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大海の鯱、井の中を知らず  作者: 異端(ヰタン)
雇傭試験
49/85

十一話 覚悟完了

戦場と化した噴水公園を快闊に駆る。

周りを見渡すとその戦況はほぼ互角に見えた。


侵入したBonoboの工作員は、干戈(かんか)(もた)げた王朝役員の数に比べ数こそ多くはないものの、一人一人の伎倆は正に特筆すべきものがあったのだ。


ブライが盤面を走り抜けるのに際して見掛けた転がる死体の比は五分五分。

役員服を着た死体の損傷を見るに相手は拳銃と刀剣の両方を以て攻撃を行っているということが推測される。


また、彼らの美学なのか敵味方の区別の為なのか、テロリスト達は必ず猿の刺青を露出した状態で戦闘をしているようだ。


ブライは走り続けた。

途中、役員達に混ざり勇敢に立ち向かう受験者の姿が確認出来たが、彼もじきに崩れ落ちた。


正直、国民の感覚は麻痺していた。

相次ぐ抗争、そして先の王権奪取戦争、更に引き続くテロ。

先程の受験者やブライ自身も含め、誰もが死に対する実感に疎かった。


皮肉にも、だからこそ立ち向かうことが出来たし、

だからこそ────王朝は存続することが出来た。


ロズマの居場所は大方予測がついていた。

何故なら、敵が密集する場所にロズマがいる、つまり大群を相手取ることが出来る個体がそこにいるということが窺えるからだ。


王城を囲む壁に設けられた城門付近に差し掛かると、黒い大群が蠢いているのが見えた。


そしてその黒い大群の中には大穴が二つ開いているようだった。

恐らくは、ロズマともう一人の何者かによる大穴。


ブライの中にあるカレンを助けなければならないという信念に最早二の足を踏む余地はなかった。


(行くぞ...!)


武器も何もない状態でブライが黒い海に身を投じようとしたその時、

一つの人影がその海から吹っ飛んできた。


その影はドッという鈍い音と共に壁に衝突した。

石を積んで作られたその壁の一部が衝撃により崩落する。


人影の正体はロズマだった。


「ハァ...しんど...」


ロズマはガラガラと瓦礫が溢れる中、覚束ない足でよろよろと立ち上がる。


「お、おい...」


ブライが再度大群の方に目をやると、奴らが一斉に拳銃を構え、止めを差さんとしている様子が見えた。


たった一瞬。ブライが自分の使命と目の前の男の命とを秤に掛けたその刹那、ロズマの覇気の無い虚ろな目と視線がぶつかった。


「...隠れないと...!」


ロズマの手を引き銃弾の当たらない場所に身を隠した。

すると、壁の後方から鳴り響く轟音が一層激しさを増し始めた。


「シンザン...俺が戦線を離脱したからだ...ハァハァ...」


再び立ち上がろうとするロズマを静止する。


「シンザンの負担を増やす訳にはいかない...誰だか知らんが手を放して...」


此方を見たロズマの顔が強張った。


「13番...お前...」


「俺は...カレンさんを助ける為にここに来たんです!」


「...カレンが...?」


立ち上がったロズマの腰元を見ると、彼の用いる剣とは別にもう一本の剣が携えられていた。

没収された剣だ。


「ルズマさん...その剣を返して下さい。お願いします!」


ロズマの目を一点に見つめる。

彼の表情は強張ったまま動かない。


「だが...テロリストの疑惑のある人間に...」


「もうそんなことを言っている暇はないんだよ!!!」  


ブライは立ち上がりロズマと目線を合わせる。


「今、ヴィレさんが必死に彼女を守ってくれている。でももう時間が無い!」


立ち向かって行くヴィレの目は己の死を既に見通しているような目であった。

先の戦争で嫌という程見てきた嫌悪すべき覚悟の目だ。


「カレンさんを助けなければならない!

ルズマ...貴方の大切な人なんだろ!」


ブライは声を荒げた。

喩え助けるという行動が自分を取り巻く状況を変えることのないものであったとしても。

喩え、自分の一握の恋が実るものでは無かったとしても。


「俺は、助けたいんだよ...」


ブライは雇傭試験申し込みの際に掲げた恋の戦いを棄権した。

今、目の前にいる男の表情が余りにもぐちゃぐちゃだったからだ。


「...解った。」


ロズマはゆっくりと腰から鞘ごと剣を引っ張り出すと、それをブライに手渡した。


「"姉"を、頼む...」


「絶対に助け出してやるからな......ん?姉...?」


ブライはずしりと手に持った剣の重みを噛み締めながら、自分の前に立ちはだかっていた強大な(しがらみ)が忽然と姿を消したことを実感した。二つの意味で。


「あと、俺は"ロ"ズマだ、"ル"ズマじゃねえ...」


「あっ、ごめん...それと敬語忘れてました...」


激昂した辺りからタメ口になっていたことを詫びる。


「タメ口でもなんでもいい、早く行け。」


「...わかった!それと、直に軍隊が来る筈だ、貴方は城に戻って安静にしておいた方がいい。」


そう言うとブライは駆け出していった。


「フー、休憩は済んだ...シンザン、今行くからな。」


(まだ合格してもねえ奴が頑張ってるんだ...俺も歯ァ食いしばらねぇとな。)






✝️




~塔屋上~


夕喰(ゆうばみ)、再びお前と共に戦えることを嬉しく思う。」


身長の3分の2程もある長剣を目線水平に構え、道化と向き合う。


目の前のピエロ仮面はポケットをゴソゴソと弄くり、拳にメリケンサックを装着した。

そして仮面の眼が此方をじっと見つめる。


暫くの時が経った。

フォウルは絶対に先制攻撃をしない。

敵の攻撃を見てから自分の行動のパターンを想起した方が脳に優しいからだ。


その場合、相手の初撃によって盤面は基定(マーク)される訳だが、そんなことはフォウルにとってはどうでも良い、ただ面倒な思考はしたくないだけの話だ。


戦闘スタイルはその人間の性質をよく反映する。


すると、道化はパァンという破裂音を口で鳴らし、眉間を銃で撃ち抜かれたという体のパントマイムを行った。

直立した状態から前向きに倒れていく様子をフォウルは凝視した。


道化の足と地面の成す角が20度程になった瞬間、突然道化が動き出した。

それも、急角度からのロケットスタートのようなものでフォウルからすれば瞬間移動に限りなく近い速度で近づかれたも同然。


突如として眼前に現れた影は瞬く間にフォウルに覆い被さった。

そして長剣を右腕に構えたままうっ立つフォウルの顔面寸前に拳が飛ぶ。


しかしその拳がヒットすることはなかった。

その間、正に人間の閾値に近い刹那であったがフォウルのキュクロプスの目は確実に道化を捉えていたのだ。


目線に飛んできた拳を屈んで躱したフォウルは圧縮した腰のバネを利用しそのまま夕喰を真一文字に振り切った。

鮮やかに色付いた道化の面を長尺の剣は通過する。


────感触は空。


(同等か...俺以上か...)


気付けば道化は再び元の距離に戻っていた。


そしてまたフォウルは道化の動きをじっと待つ。

まるでクラウンの遊戯を固唾を呑んで見守る観客のように。


道化は額に人差し指を当て、何かを考える素振りをしている。

そして暫くすると肩を竦めた。

何も思い付かなかったとでも言いたいのだろうか。


今度はゆっくりとフォウルのもとに歩き寄る。

ポケットに手を突っ込んだまま歩調穏やかに目の前まで来る。


フォウルは目の前にある道化の面を観察した。

不気味な雰囲気を漂わす仮面の目出し部分の暗く翳った部分に突然、ギョロリとした白目が蠢いた。


驚いてフォウルが少し怯み、一歩後ずさった瞬間、道化はポケットから手を抜き、そのままフォウルの膓目掛けて抜き手を行った。


「ッッ...!」


フォウルは肝臓のある方の手刀を何とか剣の柄で受け止めたが、もう片方の手刀はフォウルの脇腹に突き刺さった。


側筋を硬直させたもののやはり鋭い痛みが腹を突き抜ける。


しかしこんなことで戦意を失う訳にはいかない。


フォウルは反撃の一手として手刀の攻撃を受けたまま腰を勢い良く左回転させ、夕喰による胴切断を図った。


勿論、道化は即座に反応しバック転で距離を取るが、フォウルは回転の勢いそのままに夕喰の鞘を道化目掛けてぶん投げた。


鞘は意外にも凶器になりうる。

その重量、硬度は投擲に用いれば敵の顎を砕く程度のことなら容易。


しかし、これも片手で受け止められ不発に終わったどころか武器まで与えてしまうという始末だった。


「...へへへ、こりゃあ骨が折れるわ。」


フォウルは笑って見せたが、額にはじわりと脂汗が滲んでいた。

対峙した道化とのこの瞬間が、確実に今般のボス戦だと確信する。


「傭兵にしては...貴方も中々の腕のようですね。」


関心したように見せて恐らく仮面の裏では嘲笑っているのだろう。


「悪いが、俺は"精鋭軍"の者だ。傭兵より一つだけ上のな。」


「精鋭兵ですか...ククククク、それにしてはァ...ちと弱ェんじゃねェかァ!?ブヒャヒャヒャヒャ!」


道化は大笑いする。

地面に横たわり体を(よじ)らせている。


有り体に言えばチャンスなのだろうが、この程度のことで自分の戦闘方式を崩すことはしない。


日は傾き、空はレイリー散乱により茜色に色づく。


「...時間だ。夕喰、俺は命を燃やすぜ...」


「ヒャヒャヒャ!ヒー、ヒー、"命を燃やす"だァ!?臭え、クセェクセェクセェクセェ!ギャハハハハ!」


すると、突然笑い声がピタリと止み、道化は立ち上がった。


「さて、貴方の魂にも脂がのってきたようですね。」


「"脂が乗ってきた"か、ありがとさん、実は俺は肌荒れに困ってるんだ。」


フォウルは目の前の怨敵を睨んだままニッと白い歯を見せる。

そしてその命のカウントダウンは始まったのだ。


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