六話 勠力の仇
────連日の霖と躯を刺すような冱さで、あの夜は誰も外を出歩いていなかった。
俺と、まだ赤子だった妹は庭訓に従い、早々に家の二階で就寝していた。
あの家庭は、一般的な物からは少し外れていたかもしれない。
父は優秀な学者であったが革命軍のメンバーになる為にその道を閉ざし、その転身により失った収入を埋めたのは母だった。
しかし、母は父の決断を止めもせず革命軍へ送り出した。
形式は一般的でなかったにせよ、確かにそこには愛が注がれていたように思う。
そんなありふれた日常に終わりを告げるかのような落雷の音で俺は目が覚めた。
カーテンを開け外を見ると、予想とは裏腹にすっかり雨は上がり、雲は遠くの方へ行ってしまっていた。
珍しい冬の遠雷だったらしく、俺は安堵した。
部屋の脇を見ると、妹はそんなことを気にも留めぬ様子で眠りこけていた。
昔から夜泣きのしない子だった。
俺はふと喉の乾きを潤そうと思い、一階に降りた。
階段は一階のリビングと連結しているが、食卓は丁度キッチンの壁で遮られて見えなかった。
やけに酒の匂いが強い気がした。
父は毎日晩酌を欠かさない人だったが決して大量では無かったし、母は俺や妹のこともあって酒は控えている筈だった。
しかしその日は酒の匂いが強く鼻腔にこびりついた。
その匂いの正体はすぐに判明した。
食卓には空いた小瓶が突っ立っていた。
その横にコップはただ一つ。やはり母は酒を飲んでいないようだった。
そして視線を右にずらすと、両親の死体がそこに横たわっていた。
遺体の腐食どころか虫さえも付いていなかったことから、まだ殺されて間もない物であると悟ったが、事切れてはいた。
父の腹から絨毯に飛び散った暗赤色のシミからは酒の馥郁とした香りが漂っていた。
ただ愕然としていた。
俺の頭は衝撃的な光景を目の前に、悲しみを噛み締める余裕などなく、傷んだ。
悲鳴を上げたのは、心。
父は世界で一番強い、そんな俺の幻想は悉く毀たれた。
俺はそんな両親が何故死んだのかが無性に気になった。
下を向くと異様に橢く伸びた小腸が、足に入り込まんとするギニアワームの如く足先へ迫っていた。
瞬きをすることもなく、その線を辿った。
持ち主は父。
鋭く裂かれた腹からは敷き詰められた消化器がまろび出ている。
両親とも一撃にて即死。
それらを確認し終え、初めて俺は泣いた。
俺は両親の仇と倶に天を戴くことは出来なかったが、復讐に燃えた訳ではない。
ただ不意討ちとはいえ父を一撃で葬った人間を超えたかったのだ。
父が強いのは事実だった。
彼は革命軍の戦闘員で、その中でもかなり強かったというのを母がよく話していたからだ。
そんな父を殺した人間に勝つには、普通の鍛錬を積んでも足りないのは目に見えていた。
✝️
「成程、だから一つの技を極めようと考えたんだ。」
少年が此方を見て感心する素振りを見せた。
前を見ると、中々カカシの攻略は難しいようで、無駄にゴツい受験者達は二の足を踏んでいる様子。
「ああ。無理に時間を掛けて剣の振り方や殺陣を一々身につけていては絶対に追い付けない。だから不意を衝けるこの抜刀の動きを極めることにした。
俺と妹は直ぐに叔父の所へ引き取られることになった。
そして来る日も来る日も抜刀と納刀を繰り返した。
鞘は何十本も削り切ったし、俺が鍛錬の場としていた庭の樹木は忽ち消え失せた。」
「へえ~、あれって本当だったんだね。
小説とかでよくある『継続してたら凄い力に目覚めました』って奴。」
「ああ...」
(どうやら訝んでいるようだな。)
「確かによくある小説の設定のようだが、それを有り得ないだとか言っている奴等は、恐らく実践もしていない。」
「あ~確かに。」
少年はポンと手を叩いた。
「俺のこの力に関してはこれで以上だ。まあ君の望んでいたような解答では無かったと思うが。」
「いや、努力でまるで襲名をしたかのような力を得た。それは凄いことだよ。
お礼じゃないけど、僕も一つ教えてあげる。」
少年は正面を向き、セットの方をじっと眺めた。
「彼らさ、皆してやけにゴツいよね。」
セットでは男達がカカシへ向けて必死に木刀を振っていた。
確かに少年が言うように皆して体つきが良い。
「そりゃあ尖兵の試験だからな。喧嘩自慢とかが集まってるんじゃないか。」
特に気にする様子もなく手に持っていたドリンクを飲み干す。
「喧嘩自慢かぁ...そいつらって、何処で喧嘩に明け暮れてるんだろうね。
それにもう一つ気になるのは...何で皆上着を羽織ったままなんだろうってこと。」
ブライは下を向き、この少年が何を言いたいのかを熟考した。
(確かに腕相撲や、現にこうして木刀を振っている間、体は熱くなる筈。俺は無意識に上着を脱いでいる。)
周りを見ると、ちらほら上着を脱いで半袖の格好をしている人も見受けられるが、ゴツい奴等は総じて上着を着たままだ。
確かによくよく考えると不自然かもしれない。
「寒がりにしては...あの体つきとは合致しない...」
筋肉量が多い、即ち発生する熱は一般人よりも大きい。
(喧嘩に明け暮れる場所...路地裏か...?
上着を脱がないのは何かを隠す為なのか...?)
ふとブライの脳裏をある声が過った。
───私と貴方では目的とする所が違うようだったので。
(まさか!?)
ブライが顔を上げると、そこには鞘に納められた剣が突き出されていた。
「これ、ブライさんにあげるよ。」
「真剣...なのか...?」
試験会場への武器の持ち込みは制限されている筈だった。
(検閲を振り切ったのか!?)
「そう、正真正銘の真剣。こんな物でも簡単に検閲は通ったんだ。これをブライさんに渡す意味、つまりそういうことだよ。」
昨日の出来事が徐々にフラッシュバックする。
───例えば、前日にここで暗殺未遂が起きたというのに何食わぬ顔で次の日には試験を行う所。
「僕は頃合いを見て逐電させてもらうけど、ブライさんも逃げてもいいんだよ?」
少年は剣を隣に置き立ち上がった。
鞘には<リバーススワスティカ>のマークが刻まれている。
「俺は...やらなければならない。」
「ん?」
(何の危惧なしにやって来た俺も同類か...)
「これ、借りさせてもらう。君も、逃げるなら早く逃げた方がいい。」
ブライは鞘を手に取り、隠し場所を探した。
履いている長ズボンに納めるのが丁度よさそうだ。
ブライはポケットに入れていた物を一度ベンチの上に転がし、ズボンの中に鞘をしまいこんだ。
冷たい感覚に体がピクッとする。
そして収納し終えベンチから立ち上がろうとした瞬間、第二試験終了の笛が鳴った。
✝️
(ん~??なんか少年と話してると思ったら怪しい棒みたいな物を受け取ったんだけど...)
サクサクと菓子を齧りながら、木陰よりその様子を見守る女が一人。
(それにしても...あの一撃、本物だわ...!)
フンと鼻息荒く、興奮冷めやらぬ様子だ。
彼女はブライがカカシを木端微塵にする様子を聢と目撃していたのだ。
そして試験終了の笛が鳴る。
(ええっと、次は⑥...確か各グループの暫定合格者同士での一騎討ちだっけ。
彼の実力を、もっと目に焼き付けないとね...!)
✝️
~試験会場⑤ 役員テント~
「あー、この皮...すぐズレるなぁ...王朝のザル警備にも驚かされたけども、おー、人の皮ってのはこんなに、いー、着心地が悪い物かね。」
そう言った男の足元には器用に皮を剥ぎ取られた遺体が横たわっていた。
「へへへ...腹が減った猿は、あー、同種の脳味噌を好むだったけか...?あー、」
男はテントの影から王城を見上げた。




