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大海の鯱、井の中を知らず  作者: 異端(ヰタン)
雇傭試験
39/85

一話 壬への亡命

 現在革命軍が王権を持つ大国「ヴァクティニア」。大陸の約8割の面積を占め、経済、軍事、資源全てにおいて潤沢。


その隣国に位置、つまり大陸の残りを占める国が、「壬の国」である。

王制であり、多民族を纏める「帝国型国家」にして、まだヴァクティニアほど工業化は進んでおらず、王城のある国土北部以外は殆どが緑に包まれている。


 「第2戦紀中期」にヴァクティニアから独立し、独立後暫くは事実上のヴァクティニア王庇護下に置かれていた為、ある程度の秩序が保たれた状態で繁栄した。


 しかし、考古学では「第四次王権奪取戦争において水面下で革命軍に加担し、その戦争において王朝に敗北して後は睨み合いを続けている」と記されている。

 この史実は数多の文書にも遺されており、また世代間継承の中で「昔ばなし」として童話化していたりと信憑性がある。しかし、何故当時革命軍に加担したのかはどこにも記されていないのである。





 少し前、そんな壬の国にかつて王だった男が亡命した。

原因はヴァクティニアでの約300年ぶりの大規模戦争である「第五次王権奪取戦争」が勃発したからである。


 戦争に勝利し、王権を手にした革命軍は王政府軍の下したこの判断に揺れた。

何故なら隣国との関係は悪く、ヴァクティニア王が亡命できる筈はなかったからだ。


 しかし、王はこれを成功させてしまった。従って、革命軍は王軍つまり旧政府軍となる反乱因子を絶やすことは出来なかったのだ。




✝️





✝️






 黒の鎧に身を包んだ蜒蜒長蛇の列が壬北東部へ向かっていた。

ヴァクティニアで勃発した大規模な地上戦に敗れた王(ヴィクトル=カントール<King Cantor IV>)の行軍である。ヴァクティニア北部は亜寒帯に属し、積もった雪には軍靴の足跡が夥しく広がった。


 王(以下ヴィクトル)や閣僚階級の者は馬に乗り、周りを戦争から生き残った兵士で囲み、壬との国境線であるドラグ運河を目指した。敗戦を喫したとはいえ、かなりの数の兵が生存していたようで、ヴィクトルを護りながらの行軍は容易かった。


 何故、これ程の軍を率いておきながら革命軍に敗北したのか、ヴィクトルは苦悩した。


(まさかあの老人の言う通りになるとはな...)


 時を遡ること二ヶ月程前。


 ヴァクティニアの政権を握っていたヴィクトルの元にとある老人が「壬からの使者」として謁見したことがあった。





✝️





✝️





(王、隣国である壬からの使者と名乗る男が。)


側近が耳打ちをする。


(現在、噴水公園にて待機させております。一応、身体検査を行いましたが凶器の類いは持っていないとのことでございます。)


「...」


この時期は、"革命軍"の活動が勢力を増しており、近いうちに戦争が起こると噂されていた。所謂国内での冷戦のような状態。


王であるヴィクトルの警戒は非常に厳重な物となっていた。


「五角天召集だ。」


ヴィクトルは後ろにいた五角天、イェルミに合図を送った。


「承知致しました。」


程なくしてアヴィド、アタテュルク、ザギが王座近くに仕った。


「城へ入れろ。私も玄関へ出向く。」


王室よりもエントランスに出たほうが広く、刺客を取り押さえるのにも有効だからだ。

そしてヴィクトルは五角天への絶対的な信託と王としての圧倒的な威厳をその場に顕す。


エントランスへ出ると、兵士に取り囲まれた一人の老人が(たたず)んでいた。


(単身で乗り込んで来るとは驚いたな...)


「...」


ヴィクトルは階段の踊り場から老人を見下ろす。

老人はハットを被り、多くの勲章を服に施していて、肩には壬の紋章である「リバーススワスティカ」が刻まれていた。


「どうやら本当に壬の者みたいだぜ、王よ。」


後ろのアタテュルクが呟く。


「一体壬の国から何の用だ?」


老人は此方を睨め上げ、ゆっくりと口を開く。


「これはこれは...一先ず貴方様の王としての威厳に一礼を。

私めは一つ、"交渉"をしに...うかがった訳で御座います。」


「聞こう。」


ヴィクトルは階段を降り、側近が持ってきた椅子に腰掛ける。


「貴殿も座ってくれ。」


「御丁寧に有難う御座います...

何せこの老体にて足腰不如意でしてね...」


老人は被っていた黒いハットを脱いだ。


「貴方様は"革命軍"という組織が活発に動いていることは御存知でしょうかね?」


「無論、存じている。恐らく近いうちに戦争を仕掛けてくるだろうこともな。」


「左様で御座いますか。では、単刀直入に述べましょう。」


老人は一瞬、不敵なほくそ笑みを浮かべたように見えた。


「貴方達は敗けます。」


会場が動揺した。


ヴィクトルは老人に掴みかかろうとする兵士を制止し話しかけた。


「何故そう思う?」


「特に原因はありませんよ。貴国の軍事力は最大で御座いますし、革命軍に敗ける謂れは御座いません。」


ヴィクトルは固まった。


(この老人は何を言っている...?予言者か...?それとも何だ、耄碌の譫言(うわごと)なのか...?)


すると後方にいたイェルミが詰問する。


「理由はないだと?貴様、ただの譫言ならば...」


「そうなっているからで御座います。」


イェルミの声を遮り老人が静かに物言う。


「そうなっているだと...?」


「ハイ、残念ながら...」


「貴様...これ以上の無礼は許されないぞ!」


老人の後ろに控えていた兵士が首元に刃を当てる。


「おお...これはこれは...恐ろしいですな。」


老人はハットを被り直し、立ち上がった。


「信じるか信じないかは...貴方次第で御座います...

しかし、一応貴方様が敗北した時の為に亡命のルートは敷いておきますので悪しからず。」


「私は断じて認めない。」


(私は先代の悪政を糺し、この国を良くする為にこの20年尽力してきた...報復など受ける謂れは無い...)


ヴィクトルを背に老人は城を後にしようとする。


「王に対してのこの無礼、万死に値する!」


兵士達が剣を振り上げた。


「ふーむ...それともここで滅びるかね?」


老人は兵士に微笑みかける。


と同時に王城内部の空間が歪む。


「...」


(あの老人...)


ヴィクトルや後ろの五角天にもその異様な重力は感じられた。


ザギのアマルガム製の手足が振動し、カタカタと音が鳴るのが聞こえる。


「ヒッ...!」


兵士はその重圧に押され、床にへたり込んだ。


「もう良い、そちらの交渉内容はよく解った。"万が一"必要ならば使わせてもらおう。」


ヴィクトルは立ち上がり、一礼をした。

すると、空気が元の気圧に戻ったようで、先程の重圧は無くなっていた。


「では貴国の御武運を祈っております。」


老人はもう一度此方を振り返り一礼をし、王城を去って行った。






✝️





✝️





「どうやら、あの老人を少々見くびっていたようだ...」


ヴィクトルは降りしきる雪の中呟く。


「あの老人とは、あの時亡命を促しに来た...」


横にいた重臣が話しかけてくる。


「まあ私も馬鹿ではない。その後すぐ壬にはある人間を派遣している。」


「派遣...ですか、一体どのような件で...」


「城に着いたら判る話だ。

私も、ああ言っておきながら少しはあの老人の予知的な力を考えた、だから"アレ"も温存したのだよ。」


「"アレ"ですか...」


重臣は後列を振り向く。


大きめの馬車の上には「通天」と書かれた垂れ幕が提げられていた。


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