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大海の鯱、井の中を知らず  作者: 異端(ヰタン)
雇傭試験
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七話 発覚

「どうしたもんかねぇ...」


笛が鳴り、いつの間にか増えていた合格者達は試験会場⑥へと移動し始めている。

無意識に顎を撫でていると、ニキビが出来ていることに気付いた。


(いつの間にニキビが...潰すか...)


早めに潰しておいた方が良いのかどうかは判らないが、昔からそれを発見するなり中の白い塊を無性に取り出したくなるのだ。


「ッ...」


親指と人差し指の爪でニキビを摘まみ一息に搾ると、ピキッと神経に電流が走り条件反射で奥歯が噛み締められた。


────少年が俺に剣を渡した意図はなんなのだろうか。

本当にコイツらがこの後テロを起こすのか...?


試験会場⑥への道中、そんなことが延々と頭の中を駆け巡る。


(俺はこの剣で何をするべきなんだ...)


前を歩く集団を軽く睨む。


もしも少年の読みが本当だった場合、事が起きる前に役員に知らせるべきなのか。

しかしそれによって想定される運営の対応がトリガーとなってテロが起きたら本末転倒だ。


(だったら今この場で後ろから斬るべきなのか...?)


不意に潰し損ねた顎のニキビが再び痛み始めた。

ニキビは重病のサインになることもあるので油断は出来ないらしい。


(というか、それ以前に...)


ブライが歩を進める度にカチャカチャと金属音が鳴る。

通り過ぎる人間にチラチラ見られているような気がする。


何故なら突然渡された剣の隠し場所などは勿論なく、ブライはやむなく着替え用の長ズボンを履き、その足の部分に入れ込んでいたからだ。


右足の肌とズボンの繊維の間に挟まった革の鞘が、帯びた冷気を肌に伝えてくる。

剣が足首から飛び出そうになるのを手で必死に押さえながら歩く為、かなり気持ちの悪いステップになっているという自覚はあった。


それに、


(絶対隠せてないよな...)


くっきりとズボンに棒状の型が写し出されている為、隠せている訳がなかった。



「おい、お前。」


そして隠し通せる筈もなく、その時は思ったより早く訪れた。


後ろからの呼び声に振り返るとそこにはあの時カレンと共にいた金髪の男、ロズマが立っていた。


「13番、そのズボンに写っている物は何だ。」


ロズマはゆっくりとブライに近づき、ズボンに目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

周りを歩いていた人々は何事かと立ち止まり視線を此方へ向ける。


「えー、これは...足の手術でね...ハハハ」


「手術痕が残っているのに雇傭試験に参加するのか。」


言われてみればその通りだ。

正直もう言い逃れは出来そうにない。


ブライが徐に右足を揚げるとズボンと足首の間から真剣が滑り落ちた。


「剣...やはりあの時少年から受け取っていたのはこれだったか。」


周りが騒々しくなってきた。

持ち歩かずに適当な場所に隠しておけば良かったと一瞬後悔したが、一部始終が見られていたのではもう為す術は既に無かったのだ。


「でもこれは...テロの為とか、そういった物では無くて...」


弁解をよそに、ロズマは地面に倒れた剣を取り、抜いた。


「これが護身用のちょっとした武器とでも言うのか!?」


ロズマが剣の先を勢いよく地面に突き刺した。

石を詰めて作られた道をその剣先が抉り、少しヒビが入る。


騒がしかった観衆が一気に静まり返った。




✝️



「おい、そこにいるんだろ?」


突然背後から声を掛けられ、体が弾み透き通った茶色の髪が空を掻いた。


「ロ、ロズマ...どうしてここに?」


カレンは丁度昼食をとろうと一度監視を中断していた。


ロズマはカレンの正面に座り、机に広げられたフライドポテトをつまんだ。


「お前がそうしている間に問題発生だ。」


机の上にブライから没収した剣を置く。


「これって...?」


「例の13番から取り上げた物だ。」


「嘘...」


「これから本部へ行くが、お前も来い。監視は終了だ。」


「...ええ、そうね。」


カレンは少し戸惑った表情をしていたが、直ぐに真剣な顔を取り戻した。





✝️





「うーむ、これは何かしらが起きそうだな...」


本部ではフォウルとシンザンの二人が常駐している。

フォウルは相も変わらず塔の縁に座り、試験会場を見下ろしていた。


「一、二、三、四...それにかなり多い。」


するとそこへロズマとカレンが到着した。


「おお、二人とも帰って来たか。」

シンザンが部屋に入ってきた二人に声をかける。


「ん...その手に持っている物は...」

フォウルがロズマの持つ物に目を細めた。


「そうか、やはりな。」


「ああ、やはりあの13番、テロを計画していたようだ。」

ロズマがシンザンの所へ歩き、剣を渡した。


「奴は現在テントにて待機させているが、俺はこのまま身柄を拘束するべきだと思う。」


「ふむ...」


フォウルがやって来て、剣をまじまじと眺めた。


「ロズマ、正直彼がテロリストである確率は低い。」


「な...」


「お前もそう思うだろう?」

フォウルがシンザンの方を見ると、シンザンは無言で頷いた。


「テロリストでないなら...一体なんなんだ...?」


「実はな、俺達も今日は昨日と同じく何かが起こるだろうことは予想していた。」


フォウルの双眸がギラリと光る。

少し伸ばした顎鬚、整った短髪、鋭い目付き、そのどれもが彼の冷静沈着な性質を表している。


「だが、俺とシンザンが睨んでいたのは"Bonobo"だ。コイツではない。」


フォウルが剣の持ち手をロズマの眼前に差し出した。


「このマークは...」


「リバーススワスティカ、"壬"だ。」


壬の国といえばもう数百年も国交が無く、得体の知れない隣国であることはヴァクティニアの民でも周知だった。


「でも、壬のテロリストの可能性があるんじゃないのか。」


「いや、壬との国境線であるドラグ運河の橋は特別警戒が敷かれている場所だ。テロリスト達が横断できるとは思えん。


...それに、壬とBonoboが手を組むようなことも考えにくいんだよ。」


「何故だ。」


「Bonobo、それは路地裏の人間を見事に統率した奇跡的な組織。それを可能にしたのが統合思想、新無政府主義(ネオアナーキズム)。対して壬は"国家"だ。つまりこの二つが協力することはないだろう。

仮に、我々ヴァクティニアを共通の敵と見て一時的な協力関係を築いたとしても、後の敵となるBonoboに武器の支援は行わない筈だ。」


「確かに...

だが奴が剣を持っていたのは事実だ。それに、俺とカレンは直に見たが、あの一撃の威力は一個隊を容易に全滅させられる...」


「ああ。剣はこちらで預かっていよう。

だが、身柄は拘束するな。というより、腫れ物は刺激しない方が良い。」


シンザンが地響きのような声を低く轟かせた。


「わかった。では俺達は引き続き13番を監視する。

それと、Bonoboとこの剣の事は上に報せておいてくれ。」


「...まあ我々としては"カウザ教"の物が出なくてホッとしているよ。

殉教の概念のあるカウザ教はテロリズムと見事に符合するからな。だから禁教となっている訳だが。」


ロズマは去り際にフォウルとシンザンの会話を耳に挟んだ。

横にいるカレンは完全に面食らってしまっている。


「そうだ、ロズマ。」


フォウルに呼び止められ足を止める。


「この事は既に上に言ってある。だが、我々も軍も自爆テロの可能性を考えると自在には動けないんだよ。」


「じゃあ事が起きてから対応するってことかよ。」


「ロズマ、もういいでしょ、行くよ。」

語気を強めたロズマを制止し、カレンは彼を連れて階段を降りる。


「そうだ...我々は否応なく後攻を選ばされることになる。だがこれは権力を持つ者の宿命だ...」


シンザンの低く通った声が後方から通り抜けた。

二人の足取りが止まることはなかった。


「...剣も持って行ってしまったな。」

シンザンは肘掛けに頬杖をつく。


「一つ。ただ一つだけ丸く納める方法があるかもしれない。」

フォウルは立ち上がり、壁に立てかけていた長尺の刀を手に取った。


「軍隊ではなく、強力な"個"を出す。それも、圧倒的な。」

フォウルが手に取った刀を縦に振ると、ビュッと空が鳴いた。





✝️





────サルタが休養中の為、私が今回の試験を担当することになった!

皆、宜しく頼む!────


女王デーメーテールがそう言ったのは昨夜。


そして現在、意気込んで携わった今回の試験におけるテロリストの存在が報告されたのだった。


「はぁ...」

(サルタ、やっぱり私、お前のように上手く回せないや...)


すると、王室の扉が開き、白髪の男が入ってきた。


「いえ、<まさかの敵>ではあるが、<貴女の責>ではない。」


入って来たのは幹部にして事務監視員、アレス。


「おお、アレスか。気を遣わせてすまない、だがこの事態は私が招いたことだろう。役員の怠慢も含めて...」


デメテは透き通った青い髪をくしゃくしゃと撫でた。

指の間から垂れた絹のような線がその美麗な(かんばせ)に下がる。


「本来、役員共の監視は俺の<役目だ>。ケジメを付けるべきは、責務から<バックレた>俺だ。」


アレスは女王の前へ膝をつき、その鋭い目を一点に下を向く女王の目に向ける。


「今回は、<俺が出る>。<これが政務>だ。」


「アレス...まさか、戦うのか...?」


女王は少し驚いた表情をした。


「サルタは昨日、今後の<自爆テロ>の可能性を俺に伝えてきた。つまり軍隊を用いた威嚇の危惧だ。<被爆での>死者を出さないように、今回は俺が一人で行く。」


デメテは目の前に膝をつく男の醸す雰囲気が、普段とは違うことを察知する。

感情の消滅(アパシー)。それは彼が臨戦体勢へ入っていることを示唆していた。


「────圧倒的な個...か。」


デメテは手を挙げ許可を下す。


「<(かたじけ)>ない。期待通りに奴等は私が<片付け>よう。」


「あと一つだけ...」


デメテが部屋を出ていこうとするアレスを呼び止めた。


「この城...サルタが改修したばかりだから、気をつけてくれよ。


「...善処する。」


そして、役者は揃う。

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