十三話 鷣の齝
特に始まりの合図があったという訳でも無く、ただ気付けば時計の針はとうに午前9時を通り過ぎていた。気付けば民衆は王城付近に押し寄せ賑わっていた。
見渡せば沿道に屋台が群がり、王城から直線に伸びる道に沿って並べられた店は悉く祭装い。
旁の出店出店は集う民衆を傅き、戴冠式の嫺美に街の活気を弐える。
そんな中、戴冠式のトリを飾るのは勿論のこと女王デーメーテールであるがその玉座と成り得る物、それはこの戴冠式に於けるパレード。
王城の役員共が東奔西走し集めた腕利きの芸者達が織り成す行進。
そして多額の阿堵を擲って拵えた様々な彩り細工等は刻一刻とその時を待ちわびている。
現在、パレードに出演する芸者は王城内部エントランス脇で待機し、本番の形式を参謀のサルタから伝えられている所である。
「急ピッチで仕上げた内容故に予行は出来なかったが、皆の往年に亘って研き上げた技をいつも通りに披露してほしい。それだけでこのパレードは大成功すると保証しよう。」
この世界にはインターネットなんてものは開発されていない訳で、芸者といえば暇を持て余した庶民から見ると格好の客寄せパンダ。
常に大量の目に見られながら研いてきた芸、それは戴冠式パレードを成功させるには剰りにも十分過ぎるだろう。
「パレードは女王の王冠授与が終了し、女王が王城に戻ったら開始する。王朝役員で結成した楽団が演奏を始めたら貴方達の出る合図だ。」
時刻は10時と僅。戴冠式の中の比較的大きな催しはこの王城前噴水公園で行われる。
この公園は大きさにして東京ドーム5個程の広さであり、また王城の中庭と連結している。
現在この噴水公園にて、東京ドーム1/15分程の広さのステージで東京ドーム1/60000分程の大きさの人達が歌を披露している。
巷では大人気アイドルグループの満土手坂69である。
テレビも無いのにどうやってアイドルという国民に広く知られる存在になるかと言うと、電気技術の発展は乏しいものの写真の技術と印刷技術は発展しており書物を通して国民に広く認知されるに至ったということである。
当然、ビジュアルだけでは心は掴めない。書物で国民の心を掴むにはそれなりの文才であり読み手の内を心地良く綏撫する文が書けないといけないのだ。
現在満土手坂69の総勢35名の女の子達が歌って踊っている。
ステージ下に駆け付けた多くのファンは当初、この女の子達が書いた文学作品に心奪われこのステージに辿り着いた筈なのだ。
現代の芸の無い社会のラブドールと化したような芸能人とは訳が違う。
今回の戴冠式のオファーを快く受け入れてくれたのは、このアイドルグループのプロデューサーとは革命軍時代からの付き合いであり、また革命軍として戦った同士であるからだ。
革命軍の印象操作、アジプロの際はこの満土手坂69に世話になったものだ。
しかし戦禍で3人程減っている。
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今回王朝が企画したイベントは次々に無事なる成功を収めていった。
アイドルグループのライブ、演説、ゲーム大会等全てはこの次に行われる王冠授与の前座に過ぎない。
街中に貼り付けられている戴冠式イベント行程を確認したのだろう、噴水公園には今までに類を見ない程の民衆でごった返している。
(さて、そろそろ私も監視に出なければいけないな。)
雑務を終え、私服に着替えたサルタは王城から出、噴水公園の喧騒に身を投じた。
既にカジュアルコーデのアンジェラとアロハシャツのアレスは監視に出ている。
そしてモロクも...
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賑やかな主道から少し逸れた郊外、小高い建物の入り口がちらほらと見受けられる薄暗い路地裏。
まるで満を持して巣から出てくる蜚蠊の如く、長細い銃を携えた子供達が路地裏を歩く。
中心部で大きな祭りが行われていると、路地裏でさえその雰囲気が感じられる。
数にして十。それが三手に分かれ、それぞれ王城を俯瞰できる高い建物の中へと突入していく。
行動とは裏腹に、何故か顔は蒼白だ。
「俺たち、本当にこれから人を撃ち殺すんだよな。」
三手に分かれた内の一つ、最も王城から近い所にある高い建物に常駐することになった組だ。
男三人と女一人の計四人は建物の外側の非常階段を上がっていき、そのまま次は壁を伝うように雑に設けられた梯子を登って最高点に着いた。
そこは上が屋根で覆われており四方は開けている。
北西に王城が見える。
この位置だと丁度王城の3階よりすこし低いくらいらしい。
噴水公園を見下ろすには十分である。
公園に集う民衆と公園に入り損ねて役員と押し合いをする民衆がよく見える。
女王が降臨する場所を開けてドーナツ型に民衆が群がっている。
既に中心には神父と数人の役員の姿が確認出来た。
「現在時刻は1:54。後もう少しで女王が出てくる。」
「了解...」
女が呟いた。明らかに乗り気ではないことが窺える。
「...今さら後には引けないぞ。」
横を見ると男は踞って頭を抱えている。
「解ってるよ...解ってるけど、人を撃つなんて俺はそんな残酷にはなれない...」
「手こずったら今度は俺達があの、猿の刺青集団に"没収"されるんだぞ。」
銃の先を丁度いい高さの手摺に起き、射程を確認する。
「路地裏で暮らす下級国民の定め、か...理不尽を嘆いていても仕方ねえだろ。」
四人の内で一番体が大きく、年上の男が話した。年上とは言えどまだ15だ。
「無理矢理こんな役目を任されて、俺はBonoboなんて入った覚えないのに...!」
この四人、いや先程分かれた残りの人間も全員、路地裏でただ静かに空を見て暮らしていた所を"猿の刺青集団"に拉致された。
男が号泣する。それを女が慰める。
「私たちの血筋が、代々無能だから...路地裏なんかで暮らしていたから...そんなことは考え出したらキリがないでしょ、ただ私達は"運"が悪かっただけよ。」
「一国の主を、しかも女を...」
弾を銃に装填しながら呟く
「詰まる所、成功しても失敗しても俺達は助からないだろう、」
年上の男が返した。その目はもう死を受け容れているようにも見えた。
「でも、この世に遺すことで永遠となる何かをな...最後まで足掻いてみせようぜ。」
肩に手を置いてきた。その言動からは生への執着と希望への縋りが感じられたが、目は嘘をつかない。
女王が出てきた後、王冠授与のタイミングで女王の頭部が完全に停止した瞬間に三方向からのショットで弑する。
「59分...来るぞ。」
王城の扉が開き、ワッと歓声が上がる。まるで天女の如き様相で下界に女王が降臨した。
「な...」
少年はスコープから目を離し、息を呑んだ。
まるで時が極限まで引き延ばされたような感覚。
それは命を賭した哀しきスナイパーも、そして監視に赴いたサルタも同様に感じていた。
目に映る物の全てが灰色に塗り固められていく、彩りに濃いインクを溢されたような感覚を享受する。
(お美しい...女王...)
サルタの付近で女王の姿に発狂する民衆達の声などは全く届かない、ただ静かな時を自分一人のみが歩いている。
(王朝の示威と女王の命、必ず守り抜いてみせる。)
サルタは民衆の輪から抜け出し、手を高く上げた。
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「目立つねえ...サルタ」
そう呟いたモロクの足元には三人の男と長細い銃が転がっていた。
運悪くモロクが待機していた高台に来てしまったらしい。
モロクは大量の人混みの中でさえサルタの姿を見失うことは無く、今こうして無事に合図をキャッチ出来た。
その理由はサルタの用意した私服にあった。
「白タキシードって、プッ(笑)、嫌でも目に付くわ。」
(まあこいつらが女王の暗殺計画の存在を証明してくれたから、私も惜しみ無く力を注げるって訳よ。)
「さーて、やりますかね!」
モロクは青いオーラを体に迸らせた。
戴冠式に渦巻く様々な存在、その全ては女王の死によって帰結する。




