十話 解放
~役員テント前~
交わる剣と拳。
鮮明な視界。
シュッ、シュッという鋭い呼吸音が断続的に響き場を包み込む。
カレンの特長は柔軟な速筋とスタミナだ。
そしてまるで連続的に実数全体を取り得る点Pのような画一化された動き。
形勢を取り戻したカレンは対峙する男を中心とした円上を駆け巡り、攻撃のタイミングを窺っている。
時折、円から一本の黒い影が中心を通り、耳をつんざくような金属音が鳴り響くが、男もカレンも全く戦闘の体勢を崩さず。
ただ時間は流れる。
(この流れるような滑らかな挙動...そして...)
再び男の眼前に影が躍り出てくる。
咄嗟にその影の動きを凝視し、腕で的確に攻撃を受けた。
(犀利な一閃...)
男はふぅ、と一息付くと、先程の微笑みを取り戻した。
「そろそろ終わらせよう。手の内はもう見終えましたからね。」
そう言うと男は背広から大剣を抜き取った。
まるで無から武器を生成したかのように見える程、隠蔽は巧妙であった。
「一体どこにそんな物を...」
カレンは動きを止め、男の周りを描いた円は途切れる。
「フフフ...武器はこうやって隠すのですよ...ブライ君?」
男は後ろで戦況を見ているブライに対しシャフ度で振り返った。
「さあ、始めましょう、可憐なお嬢様。」
男が縮地を発動し、一気に間合いを詰めると同時に、カレンの輪郭は朧となった。
そして再びその輪郭が一点に集まることはなく、一本の黒い帯が男の周りを囲む。
「その攻撃は最早無意味ですよ。」
男はゆっくりとした足取りで帯に近づき、手に持った大剣を帯に対し真横に振った。
黒い残像を次々と大剣が切り裂き、一回転しない内にカレンにヒットした。
「クッ...もう攻略されたのね...」
辛うじて大剣を防いだが、横向きの力を相殺することは能わずまたもぶっ飛ばされてしまう。
男はすかさずカレンの落下地点に向けて縮地を発動させ、止めを差しに掛かった。
が、その地点へ到着してもカレンはそこへ降って来ない。
「...」
男が後ろを振り向くとカレンは地面へ剣を突き立て勢いを殺していた。
そしてそのまま柄を持つ腕を曲げ、一気に伸ばした。
その間約2秒程度。
曲がった状態から伸ばすことにより生まれる力のリーチ。
カレンはそれを利用することにより片手で上空へ飛び上がり、勢いで地面から抜いた剣を前方の男へ向けて振り下ろす。
正に柔軟性の為せる技であった。
「!」
男はこの一瞬の出来事に対応することが出来なかった。
肩から腹部にかけてスーツに大きな切れ込みが入る。
スーツの前部分が少し開き、男の胸に現れたのは、
巨大な猿の刺青だった。
「クククク...ついに露見したか...この薄汚れた刺青が...」
「Bonobo...ヤバい...ヴィレさん、この手錠を解いて下さい!」
ブライは男の様子が一変したことを察知し、カレンの身の危険を感じた。
「...でもよ、あの姉ちゃん優勢っぽいし、大丈夫だろ。
...ん?」
見ると、カレンは動くことなく立ち竦み、足をガクガク震わせていた。
「助けないと...カレンさんが危ない!早く解いて下さい!お願いします!」
✝️
カレンの脳裏に浮かぶ情景。
それはあの戯けた猿の刺青によってか...突如として現前した景色。
自分は深紅に染まった草原の上を震える足で歩いている。
周りには誰も居ない。
あるのは、載積した敵味方の死屍と、
そして折れた革命軍の赤い旗。
ふと誰かに呼ばれた気がして目線を上げると、丘の上に一人の人間が立っていた。
「♪こ~やぎさんがはしってた、
ちへいせんめざしてはしってた
♪お~いぬくんがおいかけた
おびえたかおでおいかけた
♪おばかなさるがずっこけた
にこにこしながらずっこけた
♪お~つきさまが~のぼってた
すべてをてらしにやってきた~♪」
昔からこの地に伝わる童謡だ。
どうやらその男が口ずさんでいるらしい。
徐々に男の姿がはっきりとしてくる。
大量の死体の上に立っていたその男は刀を研いでいた。
目が合った。
すると男は死体の山から降り、腰を曲げてこちらへ歩いてきた。
「こりゃあ上モノだなァ...」
男は舐め回すように自分を眺め、そう言った。
「女...女は拙のコレクションでも中々無い珍しい代物だ。」
敵だ。目の前の男は敵だ。
そう悟ったが、もう逃げることは出来ない。
男の纏う異様なオーラと、服に取り付けていた"五角天"の印がそう物語っていた。
「まずは手っ取り早く魂ァ抜いて、それから...」
自分の臓物の飾り方を考えているらしい。
尋常でない程の恐怖が心を支配した。生への望みは捨てようにも捨てられなかった。
それ故に恐ろしかった。
「まあ安心しな、拙はお前の中のモンにしか興味はねェ、引っ捕らえて犯るなんてことはしねェよ。すぐ殺してやるさ。」
男は研いでいたマチェテを自分の首に当てた。
✝️
ガチャンという音と共に、手首を圧迫している物が無くなる。
手先に色が戻り、心地よい痺れがくる。
「ヴィレさん...」
ヴィレが手錠を外したようだ。
「ありゃあ"ルミナ戦争症候群"だな。」
ルミナ戦争症候群、それは大規模戦争後の民衆や兵士に発症することのある一種のストレス障碍。何らかの事象がトリガーとなり、パニック状態を引き起こすのだ。
第一戦紀以前の史料に記載されているルミナ戦争が由来である。
「...ありがとう。俺を信じてくれて。」
「礼はいらねえ。お前の探してる物はロズマが持ってる筈だ。取りに行け。ここは俺が時間を稼ぐ。」
ブライは剣を没収されている。
ロズマが持つそれを取りに行かねばならなかった。
「...わかった。絶対に戻ってくる。だからヴィレさんも...死なないでくれよ。」
そう言うとブライは全速力で駆け出していった。
「フッ、何時ぶりだ?こんなにも世界が鮮やかに見えるのは。」
ヴィレは煙草を咥えた。
だが火は付けず。噎せるのを懸念してだろうか。
「先の戦争の時以来か...?
いやいや、お前はビビって隅で煙草吹かしてただけじゃねえか。」
眼前に立ち竦むカレンとそれに近づいていく男を捉える。
ヴィレは腰に携えていた剣を抜こうとした。
ガチッと音がしただけでうんともすんとも言わない。
そこで思い切り力を込めて引き抜くとジャリジャリと嫌な音を立てながら剣が抜けた。
「へへっ、もしこんなもんをブライに使わせてたらヤバかったな...」
「でもな...戦争にビビって逐電こくような奴でも、剣が錆び付いて中々抜けねえような、こんな俺でもな...」
ヴィレは男へ向かって駆け出した。
「立ち上がらなければならん時がある。」
男がカレンのもとへ到達する寸前でヴィレの剣先が遮った。
カレンと男の間に立ちはだかり、錆びた剣で男の大剣を受け止める。
しかし強大な力を前に、錆びた剣では無力に思われた。
「おい姉ちゃん、突然動かなくなって...一体どうしちまったんだ?」
ヴィレは少し後ろを見てカレンの反応を確認した。
カレンは目を見開き、下を向いて涙を流すばかり。
「お前がさっきぶん殴ったアイツが、お前に"死なないでくれ"だってよ。」
「え...」
カレンは少し反応を見せた。
ヴィレは男より身長が少し高いのを利用し、剣の交わる部分に体重を掛けた。
体勢が少しずつ上がっていく。
そして男の顔が下に見えた瞬間、咥えていた煙草を吐き捨てた。
しかし、ヒットせず下に落ちていった。
今度は自分の剣を男の大剣にギリギリと擦り付ける。
すると男の顔に錆の粉がパラパラと降り掛かった。
「グ...」
粉が目に入ったのか少し男の力が弱まった隙にヴィレは錆びた剣で男を弾き飛ばした。
「ハァ、ハァ、だからよ、姉ちゃん、気をしっかり持て。な?」
✝️
~王城内部~
アレスは落ち着いた様子で二階部の中央廊下を歩いていた。
さっき爆発音を確認したがその落ち着きは変わらない。
今宵、アレスが行わなければならない事は2つ。
テロリストの打倒と、怠けた役員達に活を入れる事だ。
先程、アレスは尖兵の出動を要請した。
しかし攻撃は無用としての出動だ。
廊下を歩き、エントランスの開けた部分へ差し掛かると、そこに一人の女性が立っていた。
幹部の一人であるモロクだ。
「アレス、ついに重い腰を上げたのね。」
「<モロク>か...俺は<耄碌>じゃないんだから腰はそんなに重くない。」
「フフッ、相変わらずね。その服装も。」
アレスはアロハシャツを着ていた。
自分の持ち部屋である監視員室にて動きやすい服装を探した所、これしかなかったのだ。
「...で、<何の用だ>、<産後老婆>。」
「警告:0点ね。無理矢理過ぎるし、私は経産婦でも老婆でもないわよ。
で、別に大した用って訳ではないんだけど、何か私に手伝えることはないかなって。どう?」
「ほう、やって欲しい事なら<普通に>ある、<美しい>モロクさん。」
「満点。」
モロクはニコッと笑って手を打った。




