二話 新しい風
ヴァクティニア城下町は比較的高地に位置している。それは王城の標高が権力を模する物だという仕来たりがあることに由来する。その為か、この地の気候として昼夜若しくは朝昼の気温差が非常に大きいことが挙げられるのだ。
~第5戦期創成年1/12 朝~
ブライは体を刺すような冷気に突然目が覚めた。
昨夜は曇天、日中の熱が上手く放射されず暖かかったからだろうか、ブライはほぼ裸一貫の状態で眠っていた。
時刻を見ると午前6時前。
今日はブライにとって今後に関わる重要な日なのである。
「寒いな...まあ余裕を持って起きられたから良しとするか。」
ブライはカーテンを開いた。
すると地平線から顔を出し始めた朝日の光が部屋へ飛び込んでくる。
「さて、朝食の準備をするか...」
伸びをしながらそう呟くと、覚束ぬ足取りで部屋を出た。
(ん?サラの部屋が開いている...?)
いつもは爆睡している筈のサラの部屋のドアが開いているのだ。
(サラとはブライの妹であり無職、今は兄の家に居候している。)
少し中を覗くと中にサラは居らず、更にはベッドの上の布団は散らかっており、何やらいつもとは違った雰囲気を感じさせた。
(まさか誘拐されたのか...?それとも本人の了承無しなら略取か...)
確かに、現在は政権交代のゴタゴタもあり司法が若干の手薄になっている為に少し治安が悪くなってはいる。
そしてブライはこの時妹の平生のだらしなさから、彼女が一人で早起きしたという最も単純な可能性を全く考えていなかったのだ。
恐る恐る階段を降りると、そこにはパシリとスーツを着たサラの姿があった。
「お、サラ...お前...」
すぐにサラと目があった。
すると少し照れくさそうな顔をして
「お、おはよう。」
と返してきた。
一時の静寂が場を支配する。
朝の寒さによるブライの歯のカタカタ震える音のみが鳴り響いていた。
少ししてサラが口を開いた。
「あのぉ~、やっぱりいつまでも脛に齧りついていてはダメだと思ったから...」
と言い終わらぬ内に、
「おおおお!我が妹よ!やっと、やっと成長したんだな!」
ブライは我を忘れてサラを抱擁しようと駆け寄った。
しかし、
「ちょっと、折角買ったスーツが汚れるでしょ!」
と言われ制止。
✝️
(成る程、あのスーツを新調する為に俺の部屋着を全て売りやがったんだな...)
ブライは歯を磨きながら妹のことを考えていた。
しかし幼い頃に親と離れて以降ずっと一緒に居た妹をやはり憎めないのがこの男の性分であった。
ブライがリビングへ戻ると、サラは食卓机の所にちょこんと座っていた。
「ん?サラ、何をしているんだ?面接受けにいくんじゃないのか?」
と話しかけると、サラは顔を赤くして此方を睨み、
「朝ごはん...」
と消え入りそうな声で呟いた。
「お、おう...おうよ!飯か、分かった分かった、いくらでも作ってやるよ。」
(まあ自立を決意してくれただけでも大いなる一歩だよな。)
「今日は俺にとっても正念場だし、サラも面接を受けに行く、ということで予定を変えて朝から験担ぎにトンカツでも食うか。」
本来は夕飯用に準備していた豚肉に粉をまぶし、一気に揚げていく。
そして白米を準備していなかったので、災害時用に貯めていた即席の米を茶碗に盛る。
主菜は大皿二つに氷室から取り出したレタスを敷き、その上にカツを5切れずつ並べたものだ。
(やはり朝ご飯にしてはかなりボリュームがあるが...まぁいいか。)
ブライが両手に二つの皿を載せキッチンからリビングルームに配膳しに行くと、食卓机に座っていたサラは、律儀にもキッチンに残っていた二人分のフォークと茶碗二つを取りに行った。
季節は立春。太陽が完全にその姿を現し、朝の肌寒さと日光の麗らかな暖が同居する。
時刻は午前6時15分。街中はまだ人通りが少なく、物静かな通りに小鳥の囀ずる音が響く。
そんな城下町の主道から少し外れた側道沿いの空間をパンッ、という元気良い破裂音が過ぎた。
「いただきます。」
ヴァクティニアでは古来より死生観が根強く民俗と結び付いてきた。
命を頂ける有難みは忘れないのだ。
サラは目の前の黄金色のカツにがっついている。
もう4枚目だ。
「あんまりドカ食いして腹下すなよ。」
と言った割にブライの皿からもカツが既に4つ消滅していた。
サラが最後のカツに手をつけようとした時、
「そういえばお前の就職先って、立地的にはどんな感じなんだ?借りられる家がその近くにあるかも探さないとな。」
とブライが口を開いた。
サラは手を止め、
「ああ、一応ここから近い所にしたけど。」
と何食わぬ顔で答えた。
「......ん?いや、新しい家で一人暮らしするんじゃないのか?」
ブライは口に持っていこうとしていたカツを皿に戻した。
「...えぇーっとまぁ、家はこのままということなんだけど...」
「フゥーー...」
ブライは大きく息を吐き、怒りからなのか俯いて体を小刻みに震わせている。
サラはブライの様子を窺いつつ、恐る恐る自分の皿にあったトンカツをブライの皿へ移動させた。
「トンカツ一個あげるから、お願い...ね?」
するとブライは顔をあげ、
「おお、一個くれるのか、優しいな。いや~、それにしても寒い。」
と言うと側に置いてあった灯油式の暖房器具をつけた。
「はぁ~、寒かっただけかよ...てか、もうすぐ出発なのに今つけたって意味ないでしょ...」
ブライは確かにといった風にサラを軽く指差すと直ぐに暖房器具を消した。
「で、ここから就職先に通うつもりなんだな。」
「そうだよ。」
出発の時刻が来たらしく、サラは立ち上がり掛けてあったコートを羽織った。
「よし...俺もそろそろ行くとするか。」
現在6時30分、王朝の雇傭試験は9:00開始なのだが、会場の王城前噴水公園は7:00からオープンされる。
(服装はどうしようかなっと、)
ブライは少ないコレクションから最も動きやすい服を選びそれに着替えた。
「じゃあ、行ってくるから。」
玄関辺りからサラの声がした。
「おう。」
そう答えると自分も玄関へ向かい、外へ出る。
外は大分人通りが増えてきたようで、寒さは幾分か収まっていた。
(お互い頑張ろうや。)
✝️
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王朝の立てた新制度。雇傭試験。
前王朝、カントール政権下では民草を視野に入れぬ完全なる富国強兵の理念の下、非常に"がめつい"政治が行われた。
結果、確かに王朝の財政は潤い、皮肉にも王権奪取後の新政権を支える豊潤な地盤が誕生したものの、民衆からは失業者が続出しBonoboのような犯罪シンジゲートの隆起を招いた。
デーメーテール率いる新政府は、まずBonoboへの牽制をかけ始めた。次に民間企業を一生の安泰を保証した上で事実上買収し、王朝の固定資産を確保。そして今回行われる雇傭試験こそが、失業者の救出の為に打ち出された政策第1号なのである。
内容は最低限の暮らしを民に対して保証する為に、王朝の傭兵及び役員として最低賃金で雇用するというものだ。最低賃金に設定している為、職業選択においてのプライオリティは最も下に位置するようになっている。それは、才能ある人間の"野心"を尊重しているからである。
記念すべき第一回雇傭試験が、今日行われる。
審査は先の戦争を生き残った革命軍の兵士達だ。
次回は前王朝軍の兵士だった男、ブライの視点でこの雇傭試験を巡る物語を描く。
無論、波乱なく試験を満了させるつもりは毛頭ない。
カウザ教神父、また少年達を使い女王デーメーテール暗殺を目論むが失敗。
大規模な大麻商売のプラットホームにより莫大な富を得、ヴァクティニアの路地裏社会を席巻する組織。
「Bonobo」、陽気な猿は虎視眈々と国家転覆を丕図していた。




