十二話 腐敗したドーナツ
第5戦期創世年1/11 早朝
戴冠式当日の明け方、実質的な開幕は午前9時からだというのに既に王城の付近は人混みで溢れ反っている。
勿論そんなことは百も承知な訳であり王城の役員は、現在午前5時前であるが夜を徹する程の勢いで戴冠式の様々な運営管轄に取り掛かる。
そのままオールナイトで監視体制に移行し正に暘以前から王城に集い酒を呑み交わすパリピを包括する。
しかし、役員が不眠不休を強いられる理由はそこではない。
大きな要因として、戴冠式におけるパレードの打ち合わせや外部委託の役人達との直前準備で手一杯になる所が挙げられる。
参謀のサルガタナス改め戴冠式主催者のサルタに関しては打ち合わせの概要説明や視察等想像を絶する忙しさをプレゼントされている。
そんなご多忙のサルタさんは現在会議室にて最重要会議を執り行っているらしいので覗いてみよう。
固く閉じられた扉の少しの隙間から会議室に入ると...
大きな長机を取り囲むように席が設けられていて、それぞれの席に正装をした男女が礼儀正しく座している。
HELLSING機関かという程見事に全員メガネだ。
その視線の先に二人の男。
一人はサルタだがもう一人は...おっと、握手をした。すると周りから拍手を貰いながらお辞儀をして、部屋から出ていった...
成程、王朝役員の会議の場で、重要な係の人間をサルタ自ら委任することで顔を覚えさせるという方法らしい。
ではサルタ視点で話を進めようか。
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「皆さん、この方は女王デーメーテールの王冠授与を行って頂くアンゼル教の神父の方です。」
目の前には聖衣を身に纏った男が立っている。
首にはアンゼル教のシンボルでもある女騎士が象られたネックレスが提げられている。
「皆様、今宵は僭越ながらアンゼル教神父の私、オスカーが務めさせて頂きます。」
神父が低いトーンの落ち着いた声で語り終えると、席から拍手が送られた。
これは紛れもない信託の証である。
「貴方は特に重要な役ですので、後程個別にお話しましょう。」
そう言うと、神父は頷きサルタを横目に部屋から去っていった。
「...これで今回の戴冠式重役の紹介と委任式は終了しました。個々の細かい説明等はお配りした栞を参照して各々動いて下さい。」
この時代、電気技術は未発達なものの、簡易な印刷技術というものは既に発展しておりこうしてパンフレットを大量印刷して配ったり、大会社となれば書籍出版も可能である。
これは余談だが、この小説の中の世界に於いても現実世界と同じく科学技術は目まぐるしく発展している。
「では私はこれから女王交えた幹部会議に赴きますのでこれで。」
サルタが部屋から出ていくのを会議室にいた人間達は立ち上がり見送る。
サルタが次に向かうのは王室近くの広大な多目的室だ。
王室は会議には向かない。何故なら狭いからだ。
デメテ自身も中々王室に行きたがらないらしい。確かに普通の個室と変わらない広さの王室では女王としての矜持が殺がれるという物。
階段を上がり、3階中央部の王室を横切り隣の部屋の扉を開ける。
中には既に女王デーメーテールを含め何人かの幹部は集まっていた。
「来たか。俺も<戴冠式>を<体感しに>早起きして来た所だ。」
奥に座っていた白髪の男が喋りかけてきた。
「幹部は女王除いて7人。3人足りないな。」
ふと、デーメーテールがアイコンタクトを送ってきた。何かを察せとのご命令らしい。
「ふむ、居ないのは"二日酔いの"アドラとヘスと...」
(まあこの辺りは居ても居なくても会議の進行には何ら影響しない奴らだが。)
「はあー、二日酔いってやっぱりアドラあの時お酒飲んでたのね。未成年なのに、」
モロクが机に肘を付きながら話す。
「まあ酒は人間関係の礎だけどね、でもオススメは出来ないよね。」
アンジェラは事前配布の会議内容プリントを見つめている。
「まあお陰様でアイツが会議に居ないという絶好の舞台演出に成功した訳だがな。」
サルタがゲス笑いをする。
「ククッ、まあサルタを完全に木偶の坊にする"彼女"も居ないし良かったじゃないか。」
デメテがゲス笑いミラーで対抗してくる。
「サルタよ。<毎度>のヘスに対する<態度>、いつも楽しく見させてもらっている。」
通称ポーカーフェイスの男であるアレスであるが今は無表情の裏にゲス笑いを浮かべていることは容易に見てとれる。
「ぐ...」
サルタは一瞬固まったが、咳払いを一回挟み静かに席についた。
「茶番はここまでにして、本題に入る。戴冠式開幕まであと四時間程。前々から説明している、テロリスト対策について再確認を行う。」
幹部達の顔が真剣になる。
「まず一つに、今回の戴冠式では私服の監視員を民衆に紛れ込ませている。そして、一人一人に目印となる狼煙を持たせている。テロリストを見つけ次第狼煙を揚げるよう説明してあるので、狼煙を見たらすぐに駆け付けることだ。」
「そしてテロリストの武装や狡猾さ次第では役員では手がつけられなくなる場合も考慮し、私とアンジェラ、そしてアレスの3人が民衆に溶け込んで監視する。」
サルタが机の上に私服一式を詰め込んだビニールパックを置くと、アンジェラとアレスも同じく私服を置いた。
「次、女王の王冠授与は王城前広場の噴水公園で行う。時刻は午後2時頃の予定であり、女王はそれまで王城で待機して頂く。」
「ええー!、ずっと何もしないで待ってろって言うの?退屈すぎるでしょ!それとこの服色々盛り過ぎてて恥ずかしいし!」
女王の正装のイメージはクソデカスカートとキラッキラの純白ドレスという固定観念の下制作された服を纏っているデーメーテールは不満げである。
「そこは我慢して頂きたい。出店の品は随時役員に購入させて運ばせるので。」
その後も淡々とサルタの確認事項の説明が続き、会議は一時間経たず終了。
「これで会議は終わりだがモロク、話があるから後で来てくれ。」
カジュアルなTシャツとジーンズを着たアンジェラと、アロハシャツと短パン姿のアレスが部屋から出ていく。
部屋にはサルタとモロクが残った。
地平線から旭日がその姿を現し始め、辺りは朝暾の麗に包まれる。
「モロクにはもう一つやってもらいたい仕事がある。」
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多目的室から出てきたサルタを待ち構えていたのは先の会議で王冠授与を委任した神父オスカー。
「出待ち有難い。では...簡単な話なので、立ち話で済ませましょうかね。」
すると多目的室からモロクが出てきて、サルタと神父を背に歩いていく。
サルタはモロクに軽く手を振り見送る。
「貴方は、何故私が態々一人一人重役と握手を交わして委任式を行ったか分かりますか?」
不意にサルタが口を開く。
「ええ。それは貴方様が直々に我々外部から来た役員を見定める為ですね?」
神父は優しく微笑みながら答えた。
年配者特有の余裕というものを感じさせる。
「私は貴方を信用しています。その上で王冠授与という役目を与えました。」
サルタは神父を見つめる。
「ここに呼んだのは、王冠授与の際の公示を一度聞かせて頂きたいという理由です。」
「成程、我々アンゼル教の公示を確認したいということですか。」
すると神父は経典を見ることなく落ち着いた声で、流暢に公示を諳じて見せた。
「我らが神も今宵の式典を祝いていらっしゃる。久遠に栄華を謳歌する国となることを我々も御祈りしておりますよ、サルガタナス様。」
「...有難うございました。では王冠授与は2時からですのでそれまでに噴水公園に集合しておいて下さい。後は役員が指示致しますので。」
(これでこの神父は信用に値することが示されたな。)
そういうとサルタは一礼をして階段を下りていった。
「...私が王冠授与の役目を与えられた時、心が躍るようでした。
我らが神は、"ヒト"に平等に加護をお与えになるのですよ。」
戴冠式開幕まで約三時間。
王冠授与式まで約八時間。
華々しく王冠をその頭に授かる女王デーメーテールを中心に、広がった民衆の輪は次第に腐敗していく。




