五話 第三の影
最新技術の織り成す電気信号のアート。
それは参加者の投資によって高く高く屹立していき、メーター1000を超え始めた。
「なんと!月の石10gの落札額が、いっ、1000万カジャを超えたぁぁッ!」
会場は沸きに沸いた。
これまでのhemp road地下競売でも類を見ない程の熾烈な投資争いが現在行われているのだ。
「ここから私も勝負に出る。」
上人は肘掛けのボタンを念入りに押し始めた。
「上人さん、我々はBonobo、運営の人間なんですから無理に参加しなくても権限でどうにかなるんでは...」
「それは禁じ手だ。我々がBonoboの者だと悟られないように競り落とすのが肝要だ。今年は月の石をBonoboが保ち、他勢力が盛り上がるのを防ぐ。」
上人が毒味役の意識のしっかりとした方に押し終えたボタン盤を見せる。
「...!?しょっ、正気ですか上人さん、+1000万...現在の2倍ですよ!?」
勿論の如く有り得ない散財に人間は震駭する。
「ここで揺さぶりをかけておくのが良いだろう、裏社会を牛耳るBonoboの経済力は君もご存じの通りだ。」
上人は迷わずofferボタンを強く押す。
(これで2000万だ、これくらいの金額なら私の懐からでも...
...)
前方を確認するとメーターは既に3500の値に差し掛かっていた。
(どういうことだ...他に+1500万...豪胆な奴がいるな。これは資金源を組織に回すことになりそうだ。)
しかし、流石に3500万カジャを超え始めるとメーターの伸びは抑えられてきた。
周りの席の者達は現状を諦観しているのだろう、背凭れに体を預けきっている者や力尽きぐったりしている者もいる。
「上人さん、まっ、また1000万増えましたよ...」
「バカな!」
上人は目をかっ開いて前方を確認する。
メーターはなんと4600まで来ている。
(誰だ一体、そんな経済力を...Bonobo以外の勢力が持っているというのか...?今まで支配下で調整してきた経済の秩序が崩れ始めているのか...)
(この調子でいくと一億を超えるぞ...このレベルは我々への経済打撃も生易しいものではすまなくなる...)
上人の脳はカンナビノイドを分泌し始めた。
が、外見の冷静さは保とうとしているらしい。
汗一つかくことなく手元も微動だにしない。
(どうする...行くか...?)
上人はボタン盤とにらめっこを始める。
親指は"5"のボタンの上に安置されている。
(しかし、最早私の掌の上では計りしれない財力...得体の知れぬ相手に打つ手は...)
「...ふぅ。」
親指は音速で"5"から"1"のボタンへ飛び、勢いよくプッシュ。
そして立て続けに0を4度軽快なリズムを刻み押し込んだ。
「嘘だろ...あっ、おっ、おおーっと!何かがおかしい!月の石10gに1億カジャが投資されるだとぉぉっ!?」
司会もこの未知の領域に踏み込み、思わず地声を漏らしてしまう。
メーターは最大値を振り切り、ここで席からは一体どの価格が現在の最高値なのか判別不可能となってしまった。
判別可能なのは運営の持つ電気信号を受け取った記録装置からのみとなる。
「今私が4500万に1億送った、つまり現在のこの状況が続けば月の石は私の手によって落札される筈だ。」
(誰だ...粘り強く投資し続けていたのは...)
上人は眼前の領域を見渡す。
すると、前方を凝視し囂しく騒ぐ競りの脱落者達の中、黙々とボタン盤を覗く老爺らしき男が一人。
(老耄...?少なくとも私は会ったことのない...)
(アナーキーよりも年上かも知れんな...)
裏社会においては年功序列が採用されるものだ。
半ば本能的に上人はその老爺をかなり高い階級の者だと察知した。
「上人さん、メーターが振り切ってますけどこれってどうやって動きを把握するんですかね。」
「取り敢えず司会の声を聞くことだ。情報源は今のところそこしかない。あちら側もまさか大麻の、それもグラム単位の物に1億以上の値がつくとは思ってもいなかったのだろうな。」
(ああ、月の石自体の価値はそこまで張らないだろう。しかしこれは裏社会に於ける"メンツ"の戦い...頼む、もうこれ以上金を出すな...)
上人はボタンを置き祈り始めた。
これ以上の投資はしないとの表明と天運に身を任せる仕草。
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「ちょっ、ちょっとサルタ、調子乗りすぎじゃないかしらねえ...ハハハ。」
アンジェラは阿鼻叫喚の額に明らかに血色が悪くなり始めている。
「驚いたな、反社会的勢力がこんなにも金を持っているとは...」
「いやいや感心してる場合じゃないでしょ!」
サルタはサングラスとその内の眼鏡とを上に挙げ、前方を見ながら目を細める。
「今10万送ってみた、これで前は反応するかどうか...」
しかし暫く待っても反応は無し。
「うーむ、アドラが折角見つけた金塊が半分くらい溶かされるかも知れないが...」
(これも大切な国事だと考えれば...苦肉の策だが...)
サルタは"1"ボタンを一回、"0"ボタンを3回押し1000万カジャを送った。
「どうだ...」
「うっ、うわ!嘘だろオイ!まっ、また...」
もう司会者は作り声を捨てている。
(反応あったぞ...ということは少なくとも今まで一回も1000万単位での投資は無かったことになる...限界が見えてきたか...!)
「いっ、1億カジャが振り込まれてるんだけどどういうことだよ!これおかしいぞ!」
そろそろ舞台上の運営陣も紛糾し始める。
司会の周りにぞろぞろとガイフォークス面の人間達が群がり、未曾有の事態に対し口々に喋り始めている。
それはサルタの1000万提示が全くの無駄であり塵芥に等しいことを意味した。
(なっ...+1億だと...)
アンジェラも目を見開いて驚いた顔の模範解答のような表情をしている。
その時...
「有り得ない!こんなことは...」
サルタ達の座る2列前の席に座っていた男がスタンディングシャウト。
(誰だ...我々が今まで戦っていた者か、そうすると最低でも三者鼎峙状態だったということか。)
「アンジェラ、無理だ。流石に2億は後々にも響いてしまう。」
サルタは文字通りお手上げ。
「いや、逆に私は安心してるわ、流石のサルタもまだギリ健だったということが分かったし。」
ふぅ、とアンジェラは息をつく。
「で、月の石10gに二億も出す頭のおかしい(褒め言葉)お方は誰なんでしょうねえ。」
アンジェラは前方を見回す。
参加者達は異次元の金額に頭を抱えるばかり。
「恐らくあれだ。前の方にいる...」
サルタは指を差すが、こういった場合指を差されても当人以外全くわからないことが多い。
「老人...?」
(会が終わったら是非話を聞いてみたいものだ。もしかすると我々が把握出来ていない巨大勢力の可能性もある...)
「でっ、では時間がやって参りましたので...月の石10g、2.7億カジャで落札...」
司会の男は精魂尽きたらしく、消沈している。
すると、司会の横にいた仮面越しだと分かりにくいがショートボブの女がマイクを強奪し、話し始めた。
「ここで皆さん吉報でーす!!なんと月の石が2億で落札、宴も酣ですが、取って置きのネタを用意してあるんです!!」
会場が再度どよめき始めた。
「え?月の石の後のネタなんか書いてないけど...」
アンジェラが説明書を見ながら言う。
「...いや、これは好機かも知れない。月の石こそ裏社会に渡ってしまったが、ここで示威と牽制が出来るかもしれない。」
(普通シークレットはオープンの最高レアの物と同等、それ以上だと相場が決まっている...!)
「我々Bonoboが苦汁を嘗め、心身を粉韲して捻り出したTop Shit!!そ
の名も...『冥』ッ!!」
会場は活気を取り戻しつつあった。




