十七話 落日の雨
第5戦期創世年1/11 午後2:26頃 王城前噴水公園にて勃発したテロ。
首謀者は"禁教"、カウザ教の解脱者モフク「偽オスカー(47)」、
及び"Bonobo"。
其人は反社会的勢力Bonoboにより暗殺を委託される。
そしてアンゼル教神父を装い王朝へ潜入。
女王本人の抵抗により暗殺は未遂。
王政府により拘束後、事情聴取の為監獄グラナダに収監さる。
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戴冠式当日の華々しい城下町の気流を一変に戦慄へと変えたテロ騒動。
結局、民衆の混乱は収まることを知らず戴冠式は事実上の中止と相成ってしまった。
パレードを控えた芸者達や様々な祭り道具は陽の目を浴びることはなかった。
無論、芸者達へ積んだ資金はせめてもの慰みとお詫びとして譲渡。
王朝幹部、サルガタナスによると今回の一件の原因は、自分の監視不足と警戒の欠如だったとのこと。
そして女王デーメーテールによれば、自分がそういったテロリストを見逃すような状況に陥った原因は日々の重労働による疲れとされ、数日間の徹底的な休息を命じられた。
サルタが自分の書斎に引きこもっていた三日間、城下町では王朝の関係者総出で戴冠式の事後処理に東奔西走していた。
まず、当日に起きたテロの詳細を民衆に知らせること、そして戴冠式の大掛かりなセットを取り外す作業。
しかし、生憎の雨により作業には時間を要してしまった。
「先日は大変お騒がせしてしまい...」
王朝役員の男が家々を一軒一軒訪問し、お詫びを入れて回る。
「ほーんとびっくりしちゃったわよあれ!!もう背中の方がゾクッとなってね、ほんとにこの前の戦争から今回の、テロ?もう少し私たちが安心して暮らせる国にしてほしいわぁ~」
パンチパーマのかかった主婦らしき中年の女が玄関で対応する。
続けて、
「で、あの騒ぎはなんだったのよ?私は後ろの方にいたから、前の人達が急に騒ぎ初めても見えないし、爆弾でも見つかったのかと思って腰抜かしちゃったわよ。」
「あぁ~...本当に申し訳ございません。しかし、心配なさらずとも今はもう私達の手によってテロリストは捕獲されましたので...」
役員の男は愛想笑いしながらひたすらに頭を下げるのみであった。
沿道の飲食店では、雨の影響もあり客が激減。オープンテラスのセットは足早に閉じられ、以前の麗らかな様相は杳として姿を消していた。
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第5戦期創世年1/15
サルガタナスが起き上がった時、既に戴冠式の処理や雇傭試験といったイベントは終わっていた。
サルタの書斎は二階にあり、窓からは噴水公園と真っ直ぐ伸びる主道が見える。
外を見ると数日続く霖により空は真白、煉瓦張りの大通りは二階から見渡した限り冠水に近い状態であった。
「ふぅ...」
サルタは眉間を人差し指の第一間接と親指の先で揉む。
実を言うと休息を取れとの下命だったがサルタは徹夜で勤労していた。
だがあの頑固な女王に悟られてはならない手前、雇傭試験に首を突っ込むことは出来なかった。
「今はまだ大丈夫だが、私もいつかは過労で窶れてしまうのだろうか。」
(しかし私がいつ死んでも構わないように、これだけは完成させておかねばならない。)
サルタの目線の先には大量に積み上げられた冊子の束。
サルタの描く政策と王朝の運営の方法が事細かに記されている。
サルタは眼鏡を掛けるとベッドから起き上がり、床に足をつける。
(これで今日から外出も可能になった訳だが、生憎の雨か...)
ふとサルタがもう一度窓の外に目を遣ると、遠くの方で人混みが出来ているのを見つけた。
(こんな雨の中集まって、一体何をしているんだ?)
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雨は霧のようにきめ細やかに外を歩くサルタの肌に降り注ぐ。
どうやら風もあるようで、何時もの寒さに拍車が掛かる。
先程見えた人混みは王城から一直線に伸びる主道の中程にポツリと形成されていた。
「何事ですか?」
約20人程の人混みだった。
何かを中心にドーナツ状に広がっているようであった。
サルタが人をかき分け中心を覗くと、そこには街灯に凭れかかった死体があった。
そして、同時に付近にいたアドラに睨まれた。
人混みを形成している民衆がサルタに気づくと、道が開きサルタを死体のある円の内部へと運んだ。
死体の生々しい姿が目にしっかりと入り込む。
どうやら顔の皮膚が剥がされたらしい。
血が凝り固まって紅色となった頭蓋骨、ところどころ雨で流され白骨が見えていたが、徒に目だけはギラギラと輝いていた。
側にはまるでゴム膜のような皮膚が粗雑に投げ捨てられている。
皮膚の内側は灰色で、皮下脂肪は黄色く変色していた。
円の内部にはサルタを睨み付けるアドラと、小太りの男がいた。
「おいクソメガネ、この人...はお前の所為で殺されたって本当なのか...」
「...どういうことですか。」
「お前とアンジェラがBonoboのディスペンサリーに参加した時、競りの参加権をお前に渡した奴がこの死体だ。」
「...」
「そりゃあ王朝の手先をディスペンサリーに招待した輩なんてリンチされて当然だろうよ。でもな、お前が王朝の人間だということを奴らに知られなければ避けれた"死"だろうが...」
アドラの怒りを抑えた口調に周りの民衆は緊張を走らせる。
「成る程、この方は私達をディスペンサリーに招待した...
しかし...私はBonoboに牽制をかける意図でディスペンサリーへ向かった。その点で言えば当然王朝の介入は彼らにも伝えなければならなかった。」
「何...じゃあお前は最初から自分の正体をBonoboに言うつもりで居た訳か...外患を誘致した人間にBonoboがどのような罰を下すかはお前も知っている筈だ...!それなのにお前はっ!!」
アドラはついに怒鳴り声をあげた。
潤った目の向く先は皮膚を剥がれた無惨な死体。
「"コラテラルダメージ"だ、アドラ。」
「...は?」
「国の発展に犠牲が伴うのは必然だ。これはBonoboを掃討する作戦において必要な犠牲だった。人は時に冷酷にならなければ...」
サルタが言い終わらぬ内にアドラの拳がサルタの顔面に打ち付けられた。
周りの民衆からは心配げな声が漏れる
「己らが"革命軍"として打倒王朝を掲げ、武装蜂起した時、お前が言ったことを己は覚えている...」
アドラはゆらゆらと立ち上がり、サルタにもう一発入れる。
「お前、『民族、性別、地位関係なく暮らせる世の中を作ろうな』って言ったんだぜ...?」
アドラの目には涙が浮かんでいるように見えた。
サルタはアドラの拳を避けなかった。
そして、出血して赤く染まった眼鏡の奥の左目をゆっくりと開く。
「アドラ、お前...にも...いつか解る時が来る...世の中は甘くないと...」
「うるせぇよ...サルガタナス、己はもう、お前を"クソメガネ"とも呼べなくなっちまった...」
そう言い残すとアドラは踵を返し、王城へと歩いていった。
場に残ったのは膝をついたサルタと、小太りの男、そして成り行きを固唾を飲んで見守る民衆。
おもむろに死体に居た小太りの男が口を開く。
「サルガタナスさん...真実を言わなくて良かったのですか...」
民衆が少しざわめいた。
「今のでは...余りにサルガタナスさんが不憫でなりません...少し、私に時間を下さいませんか。」
サルタは沈黙したまま首をゆっくりと縦に振った...というよりは、視線を落としたと表現した方が良いだろうか。
「コホン......この男は、私のちょっとした友達でした...路地裏で世間話をするくらいのね。」
降り注ぐ驟雨の中、小太りの男が話し始める。
霧雨の為、雑音に遮られることはない。
「でも結局は生活に行き詰まり、死を願うのです。路地裏の住人はいつかはそうなる。でも、こいつはまだ生きる希望を持っていた。そう、"革命軍"の存在が大きかったでしょう。こいつは革命軍のポスターを見つけては私にそれを見せ、嬉しそうにそれについて語りました。いつか悪政を敷く王朝をやっつけてくれる、と。」
サルタは口から流れる血を軽く拭き取り、立ち上がった。
「まるで悪者を倒してくれるヒーローを待ち望む純粋な子供のようだった。そして、この前の戦争で革命軍が王朝を倒した時は、本当に大喜びでしてね。『俺は革命軍、いや新しい王朝の為にこの命を捧げるんだ』と心の底からの笑顔で私に言いました。なのでね...こいつは、これで...本望だったと思...い...ます。」
小太りの男の頬には涙が伝っていた。
「あの阿呆にそんな事情は受け止め切れないだろうからな。」
サルタはそう言い残すと死体の方へと歩み寄った。
雨に晒され釁られた朱さえも流れ落ちた成れの果てに、サルタはしゃがみ込み、持っていた傘を掛けた。
そして羽織っていた上着を皮膚が剥がれた死体の顔に優しく覆う。
「そんな姿では...寒いだろう...」
サルタはこの瞬間、涙を流したのか、それとも霧雨の滴だったのか、
暫くの静寂が訪れた。
その後、サルタは何も言わず立ち上がり、アドラと同じく王城の方向へと歩いていった。
小太りの男と民衆は、その後ろ姿に頭を下げた。
(コラテラルダメージ...言ったからには実行しなくてはならんな。
Bonoboの掃討を...)
政治は時に民衆に対して牙を剥く時があるだろう。
しかしどんな悪政であってもそれは幾千もの決意と流涙の上に成り立った物だということを忘れてはならない。




