十六話 没収
「もう1:30か、そろそろ噴水公園に向かった方がいいな。」
ブライは片手に林檎飴を持ち、もう片方に妹の買った大量の品々をぶら下げて歩いている。
「ねえ、結構人が多くなってきてるみたいだけど、本当に大丈夫なのか?」
ここは王城からは少し離れているが、確かに数分前と比べ人が多くなった気がする。
「15分前辺りに着いておけば、流石に席は確保出来ると思うがな...」
(いや、これは少し想定外だな、意外と物好きな奴が多かった...新王朝の戴冠式とかいう突然の催しだし、大して人は集まらないだろと思っていたのだが。)
(王冠授与の時間に合わせてここに来て女王の顔だけ拝みに来たってか...)
少しずつブライの歩くペースが速くなっていく。
そしてサラはそれに頑張ってついていくが...
「ちょっと、速い速い...全然大丈夫そうじゃないじゃん。」
サラに肩を掴まれ強引に動きを止められる。
周りは先程よりも増して人でガイガイ騒がしい。
王城に近づくにつれ人の密度がどんどん高くなっているのだ。
「...」
(これはマズいかも知れない...まだ噴水公園は先なのに既にこの人の量。)
「サラ、」
ブライは何かを訴えかけるような瞳でサラを見つめる。
「な、何...?」
「...もう何も言うことねえわ。皆強えわもうダメだ、強い。」
ブライは髪をかきあげ、オールバックの如き風貌になる。
「諦めたんかい。」
サラは大きな溜め息をつく。
そして沿道の店の一段上がった所に腰掛けた。
「ああ、民衆と俺との意識のウエイトに差がありすぎたって訳だ。
15分前に着いておけば間に合うなんて考えは甘すぎるよと、」
ブライはサラの横に腰掛け、ずっと右手にぶら下げていた荷物を腰掛けるサラの太股に置く。
「ひゃっ!」
袋の中には冷えたドリンクが入っていたので驚いたのだろう。
サラが素頓狂な声を出した。
「ちょっと!急に置かないでよ!」
サラは太股に置かれた荷物を横に流す。
「参ったな...俺も女王の顔を拝みにきたのに結局見れず終いかぁ...」
人混みに身を投げるのは普通でも嫌なのに今日は蒸し暑いときた。
ブライには、眼前に広がる密集に投身する勇気はとても起きなかったのだ。
そして、そうこうしている内に時刻は2:00直前。
「そろそろ始まる時間だ。」
ブライは深呼吸し始めた。
「...何やってんの。」
「もうすぐ女王が城から出てくると思うから、女王の触れた空気を俺も堪能しようと思ってな。」
「キモ!!」
サラは無意識に兄から体を遠ざける。
すると横に置いていた荷物に思い切り体をぶつけてしまい、中の菓子やドリンクが人の密集地帯に転がり込んでしまった。
「あぁーーーー!」
というサラの叫声と被さり、王城の方向から民衆の歓声が聞こえてきた。
「サラ、菓子のことは諦めろ。俺も、諦めたから。」
ブライは、本来なら自分が今居る筈の噴水公園からの大歓声を聞き、無念そうに壁に凭れ掛かっている。
すると、突然自分達が凭れている店の壁の奥から凄まじい銃声が一発、空気を切り裂いた。
周りの人間もそれを耳に入れたらしく、一瞬だけ周りの喋り声が止まる。
(なんだ...今のは...)
暫くすると、再び周りが五月蝿くなり始めたが、先程の和気藹々とした喋り声というよりは、不安げなザワザワとした騒音だ。
「銃声...だったよね?」
「この集客数を見て忘れかけていたが、やはり新王朝に対しよく思わない奴らも一定数いるのは確か...だが祭の日にテロを起こすようなことをするものなのか...?」
(政治脳の考えていることはつくづく理解出来ないな...)
噴水公園の方が段々と騒がしくなってきたのが何となく感じ取れる。
何やらただならぬ空気が二人の居る一帯を満たしてゆく。
(一体何が起きるんだ...)
「ねえ、逃げた方がよ...」
サラがそう言い終える間もなく、王城の方から大量の人間が叫びながら一斉に押し寄せてくるのが見えた。
まるで火砕流の如くそれは見る者にえもいわれぬ恐怖を抱かせる。
王城前の噴水公園から伸びる一本の主道。
運悪くブライとサラもその主道の脇に腰掛けていたのだ。
「な、何事だ...」
ブライとサラは脇に居たのでその人々の濁流に飲まれることはなかったが、その場から動けないという恐怖が積もる。
(噴水公園で何か起きたな...本当に武装したテロリストが現れたとしたら...)
「サラ、お前はこのビッグウェーブに乗って逃げろ!ここも安全ではないかもしれない。」
「え、でも兄ちゃんは...」
眼前の濁流の密度が薄くなり、フルマラソンくらいの人の量になってきた。
先程落としてしまった菓子類やドリンクは踏み潰されてぐちゃぐちゃになっていた。
「俺は今武器を持ってないがテロリストごときには負けない自信がある。それに、兵士志望で明日試験を受けるつもりの男がここで逃げる訳にはいかない。」
「わ、わかった...じゃあ家で立て籠っとくわ。」
そう言うとサラは立ち上がり、全速力で走っていった。
「よし...」
数分前とは打って変わって周りには殆ど人が居なくなってしまった。
それもそうだ。ここに残るなんてのは余程胆が据わっている人間だろう。
道を隔てて向こう側には一人、薄汚い作業着を来た老人が胡座をかいて座っていた。
(皮肉にも路地裏の人間は胆が据わっている、か。)
「ここで女王に媚を売って、明日の試験は楽々パスしてやる!『俺の勝手』ということでな!」
ブライはひたすら噴水公園に向かって走っていく。
しかしテロリストらしき人間には一向に出くわさない。
(さては噴水公園で王朝軍と戦っているな?
...見えた、あそこだな!)
しかし、ブライの企みも空しく一人の神父が起こしたテロは既に片付いていた。
✝️
✝️
2:30
ついぞ30分前に女王の命を狙って銃を打った男が、ぐったりと座り込んでいる。
「...失敗してしまった、か───
おい、そろそろBonoboの奴らが俺達を没収しにくるぞ。逃げるなら今の内だ、お前だけでも...」
隣には泣き虫"だった"男。
「...」
(無言か、死を受け容れた人間ってのは急に大人びて見える物なんだな...
俺はまだ、生に執着してんのか...?)
男は薄汚れたシャツで目頭を拭いた。
すると汚れが目に入ったのか、今度は目が痒くなる。
(何か俺の人生、面白かったことねえかな。)
男は、7歳の時に両親に捨てられた。
家計が破綻し、口減らしの為なのかは分からないが気付けば路地裏で暮らしていた。
(そうか、俺は7年だけでも愛されていたんだったな。まだその点で言えばこいつらよりはマシだったのかもな...)
その後、親に捨てられた子供や奴隷商から逃げてきた子供などが城下町の路地裏へと集まり、一つの組織のようなものが誕生する。
横にいる男もその一人だった。
Bonoboは逃げた子供が路地裏に居ることを知りながら泳がせ、使える駒になるまで成長させたのだ。
(...俺は何の意味も為さなかったんだな...俺がこの世界に存在したという事実は何も産まない。居ても居なくても何も世界としては変わらない。)
「ブッ」
少し笑ってしまった。
外から何者かが梯子を上ってくるのが聞こえる。それも数人らしい。
「さて、皆さん没収の時間ですよ。無駄な抵抗はしないで下さいね。」
眼鏡を掛けた男が軽快に話す。
顔は笑っているが、目は笑っていない。
眼鏡の男の両隣には大柄の男が居て、片方の男の肩には先程没収を嫌って逃げた二人が抱えられていた。
そして、もう片方がこちらへ向かってくる。
「さあ観念しな。へへへ。」
すると、横に無言で座っていた男が急に必死の抵抗を始めた。
「ああ!?抵抗しても無駄だぞゴラ」
大柄の男は抵抗する男に向かって容赦なく拳を振り下ろす。
さっきまで無表情だった男が、抵抗を始めた途端に怒り狂った猿のような形相をしている。
だが勝てる筈もなく、強引に引っ張られていく。
「おい、そこのお前。お前も抵抗するならどっちも殺すぞ。」
大柄の男がこちらを睨んでくる。
両手を挙げ、無抵抗の素振りを見せる。
(こんなにも詰まらない結末なのか。次に生まれ変わる時は...
人間だけにはなりたくないものだ。)
空は何色か─────
俺は20年後の王朝の姿を見ている。




