五話 技の烙印
(パパ~、その服カッコいいね!)
「ん、そうか?これはな、"革命軍"っていうグループの服なんだ。」
そう言った男の腕は太く、またその掌の瘤は歴戦を語るに足りていた。
そして自分の座るその膝は、家族の守人としてとても逞しく思えた。
(かくめいぐん...?)
「革命軍ってのはな、この国を変える為に戦うすごい人達のことだよ。」
(へえ~、じゃあパパはとっても強いんだ!)
「勿論!だからお前やサラに悪い奴が近づこう物なら、パパがすぐに追い払ってやるからな!」
父親は世界で一番強い。
あの日、そんな少年の幻想は────────散った。
✝️
~試験開場⑤~
恐らく最難関だっただろう腕相撲を何とか越えたブライは安堵していた。
それは目の前の見慣れたカカシや木刀も相俟って、ブライの表情を忽ちに解いた。
周りで整列する受験者達は相変わらずゴツかったが、何故か先程より萎縮して見える。
この試験開場でも前回と同じく役員代表による行程説明が行われるらしく、受験者達は仰々しく整列させられていた。
「えー、では、ここで行われる試験の説明をしようかな。」
前で並ぶ役員達の真ん中で仁王立ちをしている男が口を開いた。
「ここにいる五十余名の諸君、まずは第一試験合格おめでとう。
えー、さて、ここでは見ての通りあのカカシを斬ってもらう。一人につきトライは三回までだ。」
男がセットを指差した。
そこにはブライが弾け飛ばした物と同じ、例のカカシと木刀が設置されている。
「非常に単純なように見えるがな、あー、これが以外と難しい。」
そう言うと、控えていた役員がカカシと木刀を男の前に置いた。
「一つ諸君らに注意して貰いたいのは...」
男は木刀を脳天高く振り上げ、カカシの僧帽筋にあたる場所に一息で振り下ろした。
すると、バキッという音とともにカカシがカ/カシとなり上が地面へ滑り落ちた。
「一度のトライでこの得物を振るえる回数は一回のみ、ということだ。」
受験者達がざわめく。
目の前の男は不自然な程に表情を変えず簡単にやってのけたが、未熟な人間にとっては酷な話だろう。
しかし、周りとは反面ブライの心は高鳴っていた。
試験前の試し切りの時点で自身がカカシを吹き飛ばせることは分かっていた。つまりブライに課せられたのは、"斬れるかどうか"ではなく、"魅せられるかどうか"だった。
「えー、とはいっても、このカカシにダメージが蓄積するだとか、あー、一番手は不利だとか、そういったことは無いから安心しろ。何故ならばこのカカシは竹製だが、この国の参謀であるサルガタナスさんが直々に調整された物だ。彼曰く、うー、この竹の繊維は一撃のインパクトで耐久を飛ばせられれば簡単に斬れるが、あー、中途半端な打撃ではすぐに修復される。それは国有企業の合成繊維の技術を用いた.......」
✝️
10分超の長話で狡さの不必要さを絮説された訳だが、やはり一番手は不利なような気がするようで、試験が始まっても誰も木刀を握ろうとしない。
(うーん、俺は多分斬れるから一番手で行っても良いといえば良いのだが...)
ブライは役員に己の力を誇示すべきかどうか迷っていた。
"魅せられるかどうか"とはいえど華々しさが果たして採点基準になるのかさえ疑わしい手前、また恐らく決闘になる試験⑥のことを考えると無理に目立つのは良くないのでは、というのが本音だ。
「うーむ...」
ブライの喉から苦悩の気が漏れ出る。
周りの屈強な男達も同じようなことを考えているのだろうか、と思いつつブライは顎に手を当てた。
(このまま誰も行かないとなるとそれはそれでアレだし...
仕方ない、行くか。)
ブライが意を決して木刀を拾おうとしたその時、一人の木刀を持った少年がカカシの前に立った。
「受験番号は。」
役員が待ちくたびれた様子でカカシの側へやって来た。
手には紙とペンを持っている。
「1番です。」
「1番...ディルギイル・ボーアだな。」
役員が紙にチェックをつけ、goサインを出す。
(あの少年...腕相撲の時の...)
ブライは木刀を手に持ち、少年とカカシの様子を見守ることにした。
そして時を同じく、その様子を木陰からカレンが見守っていた。
✝️
(んもぅーじれったい!行くなら行く、行かないなら行かない、はっきりしなさいったら!)
カレンはしかめっ面で低カロリー菓子を頬張った。
(...あ、イライラしちゃダメ。カレン、もう少しの辛抱よ。)
彼女が最も嫌いとする性格として、優柔不断というものがある。
つまり、待たされるということが非常に彼女をムカつかせるのであった。
そして彼女が何を待っているのかというと、それはブライが剣を振るうその瞬間であった。別に、シンザン達から確認を頼まれた訳ではなく、あくまで個人的な好奇心だ。
彼女が好きな人間のタイプとして、好奇心を刺激する物を持つ人というものがある。
つまり、今彼女はあの時の弾けとんだカカシの姿に、ブライの持つ謎の力に興味津々なのである。
先程からチラチラとブライを見ているのだが、彼は木刀を拾って手で叩いたと思ったら今度はそれを置いて顎を撫でてみたり、あらゆるモーションを以て迷いを体現する姿が気になって仕方がない。
(早く、早くしなさいブライ...って、ほらー!もたもたしてるから少年に先行かれちゃったじゃーん!もー!絶対傭兵になったらその根性を叩き直す!)
カレンが新しい菓子袋を開けようとしたとき、カカシの前の少年は音もなく、ただゆっくりと木刀を地面に置いた。
✝️
(木刀を...置いた...?)
目の前の状況に驚いたのはブライだけではないようで、周りの受験者達どころか役員さえも愕然としている。
少年は木刀を置いた後、緩慢な足取りで合格者ゾーンへと歩きだした。
「え、おい、1番、カカシは斬れていないように見えるが...」
役員のいう通り、カカシはぴくりともそのシルエットを変えることなく佇んでいる。
「役員さん、あれは本当にサルガタナス氏が調整した物なのでしょうか。繊維の自己再生なんて起こらないじゃないですか。僕は静かに斬ったのに。」
「なっ...」
すると王城の方から風が吹き下ろされ、カカシの上部は地に落ちた。
(あの少年...いつの間に斬ったんだ...?)
周りも呆気に取られて声を失っている。
ブライは手に持った木刀を眺める。
(俺もあの少年に負けてられないな。)
周りに自分と同等かそれ以上の力を持つ人間が居て、その人間は隠しもせずその力を見せた。この時、ブライは力を韜晦する必要を失った。
「何番だ?」
「13番です。」
目の前の新しく用意されたカカシを見据える。
そして木刀を深く落とした腰元に当て、抜刀の構えをとる。
右肩三角巾がびくびくと震え、弾けんばかりの熱エネルギーを産み出してゆく。
開場は一時の静寂に包まれ、気体分子の媒質による振動はは緩やかとなった。
そして、ブライは鋭く息を歯の隙間から噴出し、抜刀した。
開場の閑けさを、果たして木刀と竹を打ち合わせて鳴らせる筈のない凄まじい音が蝸牛切り裂く。
開場の人間は耳周りの骨の振動に痒みを感じたのか、耳を叩いたり耳朶を引っ張ったりしている。
そして目を前へ向けると、砂埃が舞う中、カカシの姿は完全に消えていた。
「ふぅ...」
ブライは少し顔を赤くして、呆然と立ち尽くす役員達を尻目に合格者ゾーンへと歩いた。
(やっちまった...でもまあ優越感に浸るってのも嫌な気はしないな、ハハハ...)
合格者ゾーンにつくと、先程の少年が目を輝かせながら話しかけてきた。
「ねえ、13番さんってあの雑魚狩りの人だよね?」
「雑魚狩りかぁ...半分は当たっている。耳が痛い。あと、俺はブライだ。13番っていう呼び方はちょっと気持ち悪いからな。」
「僕はディルギイル。別に呼び方は何でも構わないよ。」
少年がベンチに腰掛け、その隣をトントンと叩いた。
「ねえ、今の技ってまさかあの有名な『襲名』ってやつ?」
「ん?『襲名』?いやいや、そんな大それた物じゃないよ。」
ブライは少年の横に座り、ドリンクを飲んだ。
(襲名といったら、確か革命軍の主力が何か神の御業的な物を借りる奴だったっけ。)
「俺はとても襲名を行えるような器じゃないよ。やり方も全然分からないしな。」
「確かに、ブライさん雑魚狩りしてたもんね。」
少年がケラケラと笑う。
「でさ、襲名じゃないんだったらじゃあどうやって身に付けたの?あれ程の技を一般の人が持ってるって、結構洒落にならないよね。」
ブライは微笑む少年を横目で見た。
(何かやけに詮索してくるな...まあ子供の好奇心か何かか。)
「別に話してもいいが、かなり長くなるぞ。」
「うん、別にいいよ。」
ブライは明るく透き通った蒼穹を眺めた。
───あの日、俺の幻想は散った。




