九話 蹲踞
~塔二階部~
「敵は、上か下か...」
崩れゆく一階部。
シンザンは椅子から立ち上がり、外を見て立ちつくすフォウルの横へ移動した。
無論、この二人は外階段から屋上へ上がる人影を視認していたし、塔に爆弾が仕掛けられていたことも知っていた。
「一階の役員は避難が済んだようだな。」
下を見るとゾロゾロと一階にいた役員達が塔を脱出していた。
「しかしフォウル、奴等は何故死体を放置していたんだろうな。隠しておけば対策されることもなかっただろうに。」
先刻、役員テントにて顔の皮を剥がされた死体が発見された。
顔面の識別は不可能であったが、体に捺してあった"烙印"により遺体は特定された。
「まるで我々が誘き出されているかのように...」
シンザンが外を見ながら目を細めた。
ついにテロ組織───Bonoboの工作員達が動き始めたのだ。
ブライの違和感、その根源である受験者達が一斉に上着を脱いだ。
肩や胸、上腕などに施された愛らしい猿の刺青が露となる。
この瞬間、Bonoboによる宣戦布告が為され、テロ対策の大義名分が完成した。
「さあシンザン、どっちに行く?」
一階部の爆破により足元が沈み始める中、フォウルは真顔で上と下を指差した。
「...下だ。」
シンザンはそう言うとフォウルに発言する時間を与えぬまま窓から飛び降り、そして見えなくなった。
「...へいへい、俺はボス戦直行ですかね。」
フォウルは怠そうに立ち上がり、壁に掛けてある長剣を取った。
「さて夕喰、食事の時間だ。」
✝️
~役員テント~
テント内の張り詰めた空気を吹き飛ばしたのは、突如として鳴り響いたアポカリプティックサウンド───であった。
役員テントは塔にかなり近い位置に敷設されている為、爆破の衝撃と瓦礫を直に味わうこととなった。
(ついに始まってしまった...)
「おい、大丈夫か?」
身動きの取れないブライを庇っていたのはヴィレであった。
「あ、ありがとうござ...」
「ゲホッ、ゲホッ」
礼を言おうとするとヴィレは急に噎せ始めた。
「あ~滲みる、呆気に取られて煙を吐き出すの忘れてちまってたわ。」
ヴィレは涙目になりながら煙草を踏み潰した。
「さーて、13番改めブライ君、これが君達の画策していたテロか?」
ブライが少し睨むとヴィレは冗談冗談と言って手を振った。
前方を見ると、煙の中に二人の人影が立っていた。
ロズマとカレンも無事なようだ。
「おい、ヴィレ、俺は応戦に行くからお前はここでカレンと共に居ろ!」
ロズマの若々しい声が響く。
その時ブライの中でひっそりと全てが符合した。
───やけにゴツい受験者達、厚着、少年の意図。
だが、もう一つ。
伏線はまだまだ敷かれていた。
そしてそれはロズマが去ったテントにゆっくりと歩を進めていた。
✝️
「二人とも、怪我はないですか?」
カレンがテントの隅にいた二人のもとに飛んできた。
二人が無事であることを確認し安堵の表情を浮かべたが、すぐに真剣な顔に戻った。
「ヴィレさん、もう少しだけここでじっとしていて下さい。
それと...
ブライ...事が終わる迄、その手錠は外さないで。」
そう言うとカレンは立ち上がり、剣を抜いた。
ブライには彼女が何と対峙しているのか...少しだけ予想が付いていた。
「やあ、13番もといブライ君、君を助けに来たよ。」
優しい声で男は呼び掛けた。
スーツ姿で常に微笑みを浮かべる男はゆっくりとテントへ近づいていく。
「止まれ!」
カレンが男の前に立ちはだかった。
「お前は...腕相撲の時の...」
カレンを隔てた先に立っている男の顔はブライが予想していたものと一致した。
「そうですよ。さあ、此方へ来てください。その手錠を外して差し上げますよ。」
「ブライ、耳を貸しちゃダメ!」
カレンは左足を一気に踏み込み、剣を男の首もとへ滑らせた。
残像が滑らかな流線型を描き、虹色の採光を帯びる。
ヒュウッと鋭い音が鳴る。
男は後ろ飛びでそれを避けていた。
「まったく、中々上手くいかないものですね。」
男は標的をカレンに写し替え、
その微笑みがその弾指、途切れた───
「グッ...」
その瞬間を眺めていたブライが一度瞬きをし、再び視界が拓けるとそこにはカレンの腹に拳を命中させる男の姿があった。
ガチッと金属の短音が鳴る。
見ると、肋骨下部レバーの位置に突き刺さる要領で放ったアッパーが金属製の剣でブロックされていた。
「ほう、剣を噛ませましたか。
ならば...」
男は右腕の拳をカレンの腹部に密着させたまま、腰を少し落として爆発的なエネルギーを腕に溜め、解き放った。
凄まじい圧力が拳から放たれ、カレンはテント方向へぶっ飛ばされた。
「フー、フー...」
カレンはよろよろと立ち上がり、尚も男との対峙を止めようとしない。
「カレンさん!俺のことはいいから早く逃げたほうがいい!」
ブライは我を忘れて叫んだ。
しかし反応は無い。
「早く逃げろ!そいつには勝てない!」
ブライが飛び出そうとするのをヴィレが止める。
「やめとけ、今あの姉ちゃんは集中してんだ。」
「フー、フー...逃げろ...?そんなことは絶対にしない。」
息を整えたカレンは静かに剣を再び構えた。
「貴方を一度拘束したからには、私達にはそれを保護する義務がある!」
「...良い心掛けですね。」
男は余裕な笑みを浮かべ、乾いた拍手を送った。
✝️
戦場と化した噴水公園。
ロズマは疾駆していた。
敵の密集地帯を探す為だ。
(まさか初任務にして初陣とはな...)
よく検閲を通れたな、という程の夥しい数のテロリストと王朝の役員達が剣戟を交わしている。
(王朝も今が踏ん張り所って訳か。数多のテロに曝され、相応して役員達は怠け始める。この悪循環を脱却するには...)
ロズマは王城の城門前の大量の敵に目を付けた。
(取り敢えず俺達が頑張るしかねぇ!)
ロズマはいわゆる"無双"系の小説を好んでいた。
それ故、目の前の大群もそれの例に漏れず自分という"個"の無双によって難なく打ち砕けると錯覚してしまうのだ。
ロズマは意気揚々と大群に向かって走り寄りながら抜刀し、適当な一人に斬りかかった。
想定では一撃か二撃ですぐに殺せる筈だった。
何故ならこれは無双ゲームだからだ。
しかし、現実はそう上手くはいかない。
しっかりとロズマの一撃は受けられた。
そして受けられたまま敵に周りを囲まれる。
(マジか...こいつら、一人一人が普通に強いんだが...?)
ロズマは敵と距離を取り、呼吸を整えた。
(俺と同等かそれ以上...そんな奴らが大群を形成していたか...
...上等だ、かかって来やがれ!)
ロズマは敵一人に狙いを定め、走り出した。
間合いが詰まり、その敵が剣を目線辺りに振った瞬間、ロズマは上半身を一気に倒し急加速した。
そしてそのまま懐に入り込み、敵の顎を下から一突きに突いた。
剣は下顎の柔らかい部分を貫き、その勢いのまま上顎も貫き、やがてブヨブヨした何かをチクリとつついた感触が手に伝わった。
その瞬間、敵の体がビクンと波打った。
(あと一息!)
ロズマは地面に肘を付き、その反作用の力を利用し、剣を更に天高く突き上げた。
剣はブヨブヨを貫き完全に敵の動きは停止した。
「まずは一人...」
ロズマは敵の死体を背に立ち上がり、刀身にこびりついた粘っこい血液を靴の底で拭き取った。
(今ので一人相手には難なく勝てることは分かったが...この数相手に一々あんな立ち回りをしていては体力がもたない。)
(さぁて...どうするかねぇ)
先程はアドレナリンのお陰か気を奮い立たせることができたが、冷静に考えると非常に嫌な感じだ。
周りを囲む大群がゆっくりとその輪を縮めてくる。
その時、ロズマの右後方の群れが破裂した。
地を揺るがす轟音と共に、敵十数人が散った。
正にその光景はロズマが想定していた"無双"そのもの。
土煙の中ゆっくりと立ち上がったのは、シンザンであった。
「ようロズマ、気張ってるか?」
✝️
~塔屋上~
地上では戦いが始まっているが、ここだけは仄日の下、風だけが唸っていた。
何をか思ふ
人つうつゞの世の中は
ただ今生のうへの薤露
ピエロの仮面を付けた男は呟く。
人の命の儚さを詠んだ句らしい。
すると下からトントンと階段を上ってくる足音が聞こえ、後方で止んだ。
「よう、道化。」
「...」
振り向くと長剣を持った男が突っ立っていた。
「なぁ、お前はどう思う?
人の命ってのは...美しいと思わねぇか?」
「...美しい...」
「...そうだろ?」
男───フォウルはカチャカチャと長剣の鞘を縛っていた布を剥がし、戦闘の準備を進める。
「実に...実に美しい。
しかしながら...クク、魂は褫奪する時が一番楽しいんだよなァ...フフ...フヒッ!」
仮面の裏で、男は...フォウルを、人間の生を嗤った。
「へェ...そうかい。ま、訊いといてなんだが、テメェの楽しみなんざどうでもいいンだわ。
日も降りてきたし、とっとと始めるぞ。」
三地点での戦闘が始まります。




