回転しながら道化目掛けて落下する。
道化は目の前の光景に、完全に呆気にとられていた。
気付いたころにはもうその輪の先は仮面へ触れていた。
ザンッと一つ単音が鳴り響き、二人は互いに背を向けたまま動かなくなった。
すると、パカッという音が静寂を断った。
仮面が真っ二つに割れた音だった。
そして現れたのは、醜悪な猿。
顔面一杯に覆い被さった猿の刺青。
そしてフォウルは、鮮血を吹き出した。
見れば腹部に風穴が開き、腸が垂れ下がる。
白い横隔膜が臍下辺りから外界に顔を出し、膨張収縮を繰り返していたが、じきに動かなくなった。
道化の拳は血にまみれていた。
暫くして。
道化は剥き出しとなった顔を手で覆いながら笑った。
最高級の価値のある魂を奪った実感。
その興奮は絶頂を迎えていた。
✝️
どんな遊びにも必ず終わりはやってくる。
それはゆっくりと。
塔の外階段を踏みしめ、上ってくる。
そしてその影は絶頂する道化の後ろ姿を静かに見据えた。




