十五話 ブライとサラ
「今日は季節外れな暑さだな...朝方は肌寒かったから結構な厚着で来ちまったが...」
人で賑わう主道を二人の男女が歩いてゆく。
道の両脇には屋台がひしめき合い、所々の屋台に立ち並ぶ行列が行く手を遮ることもしばしば。
「おいサラ、人混みで迷子になるなよ?」
前王朝で兵隊長を務めていた男、ブライである。
「って...」
後ろを振り返ると妹ことサラの姿は人混みに埋もれてしまっていた。
(あぁ、全く世話がやける奴だ。)
こういうこともあろうかとブライは予めサラには目立つ服、オールピンクの着物を着せていたことが功を奏しギリギリサラの居場所を察知することができた。
「サラ!ここだ!」
ブライが目一杯背伸びをして周りの人間の肩上部辺りから巧みに腕を伸ばす。
そしてなんとか再び合流することが出来た。
「ふぅ、全く世話が焼ける兄貴だこと。」
サラはやれやれといった表情で沿道外れの石段に座って息をついた。
(ネタだよな...?)
ブライは吐き気を催す邪悪をその目で見たかのような表情を浮かべる。
すると急にサラは此方を振り向き、真剣な眼差しを向け始めた。
「んっ!」
「...ん?」
「ん!!」
サラはムスッとした表情で片手をブライの方へ持っていき、何かを催促するような仕草を見せた。
「......あ、あぁ飲み物か。」
ブライは鞄から冷えた天然水を取り出し、渡す。
「...へぇ、分かってるじゃん。」
サラはブライからペットボトルを受け取った。
そして指で爽やかに蓋をあけようとしたが、まだ未開封のペットボトルだった為に苦戦しているのか、蓋に突き立てた指をプルプルさせている。
「なんだ?俺が開けてやろうか?」
ブライが手を差し伸べるが、サラは激しく首を横に振ってこれを拒否。
(こいつァ何がしたいんだよ...)
サラは頬を少し赤らめ、掌で蓋をこじ開けた。
パリパリと良い音が響く。
そんな兄妹の二三のやり取りは人混みに埋もれ、俯瞰ではどう見えづらかった。
「しっかし、すごい盛り上がりようだな。」
ブライは手で日陰を落としながら少し離れた所に聳える王城を見上げる。
指の隙間から燦然たる白色光がチラチラと瞳孔に飛び込んでくる。
「そうね、戦争がつい最近まで繰り広げられていたとは思えないくらいに。」
じきに太陽は高層の雲に遮られ、町全体に眛い影を落とす。
ブライは日陰を作っていた手をどかし、視界が良好になったのを確認した。
だがそれと同時に、突然嫌な寒気が走ったのであった。
「なあサラ、俺がこの戴冠式に来た理由、わかるか?」
「そりゃあ祭りだし楽しむためじゃないの、あっ、それとも明日の雇傭試験の下見とか?」
サラは三分の一程飲んだペットボトルをブライに返還する。
「まあ...それもあるが、本当のところはそうじゃない。」
ブライはサラの隣に座った。
「俺は、女王の姿を見てみたいんだ。」
行く雲の流れは絶えずして、太陽が再び下界を照らす。
二人は出店の庇の下に移動した。
「前王朝に就いてた時は敵同士だった...それにも関わらず、俺は敵大将の顔も知らないまま隊長の座に縋りついていたんだ...
どうもこれがずっと腑に落ちなかった。まだ俺には戦人としての意識が足りねえんじゃないかってよ。」
暫くの静寂が辺りを包むが、すぐにサラが口を開く。
「今は午後1時前。あと一時間くらいで王冠授与だっけ?...が始まるんだし、焦らなくてもそこで見れるんじゃない。」
ブライは自責に駈られているのか、石段に座りながら下を向いている。
この男には悩み事を一人で抱え込む癖があるのだ。
「はぁーっ、さってと、まだお祭りは始まったばかり、早くいくぞ!」
サラはブライの無防備な背中に思い切り掌でインパクトを与えた。
バチッと音が鳴る。
「あ痛ッ!!!」
ブライが跳ね上がると、サラはどんどん主道を進んでいくのが見えた。
(お陰で目が覚めた...俺の悪い癖だ。昔を思い出すとすぐこうなっちまう...
だが...)
「おいちょっと待ってくれよ!」
ブライは妹を追い掛けた。
「これって、旨いんですかね?」
サラが見つけたのは棒状の飴らしきお菓子だ。
「ん、なんだこれ。普通に美味しそうじゃないか。」
ブライが追い付いた。
毎日引きこもっている癖にこの謎の健脚は一体何なんだ。
「この商品はね、他の飴とは少し違うんですよ。」
屋台に居た中年女性が話しかけてくる。
「軽くて食べ応え抜群、そして何よりも味を引き出す果物の蜜です!!」
「じゃあ私3つセットのこれ買おうかしら。」
「あなたも3つですか?」
中年女性が"買え"という表情でブライを見る。
「うっ...Me tooです。」
✝️
それから後も色々買い食いを続けた。
サラが駄菓子が沢山売られている屋台を見つけ次第駆け出してしまった。
ブライが2分程遅れて店内に入ると
すると、何やら尋常ではない程膨脹した袋を担いでいるサラが陽気に出迎えた。
「よっ、」
サラは満面の笑みを浮かべながらVサインを送る。
「あぁ、その袋を見て完全に目が覚めたよ。お前...まさか...な?」
ブライは右手で自分の顔を掴み、指の隙間からサラを睨んだ。
「あっ、ごめーん、中枢神経が滑っちゃったぁ」
瞬きを一回、二回、三回と重ねていく内に妹の持つクソデカ袋がみるみる会計台に近づいていく。
「おい、テメェ!」
何と駄菓子だけで会計は3000カジャに昇った。
屋台の主っぽいおばさんが無言の圧力でブライを潰しに掛かる。
「あら、随分と気前が良いのねぇ、お兄さん。
お嬢ちゃんも鼻が高いでしょう?」
「ええ、自慢の兄ですよ本当に♪」
「お前ら...いい加減にしろよ...」
ブライは先の戦争の時でさえ無かった程に震える手で、会計を済ませた。
✝️
店からはウキウキなサラとげっそり痩せ細ったブライが出てきた。
「ねえねえ、私これだけじゃ足りないからさ、もうちょっとお金頂戴?」
「ウッソだろお前...それだけの菓子があれば十分だろ...」
「こんな甘ったるい物じゃ飽きてくるでしょ、だから揚げ物とかも食べたいなって。」
「...おい、念のため訊くが、あなた年齢は?」
「18歳。」
「俺の年齢は?」
「21歳。」
「そんだけの年齢差しかない、しかも実兄にお祭り用の小遣いをせがむとは、到底許されるべき行為ではないだろ。」
(しかもこいつナチュラルに俺の年齢間違えやがった...俺は22だ。これは傷つく...)
「...ぐすん。」
(ん...?ぐすん?)
サラは急に両手で顔を覆い、泣き始めたのだった。
「ひっく、な゛ん゛て゛た゛め゛な゛の゛お゛ぉ゛!お兄ちゃんの、バカ~!!」
急に鳴り響いた女の泣き声に、周りに居た人々の視線が集まる。
「ちょっ、ちょちょっと待て、泣き止め、金やるから、な?」
ブライはどうせ嘘泣きだろうと妹の顔を覗き込む。
すると、本当に指の隙間から水が流れているではないか。
(え...俺本当にサラを泣かせちまったのか...?)
「やむを得ない...」
ブライはカバなんと一万カジャ札を取り出し、それを折り畳み、顔を覆う妹の両手の指の隙間に差しこんだ。
すると、ピタリと泣き声が止み、
「え...うそ...」
との妹の地声が聞こえた。
(えっ、ちょちょちょちょっと待って、一万カジャって兄貴なに考えてんの!?)
サラも思わぬ金額に動揺していたのであった。
(でもいっただき~♪)
「ごっつぁんです!」
「あっ、お前やっぱり!」
ブライが差し込んだ一万カジャ札を抜き取ろうとするが、サラはそれを華麗に避ける。
「騙される方が悪いんだぜ☆」
「じゃああの水は...」
「ジャジャーン、小型霧吹き~!今日は暑くなると思って持ってきたんだけど、こういう応用も効くんだねぇ。」
サラは小さい卵形の霧吹きを顔と掌の間にセットし、瞼で霧を噴射し涙を演出していたのだ。
「クソ、返せ!俺の万札!」
「王国民法第35条の第二項、『両者の合意の上為された両者間の物品の貸借は、これを元に戻す際はまた両者の合意が必要となる。』に則って、返さないよーだ。」
「何を言っている。それは前王朝体制下の法律だ。新王朝の国でそれが適用されるかは今検討中なんだよ。」
「ぐっ...」
サラは少しひるんだが、すかさずまた狡い手を使う。
「皆さ~ん、この人、法律をないがしろに...グフッ」
ブライが咄嗟にサラの口を手で塞ぐ。
「やる、やるから!」
「やったー!!」
(完全勝利!)
周りの人々も、微笑ましい兄妹の掛け合いを見て少し心が癒されたことだろう。
道のど真ん中で取っ組み合う二人を見て、ただ苦笑いをするしかないようだった。
「ま、まあ実を言うとその金は...元から渡すつもりではあったんだけどな、」
「えっ?どういうこと?」
サラは目を真ん丸にして訊いた。
「俺が女王のお姿を見に行っている間、お前にはどっかで時間潰してもらおうかなって思ってて...」
(とはいえまだ1:20か。まだまだ時間があるな...)
ブライは踵を返し、王城へと歩き始めた。
「ほら、行くぞ?
さて、どこで時間を潰そうか。」
しかしサラは踞ったまま。
また両手で顔を覆っているようだ。
「あれ───────」
サラは思いがけなく自分の本当の感情に気付くことになる。
(涙?私泣いてる?え...なんで...?)
「おい、ほっていくぞ~」
少し遠くから聞こえる兄の声も、なぜか歪んで聞こえる。
それに、視界が涙らしき液体でぼやける。
サラは握り締めた一万カジャ札を見た。
(もう...どんだけ優しいんだよ...このお人好しが!)
サラは着物の袖で雑に涙を拭うが、次から次へと止めどなく溢れてしまう。
ブライは妹がそんな状況に陥っているとは知らず、本当に妹をほっていかない程度の速さで歩いていた。
(あいつ、また何か企んでるんじゃないだろうな...)
そんなことを考えていると、突然、後ろから抱き付かれた。
そして背中に生暖かい湿った物が感じられた。
ブライが顔だけ後ろにやると、綺麗に結われた茶髪が見えた。サラだ。
「サラ...お前───────」
サラの心臓の鼓動が背中越しに伝わってくる。
サラはまな板なので断然響いてくる。
「さては、"吐いたな"?」
「な゛っ...」
「吐いてないわ!!!」
最後はサラがブライの頭をひっぱたいて幕を閉じるという、一昔前のドタバタギャグ漫画のオチのような感じを醸しつつ終了。




