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大海の鯱、井の中を知らず  作者: 異端(ヰタン)
戴冠式
35/85

十四話 暗殺

実を言うと、ここ最近のサルタの判断力は非常に鈍くなっていた。


こう睡眠も満足に取れず宵旰(しょうかん)たる日々が続いていては無理もない。


今回の戴冠式にさしあたっても、"二つ程"大きなミスを犯してしまっていた。


そしてそれは、時に女王の生死にさえ関わる程に巨きくなるのだ。







✝️






✝️







運良く至近距離で女王の王冠授与を目に納めることができる国民達は、その美しく気高い女王の周りにドーナツ型の輪となりひしめいている。


女王登場の際は歓喜の声でそれは騒々しかったのだが、現在は荘厳な面持ちで中央の神父と女王を見つめている。


女王デーメーテールは神父に対して片膝をつき礼をした。


そろそろ王冠が神父の手によって女王の頭に置かれ、王冠授与は完遂される。







✝️






✝️






「神父が動き出したぞ...照準を合わせろ。誰にも気づかれることなく一発で終わらせるんだ...!」


王城の噴水公園を俯瞰できる塔に居る四人は息を呑んで時機を待つ。


銃を構えているのは最も年上の男。


今まで、そして今も冷静に見えるが額には脂汗が滲んでいる。


先程まで泣きじゃくっていた男も、疲弊したのかぼーっと座り込んでいる。


「お前ら、後は俺がやるから...もういい。帰れ...」


スコープを覗きながら唐突に口を開いた。


「...」


他三人は何も言わなかった。


男がそう言った意図は容易に察することができたからだ。


数秒程沈黙が続く。


すると、女が口を開いた。


「...私は──────」


何か言い掛けたが言葉が出てこなかったのだろう、己の命が惜しいが体裁もあるという拮抗の中で弱冠14の女が悶えているのだ。


そして数秒後無言で階段を降りていった。


その後、(たが)が外れたように脇に突っ立っていた男も階段を降りていく。


空間には銃を構える15歳の男と、座り込んでいる男が残った。


年長の男はスコープから一度目を反らし、残った男を見た。


「...」


「俺は...もう泣くことが億劫になったんだ...」


先程まで弱音を吐いていた男が真剣な顔でこちらを一瞬見た。


「...どういうことだ。」


「さっき今迄の楽しかったことや、家族や友達との思い出、そんなのが脳内を駆け巡って...もう十分堪能したよ。人生って物を。」


そう言いながらもやはり又、目に涙が浮かび始める。


涙を堪えようと努めるが口を開き話始めると又涙が込み上げてくるのはよくある話だ。


「たくましくなったな...」


男がそう言い終えるか言い終えないかの瞬間、突然として歓声が王城の方から聞こえた。


スコープを除くと、王冠を持った神父が女王の元へ歩み寄っていた。


(拍手の音の中で銃弾を放つよう、他のグループとの話し合いで決めている...)


「さて...」






✝️





✝️






(おお、なんと神々しい...)


見回りに徹していたサルタも思わず凝視してしまう程の美しさだった。


細緻に装飾された黄金の王冠が女王デーメーテールのサファイア色の髪の上に置かれる。


正に宝石のように煌めいている。


その瞬間、どっと民衆から割れんばかりの拍手が起こる。


(これで王冠授与も(つつが)なく終えられたな。


そして...)


サルタは、パントマイムの如く空間を触った。


そう、今の拍手の中でささやかに銃声が鳴り響いた筈なのだが誰も気づかなかったのだ。


それどころか、女王に銃弾がヒットすることもなく、ヒットマンの存在さえも気づかれていない。





✝️





✝️





「ひゅー、結構疲れるもんだな、まあ戴冠式の日くらいは張り切って行かないとね!」


モロクがサルタから頼まれた仕事というのは、遠方射撃を無効化する障壁を張ることだ。


その通り、モロクは民衆のドーナツを包含する半円形の障壁を貼っていたのだ。





✝️





✝️




サルタは一時安堵したものの、やはり何かが引っ掛かっている様子。


(いや待て...それなら私のこの悪い予感は何だったのだ...?決して外れることのない予感の正体は...)


不意にサルタは女王の方向に振り向く。


そこに居た。悪い予感の正体という物が。


この時こそは本当に時が止まっていた。


サルタの目に映ったのは王冠を頭に載せ膝をついている女王の前、剣を高々と挙げ、正に首を刈り取ろうとしている神父の姿だった。


(......!)


サルタは我も忘れて女王の元へ走りよろうとしたが、透明な障壁に阻まれた。


そう、モロクは民衆のドーナツを包含する障壁ともう一つ、女王を民衆のドーナツから守る形で小さなドーム型の障壁を作っていたのだ。


(ぬか)った...!!」


サルタはモロクへの指示が甘かったという己のミスに気付いたがもう遅い。


障壁は到底人一人の力では壊せない。


周りの民衆は、まだ何が起きているのかが理解できていないのか騒ぐ様子もない。


そんな中、神父の断罪が執行されようとしていた。


サルタは見た。


一瞬にして振り下ろされる刃、それは確実に女王の首元間近まで順調に軌道を描いていた。


しかし瞬きを一度挟むと次に見えたのは女王が斬撃をかわし反撃の構えをしているという状態。


不意撃ちの筈の力一杯の斬撃がかわされ、前屈みになった神父はその体勢のまま女王を()め上げた。


そしてこのコンディションが完成してから、民衆が情状を酌量し大騒ぎし始める。


蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げようとするがモロクの障壁に阻まれて外に出られない。


民衆のパニック状態は更に増していく。


喧騒の中、モロクのもう一つの障壁に囲まれた神父と女王の空間は静寂に包まれていた。


障壁の外でサルタ、アンジェラ、そしてアレスが障壁をこじ開けようと奮闘している。





✝️




✝️




「能くかわしたな...」


神父は神父らしからぬ表情で女王デーメーテールに話しかける。


「あら、そんな生温(なまぬる)い斬撃が当たると思った?」


デメテは両手を顔の前に持っていき、宛らボクサーのような構えをとった。


白いドレスにロングスカート姿だが、特に千切ったりする様子もなく、この姿でも体術で負ける気がしないという意思表示なのか。


「舐めてるな...私を...」


神父が剣を尋常ではない速度で横に振り切る。


剣が空を切った音が鳴り響く。


そしてデメテにその勢いのまま斬りかかった。


が、デメテの眼球は正確にその軌道を捉え続け、剣先が自分の攻撃範囲に入るやいなや一息に蹴り上げた。


剣は神父の手から離れ地面に落ちる。


その隙にデメテは一気に間を詰め反撃にかかる。


神父がもう一つの隠していた剣を出すが最早デメテの打撃を止めることは出来なかった。





✝️





✝️





(ん?何が起こってるんだ...)


モロク視点だと、いきなり民衆が騒ぎ始め自分の拵えた障壁を内部から破ろうとしている状況だ。


「ま、まあ一瞬だけ解くか...」


モロクが右掌を閉じ、凝った筋肉をほぐすようにブラブラさせた。


すると外部の障壁だけ解かれ、押し込められていた民衆は解放され散り散りに逃げ惑う。


「...あれは?」


民衆がほぼいなくなり、ようやく真ん中で起きている事件が目に入った。


(ヤバい、女王が直々に闘ってるだって!?)


モロクは左手を見た。仄かに青いオーラを纏っている。


(あっ...これ私のせいかも...)


モロクは青ざめ、即もう一つの障壁も解いた。


そして王城に向かって土下座した。





✝️





✝️





障壁が無くなったことにより、幹部三名中に入り神父を取り押さえた。


「これは全て私の失態...如何に責任を取ろうか...」


サルタがデメテに頭を深く下げる。


「いやいや、こんなことくらい全然構わんのだよ。それどころか、今回のこの戴冠式のあれこれ、礼を言いたいのはこちらだ。」


「しかし...」


「まあ少し疲労が溜まりすぎたようだな、明日は1日休め。これが今回のサルタのペナルティだ。」


神父はアンジェラに取り押さえられ、武器も没収された。


身なりを調べてみると、この神父の素性が明らかとなった。


「貴様...アンゼル教ではなく、<シンプ>ルに禁教の<神父>だな。」


アロハシャツ姿のアレスが問う。


神父が首から提げていたアンゼル教の印である女騎士のネックレス、その裏には禁教とされている"カウザ教"のシンボル、「手」が深々と刻まれていた。


「カウザ教...ということは、"Bonobo"に雇われたか...」


サルタが神父に近づく。


「疲弊していたとはいえ私を欺くとは...」


サルタが神父の顔を除きこんだ。


「...ええ、私はBonoboに雇われました。」


「この武器もBonoboから貰ったやつ?」


神父の持っていた剣を物色していたアンジェラが口を開く。


「いえ、これは自前ですよ。」


「成程。」


(カウザ教...最早信者も減り消滅寸前だと思っていたが、まだ生き永らえていたか...)


「まあここでの尋問は時間の無駄です。残りは署の方で伺いましょう。」


気づけば、周りには警吏の者達が集まっていた。


「クク...私も遂に囚人か。まああの組織に"没収"されるよりは遥かにマシだ。」


警吏に連れていかれる手前、神父が言い放ったこの発言の中の"没収"という言葉、これが妙にサルタの脳裏にこびりついたのだ。

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